682 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/01/09(日) 03:19:51 ID:zxbiX9HA0
<俺の妹の手料理がこんなに○○なわけがない(SIDE:京介)>
※泣きデレ注意。
※スレチなんじゃねえの大丈夫かコレ。
※多分7巻2章後。


麻奈美の家で試験勉強を終え、夕飯をご馳走になって家に帰ると、
リビングで桐乃が分厚い料理雑誌を読んでいた。

この妹様は普段はリビングでファッション雑誌を眺めていることが多い。
俺が適当に気まぐれで買ってくる漫画雑誌を読んでいることもあるが、
料理雑誌を読んでいるのを見たことはない。

「ただいま。」

「・・・・・・。」

返事はない。
まあいつものことだが。

「・・・・・・。」

それにしても随分熱心に読んでいるように見える。
ひょっとして聞こえていなかったのだろうか。

俺はいつものように麦茶を飲みほした後、よせばいいのに尋ねてみる。

「・・・お前、料理に興味あったの?」

「うっさい!気が散るから黙っててくんない!?」

聞こえてんじゃねえか。

「・・・チッ。」

可愛くねえ。
俺はさっさと部屋に戻ろうと、ドアノブに手をかける。

―――と、そこに

「ねえ。」

と、桐乃の声。

妙な既視感を覚えて振り返ると、桐乃の顔がすぐ目の前にあった。

「ひわぁっ!!? ィデッ!!!」

驚き、情けない悲鳴を上げて後ずさる俺。

ガン、とドアに後頭部をぶつけてうずくまる。

「――っつぅぅ~~!?」

「プ。バカじゃん?」

にやにやと嬉しそうに俺を見下す桐乃。っか~~~!!こ、このアマ・・・!!

「お、お前が急に近寄るからだろうが!!」

「ハァ!?アンタが勝手に頭ブツけたんでしょ!?
 っていうか何?妹が近付くと飛び上がるくらい胸ときめかしちゃうわけ?
 ウっワ~流石シスコン。キモ。キモキモっ。キンモ~。」

喜色満面。
このヤロウ、俺をビビらせるためにわざとやりやがったな・・・。

落ちつけ俺。これ以上こいつを調子にのらせてはいけない。

俺はすっくと立ち上がると、逆に妹を見下ろしてやる。

「で、何か用なのか?」

俺を見上げる桐乃の顔が目に入る。

距離が近いせいか、ジッと見てしまう。

マル顔だが整った顔立ちに、入念なメイクをした、大人っぽい雰囲気。

――やっぱこいつ顔は可愛いよな。
なんてバカなことを考えてしまった。

「――き、キモ!近寄んないでよこの変態!シスコン!!
 い、妹の顔ジッと見つめるとかマジありえないんですけど!?」

桐乃は一瞬驚いたような顔をして後ずさり、
俺を罵倒した。怒りのためか顔が赤い。

――やっぱ性格は可愛くねぇわこいつ。
傷つくぞその反応は。

「な、何だよ。何か用だったんじゃねえの?」

ため息をついて再度尋ねる俺。
耐えろ、耐えるんだ京介。逆らってもロクなことにならん。

妹は何かを思い出したように一瞬目を丸くし、
俯いて俺の目を見ずにこう切り出した。

「・・・アンタ、今日何で地味子ん家で夕飯たべたのよ。」

「何でって・・・。今試験前だろ?あいつの家で勉強して、
 夕飯作るから食べてってくれって言われたからだよ。
 別に珍しいことじゃねえだろ?」

「・・・チッ。」

・・・何で舌打ちなんだよ。

ていうか何で急に不機嫌そうな顔してんの?

「それがどうかしたのか?」

「・・・別に?」

何だそりゃ。

相変わらずこいつが何考えてるのか全然わからん。

「あと、お母さんたち明後日の朝までいないから。」

そう言うと、桐乃は腕を組んで明後日の方向に目をやり、説明をくれた。

お袋たちが昔世話になった知人が事故に遭ったらしい。
その人はもう結構な高齢で身寄りもないから、介護の手配ついでに世話をしてくるんだと。

「・・・飯、どうすっかなあ。」

そう呟いて桐乃を見ると、
妹は腕を組んだまま不敵な笑みを浮かべている。

・・・こいつのこの顔、嫌な予感しかしねえ。

「明日はあたしがご飯作るから。」





やっぱりか。
俺は目を片手で覆って天を仰ぐ。

「・・・何よその反応。何か不服でもあるわけ?」

あるに決まっている。

「お前、料理出来んの?」

「・・・・・・。」

妹は目を逸らして答えない。そうだろうよ。
何せこいつが料理している姿はおろか、お袋の手伝いしてる姿すら見たことがないんだからな。

「なあ、普通に惣菜買ってくるとかじゃダメなわけ?」

「だ、ダメ。絶対。お惣菜なんて油物ばっかじゃん。
 あんた読モ舐めてんの?陸上やってるからって、栄養管理は大事なんだからね!」

お前普段お菓子ポリポリ食ってんじゃねえか。
ていうか前は惣菜買ってきて一緒に食べたじゃねえか、という心の声は殺しておく。
怖いから。

「じゃ、じゃあ外食しようぜ?な?」

「ダメ。言っとくけどあたし、ファミレスとかファーストフードはヤだかんね。
 あんた、ちゃんとしたレストランとか知らないでしょ?
 知ってても、ふ、二人っきりでなんてありえないから!
 そ、それとも何。そんなに妹と二人っきりで外食デートしたいわけ?」

「ふ、二人っきりでなんて言ってないだろ!?っていうかデート!?
 何馬鹿言ってんだよ!別々に食事摂ったっていいだろうが。」

そう言うと桐乃は親父譲りの眼光で俺をキッと睨む。
ぐっ・・・。怖えじゃねえか。

「・・・何よ、バカ。・・・また地味子のトコにでも行く気・・・?」

言って目を伏せてションボリする桐乃。

あ、あれ?誰だこいつ。
一転して元気の無くなってしまった妹を見て、俺は動揺を隠せない。

「そ、そんなこと言ってねえだろ。なんで麻奈美が出てくんだよ。」

クソ、何か胸が痛いじゃねえか。何だこれ?

「・・・やっぱそうなんだ。あたしのことほったらかして、
 自分はまた地味子とイチャつく気なんだ。・・・・キモ。」

―――え?

よく見ると目の端に光るものがあるような気がする。
ちょ、ちょっと待てよ。桐乃、お前泣いて・・・?

妹の顔を見ていると、無性に切なくなって、俺は―――

「そ、そんなことはしないぞ!い、今のは全部照れ隠しだ!
 せっかくの機会だし、是非お前の手料理を食べさせてくれよ!な!?」

気がつくと、自分でもよくわからないまま、妹の肩を掴んで必死に弁解していた。

「・・・ほんと?」

涙目の上目遣いで俺の顔色をうかがう桐乃。

誰だ、お前は誰なんだ。
普段のこいつとは違う、なんだか「妹」みたいな姿を見せられて、
俺は正常な思考が出来ていない。

だから次に俺の口から出た台詞は本気じゃないんだ。そこんとこハッキリさせておく。

「おうよ!かわいいお前の手料理が食えるんだろ?
 嬉しいに決まってるじゃねえか!毎日そうしてほしいくらいだぜ!!」

「ッッッ!!!???」

桐乃は目を見開き、みるみる耳まで真っ赤になっていくと、

バシッ!!!

「ブヘッ!!?」

妹は快音をあげて俺の頬をはたいた。
イッテェェェエエ!!?

「な、何しやがる!!?」

「う、ぅぅうっさい!!!
 あ、アンタがキモい事言うからでしょ!!?
 じ、自分で言ってる意味分かってんのあんたは!!??
 この変態!シスコン!!あ~、マジひく!!キモ!キモっ!キモキモっ!!!」

さっきまでのしおらしい態度はどこへやら。
俺を罵倒する妹様は、とりあえず元気になってくれたらしい。

・・・チッ。やっぱ可愛くねえわこいつ。

「ふん!ま、まあシスコンのアンタには盛大なご褒美よね。
 い、言っとくけど練習台だかんね!!
 今言った台詞、ちゃんと責任とりなさいよ、シスコン!」

にやにやと俺を嘲る桐乃。

へっ、調子出てきたじゃねえか。やっぱさっきみたいなのはこいつらしくない。

「お父さんたちいないからって、へ、変なコト・・・したら殺すから。
 あ、あたし今日この後超忙しいから話しかけないで。じゃあね。」

バタン、とリビングのドアを閉めて桐乃は部屋まで駆け上がって行った。

クソ、言いたいこと言いやがって。
ま、あいつらしさが戻ったからよしとするか。






翌日。

「きょうちゃん、帰ろ~?」

今日はゲー研の活動の参加日でもないので、
いつも通り、放課後に麻奈美が声を掛けてきた。

「おう、待ってろ。今荷物まとめるからよ。」

言って俺は荷物をまとめる。と、ケータイからの振動を感じたので
画面を開いてみる。

「・・・げ。」

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From :高坂桐乃
sub  :無題

放課後、例の公園にさっさと来ること。
アンタがシスコンカミングアウトしたトコねw

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・・・命令と罵倒だけのメールって斬新だな。


「どしたの、きょうちゃん。」

「・・・悪りぃ、麻奈美。ちょっと妹に
 呼び出されちまってよ。今日は一緒には帰れない。」

「妹さん?桐乃ちゃん?」

「おう。何の用事だか知らないが、珍しいこともあるもんだ。」

「そっか~。じゃあ今日は、桐乃ちゃんと放課後でぇとだね。」

・・・またコイツはおかしなことを言う。
俺が?桐乃と?デート?

俺が急にムズがゆくなったのは、こいつの「デート」の発音のせいに
ちがいない。

「んな訳ねーだろ。お前だって、俺たちが仲悪いって知ってるだろ?
 どうせまたロクでもない厄介事に決まってら。」

「またまた~。そんなことないでしょ~?」

「そんな事あるよ。まあ、そういうことだから、勘弁な。」

「うん。じゃあ、また明日ね。きょうちゃん。」

麻奈美と別れて例の公園に向かう。

いつもはラブリーマイエンジェルあやせたんとの待ち合わせ場所であるあの公園だが、
今日そこで待ってるのは阿修羅のごとき我が妹様だ。

「・・・あいつ、何の用事だ?」

昨夜は昨夜で、部屋に閉じこもって何やってたんだか。どうせエロゲーだろうけど。

俺はてっきり、両親のいないのをいいことに、リビングの大画面でゲームしたり、
アニメ見るのに付き合わされると思っていたんだが・・・。

・・・べ、別に楽しみにしてたわけじゃないからな。






公園に着くと、果たして妹はそこにいた。
いたんだが。

「・・・何をやっとるんだ、アイツは。」

超挙動不審。
公園の滑り台の影に身をひそめて、辺りの様子をうかがっている。

俺は後ろから近づき、声をかける。

「おい、桐乃。」

「ひいぃぃっっっ!!!??」

「おわぁぁっっっ!!!??」

きゅ、急にデカイ声出すんじゃねえよ!!
おれはバックんバックんの心臓を抑えて後ずさる。

「・・・何だ、アンタか。」

途端不機嫌そうな顔をして俺を睨みつける妹。

「何だじゃねえよ。ビックリしたじゃねえか。
 お前、何コソコソしてんの?」

「っ!そ、そうだった!!」

「え?おい!?」

桐乃は俺の服の裾を掴むと、滑り台の下のスペースに引きずり込んだ。
あの秘密基地風の、かまくらみたいな空間だ。

「いでぇっ!!?」

急に引っ張られたので、俺は上手く歩けずに入口の所にガン、と頭をぶつけた。
くぅあああ~~~~~~~痛い痛い地味に超痛い。

「ご、ゴメン。ってか静かにしてよ!あやせに見つかっちゃうでしょ!?」

「あやせがどうしたって!!?」

マイ天使の御名を耳にして痛みも一瞬で消し飛んだね。

「・・・ウザ。あたしの親友に色目使うのやめてよね。キモいから!」

ぐっ・・・反論できない。

と、そこでケータイに着信があった。
画面にはラブリーマイ天使の名前が表示されている。

「あ。あやせからだ。」

「で、出ちゃダメ!!!」

桐乃が小さく悲鳴をあげる。
何だぁ?こいつ、ひょっとして・・・。

「お前、ひょっとしてあやせから逃げてんの?」

「・・・・・・。」

若干シュン、として俯く桐乃。
いたずらをして、叱られた子供のような顔だ。

「・・・何があったんだ。」

「な、何だっていいでしょ。」

口を尖らせてプイっと横を向く。子供かお前は。
俺の妹はたまにこういう事をする。もう慣れたモンだが。

「いいから!何も言わずに言うとおりにして。・・・お願い。」

桐乃は縋るような目で俺を見上げる。
最後の「お願い」はどこか甘えたような口調だった。

・・・クソ、こんな顔されちゃ仕方ないか。
心の中で俺のエンジェルに謝罪し、携帯電話を鞄にしまいこむ。

そして後日あやせに詰問された時、俺はここで心動かされてしまったことを
激しく後悔するのだった。

「しょうがねえな・・・。ちゃんと仲直りしろよ?」

「うっさい、バカ。分かってるわよ。」

俺はヤレヤレと息を吐き、
本題を聞き出すことにした。

「で、何で俺、呼び出されてんの?」

「ハァ?そんなの、夕飯の買い出しに決まってんでしょ!
 そんなことも分かんないくらい低脳なの、アンタ。」

そう言って蔑んだ目で俺を見る妹。
可愛くねえぇぇぇぇ。

て言うか買い出しならそう言えよ。
よっぽど言い返してやりたかったが、クールな俺はそれを無駄と判断した。
決して妹に対してヘタレているわけではない。

「悪かったよ。じゃあ早速いこうぜ。」

よっ、と俺は立ち上がろうとするが、桐乃が袖を引っ張ってそれを阻止する。

「ま、待って。」

「あぁ?」

怪訝な顔をして今度はなんだよ、と態度で聞いてやる。

「あ、あやせが探しに来てるかもしんないでしょ。
 だから、もうちょっとこのまま・・・そっちの端の方に隠れてないと。」

言って目で場所を示す桐乃。
確かにその場所ならこの中に入られでもしない限りみつからないだろう。

確かにそうだ。でもなあ。

「いや、狭すぎるだろ。
 2人分のスペースは無いぞコレ。」

そもそもこの滑り台の下のスペースというのは、子供が遊ぶための空間だ。
かまくら風の空間は、高さも横幅も奥行きも、子供用のサイズなんだ。

それにしては大きめなスペースではあるが、
二人寄り添っても少し狭すぎるだろう。

ていうかそもそもこれはおかしな提案だ。
あやせが近くにいるってんならともかく、そうじゃないなら
さっさと公園を立ち去って、もっと隠れやすい場所に移動すればいいんだから。
こいつ、やっぱ突発的な事態には対処できないのな。

「いいから。さっさと座る!」

へえへえ。
妹様に命じられた俺は、言うとおりにして、
地面にケツをつけて座る。

はあ、と一息ついて胡坐をかき、目を閉じる。

なんだか無性に年食った気がするぜ。
眼鏡の幼馴染の顔が浮かんできた。

すると、―――ぽす、と胡坐をかいた脚の上に軽い重圧。
目を開けると、妹が背中を向けて俺の脚の上に座っていた。

「なぁ!!!???お、おおお、お前!!?」

「うっさい!静かにしなさいよ。気づかれるでしょっ。」

だ、だからってお前、これはないだろ!?
だってお前の髪から何か甘い香りがするし!?
こいつ体細いなあとか、あと触れてる場所の感触とか・・・。
と、とにかく気マズいんだよ!

「お、お前俺をハメる気だろ!?
 絶対後でセクハラとか言うつもりだろ!?」

「は、ハァ?何、ま、まさかアンタあ、あたしと体密着して欲情してんの!?
 こ、こんな時に何考えてんのよこのシスコン!!」

「してねぇーよ!!!??」

「どうだか。アンタシスコン拗らせてるし?ま、まぁたまにガス抜きしてやんないと、
 お、襲われても困るし?い、今はジョーキョ―的にもしょうがないから?
 ご、5分だけ我慢してあげる。感謝しなさいよね!!」

クッ、このヤロウ・・・。
ていうか5分間このままなんだ・・・。

俺は自分でも怒りだか羞恥だか分からない感情で顔が赤いのを感じていた。






・・・2分は経過しただろうか。

俺は気まずさと恥ずかしさで、さっさとこの場から立ち去りたかったのだが、
対照的に桐乃は落ち着いたものだ。さっきからやけに静かで、一言もしゃべらない。

――何か気に食わねえ。
これじゃ、動揺してる俺がバカみてえじゃねえか。その通りだけど。

気づくと俺は、こいつにも多少の羞恥を与えてやらなけりゃ気が済まない、
という気分になってしまっていた。

だから俺は、――あるいは無意識で――
体を前傾して、後ろから妹を抱きしめていた。

「「―――――っ!!!!!」」

ハッ、と我に帰る俺。
や、やっちまったよぉぉぉぉぉぉぉぉおおぉん!!!!

な、何をやっているんだ京介!!?死ぬ気か京介!!?
あやせから隠れてるっていうのに、これ見つかったら全殺し確定じゃねえか!!?

愛らしいあやせたんの目から光彩が消えるビジョンが、トラウマとして脳裏に浮かぶ。
ひいいいぃぃぃ!!?違うんだ、これは違うんだ!!!

心の中の女神(あやせたん)に必死で許しを請う俺。マジクール。
しかし恐怖のためか息が荒くなってきた。

突如、腕の中の妹がビクッ!!と震えた衝撃で現実に引き戻される。
慌てて体を離し、謝罪する。

「ご、ごごごごゴメン!!!」

桐乃がゆっくりと振り返る。
暗がりでハッキリしないが、目に涙を浮かべているのが見えた、気がした。

「・・・アンタ、なんで、こんな・・・・・。」

泣きそうな声で、ゆっくりと呟くように俺を問い詰める。

「あ・・・・・。」

バカか、俺は。

理由はよく知らねえけどさ、コイツは今、あやせから逃げている。
それはきっと怯えているからで、怯えはそのまま、あやせとの関係が壊れることへの恐怖なんだ。

去年の夏、沙織や黒猫と一緒に行った夏コミの帰り、
コイツは、一番大事な親友から絶交宣言されてしまった。

その後仲直りしたからって、その時味わった寂しさや、悔しさは忘れられないものだろう。

俺の妹は、意外にも友達をとても大事にするやつだ。
だからこそ、あの日のトラウマは強烈なのだろう。

今日だって、何が理由なのかは知らないが、そんなトラウマを頭に浮かべて、
テンパったまま、必死に隠れようとしていたんだ。

なのに俺は、そんなこいつの気持ちなんか考えもせず、
ガキみたいな衝動から、コイツの気持ちを嘲るような、軽率なことをした。

バカヤロウ、桐乃が大声あげて、あやせに見つかっちまったら台無しじゃねえか。
ゴメンな、桐乃。

「本当にすまない。お前のこと、傷つけちまった。」

小声で、心から妹に謝罪の言葉を吐いた。

「・・・・え?は?アンタ、何、言ってんの?」

だというのに、桐乃はきょとん、と目を丸くしている。

「・・・・・・・・・え?」

俺もビックリして聞き返す。

すると妹は、ジッと俺の顔を見つめてくる。
今度は間違いなく、目の端の涙が確認できて、俺が罪悪感に心を痛めたところで、

「・・・ぷ。バカじゃん?」

なんだか納得したような、晴れやかな笑顔で、妹は言った。

「は?え?き、桐乃さん?
 怒ってらっしゃるんじゃないの?」

「・・・もうあやせ来そうもないし、5分たったからお終い!
 シスコンもそろそろ満足したっしょ?スーパーまで行こっか。」

そう言ってケラケラ笑いながら、桐乃は立ち上がり、歩いていってしまう。
俺はというと、何が起きたのか分からず、暫く妹の後ろ姿を眺めていた。



「ほらー!おいて行くよ、バカ兄貴!」







『いらっしゃいませー』

俺と桐乃は近くのスーパーに足を運んだ。

「なあ、お前今日何作んの?」

「え?知りたい?ん~どうしよっかな~~。
 教えてほしい?」

公園を出てからえらく上機嫌な桐乃。
無邪気に笑顔を浮かべてはしゃいでいた。

こういう時は、コイツの兄貴でよかったと思える、貴重な瞬間だ。

「でもダメ。教えてあげない。
 その方が楽しみが増えるっしょ?」

俺は微笑ましくなって、

「そうだな。じゃあ楽しみにしとくぜ。」

なんて、素直に返答していた。

でもな、桐乃。
どんな材料を買うかで、だいたい分かるんだぜ?
お兄ちゃんが当ててやるから楽しみにしてろよ。


「ん~~~。」

桐乃は何やら色々書いたメモを見ながら、食材を厳選している。

「・・・そのメモ、すげえ書き込んでるけど、何が書いてあるんだ?」

「ああ、これ?鮮度の良い野菜の選び方とか、かな。
 あと、料理の隠し味になりそうなものとか。」

そう言うと、腕と腕がくっつくぐらい近寄って、俺と一緒にメモをのぞきこもうとする桐乃。

・・・甘い香りがする。
香水、かな。コレ。爽やかな、いかにも桐乃に似合う印象の―――


ーバッ、お前、近いっての!!

な、何を考えてんだ俺は。落ちつけよ京介。今日のお前はどうかしてるぜ。

「お、お前、あんまくっついたら恥ずかしいだろ!?」

そう言って離れる俺。
桐乃は一瞬唇を尖らせたかと思うと、

「バカじゃん?何照れちゃってんの、シスコン。ププっ。」

と、いつもの小馬鹿にした、でもいつもより楽しそうな笑顔を浮かべていた。

・・・チッ、コイツやっぱ俺をからかってやがるな。
引っかかる俺も相当アレだがな。妹相手に。

にしても、ちらっと見たメモの内容からすると、どうやらかなり色々と
勉強したらしい。よくは分からないが、そうなのだろうと思った。

やると決めた事はとことんやる。妥協しない。それが俺の妹の信条だ。
スポーツ万能、学業優秀、眉目秀麗。今のコイツはその信念の結晶みたいなもんだ。
1年前なら、そんな妹がいて、兄貴は肩身が狭いばっかりだって、疎んじていたが。
今は、俺のとても大事な誇り・・・だと思う。
チッ、やっぱ今日はどうかしてるぜ、俺はよ。

まあ、いずれにせよ、これは夕飯は楽しみにしててもよさそうだな。

「キモ。何ニヤニヤしてんの?」

「し、してねえよニヤニヤなんて!」

「あは。バカじゃん。」

そう言うと、それが妹は当たり前のように、自然に腕を組んできた。
柔らかい膨らみと、甘い香りを意識せずにいられない。

「ちょっ、おま、お前何してんの!?」

「別にぃ?あたし、今超機嫌良いから、残念なシスコンのアンタに
 分けてあげようかなって。」

実に楽しそうな顔でそんなことを言いやがる。

「あ、あのなあ・・・。」

「・・・嫌なの?」

くるりと表情を変えて、悲しそうな顔でそんなことを聞きやがる。

ぐ・・・・!
こ、これは罠だ!罠なんだ!!分かってる、またさっきみたいに
俺をからかってやがるんだこの妹は!!!!

わかっちゃいるが・・・。
クソ、俺はさっきまでの楽しそうな顔を思い出して、

「・・・嫌じゃねえよ。お前と腕組むの、はじめてって訳でもないしな。」

と、心にもない返事をしていた。

「ふ、ふ~ん。そうなんだ。ま、アンタシスコンだし当然よね。き、京介?」

「っ!!?」

「・・・っ。」

カアアァ、と音が出そうなほど顔を赤らめる桐乃。

自分で照れてんじゃねえよ!!
からかう方がそれじゃ、俺はツッコミもできねえじゃねえか!!

二人して、腕を組んだまま真っ赤になって立ち尽くす。
地獄絵図だ。

俺はいたたまれなくなって、話題を切り替えることにした。

「そ、そう言えばよ!
 今日ってアレか?やっぱカレーか!?」

俺は腕を組んでいない方の、――これじゃ意識してるみたいじゃねえかちがうんだ――
買い物かごの中身を見てみる。

ニンジン、ジャガイモ、玉葱、牛肉、カレー粉。あとみそ汁の具材。
いつもの我が家のカレーの材料だ。
桐乃がカレーにみそ汁をつける悪習をお袋から受け継いでいるとは知らなかったが、
ともかく俺の完璧な推理によって夕飯のメニューが明らかになった。

「残念でした~。キャハハ、ま、アンタの考えなんてそんなモンよね。」

これでもかと、ドヤ顔で勝利宣言する桐乃。
え?カレーじゃねえの?

「ってか、出来るまでの楽しみだってば。
 勘繰るの禁止!わかった?」

そう言って組んでる腕をつねられた。

「ィテテ。わ、わかったよ。悪かったって。」

こいつはこいつで、出来あがった料理を見たときの俺の反応を
楽しみにしてるのかもな。
だとしたら悪いことしたな。










『ありがとうございましたー。』

会計を済ませ、スーパーを後にする。
桐乃は相変わらず、ご機嫌だ。
会計後、商品を袋に詰めるために一度は組んだ腕をほどいたんだが、
何故かまた、自然に腕を組んできて、今に至る。

「ね、今日夕食終わったらさ、リビングでメルルの鑑賞会だかんね。」

「マジかよ。俺、試験前なんだけど。
 お前に言われてるエロゲーのノルマもあるしさ。」

「ダメ、こんなチャンス、滅多にないんだから。
 今日はあたしにつきあってよ。・・・お願い。」

今日の桐乃はいつにもまして表情豊かだ。
端正な顔に、入念にメイクした美貌をくるくると変化させている。
今もほら、頬をふくらませたかと思えば、しおらしく『お願い』ときたもんだ。

・・・。
今気づいたんだが、みんな、俺が妹に『お願い』されると断れない、
なんて思ってないよな?そんなことはないぞ。シスコンじゃあるまいし。
そういうのは赤城の専売特許だからな。

「わかったよ。今日一日はお前につきあってやんよ。」

「にひひ、やった。」

嬉しそうな桐乃。
・・・何だよ。違うぞ。
今日はほら、コイツが珍しく上機嫌で、俺もそれに中てられてさ。
この空気を壊したくないんだよ。それだけだからな。



ところで、今は非常にマズイ状況だ。
俺たちはご近所がよく利用するスーパーで腕を組み、赤面しながら
買い物を済まし、今なお腕を組んで家路についている。

以前、偽装デートの時には「なぁんか、恋人って感じじゃなくね?」とか
言われたもんだが、そんなことはこの際どうでもいい。
問題は、ご近所に兄妹だと知られている俺たちが、腕を組んで、
恋人同士のように往来を歩いているという事実だ。

俺の脳裏に浮かんだのは・・・ご近所の噂⇒お袋⇒田村家⇒あやせたん
というDEAD☆END。

ガクガクブルブル。
以前は仮にも偽装デートということで納得してもらえたが、
今回のコレは・・・・・・。

ちら、と桐乃に視線を向けると、妹は例の料理メモを上機嫌に眺めていた。
何て言うかな、あんま見たことない表情だな。

黒猫や沙織とじゃれついてる時とも、学校で女子グループの中心をやってる時とも
違うように見える。とにかく楽しそうな顔だ。

・・・腕を組む時に驚いてツッコミを入れたが、
その時はなんていうか、悲しそうだったんだよな・・・。

それを思うと、この腕は離しちゃいけない気がした。
だから、今日桐乃と腕組んで歩いているのは、俺の意思だ。

それはつまり、次に会うあやせたんは、愛天使ではなく撲殺天使かもしれないということだ。

大袈裟じゃないぞ?あやせは俺のことを『近親相姦上等の変態鬼畜オタク』だと思っている。
さらに桐乃のことは本当に大切に思ってくれていて、『手を出したらブチ殺します』と
散々警告されている。脳内あやせたんの目から光が消えていき・・・。

ひいいいぃぃぃぃぃいいいぃ!!!!!
思い出すだけでも身の毛がよだつ。

だが諸君、心配はいらない。
要はあやせに伝わらないようにすればいいんだ。
我に策あり、ってやつだな。


そこまで考えたところで、桐乃からの視線を感じた。

「・・・どうした?」

「・・・べ、別に。さっきからアンタ黙っちゃってさ。
 何か変態な妄想でも浮かべてんのかなーってさ。」

「お前、それは失礼だろ・・・。」


と、そこで見知った顔に出くわした。

「あ、きょうちゃん。と、桐乃ちゃん?」

「お。」「げ。」

またお前はそういう反応を・・・。と妹を見ると、
ふいっ、とそっぽを向かれてしまった。

「よ、よう麻奈美。」

気を取り直して幼馴染に向き合う。

「こんにちは。きょうちゃん。
 桐乃ちゃんも、こんにちは。」

「・・・・・・。」

さっきまでの上機嫌はどこへやら。
みるみる不機嫌になった桐乃は、麻奈美に目も向けない。
怒りの表れか、絡めた腕に込める力を強めてきた。
少し痛いくらいだった。

「あはは~・・・。」

可哀想に。
何の非も無いのに冷たくされた麻奈美は、流石に困ったようなゆる~い笑みを浮かべていた。

麻奈美にそんな顔をされたくない俺は、すぐさま話を切り出した。

「奇遇だな。こんなところで。夕飯の買い出しか?」

「うん。そうだよ~。
 きょうちゃんと桐乃ちゃんも、お買いもの?」

「おう。そんなところだ。」

よし、なんとか普通の会話だ。

と、麻奈美は俺たちの腕を見て、

「な、仲良しさんだね~。やっぱり、今日は桐乃ちゃんと
 でぇとだったんだ~。」

と、のんびり言い放った。

「違うよ!?それお前の勘違い!!デートじゃねえって!!!」

思わず過剰反応してしまう。
麻奈美の声が、若干ヒキ気味だったからだ。
コイツにそんな反応されちまうとは・・・。

だってよ。お婆ちゃん子が、ある日お婆ちゃんに
「何コイツキモっ」みたいな目を向けられる場面を想像してくれよ。
孫は傷つくだろうが!

いや、もちろん麻奈美にそんな意図がないのは分かってるんだが。
2回目とはいえ、普段『仲が悪い』と言ってある妹と、腕を組んで
歩いてるのを見れば、そりゃ混乱もするわ。

「ムッ!」

ドス、と俺の脇腹に強烈な肘を入れる桐乃。

「グエ!!・・・ゴホ、な、何しやがる。」

「・・・行くよ。」

そう言って俺の腕を引き、その場を立ち去ろうとする桐乃。

前の時は、女社長の監視があったから誤解を解くわけにもいかなかったが、
今回は逆だ。俺はここで麻奈美の誤解を解いておかなければならない。

俺は足を止めようと抗議する。

「ちょ、ちょっと待てよ桐乃。
 おれ、コイツに大事な話があるんだよ。」

「は?何それ、アンタ何言ってんの?」

いつもの軽蔑するような目で俺を睨む妹。
おっかないが、ここで負けてやるわけにはいかない。

「お前こそ何言ってんだよ。俺は―――――」

「―――もういい!!!・・・勝手にすれば?
 アンタたちがイチャついてるキモい場面なんて、あたし見てらんないし。」

それだけ言って、妹はさっさと行ってしまった。
絡めていた腕も、あっさり解いて。
涙を流しながら。









帰宅すると、午後5時を回っていた。

結局俺は、麻奈美に一言だけ詫びて、家に帰ることにした。

麻奈美は、自分は何も悪くないくせに、
何故か俺と、ここにはいない桐乃にも謝ってきて、最後に、

「がんばってね、お兄ちゃんっ。」

と、いつかのように送り出してくれた。


桐乃の靴はある。
普段と違い、揃えられていなくて、まさに脱ぎ散らかしたといった風情だが、
とりあえず帰っきてるらしい。

とはいえ、やはりリビングにはいない。
俺はいつもそうするように麦茶を飲みほした後、買い物袋を置き、
階段を上がっていく。

―――俺には桐乃がよく分からない。

あいつは俺の預かり知らない理由で機嫌良くなったり、逆に悪くなったり。
そんでいっつも俺はそれに振り回されてよ。

何かあればいつもキモ、だのウザ、だのシスコンだのと罵倒してくるし、叩くし、蹴るし。
ワガママで、俺に無茶な要求ばかりしてくる。

そのくせ眉目秀麗学業優秀スポーツ万能で。
何やったって敵わないから、あいつがいる限り俺は肩身の狭い思いをするんだよ。

基本的には大っ嫌ぇな奴だよ。
妹でなきゃ関わりたくない女だ。
いいじゃねえか、そんな奴ほっとけばよ。

でも、俺はあいつの兄貴なんだ。望もうが望むまいがな。

桐乃が嬉しそうにしてれば、ずっとその顔を見ていたいと思う。
桐乃が泣いてれば、力になってやりたいと思う。

それに、色んな事に興味を持って、それぞれを全力で大事にするあいつを見て、
桐乃の姿を知って、俺も変わったんだ。

あいつのおかげで、俺の人生には楽しいことが増えた。
死ぬまで平凡でいいなんて考えだったのに、それだけじゃ足りなくなっちまった。

俺は桐乃のことよく分かっちゃいないのかもしれないけどよ。
妹が泣いてたんだ。

―――兄貴の俺が、あいつを泣きやませてやるのが当然だろ?






「桐乃、いるんだろ?」

コンコン、とドアをノックする。返事はない。

「・・・入るぞ。」

何とはなしにそんな気がしていたが、鍵はかかっていなかった。

今日もいつものように、甘い香りがしている。
黄昏の日の光の混じった部屋は、本来の明るい色を打ち消して、どこか寂しさすら覚える。

桐乃はタコのクッションを抱きしめて、ベッドの上に座っていた。

「・・・何よ。アンタ、地味子のトコ行ったんじゃなかったの?」

「行かねーよ。今日は一日お前につきあうって、さっき言ったろ?」

「・・・・・・。」

桐乃の表情からは、何を考えているか、何を思っているか、
やっぱり俺には汲み取ってやれない。

「俺さ、お前が何考えてんだか分かんねーよ。」

「・・・あたしも、アンタが何考えてんのか分かんない。」

今度は返事をくれた。その真意はわからないが。

「なあ桐乃。ひとつ聞いてもいいか。」

「・・・何よ。」

「お前さ、昨日はメシどうしたの?
 今日は作るつもりだったらしいけどさ。
 昨日はお袋達、急に出かけちまったんだろ?」

「・・・・・・。」

桐乃は何故か答えない。

そう。思えば昨日からこいつは変だった。
急に料理するなんて言いだしたりしてさ。

だから俺は、昨日コイツに、何かあったんじゃねえかと思ったんだ。

「・・・食べてない。」

は?食べてない?

「食べてないって・・・。なんでだよ。」

そう聞くと、桐乃は俺をキッと睨みつけ、叩きつけるようにタコのクッションを
俺の顔面に投げつけた。

「っ!?」

俺は急なことに反応もできず、まともに顔面にダメージを受け、
一瞬息が出来なかった。

気がつくと桐乃が俺のシャツの襟に掴みかかってきた。

妹は泣いている。
大きな瞳に涙をあふれさせ、射抜くように俺を見ている。

「アンタが!アンタが・・・・!!」

それだけ言って、桐乃は俯いてしまった。

俺?。
だって、俺は昨日―――。

「・・・あたし、待ってたのに・・・・!!
 ドコ行こうとか考えて、そのあとも、いっぱい、いっぱい・・・・。」

「あっ・・・。」

確かにお袋には連絡したが、桐乃には連絡していなかった。
普段からも、そんなことしないし、それが自然なことだった。

それに、言っちゃなんだが、桐乃は俺よりもお袋に信用されている。
だからもし、急に一人で食事することになっても大丈夫と、お袋は考えたのかもしれない。
何より、恩人の窮地に慌てて駆けつけて行ったんだ。
桐乃なら大丈夫、と信じたかったんだろう。

でも桐乃は、俺が外食してくるなんて知らないから、俺のことなんかほっときゃいいのに
待っていてくれて・・・。

「お母さんに電話したら、あんた、アイツのトコに行ったって・・・・。
 そう、言われて・・・・・・。」

桐乃は俺の襟を離して、床にへたりこんだ。
顔を両手で覆って、泣いている。


遠い、忘れてしまった昔の記憶が頭を過った気がした。
俺は、俺だけは知っていたはずだ。
桐乃が、こんな風に、寂しがって泣くやつだって。
なのに今、俺は妹を寂しがらせて、泣かせている。


「ねえ、兄貴。あたしも、ひとつ・・・聞いていい?」

「何だ?」

「やっぱさ、あたしってアンタにとって、ど、どうでもいい子なのかな。
 ほんとは兄貴、あたしの、事、き、・・・っ嫌い、なの?」


聞いた誰もが胸を痛めるような、怯えた、不安そうな声。
普段のコイツじゃ絶対想像もできない声で、妹は本音をぶつけてきた。

・・・何が、泣きやませてやらなきゃだよ。
誰より俺が。コイツを一番泣かせてるじゃねえか。

俺がいくらバカでも分かる。
これは、昨日今日の話じゃない。

桐乃はきっと、ずっとこんな寂しさを抱えてたんだろう。
それはきっと、俺が長年コイツを無視して、いないものとして扱ってきたのが原因で。
そのせいで、妹はずっと泣いてたのかもしれない。

その気持ちに、どれだけ報いることが出来るか分からないけど。
少なくとも、俺は今の自分の素直な本音で返した。
出来るだけ伝わってくれるように。いつかのように桐乃の肩を両手でつかんで、正面から。


「うるせえ。これで最後だぞ。3回目は言わないからな。
 ・・・俺は、お前がいないと寂しくて死ぬかもしれない。」










「・・・ほら、早く食べてよ。」

「おう。いただくぜ。」

俺は桐乃が用意してくれた食卓に着く。

『カレー肉じゃが』
名前の通り、カレー風味の肉じゃがだ。ひねりはない。

男子たるものは皆、肉じゃがとかカレーっていうのが大好きなんだ、と俺は思う。

その2つを贅沢にも組み合わせた目の前の一品は、なるほど食欲を誘う良い香りのみならず、
女の子の手によって生み出された、という付加価値によって、極上のポニータと化している。

しかも調理人は今をときめく売れっ子読モ様ときたもんだ。
夢のようだろう?それが例え実妹だとしてもだ。


さて、桐乃は悪戦苦闘の末、見事な夕食を用意してくれた。
俺が手伝うと言っても聞かず、皿出しくらいしかさせてもらえなかった。

やれジャガイモの皮むきだ、玉葱の皮むきだ、と強敵達を死闘の末打ち倒し、
長い作業時間の末、ついにカレー肉じゃがは完成したのだった。

調理中の桐乃は、いつか見たモデルの仕事中と同じく、真剣な顔つきで、
俺は怪我を心配しながらも、安心して見ていられた。
けっ、あいつがああいう顔するってことはな、上手くいくってことなんだよ。
ざまあみろ、と誰に対してでもなく一人呟く俺。マジクール。

おっと、回想はここまでだ。


俺はカレー肉じゃがに箸を伸ばし、まずジャガイモを取る。
硬さ、そして味の染み具合。

これが肉じゃがの奥義といっていい、と俺は思っている。

桐乃も同じ考えなのか、緊張の面持ちで俺の顔を見ている。
・・・そんな緊張すんなよ。

お前の作ったモンがマズイわけないだろ?
絶対に口に出しては言わないが。

俺はそのままジャガイモを頬張る。

・・・・・・これは。予想外に。

「ど、どうなの・・・?」

「辛い。辛いんだが、美味いぞ。メチャクチャご飯が進むぞ。」

言って炊きたての白米をかきこむ。
米を口に含むと、出汁、辛さが非常に塩梅良くなって実に美味い。
いくらでも食べられそうな気がしてくる。

これはヤバい。癖になりそうだ。

その後も肉じゃが、米、肉じゃがの順で箸が止まらない。

「ちょ、ちょっとアンタあせりすぎ!のど詰めるよ?」

「うっせ!美味いんだよ!文句あっか!」

「・・・・・・ばかじゃん。」

「いいから、ほら、お前も座れよ。」

「はいはい。ってか命令しないでよね。
 そういうのマジウザいから。」

言いつつも桐乃は輝くような笑顔を見せている。

そんな桐乃を見て、つい口に出してしまった。

「・・・お前の手料理毎日食える奴は幸せだよな。」

「――なっ!!?」

みるみる赤くなり、口をパクパクさせている桐乃。
な、何だ急に??

「あ、あああアンタ!!
 今あたしのカラダ舐めまわすように見たでしょ!!?」

「ぇえええええ――!?
 見てねえよ!どうしてそうなった!!?」

「い、妹のエプロン姿に欲情するとかマジありえない!!
 っ、まさか、あああ、あたしに裸エプロンしろとか言い出さないでしょうね!!」

「言わねえ―よ!!?だからどうしてそうなった!?
 落ち着け桐乃!お前はエロゲーのやりすぎだ!!」

「き、キモ、キモっ!キモっ!!
 この変態!鬼畜!!強姦魔!!シスコン!!!」


はあ・・・。
ったく。コレだよ。結局いつもと同じじゃねえか。

・・・いや、違うか。
今回、俺は気づいたことがある。

それは、俺は俺が思うほど、妹に嫌われちゃいないってことだ。
少なくとも、俺がいなくて寂しがってくれるくらいには。

だから変えなきゃならないのは、俺のこいつに対する認識だ。

「あぁ~~キモかった。マジ引いたし。そもそも、まだそんなアブノーマルな・・・。」

ま~だ何か言ってるしよ。
へっ、相変わらずコイツのことはよく分かんねえけどさ。
いつかは、ちゃんと理解してやれるようになってやるからよ。

期待してろよな。桐乃。




終われ



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最終更新:2011年01月10日 21:04