262 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/02/11(金) 06:52:10 ID:45lP1ruh0 [3/4]

「京介、桐乃。ちょっと来なさい。」

とある金曜日の夕方、俺達二人は、親父に呼ばれてリビングに居た。

「二人とも、すまないが、俺は急に出張に行かなければならなくなった。」
「また、急な話だな。」
「お父さん。お仕事何か、問題でもあったの?」
「うむ。お前達も、今、横浜で首脳会議が行われてる事位知っているだろう?」
「ああ、それくらいは。」
「その為に、警備の人間が大量に駆り出されてる所に、昨日の大事件だ。
 人手が足りなくなって、俺も泊りがけで応援に行かなくてはならなくなった。」
「うん、わかった。でも、これまでもそういうことあったし、なんで急に?」
「実はな、お母さんは今、高校の同窓会に行ってしまってな。日曜まで帰ってこない。」
「…マジかよ。」
「ってことは…」
「察しが良くて助かる。丸二日間になるが、家の中のことは頼んだぞ。それじゃあ、行ってくる。」

こうして、俺達二人は、二人だけで二日間を過ごす事になった。
親が仕事で忙しい人なら当然?まあ、普通はそうだろうさ。
だが、桐乃…俺の妹は、生意気で可愛くねーし、俺を見下してやがるし。
それに最近は………………そう、あいつの無茶を聞くハメになったり、恥ずかしい目に会う事も多いしなっ!







「それじゃ、さっそくだけどぉ。あんた、家事全部やりなさいよ。」
「なに言ってやがる!?お、俺は受験生なんだが?」
「チッ、使えないんだから」

いや、お前の言ってる事が無茶苦茶なだけだろ?

「仕方ないから、あたしがご飯作ったげる。あんたはそれ以外全部ね。」
「まっ、待てっ!思いとどまれっ!」
「ハァ?あんた、何言ってんの?」
「…今年のバレンタイン。あの顛末を覚えてないとは言わせないぞ?」
「な、何よ。なんか文句あんのっ!?」
「お前―――いや、やっぱ、ええと………一緒に作ろう、なっ?」
「………フンッ、まあ、あんたがどうしてもって言うんなら、考えてあげなくもないけどー?」

とりあえず怒らせずに済んだようだ。あぶねーとこだったな。
それにしても、こいつはどうしてこういう言い方しかできないかね?

「是非、手伝わせていただきたいです。」
「そこまで言うんなら、手伝わせてあげる。感謝しなさいよねっ。」

まあ、何にしても、これで死だけは回避できそうだ。
俺のプライドはズタズタだけど、命には代えられないよね!

「それで、何作るんだ?」
「………」
「何も考えてなかった、か」
「う、うるさいっ!今考えてんだから。」
「それじゃ、カレーはどうだ?お袋もよく作ってるし、楽だろ?」
「カレー………………そっか、カレーなら。うん、カレーにしよっか。」

ん?なんだ、今の逡巡は?そんなに考え込む事か?
ま、いいか。カレーならいくらなんでも食べられねーことは無いだろう。

「よし、食材は…揃ってるな。カレールーもあるし、買出しの必要もなさそうだな」
「じゃあ、あたしが作ってあげるから、あんた、別の仕事しなさいよね。」
「本気か?俺も手伝うぞ?」
「いい。あたしが一人でやるから。」

大丈夫か?特に、俺の胃袋。
だが、こいつ、言い出したら聞かないもんなー
せめてご飯くらい、食べられるようにしておくか。

「それじゃ、俺は米炊いてから、風呂洗い行ってくるわ。皮むきくらい、できるよな?」
「当然でしょ?じゃ、さっさとやってよ。邪魔だから。」

俺が心配してやってるのに、ひっでぇ扱いじゃね?

さてと、米は3合もあれば十分だな。これでよし。

「それじゃ、風呂洗い行ってくるわ。」
「すぐ、終わらせなさいよね。」
「おう」



風呂掃除を終わらせて、キッチンに戻ってくると、桐乃は未だに野菜相手に奮闘を続けていた。

「あーもうっ、むかつくむかつくむかつくっ!」
「何を騒いでやがる。」

よく見ると、目を真っ赤に腫らして、涙を流している。

「タマネギ、か。」
「何よコレっ!ちょっと切っただけなのにっ、目が痛くなるとかっ!」
「タマネギなら当然だろう?」
「あんた、ちょっとは労わりなさいよねっ!可愛い妹が、こんなになってまで夕食作ってるのよっ!」
「おまえなあ。交代するか?」
「あたし一人でやるって言ったじゃん。」
「だけど、目が痛いんだろ?―――って手元見ろっ!」
「えっ?…痛ッ!」

言わんこっちゃねー!指切ってるじゃねーかっ!
絆創膏、は、切らしてるんだったか………仕方ねー!

「桐乃、手を出せ」
「えっ、何?」

―――チュパッ

「な、な、な、な、何っ!?やってんの!?あんたっ?」

血を止める手段がねーんだ、仕方………………ないっ、無いにきまってるっ!
あーでもこいつの指の味、血の味と混ざって、ちょっとしょっぱいけど、なんか気持ちいいな…
いつまでも舐めてい………………って俺、何考えてんだっ!?

「す、すまんっ調子にのりすぎたっ」

俺はあわてて桐乃の指から口を離し、桐乃の方を恐る恐る見たが―――
なんだか顔が真っ赤だし、目の焦点も合ってない。心なしか口元もゆるんで、心ここにあらずといった感じだ。

「桐乃っ!大丈夫か?痛かったのか?」
「ふぁ?」
「お、おいっ、しっかりしてくれよっ」
「う…ん。」
「ごめんな、痛かったんだろ?」
「………そ、そうよっ!あんたのせいで気を失うトコだったんだからっ!
 とりあえず血は止まったし、ゆるしたげるケド…」
「ほんと、スマンかった。…おまえ、手を怪我してるし…皮むきくらいやらせてくれよ。」
「わかった。でも、料理はあたしがするんだからねっ!」

と、とりあえず大丈夫だったか。
それにしたって、手のかかるやつだよな。ほんと可愛く…ねーな。

さてと、タマネギは殆ど終わってるな。後はニンジンを切って。よし、コレでいい。

「ほれ、出来たぞ。」
「よし。それじゃあっち行って。邪魔。」

そして、この仕打ちっすか?
俺はせいぜい犬と同レベルってか!?

「…後は任せた、ぞ?」
「心配しすぎ。どんだけシスコンなのよ。」
「わかった、わかったから。今度は失敗すんなよ。」
「あんたと一緒にしないでよね。………」

会話はもう終わりとばかりに、食材に向き合う桐乃。
こんな時でも、こいつはこんなに真剣なんだよな。
結婚でもしたら、どんだけ相手に尽くす、いい奥さんになるんだよ。

………なんか、気分が落ち着かねーな。

そうだよ、こいつ、万能だけど、あんな性格だろ?貰い手なんているわけねーよな?
だから、俺が見ていてやらんといけないわけだ。うん、そうだ。
そう考えていると、何故か、多少はささくれ立った気分も落ち着いてきた。

ふとキッチンをみると、桐乃はもう、食材を鍋に入れ始めていた。

「………おまえ、油のはねる音が聞こえなかったが、ちゃんと炒めたんだろうな?」
「えっ………?」
「………まさか、ぶつ切りにしたものを直接入れてるんじゃないだろうな?」
「………ど、どうせ火が通るから大丈夫じゃん?」
「まあ、人によってはそのまま煮たりするんだが…よし、まだ水は入れてないな。」
「ちょ、ちょっと、何取り出してんのよっ」
「一旦、油で炒めた方が美味しいんだぜ?ほれ、フライパンに入れたから、後はやってみ?」
「な…なんであんたが指示してんのよ。あたしが作るって言ったじゃん。」
「お袋がカレー作るときも、ちゃんと炒めてるし。騙されたと思ってやってみろよ」
「………………そっか、お母さんも………わかった。」

ん?普段に比べて妙に素直だな?

「つか、あんた。そういう大事な事は始めに言いなさいよね。」
「何で俺っ、責められてんの!?」
「またあんたの事だから『おばあちゃんの知恵袋~』とか言って、デレデレしてんのかと思ったじゃない。」

そうか、こいつ麻奈実の事、そんなに好きじゃなかったんだっけ。
それにしても………どこからそんな発想が出てきたんだ?
全く、よく分からんやつだ。

「これで…いいのかな?」
「うーん。キツネ色になってきたし、ちょうどいい感じかな。」
「それじゃ、あらためて鍋にいれて。水は?」
「今日は二人分だから、コップ3杯くらいだな。」
「よし。後は、カレー粉を入れて―――」
「待て」
「何よ?」
「それは、ちゃんと煮立ってからだ。」
「………………当然でしょっ!?あんたがちゃんと分かってるか確かめたんだからっ!」
「はいはい。わかった、わかってるから。」
「むぅー。なんか納得できないけど」
「それじゃ、タイマーセットして。後は、大丈夫だな?」
「それくらい出来るにきまってるじゃん。あっち行ってよ、このシスコン。気が散るから。」
「へいへい」

へっ、相変わらず、口のへらねーやつだ。
とりあえず、食事が出来るまで勉強するか。仮にも受験生なんだしな。



一時間くらい経ったころ

「ご飯できた、早くきなさいっ!」

妹様の呼び出しがかかった。さて、早く行ってやるか。
なんとなくだが、楽しみだ。

「見た目は、まともだな。」
「はあ?あたしが作ったんだし、当然でしょ!それに、美味しいに決まってるでしょっ!」
「………まあ、食べるとするか。いただきます。」
「いただきまーすっ!」

なんかテンション高いな、こいつ。
つか、食べてもいないのに美味しいって?まあ、いっか。
それじゃ、味を確に………………なんだ、この甘ったるさは!?

「うえ、甘すぎ、なんで?せっかく隠し味も入れたのに」

正面をみれば、桐乃も甘すぎで食べられないでいる。つか隠し味って!?

「桐乃」
「な、何よ。」
「正直に言え。何を、入れた?」
「か、隠し味よ。……教えたらだめじゃん!」
「りんご、か?」
「っ!!」

まったく。相変わらず隠し事、苦手だよな。
それにしても、これじゃ食べられないよな………

「それじゃ―――」
「………………」

ああもうっ!
そんな、捨てられた子犬みたいに悲しそうな顔すんなよ。
そんなんじゃ―――こうするしかなくなるじゃないか

「!あ、あんたっ………そんなに無理して食べなくてもっ!」
「………………おかわり。」
「えっ………」
「おかわり、って言ったんだよ。………おまえのつくったもんだ、美味しいに決まってるだろ?」
「う、うんっ!」

急に顔、輝かせやがって………女の子ってのは、ホントずるいよな。

「あたしの手作り料理を食べられるなんて、世界に一人だけなんだから、感謝しなさいよねっ!」

しかも、このセリフ。なんつー自信過剰なやつだよ?
つか、世界に一人だけじゃなくて、一人しか居ないの間違いだろっ!?
しかも、『られる』の可能の意味がだいぶ違わねーか?

それでも、まあ、喜んでるみたいだから………いいかな。



食事の後、俺は風呂に入って、今は勉強をはじめた所だ。
というのも、桐乃が殊勝にも『片付けもあたしがやるから』なんて言い出したからなんだが………
なんか、二人の生活が始まった頃は、全部やれとか言ってたのになあ………

てか、二人の生活ってなんだよっ!うおぉぉぉ、マジ気色悪いなっ!
最近、本当に重度のエロゲ脳になってきつつあるのかも知れない。
そんなことを考えて、あまり、勉強が進んでないのだが―――

「………パン………………いいっ………」

………あいつ、風呂場でなにやってんだ………?大声出しすぎだろ?
俺が風呂からあがってすぐ、桐乃も風呂に入ったから………かれこれ30分も入ってんのか?
まあ、女の子は綺麗好きだから仕方ないのかもしれないが………
妙な声が聞こえて、どうも集中できなくなってしまうな。

そんな感じで、とても非効率だったが、何とかなるもんで、2時間経ったころには今日のノルマは達成できていた。
しかし、桐乃が2階に上がってくる気配がないな。
普段だったら、親父達も居ないし、すぐにでもエロゲーをやってるとこなんだが………
すこし心配だ。見に行ってやるか。

俺は階段を降り、とりあえずリビングを見てみるが、居ない。
あいつまだ風呂場か?

「桐乃ー?まだ風呂か?いい加減出てこないとのぼせるぞ?」

返事を待つが、全く声が聞こえない。

「桐乃っ!!どうしたっ!!」

大声で叫んでも、全然反応がない。まさか風呂場で溺れてるとか?最悪の想像が頭のなかを駆け巡る。

「桐乃っ!入るぞっ!」

風呂場に飛び込んだ俺の目に飛び込んできたのは、風呂場で倒れこんでる桐乃の姿だった。
真っ赤な顔をして、息を荒くして………?何故か俺のパンツを持って???

「桐乃っ!大丈夫かっ!?」

桐乃を抱きかかえて半身を起こす。
―――それにしても、こいつやわらけーな。
髪からはシャンプーの香りがするし、うなじからは、ボディーソープと汗の入り混じった甘い匂いがしてくる。
それに、こいつ、胸も結構あるな。ボディラインなんて、そう、まるで神話の女神のようだ。
………………静まれっ!俺のリヴァイアサンっ!下は見ないっ!見たらダメっ!

「………あれ………お兄ちゃん?」

………………こいつ、頭打ったか?いや、完全にのぼせてんじゃねーか!
桐乃はまだ朦朧としているようで、ボケっとした顔をしている。
とりあえず、風呂場への扉を開いておけば、自力で復帰できそうだな…
つか、桐乃の頭がハッキリしてきたら、絶対殺されるっ!

「と、とりあえず、大丈夫だな?あ、後は自分でなんとかしろよ?」
「う、うん………???」

桐乃は頭にずっと?マークを浮かべたままだったが、俺にとっては助かった。
俺は、そそくさと風呂場を後にし―――あたかもずっと勉強してたかのように机に向かった。

………………集中できねーーーーーーーーーっ!
何、あの瑞々しい肢体!?エロ本に出てくるAV女優なんかとは比較にならんぞ!?
それに、すっげー甘い香り。エロゲで女の子の甘い香りとか表現あるじゃん?
あんなんじゃない、ヤバい、マジヤバいっ。バニラなんてもんじゃない甘さ。
具体的には、気の抜けたコーラにチョコレート加えて、三井の砂糖、袋ごとぶち込んだ感じ。
俺のリヴァイアサンがファルシのルシがオプーナで大海嘯起こすレベル。

………………いや、起こさなかったからねっ?

コンコン

「はいぃぃぃっっっ!?」
「兄貴、入るよ?」

ちょっ!?何このタイミング!?
つか、バレてるっ!?バレてるのかっ!?

「あんたさ………さっき、風呂場に入ってきた?」

疑問系?じゃあ、バレてないはず!

「い、いやっ?俺っ、べ、勉強してたよっ?」

なんでどもるっ!?俺っ!?

「………………ふーん………ま、いっか。いくらなんでも、気のせい、だよね。」
「あ、ああ?」
「な、なんでもないっ!それじゃ………おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ」

ふうぅぅーーーっ。どうやら、朦朧として、幻覚でも見たかと勘違いしてくれたらしいな。助かった。
それにしても………おやすみなさい、だなんて、いつ以来だろうな?
なんか、今日は、いろんなことがありすぎて、疲れた…
本当はもうちょっと勉強したかったが………今日はもう寝よう。

こうして、この日一日は、何とか終了した。







ジリリリリリリリ………

なんか、うるさい音がする………俺はまだ寝ていたいんだ………

「お、……ちゃん、…………寝て…の?………だよ?」

うん?

「早く…………と、…ごはん冷め………でしょ?」

あれ?なんかどこかで?

「せっかく…………にぃ………クチュン」

ガバッ

「う、うわ、びっくりした。」

俺の目の前に居たのは………うん、普段どおりの桐乃だった。
心なしか、顔が少し赤くて、なんか、恥らう乙女みたいな―――
いや、そうじゃなくって!

「なっ、何でおまえっ?俺の部屋にいるんだよっ!?」
「はあ?せっかく朝ごはん作ったんだから、早く起きなさいよね?」
「………なん………だと………?」

あれ?偽者?
俺の妹様は、起こしに来もしねーし、朝飯も作んなきゃ、ちょっと前まで俺を無視してて………
こんな朝から世話女房みたいに押しかけてくるなんてありえねー―――よな!?

「ど、どうしたんだよ?あ、あ、頭でもっ打ったのか!?」
「はあ?あんたバカなの?」
「だ、だって、お前が朝飯作るなんてっ!?」
「昨日言ったじゃん。あたしがご飯は作るって。…クチュン」

そ、そうか………こいつは一度言った事は絶対に覆さないやつだったな………
それに、ちゃんと俺を罵倒している………とりあえず安心した………

「いいかげん、早く起きなさいよね。あたしがせっかくつくったご飯が冷めるでしょ?」
「わ、わかった、わかったから。部屋を出て行ってくれ。」
「何よ、その態度?ご飯を作ってくれたあたしに感謝もできないの?」
「そうじゃねー!なあ、お前もエロゲーやってるからわかるだろ?」
「な、何言ってんのっ!?わかるわけないでしょ!?」
「エロゲーじゃ定番じゃねーかよっ!あ、朝の男のナニがアレしてるって………」
「バカっ!変態っ!シスコンっ!キモい想像させんなっ!」
「そ、想像したのかよ!?」
「っ!!!」

首まで真っ赤になった桐乃は、扉を激しく閉めて出て行ってしまった。
………でも、仕方ねーだろ?昨日、あんな事があったんだ。



準備をしてからリビングに降りると、意外とちゃんとしたご飯が用意されていた。
味噌汁に、目玉焼き、キャベツとピーマンの野菜炒めか。
さすがに、桐乃自身はちょっと不機嫌そうだ。

「すごいな、これだけ用意できるなんて。」
「あたりまえでしょ?………したんだから。」
「えっ」
「な、なんでもっ…クチュン…ないっ」
「桐乃…風邪か?」
「ちょっと体調悪いだけ。あんたに心配されると迷惑。」
「そ、そうか。無理はすんなよ?それじゃ、いただきます。」
「いただきます」

結論からいうと、目玉焼きはだいぶ焦げていたり、野菜炒めは塩気が強すぎたり、
味噌汁はインスタントのやつだったんだが…でも、おいしかった。

「ごちそうさまでした。」
「………クチュン…あんた、今日はどうすんの?」
「まだまだ勉強が不十分だしな。今日は図書館で勉強してくるさ。」
「そう………クチュン」
「そういや、おまえは?」
「ん?モデルのお仕事。帰りは夕方。」
「そうか、頑張れよ。」
「…ん」
「さて、落ち着いたし、行ってくるわ」
「………行ってらっしゃい。」

相変わらず、ムスッとした表情の桐乃だったんだが、なんかこそばゆいな………
ちょっとした、ほんのちょっとした変化のはずなんだが。今までと全然違って見えるんだよな。
なんなんだろうな、これ?



まだ、今は8月。大学受験まで、結構時間的余裕がある。
それに実は今の学力なら、志望している大学に割と簡単に入れるだろう。

でも………去年から、桐乃に、桐乃の考えに触れていくたびに、少し気持ちが変わってきてる。
今まで楽する事ばかり考えて無かったか?もっと、頑張って上を目指せないだろうか?
あいつの頑張り。モデルをやって、陸上でもトップクラス、勉強でも県上位。
それだけでもすげえってのに、友達やオタク趣味にだって一生懸命だ。

いままで、俺はあいつの兄だから、無条件であいつの上にいると思ってた。
でも今は、あいつを目標に、あいつにも認めてもらえるよう、頑張ろうって気になってるんだ。
少し悔しいし、たまに、あいつに嫉妬することもある。
だけど、こういう生き方。楽しいもんなっ!
こんな生き方を教えてくれて、あいつにはホント感謝してる。

これからも、ずっとそばに居て欲しいな………

あれっ?俺、こんなこと思ってたのか?
………………………いや、兄妹だもんな。当然だよな。



結局、勉強が終わったのは、空が茜色に染まり始めた頃だった。







「ただいまー」

家に帰り着いたのは7時過ぎ、もう、桐乃も家に居るはずなのだが?
………どうも、返事がないようだ。まさか。
あわてて2階に駆け上がる。

トントン

「桐乃、入っていいか?」
「………うん。クチュン…開いてる…」

部屋の中からは弱々しい声が聞こえてきた。やっぱりか。

部屋に入ると、桐乃は赤い顔をしてベッドに横たわっていた。

「桐乃、大丈夫か?風邪薬のんだか?」
「うん………仕事中は頑張れたけど」
「仕事に行ったのかよっ!」
「だって………クチュン…他の人に、迷惑かけるもん…」

相変わらず………なんて馬鹿なやつだよ………

「寒くないか?かけるもの、これしかないのか?」
「寒い………掛け布団、クリーニングだって…クチュン…」
「ちょっと待ってろ、今、俺のタオルケット持ってくるから。」
「うん」

俺は、急いで俺のベッドの上のタオルケットをかけてやる。

「ごめんな、少し匂うかもしれないけど………」
「ううん。兄貴の匂い、嫌いじゃないし。」
「そ、そうか…」

弱ってる桐乃は、いつもの憎まれ口をたたく事もできず、しかも、熱で上気した顔は赤みがさして、普段より可愛らしい。
幼げで、痛々しいほどで、これが、俺のものにしておきたいって事なのかなと思えてくる。
何しろ、普段だって、世界一の美少女なんだ。これに可愛さがプラスされれば宇宙一だろ?

「もう、夕ご飯、食べたのか?」
「ううん、まだ…クチュン…」
「それじゃあ、ちょっと待ってろ、おかゆ作ってくるからな。」
「うん」

急いでキッチンに向かう。
ご飯は―――朝の残りがあるな。それに、水を2倍くらい足して、火にかければ…よし。
後は、そうだな、上に乗っける梅干でも買ってきてやるか。

「桐乃ー!ちょっとスーパー行ってくるからなっ」



スーパーでは、梅干の他に、ヨーグルトと、自分用の弁当を買ってきた。
フェイトさんの事件の時の事を、少し思い出したんだよ。
帰ってきたときには、おかゆもちょうど出来上がっていた。

「桐乃、入るぞ?」
「うん………」
「待たせたな。おかゆ、食べられるか?」
「………クチュン………うん。」

そういう桐乃だが、ベッドからは起き上がってこない。いや、起き上がれないのか?

「大丈夫か?ほんとに食べられるのか?」
「うん………あーん…して?」
「ちょっ!?」

ま、またそんな、なんちゅー恥ずかしい要求をしてきやがるっ!
お、おまえは小学生かよっ!

「…あーん………クチュン…」

ああもうっ、わかったよっ
おまえは普段頑張りすぎてるからな。こういうときくらい…仕方ないな。
俺は、おかゆをスプーンですくうと、息を吹きかけてしっかり冷ましてやる。

「ほれ、口をあけろ………あーん………」

なんだこれっ!?予想してたより、もの凄く恥ずかしいぞっ!
桐乃は、おかゆを口に含むと、ゆっくり飲み込んでいく。
そんな事を何回か繰り返して―――

「ありがと。もう、いいから。おなかいっぱい…クチュン…」
「そう、か?」

やっぱり、あまりにも元気がない。

「寒い……クチュン…」

そうだよな、風邪引いてるのに、タオルケット2枚かけてるだけだもんな………
どうする、俺?
頭に浮かんだ考えは、あまりにも恥ずかしくて、これまでの俺なら絶対に採用しないものだったんだが―――

「な、なっ?あんた、何あたしのベッドに―――っ!?」
「こうしてりゃ、ちょっとはあったかいだろ?」

俺は、桐乃のベッドに潜り込んで、妹を―――桐乃を抱きしめてた………
か、勘違いするなよっ!?桐乃が寒がってるから仕方ないんだからなっ!?

「ばっ、馬鹿っ!あんたにもうつるでしょっ!?」
「かまわない。目の前で震えてる女の子を放っておけるわけがないだろ?」
「あ、あんた、今、『女の子』って!?」

ん?何かおかしい事言ったか?
それにしても、さっきよりさらに真っ赤になっちまって、ゆでダコみたいだな?

「クチュン…あ、あたしが死んだら………あんたのせいだからねっ!」
「おいおい、あんまり暴れるなよ。ちゃんと、体を暖めろ。」
「………うん。」

こんなに、桐乃のそばに近づいたのは、いつ以来だろうか?
抱きしめた桐乃の体は、華奢で、ほんの少し力を入れただけでも折れてしまいそうで。
それに、やっぱり、良い匂いがしてくる。
この前とは違って、桐乃の汗の匂い―――甘やかで、ほんのりシトラスのようにすっぱい香り―――
………………待て、俺のリヴァイアサンよ、空気読め。ってやヴぇーーーっ!
何か怖いものを考えるんだっ!
そうだ、瞳の光彩の消えたあやせたん。…『ブチ殺しますよ』『逃げたよね?』『ウソウソウソ…』…

「………ん?」

ま、まずいっ!こ、殺されるっ!?

「………クチュン………」
「………………」

………とりあえず、収まってくれたが………気づかれた………よなあ………

「………………」
「………………」

く、空気が重いっ………話題、話題っ!

「そ、それにしてもっ、この2日間、結構楽しかったよなっ?」
「………………そうだね。」
「ま、まるで新婚生活みたいだったよなー。」
「っ!!」

な、何言ってんだっ!?俺!?
完全に逆効果じゃねーかっ!

「そ、そのっ………」
「あん…、………………なの?」
「えっ?」
「あんた、あたしの事、好き…なの?」
「そん―――」

そんな事あるわけ無いだろ―――
そう言いかけた俺は、桐乃の目から涙が流れ落ちた事を視界の端に捕らえていた。

自分の行動の結果とはいえ、今は、全ての気持ちを冗談に出来なくなってしまった。
『嫌い』と言えば、本当に嫌いになるし、『好き』と言えば、本当に好きになるんだろう…
俺の、本当の気持ちは―――

「俺はおまえの事、大好きだ。愛してる。」
「なっ………」
「世界で一番可愛いと思ってるし、一緒にいて楽しい。おまえを俺のものにしたいと思うくらいだ。
 ………………ずっと一緒にいて欲しい。」
「………………あたしも………あんたのことが…クチュン…好き。大好き。他の人に渡したくない。」
「桐乃…俺は―――んっ………」

気づけば、どちらともなく、自然に、キスを交わしていた。

「…クチュン…初めて…奪われちゃった…」
「安心しろ。俺も初めてだった。」
「風邪なのに…こんな、幸せな気分になれるなんて…不思議…」
「ふっ、はははっ」
「な、何よ。何がおかしいのよ。」
「い、いや、怒るなよ。冷静に考えるとおかしいなって」
「うん?」
「本当は、風邪で寝込んでいたのが、いつのまにか告白しあってるんだもんな。」
「ぷっ…クチュン…ちょ、ちょっと、笑わせないでよ………げほっ、げほっ…」
「す、すまん。体調は悪いままだったよな………」
「そうだよ、バカ兄貴………」
「それじゃあ、今日は、一晩中一緒にいてやるからな。安心して眠れよ…」
「うん………おやすみ、京介………」
「おやすみ、桐乃…」



眠ったな。桐乃の寝顔を見ながら、俺はとても満たされた気分につつまれてる。
こんなに良い気持ちになったのは、いつ以来だろう?
それに、こんな事が昔にも…

そうだ、あれはもう、10年くらい前だろうか?
親父とお袋がいなくって、桐乃が熱を出して、寒がって………
あの時も、こんな感じで、二人で一緒のベッドに入って過ごしたんだったよな………
全く…あの時から、何も進歩してないな。少し自嘲気味にそう思う。

「お兄ちゃん、大好き………」

桐乃の寝言が聞こえた。
そうだな、あの時も、おまえはそう言っていたな。
本当に、長い事、俺を想っててくれて…気づいてやれなくてごめんな。

そんな暖かい過去を思い出しながら、俺は眠りに落ちていった………







「……いま~」

ん?眠りの中にあった俺の耳に、どこかで聞いた事のある声が聞こえてきた。
まだ、眠いんだよ。寝かせておいてくれよ。

「……介~?」

俺?

「いないわねえ?」

なんか近づいてく………………お袋っ!?

「桐乃~?」

ちょっ!?まっ!?ど、どど、ど、どうするっ、俺!?
起き………あがれねぇっ!桐乃の下になった手がしびれてっ!

「入るわよ~」

ま、待てっ、お、お袋っ!
俺はようやく半身を起こし――――――

「桐乃~………………京………介?」
「や、やあ、お袋っ。色々と勘違いされそうだから先に―――」
「どういうことか………説明しなさい?」

やっべぇ………お袋の背後から、阿修羅の気炎があがってる………

「き、桐乃が風邪を引いてなっ、看病してるうちにこんな事に?」
「こんな………事?」
「………お兄ちゃん………もっとぉ………」
「なっ!?おまっ!?」

こ、こんな時に寝ぼけて何言ってやがるっ!?

「あ、あんたっ、今度こそ本当に妹に手を出したのねっ!」
「ごっ、誤解だぁぁぁぁぁぁーーーーーー!」







その後、俺は散々しぼられ、桐乃が目覚めるまで、ひどい目にあうことになった。
桐乃のことが大好きだということも喋らされて………
法律的問題から、世間体から、ひどい説教の嵐が俺を待っていたのさ………。
まあそれでも、桐乃の事、大好きな事は曲げなかったけどなっ!

桐乃も起きてから、お袋と二人だけで話していたんだが………
でも、それから、お袋の態度が、激怒から何か諦めに近いものに変わったように見えた。
一体桐乃は何を話したんだろうか?

まあ、この事、親父にも…当然伝わると思うと空恐ろしいものがあるが………

「兄貴、おまたせっ!」
「いいのか?なんかお袋、すごい疲れてたぞ?」
「うん。でも、色々とわかってもらったしぃ。」
「そうか?それじゃまあ………デート、行こうか。」
「うんっ!………それと………いつか絶対に、京介の…………お嫁さんにしてよねっ♪」
「!………ああ!」

これからの二人なら、何でも乗り越えられそうな気がするんだ。


―――桐乃………愛してる。



-------------

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年06月04日 10:30