<俺の妹の手料理がこんなに○○なわけがない(SIDE:桐乃)>
※多分7巻2章後。
※注意事項:寂しい系、むしろ切ない系、妄想過多、エロゲのような主人公の兄貴


試験期間中の放課後。

部活も仕事もない今日、親友のあやせ達と下校し、あたしは家に帰った。


「ただいま、お母さん。」

「おかえりなさい、桐乃。」


お母さんはそれだけ言うと、なんだか慌ただしく出かける準備をしていた。

旅行用カバン?


「桐乃。今日からお父さんとお母さん、泊りがけで出かけるんだけど、アンタ大丈夫?」

「えっ、大丈夫だけど、どうかしたの?」


昔、両親がお世話になった共通の恩人が、交通事故に遭って入院したらしい。

それで、その人にはもう身寄りが無く、身の回りのお世話の出来る人がいないから、
そういうサービスの手配と、昔の恩返しのために色々世話を焼きに遠地まで行く、ということだ。


「京介も18だし、アンタもしっかりしてるから。安心して出かけられるわ。」

「当たり前でしょ。アイツはともかく、あたしを誰だと思ってんの、お母さん。」


あたしは、いつもの自信満々の態度でお母さんに言ってあげた。

律儀な両親が安心して恩人を助けに行けるように。

困っていて、どうしようもない時に誰かが助けてくれる、その喜びを
あたしはよく知っているから。


「お兄ちゃんと喧嘩しちゃダメよ。」


じゃあ、京介にもよろしく言っといてね、と言って、お母さんは出かけて行った。


喧嘩しちゃダメ、か。

ゴメン、お母さん。それは約束できないかな。








「――ふう。」


あたしはコーラで喉を潤し、ソファに腰掛けてファッション雑誌を手に取った。

いつも通りのあたしのリラックスタイムだ。

でも、今日は雑誌をパラパラとめくるものの、内容に集中できない。


―――明日まで、兄貴と、京介と二人っきり。

さっきから、あたしの頭はそのことで一杯だった。

嬉しさと、同じくらいの苦しさと、期待と、諦観。


あたしと京介は、以前は最悪に仲の悪い兄妹だった。

京介は、ある時期からあたしを無視するようになり、まるであたしが存在しないかの
ような態度をとるようになった。


あたしは何故そうなってしまったのか分からないままに、だけどひとつだけ理解していた。

―――あたしの兄貴だった人は、いなくなってしまったんだ、ってことを。

だからあたしも、京介に対しては、あんたなんか大嫌いって、そんな態度をとるようになった。


でも、去年の初夏。忘れられないあの日。

あたしがいつからか夢中になっていた、人には言えない、でもとても愛しい『秘密』。

それを、ドジを踏んで京介に知られてしまった。

あたしの周りには、あたしの趣味を理解してくれそうな人なんて一人もいなかった。

親友のあやせも、両親も、もちろん京介だって、アニメやゲームにはちっとも興味が無い人たちだ。

だから誰にも相談できなかったし、オタバレなんてしたら生きていけないと思っていた。

なのに。



「お前がどんな趣味持ってようが、俺は絶対バカにしたりしねぇよ。」



その後も、京介はあたしを何度も助けてくれた。

オタクの友達を作るのを手伝ってくれた。

あたしの大切な趣味を守ってくれた。

あやせに絶交された時も、仲直りさせてくれた。

深夜の秋葉原から、電車もタクシーもないのに飛んで帰ってきてくれた。


京介のおかげで、あたしの人生には楽しいことがいっぱい増えた。

だからアイツにはとても感謝している。


でも、その度に、今では当たり前のように、考えるようになってしまった。

アンタ、あたしのこと嫌いなんじゃなかったの、って。

あたしには、なんで京介があんなに優しくしてくれるのか、分からない。


「一緒に帰ろうぜ。じゃないと俺、死ぬかもしれない。」


あたしがいないと寂しいって、そういって泣いてくれて。

京介にそう言ってもらえたら、他の何より力が湧いてくる自分に気付いて。

それなのに、いまだに京介は、不機嫌そうな、うざったそうな目であたしを見てくる。

あたしたちの関係は、変わっていない。


だから考えてしまう。

基本的に京介はお人よしだ。

だから、単にあたしが『妹』だから助けてくれるだけで、優しくしてくれるだけで、

ほんとは、あたしのコトなんか―――――――――。


あたしの新しい、誰にも言えない『秘密』。

とても大切で、何度も捨てようと思って、でも出来ないあたしの『秘密』。

もう、自分ではどうにも出来なかった。








「―――はあ。バカ兄貴。あたしにどうしろってのよ。」

いつの間にか、ソファにうつ伏せになって、ボーっと考えてしまっていた。

親がいないからって、だらけ過ぎよね。

それに、京介が帰ってきて最初に見るあたしが、こんな姿なんて、ヤだし。


あたしは部屋に戻って部屋着に着替え、姿見でチェックする。

・・・超カワイイじゃん、あたし。

少し自信も戻ってきたので、今日の貴重な時間をどう過ごすか、計画を立てることにしよう。






10分後。

今晩の予定を立てたあたしは、いつも通りリビングで待機することにした。


あたしの立てた計画はこうだ。

まず、夕飯は京介と外食に行こう。

服もあたしが見立ててやって、あたしもバッチリカワイイ服でキめて、

去年買って貰ったピアスをつけていこう。

京介、気付いてくれるかな。鈍感だから、あんま期待できないけど。

頑張って、また腕も組んでみよう。デートの練習とか言って押し切れば、なんとかなるはず。

京介、どんな顔するかな。不安だけど、ちょっと楽しみ。


帰ったら、メルルのDVDをリビングの大画面で見よう。もちろん2人で。

京介は嫌がるかもしんないけど、今日は神シーンばかり見せて、絶対面白いって言わせてやりたい。

そしたら、これからも一緒に見てくれるようになるかも、だし。






1時間後。

あたしは今日の楽しい予感を味わいながら、ちらちらと時計を気にしていた。

時計は午後5時30分を示している。

・・・京介、遅いな。

図書館で勉強とかしてるのかな。

何だかんだで受験生だし。

こんな日くらい早く帰ってきなさいよね。

あたし、楽しみにしてるんだから。





さらに1時間後。

・・・おかしいな。

もう門限の時間なのに、京介は帰ってこない。

もしかして、何かあったのだろうか。

アイツが門限までに帰って来なかったことなんて・・・。


「―――――あ。」


あたしは、今日の楽しい予感が全部崩れていく音を聞いた気がした。

ウソ。そんなのってないよ・・・・・・。

京介に連絡して確認―――。

・・・ダメ。あいつから「そう」だって聞くのは耐えらんない。













「ごめんね、桐乃。・・・ったく、京介も間の悪い子ね。」

「ううん、忙しいのにごめんね、お母さん。それに、あたしなら一人でも大丈夫って、
 知ってるでしょ?」

「それもそうね。でも桐乃。夜道は気をつけるのよ。あんた、あたしに似てカワイイんだから。」

「うん、そうする。じゃあ切るね。」


―――ピッ。


「・・・・・・・・・。」


京介は田村さん―――地味子のところで夕食をご馳走になっているそうだ。

なのに、あたしはそんなことも知らずに、ドコ行こうとか、何しようとか、

一生懸命考えて―――。


「バカじゃん、あたし。」


そう、独り言を漏らして、考えたくもないことを考えてしまう。


あたしは京介が地味子と話している姿を思い出してしまった。

心からリラックスして、優しい顔。

まるでそれが当然のように、相手を信頼している穏やかな顔。

あたしには絶対向けてくれない、そんな顔を。


思い浮かべて、寂しくて、涙が出てきた。



「あたしがいないと寂しくて死んじゃうんでしょ。シスコンでしょ、アンタ。」

「なのに、なんであたしを一人にするのよ、バカ兄貴。」

「アンタが何考えてるのか、分かんないよ―――。」



膝を抱えて顔を埋める。

分かってる。

アイツにとって、地味子の方が、気が合う、安心できる奴なんだって。


でも、それもそうかもね。

あのヒト、いっつも柔らかくて、あったかくて、穏やかな顔してるもん。

京介は鈍感だから気付いてないかもだけど、好意丸出しって感じ。


あたしは、そんなの出来ない。怖いから。

ホントはあたしのコト嫌ってるかもしれない京介に、そんなの出来るわけないじゃん。


勇気だして、ホントのコト言って、また気持ち悪いみたいな顔されたら。

あたしきっと、どうしていいかの分かんない。

あやせに絶交された時みたいに、落ち込んでるのを誤魔化すしか出来ない。


あんた、いっつもあたしのこと、強いヤツみたいに言うけどさ。

ホントは弱いんだよ、あたし。

あんたに嫌われてたらって、考えると泣いちゃうくらいには。

あたしの弱いトコなんて、見せられる人、あんまいないんだよ?


お父さんやお母さんは、あたしのこと自慢の娘だって思ってくれてる。

親友のあやせだって、あたしのこと自慢の親友だって言ってくれてる。

モデル仲間や、陸上部のみんなだってそうだ。

高坂桐乃は何でも出来て、カッコよくて、スゴイんだって、そう思ってくれてる。

あたしはそれがすごく嬉しいし、絶対、その信頼は裏切りたくない。


そうじゃない、ダメなオタクのあたしを見てくれる人たちだっている。

黒猫は、どんなにケンカしても、懲りずにあたしと付き合ってくれて。

沙織は、あたしや黒猫といっしょにいて、心から楽しそうにしてくれて。

どっちかなんて選べない、大好きな友達。


あたしには、こんなにも大事なものがたくさんある。

きっと、誰からも羨ましがられるくらい、恵まれてるって思う。


でも、それでも。

誰よりあたしに力をくれるのは、アンタなのに。

一緒にいられなくて、一番寂しいのはアンタなのに。


「なんで帰ってこないのよ、バカ兄貴―――――。」













ひとしきり落ち込んだ後、メイクを直して。

アイツが帰ってくるまでどうしようかと考えていると。

台所で、お母さん愛用の料理雑誌を見つけた。


「料理、か。」


もし、あたしがすっごく料理上手で、京介の好きなもの、
何でも作ってあげれたら―――。

そんな縋るような気持から、料理を覚えようと思った。

いつも通り、妥協せず、徹底的に。

あたしは、落ち込んだ気持ちが立ち直るのを感じながら宣言する。


「絶対、美味しいって言わせてみせるから。」

「覚悟しなさいよね、バカ兄貴。」







終われ



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最終更新:2011年01月10日 21:05