621 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/02/21(月) 03:58:26.20 ID:tuKWP/uy0 [1/2]

―――あたしの兄貴がバカで困る―――



あれ以来、あたしの兄貴は匂いフェチになったようだ。
というのも、最近洗濯に出した下着が戻ってこない事が多いのだ。
あたしの下着で、あたしの匂いを嗅いで興奮して………そう考えると確かに嬉しい気もする。
でも―――

あたしの望みは………あたしが本当にして欲しい事は、そんなことじゃない。

それに―――
確かにあれはあたしの下着だけど、あいつにとって、『あたしの』下着である必要はあるの?

あたしだって、エロゲ歴4年ネット歴5年もあれば、色々な事を知ることができる。
男の人の………欲求とかいうのも、知識としては知ってるし、
そういう欲求を満たす手段―――色々な性産業―――が有る事も知っている。
その中には服や下着の販売とか、『女性の香り』の香水なんてものも有る事だって知っている。
あいつはまだ初心者で、エロ本やエロゲ買う事くらいしかできないけど、
そういうものを知ったら、やっぱり買うようになるの?
あたしの下着や匂いって、そういった物の代わりに過ぎないの?

考えていくと、心の中に悲しさがあふれてくる―――

あたしのしていた事も………あいつにとって、その程度の意味しかないの?





その翌日も、朝のシャワーを浴びた後のあたしの下着が、いつの間にか無くなっていた。

やっぱり、あいつに本当の事を話すべきじゃなかったのだろうか。

本当は、誰にも話せない『秘密』だった。
とても大切で、愛しくて、だけどときに苦しくて、忌々しい。
もう捨ててしまおうかと何度も考え―――だけど無理で、どうしても捨てられなくて。

………そんな秘密だったのに、あたしのうかつなミスで、あいつに知られてしまった。
知られてしまったはず。
なのに………それなのに………

秘密の一端をもらしたのに、あいつは今までと変わらない態度で接してくる。
朝食の時、あたしを見て―――それでも何も変化の無いあいつの顔が、
脳裏からいつまでも消えてくれなかった。
あんなやつ………大大大大―――大っ嫌いだ。
だって、どーせあいつは、あたしのコトなんか………………………嫌いだろうし。
そんなやつと、どうやって目を合わせればいいの?
どうやって親しく喋ればいいの?………ありえない………でしょ?

そうだ。ぜんぶあいつのせいなのだ。
この胸の痛みも、あたしが………悩んでいることも。
あたしがあいつを………大っ嫌いなことだって―――
ぜんっっぶあいつのせい。

「………バカ兄貴………」

授業中も、休み時間も、あやせや加奈子と話しているときも、
あたしの頭から、あいつのことが離れる事がない。
おかげであやせとの話も弾まなくって、なんか心配そうな顔までされてしまった。
ほんっとに、サイアクっ………!

でも、こんなこと、それこそ話す事なんてできやしない。
冗談に乗せて話すにしたって、潔癖なあやせや、カンの良い加奈子には絶対にダメ。
せめて、同じ妹で兄貴の事が大好きで、しかもオタクであれば話やすいのに、
そんな人、現実に、あたし以外に居るわけが―――って居たーーー!?

赤城瀬菜―――この前の夏コミで出会った………兄貴の後輩だ。
せなちー(あたしはそう呼んでいる)には、二つ上のお兄ちゃんが居て、
そのお兄ちゃんのコトをとっても信頼して、いつでも依存し合えるような関係でいる。

―――あたしたちとは………全然逆だ―――

その上、せなちーは、あたしとは………ちょっと違うけど、重度のオタクだったりする。
もしかすると、せなちーなら、何か良い方法、知ってるかもしれない。
この前の一件では、あたしが結局最後まで言えず、中途半端になってしまったのだけど………

気がつけば、もう放課後。
あたしの足は、自然とあいつの高校へと向かっていた。
もしかすると、せなちーに会えるかもしれない。





あいつの高校は、家から歩いて10分程。
あたしの中学校とは方向が近くて、あやせなんかはあいつと出会う事もあるらしい。

高校まで来てしまったあたしは、少し怯んでしまう。もし、あいつが居たら………?
でも、せっかくここまで来たんだ。
それに、あいつも今は受験勉強。いくらなんでも、部活には行かないだろう。

あたしは迷いながらも校舎へと入っていく。
幸い、警備の人もいないし、先生や生徒達も特に気にしている様子は無かった。
部室棟の2階………廊下のつきあたりにゲーム研究会というプレートが掛かっている。
やっぱり、どうしよう………
この期におよんで、入る事をためらっていた、その時―――

「どうしたのかしらビッチ?『最愛の兄貴』にでも会いに来たのかしら?」
「え!?」

がばっと振り向くと、制服姿の黒猫が興味深そうにあたしを見ていた。
そうだっ、こいつも同じ部活だった!

「ち、ちがうのっ、せなちーに会いにきたのっ!」
「………そう。」

意外にもあっさり引き下がる黒猫。一体どうしたんだろう?

「とりあえず、中に入りなさい。今は、私と………瀬菜しか部室にはいないわ。」
「う、うん。」

黒猫にうながされて部室に入ると、そこには、パソコンのスクリーンに向かって―――
プログラミング?―――格闘しているせなちーがいた。

「瀬菜?あなたにお客さんよ。」
「えっ、誰?………って桐乃ちゃん!?」
「そのっ………お邪魔してます。」
「一体どうしたんですか?そんな泣きそうな顔して?」

えっ?あたし………そんな顔………してたの?

「あたし、今日………せなちーに、ちょっと話を聞いて欲しくって………」
「え?あ、あたしなんかでいいんですか?」
「うん。たぶん、あたしの知り合いの中で、せなちーが一番わかってくれそうだから。」
「わかりました。でも、そんなに期待しないでくださいね。
 ………それと、五更さんも一緒に聞いてていいんですか?」
「うん。本当は、こいつにも言わないといけない事だったから」
「え?」
「そう………やはり、そうなのね。」

黒猫は携帯をいじくって、あたしたちの話をあまり聞かないふりをしてくれてる。
こいつには、色んな意味で悪い事をしてしまっている。でも………

「えーと、あたしの知らないところで分かり合ってます?」
「あっ、ご、ごめんなさい。」
「………………………」
「それじゃ、桐乃ちゃん。一体なにがあったんですか?」
「その、すごく、言いにくい事なんですけど。兄貴のパンツの匂いを嗅ぐ妹ってどう思いますか?」

ブフォッ!?
2ヶ所から、吹き出す音が聞こえてくる。
二人とも、表情が凍り付いてる。

「き、桐乃ちゃん!?」
「あ、あなた?ま、まさかホントに!?」
「ち、ちがっ、そうっ、例えばっ!例えばの話っ!」
「「………………………」」

やっぱりストレート過ぎただろうか?
でも、もういまさらだ。

「その………正直なトコ………どう、思う?」
「あたしは、その『妹』の事、五更さんよりは知らないですから、
 正確に、その意味してる所はわからないですけど………」
「う、うん。」
「正直に、はっきり言わせてもらいますと、気持ち悪いです。」
「あなたっ!」

そう………だよね。
誰がみてもブラコン、って言われてるせなちーでも、そう、思うんだよね。
胸が苦しくて、泣くのをこらえるだけで精一杯だった。
そんなふうに………言われちゃうよね。

「でも、正直、あたしの方が気持ち悪いですよー」
「えっ?」
「………」
「だって、あたし、お兄ちゃんが高坂先輩に掘られているシーンを妄想したり、
 ホモゲー買いに行ったお兄ちゃんが、同じように買いに来た筋骨隆々の男達に『やらないか』とか誘われたり、
 エロショップに入ったお兄ちゃんが、『このバイブ、いいだろ?』って店員さんに逝かされたり、
 酷いときには、サッカー部のみんなに、お兄ちゃんが輪姦されているの想像して悶えたりしてますよー」
「「………………………」」

………たしかに、正直、気持ち悪い………です。

「お兄ちゃんのパンツの匂いを嗅ぐ妹なんて、さっきも言いましたけど、同じように気持ち悪いです。
 でも、桐乃ちゃんは、パンツでも、パンツじゃなくても、お兄ちゃんを感じられるものが欲しいんですよね?」
「………うん。」
「それに、本当は、お兄ちゃんを感じられるものが欲しいんじゃなくって、
 お兄ちゃんを感じていたいんですよね。」
「うん。そう、そうなの………」
「もっと、はっきりさせますね。
 桐乃ちゃん。………お兄ちゃんのこと、愛してるんですよね。」
「………………………。」
「あなた、ここまで来て、この有様なのかしら?本当に先輩に似て、肝心な所でヘタレなのね。」

………こいつにそんなこといったら、あたし悪い子になっちゃう。
こいつだって、兄貴の事好き―――だめっ、イヤなのっ!

「好きっ!大好きっ!!!兄貴の事っ!愛してるっ!
 『妹』じゃイヤなのっ!兄貴の一番じゃなきゃイヤなのっ!
 でもっ!兄貴、気付いてくれないのっ!こんなに兄貴のこと愛してるのにっ!」

ああ、ついに、こいつの前で、言っちゃった………
黒猫に嫉妬して、兄貴をとられたくなくって、我慢できなかった。

あたし………バカじゃん………

「桐乃ちゃん。そんなに、抑えられないくらい、我慢してたんですね。」

だって、もう、抑えられるわけ………ないじゃん………

「聞いていたわね?入りなさいな」

突然、黒猫がわけのわからない事を言い出した。

ギイッ!
扉が開いて―――

「あ、兄貴っ!?」
「桐乃………」

な、なんで………?家で受験勉強してるんじゃなかったの!?
こいつ、いないって!?
心の中はぐちゃぐちゃにかき乱されている。

「桐乃………もう、色々と隠しててもしょうがないから、全部言うぞ。
 俺はおまえのこと、好きで好きでたまらない。愛してる。
 この前、おまえがパンツくれた頃からは、もう、我慢ができないくらいで、
 おまえのこと、傷つけたくないから、パンツでなんとか我慢してたんだ………」
「あんた………」
「ああ、変態と罵ってくれてもかまわねーよっ!
 俺はおまえのこと、『妹』として好きなだけじゃねーからなっ!
 家におまえとふたりの時なんて、おまえを襲ってしまわねーか、いつも不安になってんだよっ!
 それにっ、おまえがはしたない格好なんかしてるから、いつも胸とかパンツとかっ
 気になって気になってしょうがねーじゃねーかよっ!
 それにおまえの匂い、すげー良い匂いなんだよっ、
 本当はいつも嗅いでいたいってのに、家にいてもなかなか会わねーからよっ
 パンツの匂いでも嗅いでねーと我慢でき―――っ!」

ちゅっ

気がつけば、あたしは、京介にキスをしていた。
子供の頃とはまったく違う意味を持ったキスを。

「はぁ………なんか、妬けますね。」
「まったくね。部室で発情するなんて、猿もいいところね。」

そ、そういえばそうだった!
人前なのに、あたしったら!

長いキスが終わり、京介の体が離れる。
あたしは、なんとなく寂しくって、京介の大きな手を握り締めた。

「先輩。そして………『桐乃』。」
「ああ」
「うん」

黒猫がまっすぐこちらを見据えている。
その瞳には、なぜだか暖かい光が灯っている。
本当なら、くやしくって、切なくって、そんな気持ちのはずなのに………

「あなたたちのようなバカップル。
 私のような闇の者にはとてもじゃないけど直視できたものじゃないわ。
 せいぜい、光の世界とやらの中で、短い生を謳歌するのね。」

それなのに、あたしたちを祝福してくれている………

「それと………先輩」
「な、何だ?」
「あなたに掛かっていた、宵闇の女王の呪いは、天使の口づけで解かれたわ。安心なさい。」

そんな………あたしに………

「あと、『桐乃』………兄さんのパンツを嗅ぐことに飽きたら………
 私に、譲って………ちょうだい………ぇっ……っぅ……っ!」
「ちょ、ちょっと五更さんっ、待って!」

黒猫は、止める間もなく、部室を飛び出していってしまった。
目じりには………涙があふれていた………。
追いかけたいけど、今のあたしたちでは、かえってつらい思いをさせてしまう。
せなちー………ごめん、黒猫をお願いね………。
あたしたちにとって、大切な友達だから………。





学校を出ると、もうすでに、あたりは暗くなっていた。
さっきから、あたしたちは殆ど言葉を交わしていない。
せっかく、京介と両想いだってわかったのに、不安になってしまう。
そんなあたしの想いを汲み取ったかのように、京介はあたしの手をとり、あたしの方に向き直った。

「桐乃。さっきは慌しくって、肝心な事を忘れていた。」
「な、何?」

肝心な事って………どういうこと?
京介はあたしの手をとったまま、嘘みたいに優しい声を出した。

「本当は、あの時言うべきだったんだ。俺はおまえのことが好きなことは伝えられたと思う。
 だけどまだ、肝心な一言を言ってなかったんだ。」
「………………………」

これ………って………。京介………。
さすがにそこまで言われれば、あたしだって京介が何を言いたいのかくらい分かる。
だけどそれは、京介から出てくるなんて到底思えなかった言葉で………

「桐乃、おまえが俺の事どう思ってようと、もう関係ねえ。
 おまえが拒否しようと、誰が拒否しようと、無理やりでも認めさせる。
 だから、桐乃………」

京介………

「俺の、彼女になれ」

あたしの兄貴がこんなに格好いいわけがない!

「うんっ!」



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最終更新:2011年02月22日 00:50