714 名前:第一巻4章親父視点(過去捏造)【SS】1/2[sage] 投稿日:2011/02/03(木) 00:34:00 ID:ClqS6AELP [1/11]
 これは懐かしい思い出だ。
 いつまでたっても薄れることはない、かけがえのない思い出。
 それは大事な娘の、桐乃の生まれた日の記憶。

「おとうさん、おかあさんだいじょうぶかな?」
「大丈夫だ。母さんは強いからな」

 不安そうにこちらを見る息子、京介の頭をなでて病院の中を静かに歩いていく。
 そうしているうちに一つの病室の前まで来た。
 『高坂佳乃』、妻がいる病室だ。ここに、また一つ俺の宝が増えた証がある。

「俺だ。入るぞ」
「どうぞ」

 返ってくる声にホッと安心したのがわかった。どうやら俺も思った以上に不安だったらしい。
 ドアを開けて京介を連れ立って病室に入った。
 真っ白な病室。簡素なベッドに佳乃が寝ているのがわかった。
 佳乃はこちらを見ると体を起こして微笑み、京介は我先にとベッドに駆け寄っていった。

「おかあさん、だいじょうぶ?」
「ええ、大丈夫よ。この通りピンピンしてるわよ」

 腕をまくり、力こぶしを作るように腕を曲げる佳乃の姿にクスリと笑いが漏れる。
 そしてその横に、今日生まれたばかりの、かけがえのない家族の姿が見えた。

「この子が…」
「ええ」

 横たわる小さな体。
 高坂桐乃。大事な大事な、将来自慢の娘になる桐乃との初めての邂逅だった。

「……がんばったな」
「あら、あたりまでしょう?なんたってあなたの奥さんなんだから」
「フッ、違いない」

 普段あまり相手を褒めることがない俺の精一杯の言葉に佳乃は当然だと言い切った。
 その頼りがいのある返事に胸が熱くなる。俺はいい奥さんを貰ったものだと。
 ふと隣を見れば、京介が不思議そうに桐乃の覗き込んでいるのがわかる。
 その姿を佳乃は顔に微笑を浮かべて見守っていた。

「おかあさん、これあかちゃん?」
「こーら、これなんて言うんじゃないの。この子はね、これから京介の妹になるんだから」
「いもーと?」
「そうだ」

 理解が出来ていないであろう京介の頭に手を乗せつつ言葉を紡ぐ

「これからは、お前はお兄ちゃんになるんだぞ」
「おにいちゃん?ぼくが?」
「ああ。お前は桐乃のお兄ちゃんにになるんだ。そして、お兄ちゃんは妹を守ってあげるものなんだ」
「まもる?」
「うむ。もし桐乃が、妹が泣いていたらお前が守ってあげるんだ。お前はお兄ちゃんだからな」
「おにいちゃん…いもーと……まもる…うん!わかったよおとうさん!きりのはぼくがまもるんだね!」」

 きっと京介はほとんど意味を理解していないのだろう。それでも、その瞳にうつる純粋な輝きは眩しかった。
 これならきっと、京介はいい兄になるだろう。そう思ったのだ。


716 名前:第一巻4章親父視点(過去捏造)【SS】2/2[sage] 投稿日:2011/02/03(木) 00:35:13 ID:ClqS6AELP [2/11]

 ひどく昔のことを思い出した。
 それはおそらくさっきの京介の目を見たからだろう

『―――かわいそうじゃねえか。な?頼むよ……!』

 あの時の目。それはあの頃の、まだ京介と桐乃の仲がよかった頃に見せていたあの目のようだった。
 いつからか不仲になっていた兄妹。
 なんとなく、心当たりがないわけではなかった。
 『田村さんちの子供になる』。
 京介がふてくされたときに時折言うようになった台詞。
 あいつはあの台詞を、初めて言ったときのことを覚えているのだろうか。
 おそらくもう覚えてはいないのだろう。それは京介の態度を見ていればかわる。
 小さい息子が、ある事実を知ったときに初めて言ったあの台詞を、俺は忘れることができない。

『おとうさん、ぼくはきりのとけっこんできないの?ずっといっしょにいられないの?
 きりのときょうだいじゃなければいいの?だったらぼく、まなちゃんのいえのこどもになる!』

 ひどく悲しげに、瞳に涙を溜めていた。
 それほどまでに妹を大事に思っていたはずの京介は今は見る影もなかった。
 平凡に身をゆだね、濁った瞳はどうしようもなく手遅れなのだと後悔した。
 だが、さっき見せたあの瞳は、昔の京介にダブってみえた。
 もしかしたら。そんな考えが頭をよぎる。
 だからこそ、猶予を与えた。
 あいつがどのような答えを出すのかは、なんとなくわかっている。
 ならば、俺は親としての務めを果たすだけだ。
 『妹を守る』
 今のあいつならば、きっとあのときの言葉を守ってくれると思える。
 だがそう簡単に折れると思うなよ。陳腐な言葉や態度ならば納得してやるつもりはない。
 それ相応の、覚悟を見せてみろ京介。
 今のお前にとって桐乃が、妹がどういう存在であるか俺に示して見せろ。
 それが出来れば俺は……もう一度、お前と向かい合うことが出来ると思っているのだから。

 ガチャリ

 ……フッ、覚悟はきめてきたようだな。

「京介、挨拶はどうした」
「た、ただいま」

 さあ、お前はどんな話を聞かせてくれる?



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最終更新:2011年02月06日 02:07