649 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2010/12/22(水) 00:30:46 ID:sdnQqC9Z0 [1/4]
>>235-236>>301-302>>322
「やめろバカ! 親父が」
 こいつ、目がマジだ。だけど……おまえが怒るなんて筋違いじゃねえか! そりゃ、俺とお前は仲良く
なんかねえかもしれない。けど……だけどさ、俺は、俺が思ってたよりおまえに嫌われてないって――
そう思えるようになって――
「うるさい!」
 今度は右蹴り、流石にこれを食らうほど騒げば親父たちだって気付くぞ!
特に親父は仕事柄、騒ぎに敏感――これ以上は! ……と半ば反射的に後に下がる。
 ガッ!
あ……っクソっ! 桐乃の蹴りをかわした拍子に、後ろ足がテーブルにひっかかっ……!
 その衝撃でノートパソコンが床に落ちて、ガシャッと鈍い音を立てる。
……大丈夫……か? 絨毯の上に落ちたから、壊れてなければ……とにかく、これ以上はいくらなんでもまずい。
「死ね! 死ね! 死ねぇっ!」
 いい加減にしろ! おかしいだろおまえっ……! 桐乃の腕をつかんで押さえ込む。
「なんだよてめえ! 俺にどうしろって言うんだよ?」
 俺も、おまえが何が言いたいのかなんてさっぱり分からねえ、うまく……言葉にならない。
ただ、ムカムカと正体の分からない怒りがこみ上げてくる。桐乃も怒りの余りか、目じりに涙すら浮かべているが……
泣きてぇのはこっちの方だ!

『行くなって言ってよお兄ちゃん……』
「あ……」
「あっ……」
 俺の心配をよそに、パソコンからはさっきと同じようにエロゲーの台詞が流れてきた。
壊れてなかったみたいだけどよ……この期に及んで、緊張感のない話ってもんだ。何もかもブチ壊し。
ああもう、とにかくむかつくんだよ! ……俺は――おまえのことを――なのに……なんで何も言わずに
決めちまうんだよ! 「人生相談」 ってのは、そういう時にこそ使えよ! エロゲー買いに行けだぁ?
 ……ふざけるな!

『お兄ちゃんが止めてくれたら、私、どこにも行かないよ?』
「……」
「……」
 ……開いたままの押入れに大小無数にズラリと並んだメルルフィギュア……積み上げられたエロゲー
の箱……おまえ、あれだけ大事だって言ったこいつらを置いていくのかよ……あやせや……黒猫や……
沙織も、加奈子も…… ……そして俺も。俺たちは、その程度の存在だったのか? 

『夢はどこでも叶えられるけど、お兄ちゃんはここにしかいないから……』
『ありがとうお兄ちゃん、これからもずっと一緒だね』

 ……仕方ねえよな、おまえにとって、俺なんておまえからしたらウザイだけの存在なんだろうしさ――
それでも、俺はお前の……兄貴なんだ。……だから、嘘でもこう言ってやるよ。

「行けよ。……………………せいせいすらあ」
 桐乃の腕を離す。……そうだ、こいつが行くと決めたんなら、覚悟があってのことだ。俺のことはともかく
――友達思いのコイツが、何もかもを捨ててアメリカへ行こうって言うんだ。前に進もうとしているこいつを、
俺が認めてやらずに誰が認めてやれるんだよ? それに……足踏みしているだけの俺には、おまえを
止める権利なんてないだろ?

「……っ……いっ!」
 ……んなっ……
「ぃっ!」
 ガツンッ!
あ…… …… …… 


652 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2010/12/22(水) 00:35:22 ID:sdnQqC9Z0 [2/4]
「よいしょ……お、重…… …… ……いつも…… ……軽くて、すぐどっか…… …… ……くせに……」

 …… …… ……

 夢うつつに、ぼんやりと天井を見上げる……部屋が薄暗い。いつの間にか自分の部屋に戻ってベッドに……
疲れ……眠いな……。あれ、机のスタンド……消し忘れたのかな?……なんか机の方が明るい……どうでもいいや、
このまま……眠ってしまえ。起き上がるのも億劫なくらいに体重くいし、気力もねーし……。

『……んな……いちゃん……』

 どこかからかぼそぼそと、それでいて甲高いアニメ声が漏れ聞こえてくる。
 ……ああ、そういやあ、さっきまであいつに頼まれたエロゲー買ったり、一緒にプレイしてたんだっけ……
記憶が落ちる前、最後の一瞬の光景が脳裏によみがえる。
 確か……喧嘩の挙句、桐乃の渾身の頭突きでノックアウトされたところはなんとなく覚えているのだが……
 ……なんで、喧嘩になんかなったんだっけな―― ……もう、今更どうでもいい事だけれど。

『…… 行くなって言ってよお兄ちゃん ……』
 ……けっ、人様をドツキ倒しておいて夜中に自分はゲーム三昧……おまえなんかもうドコへでも行っちまえよ
……悔しくて、泣けてくらぁ。殴られた頬とアゴがズキズキと痛む。脳震盪でも起こしたのか、意識も少しはっきりしない。
溢れた涙が傷にしみてくるが……それを拭う事すら面倒だ。なんだろうな……こんな馬鹿馬鹿しい話。
妹のために夜中自由駆けずり回って、この仕打ちか……笑えねぇ。

『……どこでも……叶えられるけど、お兄ちゃんはここにしか……』
 ……夜中なんだから、ちっとは音量下げろよな……俺の部屋まで聞こえてるっての。
……何も考えない方が…………そう思えば思うほど、俺の意識はぐちゃぐちゃになって、ぐるぐると回り続ける。
そして、それすらも多い尽くすかのように、疲れと痛みが俺の意識を覆っていく。
――おまえは前に行けよ――俺が邪魔しちゃ、いけないもんな…… ……ああ、悔しいさ、腹立たしいさ、何もかもが。
あいつの本当の悩みも夢も、何も分かってやれなかった俺が――頼りなかったガキの自分が――。
けど、俺にはそんな資格はないんだ。おまえの夢を、邪魔するなんて……。

 ……カチリ……
『わかったよ……寂しいけど……私は夢を追いかけるよ』
「ああ、そうしろ」
 ゲームと会話か、俺もたいがい焼きが回ったな。構うものか、いくら安普請の壁だって、どうせゲームに集中してる
あいつの部屋には聞こえやしねえ。

『……うっ……ひっく……』
 ……泣き声まで……あいつ、まーたゲームで泣いて……ばっかじゃねーの……聞こえてるっての。どんだけゲームと
分かり合ってるんだよ…… ……こっちの、俺の声はおまえに届かなかったのにな。
「行くな………行かないで…くれ………」
 どうせ聞こえないだろうけどな、……寂しいってんだよバカ、聞こえないなら……ここでくらい弱音を吐いてもいいだろう? 
――そう自分に言い聞かせながら、さっき言いたくても言えなかった言葉をゆっくりと呟く。
「俺は……おまえの兄貴だからな、強がりだって言うんだよ」
――そんな風に素直に言えたなら、あいつとの関係も変わっていただろうか――?
「……えっ……?」
 ……桐乃の声?……はは、あいつまたエロゲと会話してるのか……。入れ込むのも、ほどほどにしろよ?
 流石にアメリカまでは助けに行ってやれないぜ?
明日からは、もうこの騒音からは開放されるんだと思うと……なぜか……ほんのちょっと、残念な気分だ。
壁越しのコミュニケーションだって、――悪くなかったぜ。
「だから……行くな」
「――っ!」
「……行くな」
「……うん」
 ……

ピロリロ♪ ピピッ …… …… ……カチ…… 
『ありがとうお兄ちゃん、これからもずっと一緒だね』
 音下げろってーの、クイックリロード音が傷に響くんだよ! ……アメリカ行く前にコンプする気か……まぁ、好きにしろよ。
……ああ…… ……なんだか……やっと、眠 …… 

659 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2010/12/22(水) 00:50:16 ID:sdnQqC9Z0 [3/4]
 ……

「ん……」
 チチッ……チチチチ…… ……うるせえ雀だ……目が覚めちまったじゃ……っ! ……。
 まだ半分靄のかかった頭で、昨晩のことを思い出す。……泣きたくなるような情けない話だなおい……。
そのせいだろうか、ろくでもない夢を見ちまった…………「行くな………行かないで……」そう泣き喚きながら、
誰かが遠くへ行っちまうのに必死ですがり付いて、その手を握り締めている夢とか……ガキ過ぎるだろ。

「情けないにも程があるな」
 ぼやきながらベッドから抜け出す、冬場にしては部屋が暖かいままだったのは幸いだが、着替えもせずに
寝てしまったらしく昨日着ていた服はそのままで……なんつーか、まだ体も頭も重いし。
「おっと」
 眠りに落ちる前に気になっていた机のスタンドの電気は、ちゃんと消灯になっていて……どうやら、俺の勘違いか
夢だったみてーだな。記憶がはっきりしないのだが、ちゃんと自分で部屋に戻って痛み止めも飲んだとみえ、
机の上には痛み止めの空き箱と、半分水が残ったコップがあった。意識が朦朧としてたのは、薬のせいだったのかもな。
 まぁでも、ちゃんと薬を飲んだ俺、グッジョブ! ――残っていたコップの水を流し込むと、切れた唇に滲みた。
「いてー」

 ――口元を拭った俺の手の甲に、見馴れない朱色が残っていた――



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最終更新:2010年12月30日 19:10