170 名前:本当の気持ち【SS】1/3[sage] 投稿日:2011/01/24(月) 01:05:37 ID:T9LCokua0 [1/3]
あたしは今ロサンゼルスから成田へ向かう飛行機の中にいる。夢半ばで諦めて、日本に帰るところだ。
こんなにも悔しくて、情けない思いをしたことを書くのはつらいけれど、
この貴重な経験はいつかきっと、あたしの力になる。
そう信じて今回のアメリカ留学の事を忘れないうちにここに記しておこうと思う。
と言っても絶対忘れないケド。
今、隣で兄貴が寝ている。あたしが帰ろうと決心した理由はこの兄貴の存在に他ならない。
こんな書き方をすると兄貴のせいみたいな感じがするがそうではなく、
あたしの兄貴に対する「本当の気持ちに」気付いてしまったからだ。
なぜその気持ちに気付いたか、いや気付かされたかは留学前の事から書いていこうと思う。


あたしは誰にも相談せずに一人で留学を決めた。もし失敗したときに言い訳を誰かのせいにしないために。
それでもアメリカに行くことは、みんなに言うつもりだった。でも言えなかった。
お父さん、お母さん、学校の先生には、手続きの関係上初めに話はした。
それ以外で最初に伝えたかった兄貴に、なかなか切り出す事ができなかった。
だから、何か理由を付けて二人きりになる機会を作ろうと思い、エロゲーを一緒にやることを思いついた。
作戦通り二人きりになれたが、肝心なことが切り出せない。
兄貴、シスコンだから反対されたらどうしよう、賛成されてもなんか嫌だし。そんな葛藤をしていた。
時間だけが過ぎていった。

結局言えなかった…。
最初に兄貴に伝えようと思っていたので、あやせや黒いのや沙織にも伝えられなかった。

172 名前:本当の気持ち【SS】2/3[sage] 投稿日:2011/01/24(月) 01:06:45 ID:T9LCokua0 [2/3]
あたしは誰にも言わず、アメリカへ向かった。
兄貴のパンツをトランク一杯に詰めて。
自分の洋服とかは現地でも調達できるけど、兄パンは手に入らないから。

アメリカに着いてから兄貴達に連絡をしようと思ったが、ここであたしはある縛りを自分にかけることにした。
ここに来ている強化選手の誰かに、公式タイムアタックで一勝するまでは兄貴達に連絡をしない。と。
全力でやればなんとかなると思っていた。兄貴のパンツがあれば大丈夫だと信じていた。
でも、世界はそんなに甘くは無かった。
毎日兄貴のパンツをくんかした。それでも勝てなかった。
きっとここに来ているみんなも大切な人のパンツを持って来ていたんだろう。

日々薄れてゆくパンツの匂いとは裏腹に、不安は募るばかりだった。
悔しくて…情けなくて…寂しくて…毎晩、涙で兄貴のパンツを濡らしていた。

あたしはもう限界だった…。
それでも帰る訳にはいかない。
そこで一つの決心をした。自分の大事な物を捨てよう…と。
そして…兄貴のパンツをすべて捨てた。兄貴に預けておいたコレクションも捨てるようにメールで頼んだ。
あたしの中にまだある甘えを消すために。

その翌日。心機一転、背水の陣で練習に臨もうと意気込んでいたのに、コーチから練習禁止を言い渡された。
何を言っても取り合って貰えなかった。あたしは部屋で意気消沈していた。
兄貴に会いたい…兄貴の声が聞きたい…兄貴の匂いが嗅ぎたい…。寂しくて死んでしまいそうだった。

その時、どこからか懐かしい匂いがしてきた。たしかに兄貴の匂いだった。
しかしあのとき寮には、あたししかいないはずだった。幻覚…?いや、幻臭…?などと思っていたらインターホンがなった。
こんな時間に誰だろ?と、ドアを開けると、たった今あたしが強く願った兄貴の姿がそこにあった。
引きつった笑顔で「よっ久しぶり。」と言った兄貴の声を聞いた時、 あたしは嬉しくて嬉しくて涙が出そうになった。
が、悟られたくないので、いつものように悪態をついてしまった。あたしってホントに素直じゃないよね…。
だけどこのまま女子寮に入れるわけにもいかないので、学校側に兄貴を寮に入れてもよいかと尋ねたら、
一晩二人きりになれるよう便宜を図ってくれた。

173 名前:本当の気持ち【SS】3/3[sage] 投稿日:2011/01/24(月) 01:07:47 ID:T9LCokua0 [3/3]
そして兄貴を部屋に入れてお互いの近況報告をした。その間もあたしは涙をこらえるのに必死だった。
なのに兄貴ってば「エロゲーやりにきた。」とか言っちゃって一緒にエロゲーやることになっちゃうし…。
あたしもこっち来てから全然できなかったから、思わず「やる」って言っちゃったケド。
でもゲームより兄貴と二人きりという状況の嬉しさであんまり集中できなかった。聞きたい事もあったし。
そこで意を決して、あたしのこと心配してくれてたのかと、兄貴に尋ねた。
兄貴はさらりと心配してたと言ってくれた。おまけに寂しかったって。どんだけシスコンだっつーの。
でもたった一行のあのメールだけで、あたしの気持ちを察してアメリカまで飛んできてくれた。そして一緒帰ろうと言った。
あたしは思わず兄貴の胸に飛び込みそうになった。だけどそれをしてしまったら自分に負けたことになる。
あたしはまだ何も結果を残していなかったからだ。「帰らない」それが答だった。他に選択肢はなかった。
すると兄貴は突然あたしの肩をつかんで「おまえがいないと寂しい」「一緒に帰らないと死ぬかも」と言った。
あたしがさっき思っていた事と同じ事を兄貴も想ってくれていた。頭が真っ白になりそうだった。
肩をつかむ兄貴の手の感触。
目の前に少しでも近づけば唇がふれてしまいそうなくらいの距離に兄貴の顔。
鼻腔をくすぐる兄貴の匂い。まるで夢のようだった。
そこで初めて気が付いた。あたしに必要だったのは兄貴のパンツじゃなくて、兄貴そのものだったことに。

あたしはようやく帰る決心がついた。でも帰る前にしておかなければならない事があった。
今なら勝てる気がした。何でもできる気がした。

そしてあたしはついに世界に一矢報いる事ができたのだ。
あたしがあたしでいられるのは、兄貴がそばにいて初めて成り立つものだったと気付かされた。

今こうしてアメリカから帰国するところだが、いつかきっとまたあたしはアメリカに行く。
最初のほうに「諦めて」と書いたが、やっぱ諦めない。絶対リベンジしてやるんだから!
その時は、今日言えなかったあのセリフを言おう。
あたしの大切なものを守ってくれたあの日の兄貴に言った言葉。

「ありがとね」って。



そう書き終えると、桐乃は隣で寝ている京介の頬に、そっと唇を乗せた。

~終~


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最終更新:2011年01月28日 20:40