598 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/02/14(月) 00:25:15 ID:ZVN9GmUO0 [1/2]

>>549からヒントを得てアニメ12話if【SS】切ない系


「行けよ。せいせいすらあ」

兄貴が、お腹の底から搾り出したかのような声で叫ぶ。太く、重い、怖い声。
なんで、なんでそんなのを聞かなきゃいけないのよ。なんであんたから言われなきゃいけないのよ!
あたしはもう、涙を堪えることができなかった。でも、今、この涙を見せることは絶対にできない。
これだけの拒絶を受けた今、あたしは絶対に兄貴の前で泣くわけにはいかない。
俯く。でもそれ以上どうしたらいいのか分からない。

どうしてなんだろう。今日の今日まで言い出せず、こんな結果を招いた自分への怒り。
どうしてなんだろう。信頼し、頼りにして、だから僅かに希望を持ってしまっていた、期待していた兄貴への怒り。
それがあたしを上から押さえつけるかのように伸縮させ、両足にたまる、バネの力。
他にやり場のないそのフルボトムを、あたしは兄貴に向かって、一気に解き放つ。

ぜんぶが辛い。
こんな気持ちになるなら。こんな辛い気持ちになるくらいなら。
過去なんて 記憶なんて
ぜんぶ無くなってしまえばいいのに!!!



……



「い痛ツツツツツツ……あれ、何で俺、痛がってるんだ?」

そんな男の人の声で、あたしは目を覚ます。
起きたということは、眠っていたんだろうと思う。
でも、どうして眠っていたのか、そもそも自分がナニモノなのか、頭がハッキリとしてこない。
ひどく切なくて、でもとても優しい、夢を見ていたような……。

「ここ……は?」

あたしが思ったのとと全く同じ事を、目の前の男性が言った。
あたしとこの人は、同じ部屋、それもとても近くに倒れていたらしい。二人して身体を起こし、見つめ合う。

「あんた……」
「お、お前は……」

十代後半の、すらりとした青年。
派手さはないけれど、整った顔立ちに、涙の雫が見える。
まるでついさっきまで泣くのを堪えていたかのようで、切なげな雰囲気を纏っている。
でも、そんな見た目よりも、別のところで目が離せなくなっているのは、きっとこの人も同じで――

「……すっげえ、かわいい、な……」
「……っ。……あ、ありがと」

前言撤回。この人があたしを見てるのはひょっとしたら見た目だけかも。
でも、不思議と嫌じゃない。それどころか、めちゃくちゃ嬉しい……?

あたしは自分の容姿がどうなのか、ぜんぜん分かんないんだけど。この人と並べるくらいのモノは、あるって思っていいよね?
そう思ったら、何故かずっと心のどこかにあった気がする不安がすぅ、と溶けて
目の前の男の人を見たときからずっと爆発しそうな感情があたしを埋め尽くした。

「イキナリで悪いんだけど、あたし、あんたのこと好きみたい」
「はふえッ!?!? おおおおま、お前みたいな美人が!? 俺を!?」

一目ぼれって言うのこれ? いや、何だかよくは分からないけれど、それは違うかな。

「あんた見てると、気持ちが抑えらんない。あんた、理由しらない?」
「ンなこと言われてもな、俺だってさっきから、おま……お前が、かわ……いすぎ、て?……どうしたらいいのか……」
「そ、そうなんだ……?」
「いやだけど! 何でかは分からないけど、それは絶対ダメなことであって……」
「はぁ!? 何それ?」

感情であたし全体が振り回される感覚。
自分が何者かとか、この部屋は一体どこなのかとか、気にならなきゃいけない事は他にいっぱいあるハズなのに
誰かも分かってない目の前の男の人への情熱が、なぜか全てより優先されていた。

「あんたがどうあれ、あたしは、あんたを諦めない! 必ずあたしのものにする!」

まるで長年溜め続けてきた鬱憤を晴らすかのように、あたしの声は上ずっていた。

「あたしのこの気持ち、すごいんだ。自分でも信じられないくらいおっきいんだ。
 ここで目が覚める前までのあたしが、どうやってこんな激情を抑えていたのか、想像できないくらい!」

あたしは目を離さなかった。よく分かっていなくても、きっとこれまでの分まで目を逸らさず、真っ直ぐ見つめたまま言い切る。
見つめるその瞳が、覚悟を決めるように、強く、深く、澄んだ。

「俺も……きっと、そうだ。……お前が、好きだ。
 ダメなことだって何かが引っかかってる筈なのに、お前が大切すぎて自分を抑えられそうにない」

あたしは導きのまま、その胸へ擁かれた。
強い、強い抱擁。どんどん高くなっていくかのような体温。自分のものに負けないくらい、速く激しく打つ心音。
そして、懐かしい、匂い――

その瞬間。
この人の色々な表情が、一気に頭の中を駆け巡った。
あたしにぶつかって吃驚する顔。辟易しながらもあたしの話を聞く顔。あたしを慰める信じられないくらい優しい顔。
あたしの友達を説得する必死な顔。クリスマスイブにあたしとデートしたネオンに照らされた顔。あたしのプレゼントに泣いた顔。
あいつとの沢山のエピソードが、いつもの場所に、頭の中いっぱいに、納まった。

狂おしいほど切なくて、涙が出るほど優しくて、とてもとても大切な。
愛しい、記憶。

無くせるわけなんて、なかった。

「あたしは……あたしの名前は、桐乃だよ……」

兄貴。

最後の一言は、まだ、言えなかった。
きっとすぐに醒める夢だと分かってしまっても、もうちょっとだけ、このままで……



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最終更新:2011年02月18日 01:41