「ロスト」(2011/09/01 (木) 11:41:29) の最新版変更点
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「このぶたちゃんは、おかいもの」
月の明かりすらも、届かない。
暗く静かな森の中。
妖の一匹でも出そうな、夜闇であった。
ゴスロリとも呼ばれる黒いドレスに身を包んだ、金髪の少女。
大きな目でぱちくりと瞬きをすれば、長いまつ毛が僅かに揺れる。
その姿は、まるで人形のような……。
……否。人形のような、ではなく彼女はまさに自動人形、つまりは機械なのであった。
「このぶたちゃんは、おるすばん」
少女のうたごえに、木々が涌く。
さらさらと、葉音による拍手喝采は鳴り止まず。
そう。果てしなく広い丸盆の中心で、この少女はひとり、歌をうたっていた。
されど、その響きは冷たい空気に溶けて、誰の心も震わせることはない。
だとしても、彼女のうたは止む事はなく。
「このぶたちゃんは、おやつたべ」
靴が汚れることも厭わずに、少女は宛ても無く歩き続けていた。
踏みしめた土はやわらかく、めり込んだ小さな足を優しく包み込む。
多くの養分を内に秘め、たくさんの木を育んでいく、母なる土壌だ。
しかし、彼女のつたない感覚器官では、その温もりすら感じることはできない。
「このぶたちゃんは……」
ふいに、歌が止まる。
それと同時に、少女もその場に立ち尽くした。
凪が訪れて、木々が黙る。
万来の拍手が鳴り止んだ。
それはまるで、芸人が綱渡りに失敗したときのよう。
「……このぶたちゃんは、なんにもない」
数泊おいてから続けられた歌詞だが、メロディーは添えられてはいなかった。
その小さな語りは、自分に言い聞かせるがごとく。
だがしかし、彼女が見上げる緑の天井には誰の姿もない。
木の葉の隙間から垣間見える星々も、酷なほどにそっけなかった。
少女は目を細めて、ゆっくりと首を横にふる。
「ううん。この子は、おみやげをもってるわ」
そう、歌詞を修正する。
彼女が永劫の眠りについたときに、掠れ行く意識の中で歌った歌詞へと。
モン・サン・ミッシェルでのことだ。
彼女は、勝たちを助けるための代償として、その機械仕掛けの命を散らせてしまう。
突然の終わりであったが、大切な人に抱きしめられたいというその本懐だけは、最期の最期で遂げることができた。
彼女はそれで満足だったのだ。
それだけで、彼女の百八十年の全ては報われたはず。
なのに、彼女はまたもや、こうして復活させられてしまっている。
「なんにもないのはアタシ」
からからと笑う。笑ったかのように顔を動かす。
やはり自分は機械だった。
それを思い知って、からからと。
生存理由が、空だった。
悔い無き最期を経験してしまった彼女には、もうこれ以上果たすべき目的がないのである。
仮に人間であれば、またここから新たに『生きる目的』を生み出すことができたのだろう。
だが、悲しいかな。彼女は自動人形。しかも旧式の。
『性能が悪い』彼女は、予めインプットされた『生存目的』を忠実に実行することしかできない。
「なぁんにもないや」
そよ風を受けて、わずかにさらさらと葉っぱが拍手をする。
喝采と呼ぶにはまばら過ぎる、申し訳程度のものだった。
それは、つまらないクラウンを見せられて辟易した観客の反応に似ている。
やがて、孤独な静寂に耐えかねたのか、少女はおどけて小さくターンをした。
気持ちを切り替えようと思ってのことだ。
短く二つに結わえられた髪の毛が、控えめに揺れる。
すると……。
「あら、あら、あら」
振り返った先に、彼女が密かに期待してたものがいた。
彼女のくりくりとした大きな目が捉えたのは、黒髪の少年。
白い浴衣を身にまとい、頭には手ぬぐいを巻いている。
それだけでもなかなかに異様な格好であるが、最も目を引くのは彼の左目の周りに広がる火傷の痕だ。
痛々しい痕が、彼本来の釣り目と相まって、なんとも暴力的な雰囲気を醸し出している。
しかし、そんな威圧感を放つ彼ですらも、目の前の少女が持つ不気味なオーラに気おされてしまっていた。
数歩だけ後ずさった少年の足首を、アポリオンと呼ばれる超小型自動人形を固めて作られた鞭が捕まえる。
「しもたッ!」
少年は頭に巻いていた手ぬぐいを解き、即座に口を閉じて呼吸を止めた。
すると、その布切れは次第に光沢を帯び、鋭利な刃と化す。
息を止めている間限定で、手ぬぐいを鉄に変える。彼の能力だ。
だが、それを振り上げるよりも早く、少女の操るゾナハ蟲が彼を逆さ吊りにした。
思わず息をのんだが最後、彼の握る刃はもとの力なき手ぬぐいに戻ってしまう。
右足で吊り下げられる体勢のまま、彼は成すすべなく少女の目の前まで運ばれた。
少年の顔は見る見るうちに青ざめ、その脳内にはサイレンが鳴り響く。
冷や汗が、その顔に残る火傷の痕を伝った。
逃げようともがいたところで、足首を縛る銀の鞭はどうすることもできない。
まな板の上の鯉、というやつだ。
「こんばんわぁ」
「お……おう。こんばんは……やな……」
少女の口から飛び出したのは、まさかの陽気な挨拶。
死を覚悟していた少年は、あっけに取られた。
現状を理解することもままならず、苦笑いで返事をする。
それを受けて、吸い込まれそうなほど大きな彼女の瞳が輝き……。
キャハハ、と甲高い笑い声。
突風がふいた。
彼女を祝うかのように、森中が今日一番の割れんばかりの盛大な拍手を贈る。
いま、ここに。
スタンディングオベーション。
#center(){&bold(){第拾参話 『ロスト』}}
#center(){◆d4asqdtPw2}
ズズズ……と。
少女が『液体』を啜っている。
ズズズ……と、毒々しい色の、温かいソレを。
その可愛らしい桜色の唇の隙間に注いでいく。
とてもとても、美味しそうに。
一呼吸おいて、舌なめずり。
血の通っていないはずの少女の顔は、わずかに紅潮しているようにも見える。
初めての体験であったのだろう。
だいぶ緊張しているようだ。
禁忌だとして避けてきていたというわけではない。
少なくとも、彼女が馴染んだ文化ではこういった行為は存在しなかったのだ。
自動人形でも、こんなことを行うものは異端中の異端であろう。
少しずつ、液体を飲み下す。
頑張ってコレを出してくれた少年に感謝しながら。
彼がいなければ、彼女はこの味に出会うこともなかったのだから。
やっとのことで、少女が飲み干す。
緑茶を。
「意外と、悪くないわね」
コロンビーヌが、ぷはぁと溜め息をつく。
日本の緑茶という飲み物を味わうのは、彼女にとって初めてのことであった。
それもそのはず。そもそも自動人形である彼女は、このように飲食を摂る必要がない。
たったひとつだけ、人間の血を飲みさえすれば、それだけで活動するエネルギーを補給できた。
尤も、今の彼女は人間をむやみに殺すつもりは無いのだが。
それだけではない。
彼女が作られた文化圏ではお茶といえば専ら紅茶で、戯れに飲むにしても殆どがミルクティーだった。
さらに言えば、こんな緑色の濁液を飲むのは気が引けた、というのも一因としてあったのだろう。
そういったわけで、彼女が緑茶というものを飲んだことは今まで一度としてなかった。
「おう、飲まず嫌いはアカンで嬢ちゃん」
佐野清一郎が、空になった湯飲みに緑茶を注ぎ足す。
ちゃぶ台を挟んで座る少女は、礼を言いつつも即座にそれを飲み始めた。
どうやら、この日本文化を大層気に入ったらしい。
とはいえ、彼女が気に入ったのは緑茶の味ではなく、それを含めた『和』の空気。
風の感触すら感じられない彼女であるから、味覚などは存在してるはずもない。
ただ、正座してまったりとお茶を飲むという行為が気に入ったに過ぎない。
もしかしたら、人間の真似事をしてみたかっただけなのかもしれないが……。
「それで、アナタは地獄に落ちた犬丸って人を助け出したいわけね」
コロンビーヌが話を戻す。
森の中で自己紹介を済ませた両者。
まず彼女は佐野に、彼が叶えたい『願い』を聞き出した。
もしかしたら、自身の生存目的を見つけるうえでのヒントになるかもしれないと考えたからだ。
彼女に事情を話すことを承諾した佐野ではあるが、暗い森で立ち話をするのは流石に危険だと主張した。
それで、二人で町に向かい適当な民家を探してお邪魔し……今に至るというわけである。
「せや。アイツは……ワンコは、オレのせいで……」
ポットから急須にお湯を補充し終え、佐野が俯く。
かみ締められた奥歯が、ギリリと鳴った。
彼が元いた世界でのことだ。
能力者となった中学生たちの中から、たった一人の優勝者を決めるための戦いが行われていた。
今行われている殺し合いと、やっていることは余り変わらない。
優勝の見返りとして、能力者は何でも好きな才能を得られ、その人物を担当する天界人は新たな神様になることができる。
犬丸と言うのは、彼を担当していた天界人だ。
佐野は犬丸のことを単なる担当者としてだけではではなく、それ以上に心の通じ合った親友であると思っていた。
だが、その犬丸は、戦いの最中で佐野を守るために死の地獄に落ちてしまう。
彼の命を救うためには、佐野や植木たちの仲間の誰か一人が能力者の戦いで優勝するほかなかった。
逆に言えば、彼らが負ければ犬丸は死んでしまうということだ。
「ふぅん」
「……あ、このけったいな殺し合いには乗らへんで。んなもん当たり前や」
疑うようなコロンビーヌの目つきに、佐野が慌てて取り繕う。
他人や仲間を犠牲にしてまで願いを叶えるなど、彼はさすがにするつもりもなかった。
それに、そんなことをして救われたところで、犬丸は喜ばないだろうことも分かっていた。
あたふたする彼の様子にコロンビーヌがクスリと笑い、お茶のおかわりを無言で要求する。
突き出された湯飲みに熱い緑茶が注がれ、たちこめた白い湯気がお互いの顔をぼやけさせた。
「あとは、温泉やな」
「温泉……って『オフロ』のこと?」
「オレは世界中のみんながホッとできるような温泉旅館を作りたいんや」
自慢げに胸をポンと叩く。
元いた世界で、彼は優勝の見返りとして『温泉発掘の才』を要求するつもりでいた。
もちろん、この願いも人を殺してまで叶えるつもりは毛頭ない。
「キャハハハ! くっだらなーい」
優勝報酬の『空白の才』は、どんな願いでも叶うはずだ。
それをたかが温泉ごときに使うとは、なんと無計画な男なのだろうか。
佐野の向こう見ずな姿勢を、人形の少女は遠慮なしに笑う。
「ぬっはっは。お前も入りに来ぃ。ロボットやろが昇天させたるからな」
夢を笑われるのに慣れているのか、それとも元来の器の大きさか。
おそらくはその両方だろうが、佐野は笑顔で啖呵を切る。
コロンビーヌに温泉の温かさを感じる能力がないと分かったうえでの宣言だった。
嫌味ではなく、無駄な気を使わない性格なのだろう。
その真っ直ぐな瞳に、コロンビーヌも笑みを返す。
「楽しみにしておくわ」
満足げな表情で、彼女は座布団から立ち上がった。
クルリと体を翻すと、短いスカートが揺れる。
佐野に上品にウインクを贈りつつ、玄関へと歩みだす。
「お茶、おいしかったわ。ありがと」
佐野の方を振り返ることもなく、お礼を述べた。
さよならの意を込め、ひらひらと手を振りながら。
少年は、あぐらをかいて、ちゃぶ台に頬杖を付いたままで少女に尋ねる。
「……どこいくねん?」
「どこかしら?」
立ち止まった人形の答えはそっけない。
まるで、早くこの家から出て行きたいかの素振りだ。
それでもめげずに佐野は尋ね続ける。
「……なにしにいくねや?」
「なにかしら?」
再び。突き放すような、からかう様な少女の返事。
それを聞いて、「なんやそれ」と佐野が笑った。
笑い声を背に、少女は歩みを再会する。
「待てや」
呼び止められても、コロンビーヌは今度こそ立ち止まらなかった。
だが、佐野は気にせずゆっくりと立ち上がって、その背中に最後の質問をぶつける。
「お前の『願い』を聞いてへんで」
「…………」
コロンビーヌが息を吸い込む。
人間で言う肺に当たる機関に空気を充填してから、諦めたようにゆっくりとため息をつく。
「それを見つけにいくのよ」
「…………そうかい」
佐野は少女の元へ歩みよったかと思えば、彼女を追い越してしまった。
そのまま玄関まで進み、ガラガラと扉を開ける。
外は暗く、街頭すらも夜道を照らすには心もとない。
冷たい空気を頬で感じながら、彼はコロンビーヌへと振り返る。
「いくで。人形」
親指でドアの外を指差し、佐野はニヤリと楽しげな表情を浮かべた。
彼が知ってるのは、コロンビーヌが自動人形であることだけ。
彼女が辿ってきた百八十年の、その中身を全く知らない。
佐野にばかり話をさせるくせに、彼女は自分のことを全く話さなかったからだ。
それでも、佐野はコロンビーヌが人形であること以外にもうひとつの事実を知っていた。
……会話の中で感じたのだ。
彼女は、大切な何かを求めている。
『願い』を尋ねたその瞬間の、この人形がみせた悲しい目を、佐野は覚えていた。
まるで人間ではないかと見紛うくらいに。
そして、温泉旅館を開くという彼の夢を聞いたとき、少女の瞳は僅かに輝いた。
くだらないと一笑に付したにも関わらず。
少女の双眼に、彼の正義は確かに射抜かれた。
「お好きにどうぞ。ニンゲンちゃん」
呆れたように、コロンビーヌも少しだけ笑う。
外に出た彼女の後ろ手が勢いよく閉めた扉が、夜空を揺らした。
その音がなんだか心地よくて、二人は少しだけ背筋を伸ばす。
見上げた星は、相も変わらずそっけなかった。
少女は扉を開けて外に踏み出す。
欠けた歯車を埋めるために。
なんにも持っていない人形が、別の何かになるために。
並び立つ少年もまた、失った大切なものを求めていた。
しかしそれは、この旅路では絶対に埋められないもの。
向こうの山に風が吹く。
サラサラ、サラサラ、木が揺れる。
その音に混じって、彼女たちの開幕ベルがピシャリと鳴り響く。
真夜中の、開幕ベルが。
高らかに。
【D-2 民家前 一日目深夜】
【佐野清一郎】
[時間軸]: 不明。少なくても犬丸が地獄に落ちてから
[状態]:健康
[装備]:佐野の手ぬぐい@うえきの法則
[道具]:ランダム支給品1~3、基本支給品一式
[基本方針]:仲間たちとともに脱出する。コロンビーヌについていく。
※佐野の手ぬぐいは支給品ではなく、最初から装備してました。
【コロンビーヌ】
[時間軸]: 本編で活動停止後
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:ランダム支給品1~3、基本支給品一式
[基本方針]:さすらう。『生存目的』を見つけ出す。
※アポリオンは使用可。制限されているかどうかは不明。
*投下順で読む
前へ:[[Dash! to truth]] [[戻る>第一放送までの本編SS(投下順)]] 次へ:[[夢の花]]
*時系列順で読む
前へ:[[Dash! to truth]] [[戻る>第一放送までの本編SS(時系列順)]] 次へ:[[Re:Re:]]
*キャラを追って読む
|GAME START|佐野清一郎||
|GAME START|コロンビーヌ||
#right(){&link_up(▲)}
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「このぶたちゃんは、おかいもの」
月の明かりすらも、届かない。
暗く静かな森の中。
妖の一匹でも出そうな、夜闇であった。
ゴスロリとも呼ばれる黒いドレスに身を包んだ、金髪の少女。
大きな目でぱちくりと瞬きをすれば、長いまつ毛が僅かに揺れる。
その姿は、まるで人形のような……。
……否。人形のような、ではなく彼女はまさに自動人形、つまりは機械なのであった。
「このぶたちゃんは、おるすばん」
少女のうたごえに、木々が涌く。
さらさらと、葉音による拍手喝采は鳴り止まず。
そう。果てしなく広い丸盆の中心で、この少女はひとり、歌をうたっていた。
されど、その響きは冷たい空気に溶けて、誰の心も震わせることはない。
だとしても、彼女のうたは止む事はなく。
「このぶたちゃんは、おやつたべ」
靴が汚れることも厭わずに、少女は宛ても無く歩き続けていた。
踏みしめた土はやわらかく、めり込んだ小さな足を優しく包み込む。
多くの養分を内に秘め、たくさんの木を育んでいく、母なる土壌だ。
しかし、彼女のつたない感覚器官では、その温もりすら感じることはできない。
「このぶたちゃんは……」
ふいに、歌が止まる。
それと同時に、少女もその場に立ち尽くした。
凪が訪れて、木々が黙る。
万来の拍手が鳴り止んだ。
それはまるで、芸人が綱渡りに失敗したときのよう。
「……このぶたちゃんは、なんにもない」
数泊おいてから続けられた歌詞だが、メロディーは添えられてはいなかった。
その小さな語りは、自分に言い聞かせるがごとく。
だがしかし、彼女が見上げる緑の天井には誰の姿もない。
木の葉の隙間から垣間見える星々も、酷なほどにそっけなかった。
少女は目を細めて、ゆっくりと首を横にふる。
「ううん。この子は、おみやげをもってるわ」
そう、歌詞を修正する。
彼女が永劫の眠りについたときに、掠れ行く意識の中で歌った歌詞へと。
モン・サン・ミッシェルでのことだ。
彼女は、勝たちを助けるための代償として、その機械仕掛けの命を散らせてしまう。
突然の終わりであったが、大切な人に抱きしめられたいというその本懐だけは、最期の最期で遂げることができた。
彼女はそれで満足だったのだ。
それだけで、彼女の百八十年の全ては報われたはず。
なのに、彼女はまたもや、こうして復活させられてしまっている。
「なんにもないのはアタシ」
からからと笑う。笑ったかのように顔を動かす。
やはり自分は機械だった。
それを思い知って、からからと。
生存理由が、空だった。
悔い無き最期を経験してしまった彼女には、もうこれ以上果たすべき目的がないのである。
仮に人間であれば、またここから新たに『生きる目的』を生み出すことができたのだろう。
だが、悲しいかな。彼女は自動人形。しかも旧式の。
『性能が悪い』彼女は、予めインプットされた『生存目的』を忠実に実行することしかできない。
「なぁんにもないや」
そよ風を受けて、わずかにさらさらと葉っぱが拍手をする。
喝采と呼ぶにはまばら過ぎる、申し訳程度のものだった。
それは、つまらないクラウンを見せられて辟易した観客の反応に似ている。
やがて、孤独な静寂に耐えかねたのか、少女はおどけて小さくターンをした。
気持ちを切り替えようと思ってのことだ。
短く二つに結わえられた髪の毛が、控えめに揺れる。
すると……。
「あら、あら、あら」
振り返った先に、彼女が密かに期待してたものがいた。
彼女のくりくりとした大きな目が捉えたのは、黒髪の少年。
白い浴衣を身にまとい、頭には手ぬぐいを巻いている。
それだけでもなかなかに異様な格好であるが、最も目を引くのは彼の左目の周りに広がる火傷の痕だ。
痛々しい痕が、彼本来の釣り目と相まって、なんとも暴力的な雰囲気を醸し出している。
しかし、そんな威圧感を放つ彼ですらも、目の前の少女が持つ不気味なオーラに気おされてしまっていた。
数歩だけ後ずさった少年の足首を、アポリオンと呼ばれる超小型自動人形を固めて作られた鞭が捕まえる。
「しもたッ!」
少年は頭に巻いていた手ぬぐいを解き、即座に口を閉じて呼吸を止めた。
すると、その布切れは次第に光沢を帯び、鋭利な刃と化す。
息を止めている間限定で、手ぬぐいを鉄に変える。彼の能力だ。
だが、それを振り上げるよりも早く、少女の操るゾナハ蟲が彼を逆さ吊りにした。
思わず息をのんだが最後、彼の握る刃はもとの力なき手ぬぐいに戻ってしまう。
右足で吊り下げられる体勢のまま、彼は成すすべなく少女の目の前まで運ばれた。
少年の顔は見る見るうちに青ざめ、その脳内にはサイレンが鳴り響く。
冷や汗が、その顔に残る火傷の痕を伝った。
逃げようともがいたところで、足首を縛る銀の鞭はどうすることもできない。
まな板の上の鯉、というやつだ。
「こんばんわぁ」
「お……おう。こんばんは……やな……」
少女の口から飛び出したのは、まさかの陽気な挨拶。
死を覚悟していた少年は、あっけに取られた。
現状を理解することもままならず、苦笑いで返事をする。
それを受けて、吸い込まれそうなほど大きな彼女の瞳が輝き……。
キャハハ、と甲高い笑い声。
突風がふいた。
彼女を祝うかのように、森中が今日一番の割れんばかりの盛大な拍手を贈る。
いま、ここに。
スタンディングオベーション。
#center(){&bold(){第拾参話 『ロスト』}}
#center(){◆d4asqdtPw2}
ズズズ……と。
少女が『液体』を啜っている。
ズズズ……と、毒々しい色の、温かいソレを。
その可愛らしい桜色の唇の隙間に注いでいく。
とてもとても、美味しそうに。
一呼吸おいて、舌なめずり。
血の通っていないはずの少女の顔は、わずかに紅潮しているようにも見える。
初めての体験であったのだろう。
だいぶ緊張しているようだ。
禁忌だとして避けてきていたというわけではない。
少なくとも、彼女が馴染んだ文化ではこういった行為は存在しなかったのだ。
自動人形でも、こんなことを行うものは異端中の異端であろう。
少しずつ、液体を飲み下す。
頑張ってコレを出してくれた少年に感謝しながら。
彼がいなければ、彼女はこの味に出会うこともなかったのだから。
やっとのことで、少女が飲み干す。
緑茶を。
「意外と、悪くないわね」
コロンビーヌが、ぷはぁと溜め息をつく。
日本の緑茶という飲み物を味わうのは、彼女にとって初めてのことであった。
それもそのはず。そもそも自動人形である彼女は、このように飲食を摂る必要がない。
たったひとつだけ、人間の血を飲みさえすれば、それだけで活動するエネルギーを補給できた。
尤も、今の彼女は人間をむやみに殺すつもりは無いのだが。
それだけではない。
彼女が作られた文化圏ではお茶といえば専ら紅茶で、戯れに飲むにしても殆どがミルクティーだった。
さらに言えば、こんな緑色の濁液を飲むのは気が引けた、というのも一因としてあったのだろう。
そういったわけで、彼女が緑茶というものを飲んだことは今まで一度としてなかった。
「おう、飲まず嫌いはアカンで嬢ちゃん」
佐野清一郎が、空になった湯飲みに緑茶を注ぎ足す。
ちゃぶ台を挟んで座る少女は、礼を言いつつも即座にそれを飲み始めた。
どうやら、この日本文化を大層気に入ったらしい。
とはいえ、彼女が気に入ったのは緑茶の味ではなく、それを含めた『和』の空気。
風の感触すら感じられない彼女であるから、味覚などは存在してるはずもない。
ただ、正座してまったりとお茶を飲むという行為が気に入ったに過ぎない。
もしかしたら、人間の真似事をしてみたかっただけなのかもしれないが……。
「それで、アナタは地獄に落ちた犬丸って人を助け出したいわけね」
コロンビーヌが話を戻す。
森の中で自己紹介を済ませた両者。
まず彼女は佐野に、彼が叶えたい『願い』を聞き出した。
もしかしたら、自身の生存目的を見つけるうえでのヒントになるかもしれないと考えたからだ。
彼女に事情を話すことを承諾した佐野ではあるが、暗い森で立ち話をするのは流石に危険だと主張した。
それで、二人で町に向かい適当な民家を探してお邪魔し……今に至るというわけである。
「せや。アイツは……ワンコは、オレのせいで……」
ポットから急須にお湯を補充し終え、佐野が俯く。
かみ締められた奥歯が、ギリリと鳴った。
彼が元いた世界でのことだ。
能力者となった中学生たちの中から、たった一人の優勝者を決めるための戦いが行われていた。
今行われている殺し合いと、やっていることは余り変わらない。
優勝の見返りとして、能力者は何でも好きな才能を得られ、その人物を担当する天界人は新たな神様になることができる。
犬丸と言うのは、彼を担当していた天界人だ。
佐野は犬丸のことを単なる担当者としてだけではではなく、それ以上に心の通じ合った親友であると思っていた。
だが、その犬丸は、戦いの最中で佐野を守るために死の地獄に落ちてしまう。
彼の命を救うためには、佐野や植木たちの仲間の誰か一人が能力者の戦いで優勝するほかなかった。
逆に言えば、彼らが負ければ犬丸は死んでしまうということだ。
「ふぅん」
「……あ、このけったいな殺し合いには乗らへんで。んなもん当たり前や」
疑うようなコロンビーヌの目つきに、佐野が慌てて取り繕う。
他人や仲間を犠牲にしてまで願いを叶えるなど、彼はさすがにするつもりもなかった。
それに、そんなことをして救われたところで、犬丸は喜ばないだろうことも分かっていた。
あたふたする彼の様子にコロンビーヌがクスリと笑い、お茶のおかわりを無言で要求する。
突き出された湯飲みに熱い緑茶が注がれ、たちこめた白い湯気がお互いの顔をぼやけさせた。
「あとは、温泉やな」
「温泉……って『オフロ』のこと?」
「オレは世界中のみんながホッとできるような温泉旅館を作りたいんや」
自慢げに胸をポンと叩く。
元いた世界で、彼は優勝の見返りとして『温泉発掘の才』を要求するつもりでいた。
もちろん、この願いも人を殺してまで叶えるつもりは毛頭ない。
「キャハハハ! くっだらなーい」
優勝報酬の『空白の才』は、どんな願いでも叶うはずだ。
それをたかが温泉ごときに使うとは、なんと無計画な男なのだろうか。
佐野の向こう見ずな姿勢を、人形の少女は遠慮なしに笑う。
「ぬっはっは。お前も入りに来ぃ。ロボットやろが昇天させたるからな」
夢を笑われるのに慣れているのか、それとも元来の器の大きさか。
おそらくはその両方だろうが、佐野は笑顔で啖呵を切る。
コロンビーヌに温泉の温かさを感じる能力がないと分かったうえでの宣言だった。
嫌味ではなく、無駄な気を使わない性格なのだろう。
その真っ直ぐな瞳に、コロンビーヌも笑みを返す。
「楽しみにしておくわ」
満足げな表情で、彼女は座布団から立ち上がった。
クルリと体を翻すと、短いスカートが揺れる。
佐野に上品にウインクを贈りつつ、玄関へと歩みだす。
「お茶、おいしかったわ。ありがと」
佐野の方を振り返ることもなく、お礼を述べた。
さよならの意を込め、ひらひらと手を振りながら。
少年は、あぐらをかいて、ちゃぶ台に頬杖を付いたままで少女に尋ねる。
「……どこいくねん?」
「どこかしら?」
立ち止まった人形の答えはそっけない。
まるで、早くこの家から出て行きたいかの素振りだ。
それでもめげずに佐野は尋ね続ける。
「……なにしにいくねや?」
「なにかしら?」
再び。突き放すような、からかう様な少女の返事。
それを聞いて、「なんやそれ」と佐野が笑った。
笑い声を背に、少女は歩みを再会する。
「待てや」
呼び止められても、コロンビーヌは今度こそ立ち止まらなかった。
だが、佐野は気にせずゆっくりと立ち上がって、その背中に最後の質問をぶつける。
「お前の『願い』を聞いてへんで」
「…………」
コロンビーヌが息を吸い込む。
人間で言う肺に当たる機関に空気を充填してから、諦めたようにゆっくりとため息をつく。
「それを見つけにいくのよ」
「…………そうかい」
佐野は少女の元へ歩みよったかと思えば、彼女を追い越してしまった。
そのまま玄関まで進み、ガラガラと扉を開ける。
外は暗く、街頭すらも夜道を照らすには心もとない。
冷たい空気を頬で感じながら、彼はコロンビーヌへと振り返る。
「いくで。人形」
親指でドアの外を指差し、佐野はニヤリと楽しげな表情を浮かべた。
彼が知ってるのは、コロンビーヌが自動人形であることだけ。
彼女が辿ってきた百八十年の、その中身を全く知らない。
佐野にばかり話をさせるくせに、彼女は自分のことを全く話さなかったからだ。
それでも、佐野はコロンビーヌが人形であること以外にもうひとつの事実を知っていた。
……会話の中で感じたのだ。
彼女は、大切な何かを求めている。
『願い』を尋ねたその瞬間の、この人形がみせた悲しい目を、佐野は覚えていた。
まるで人間ではないかと見紛うくらいに。
そして、温泉旅館を開くという彼の夢を聞いたとき、少女の瞳は僅かに輝いた。
くだらないと一笑に付したにも関わらず。
少女の双眼に、彼の正義は確かに射抜かれた。
「お好きにどうぞ。ニンゲンちゃん」
呆れたように、コロンビーヌも少しだけ笑う。
外に出た彼女の後ろ手が勢いよく閉めた扉が、夜空を揺らした。
その音がなんだか心地よくて、二人は少しだけ背筋を伸ばす。
見上げた星は、相も変わらずそっけなかった。
少女は扉を開けて外に踏み出す。
欠けた歯車を埋めるために。
なんにも持っていない人形が、別の何かになるために。
並び立つ少年もまた、失った大切なものを求めていた。
しかしそれは、この旅路では絶対に埋められないもの。
向こうの山に風が吹く。
サラサラ、サラサラ、木が揺れる。
その音に混じって、彼女たちの開幕ベルがピシャリと鳴り響く。
真夜中の、開幕ベルが。
高らかに。
【D-2 民家前 一日目深夜】
【佐野清一郎】
[時間軸]: 不明。少なくても犬丸が地獄に落ちてから
[状態]:健康
[装備]:佐野の手ぬぐい@うえきの法則
[道具]:ランダム支給品1~3、基本支給品一式
[基本方針]:仲間たちとともに脱出する。コロンビーヌについていく。
※佐野の手ぬぐいは支給品ではなく、最初から装備してました。
【コロンビーヌ】
[時間軸]: 本編で活動停止後
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:ランダム支給品1~3、基本支給品一式
[基本方針]:さすらう。『生存目的』を見つけ出す。
※アポリオンは使用可。制限されているかどうかは不明。
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