「悪魔~デモン~」(2012/09/19 (水) 10:33:31) の最新版変更点
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**悪魔~デモン~ ◆xrS1C1q/DM
殺し合え、か。下らない。
僕はそんな遊びに付き合っている暇はないんだ。
森光蘭が天堂地獄を完成させてしまうのを阻止する必要がある。
そう、やつの永遠の命などという野望を止めなくては。
柳さんをあんなヤツのために死なせてやる気はない。
天堂地獄に囚われたあの人々の魂も開放してやらなければならない。
だから僕は、僕たちは一刻も早く元の世界に帰る。
思い返してみれば、やるべきことがまだ残っているんだ。
森光蘭の野望を止めるだけではない。
我が師、巡狂座に姉さんの事も聞かなくてはならないし。
戒の事も伝えなくては。
そもそも、こんな事がさせたければ戦いや殺しが好きな連中を集めればいい。
おあつらえ向きの人間は何人も知ってるしな。
キース・ブラックには忠告しといてやろう、『次からは人選を考えることだな』と。
けどヤツに次のチャンスを与える気は一切無い。
ここでよく分からないプログラムとともに命を砕いてやろう。
けれど、もし不可能だったら?
万が一脱出が無理なら?
僕達の力がキース・ブラックに遠く及ばなければ?
森光蘭を止めることができなければ世界が終わる。
そして、柳さんもあのおぞましい人間と魔道具に殺されてしまう。
ならば火影忍軍の中から一人だけ脱出させなければならないんじゃないだろうか。
「バカげてる……」
ふと湧いてきた弱い考えを一笑に付した。
全員で帰らなくては意味が無いんだ。
なんせ裏麗の連中はどいつもこいつも強者揃い。
誰か一人で帰ったところで勝算はほぼ無に等しいだろう。
柳さんだってみんなで帰らなければ喜ばない。
彼女の嘆く顔なんて見たくはないしな。
「それに……もう一度殴られるのは」
自然と頬を撫でていた。
あの時に殴られた一撃の痛みは今でも憶えている。
もしも僕が殺し合いに乗ったならアイツはまた僕の顔を殴るのだろう。
あの痛みをもう一度経験しろというのは遠慮しておきたい。
そんな事を思っていると、背後から気配を感じた。
「3秒やる。殺し合いに乗ってないなら大人しく出てこい」
月光が僅かに差してくるだけの森の中、長髪の青年、水鏡凍季也がふと立ち止まる。
後ろを振り返った彼は気配がする一本の木を見据えた。
すると彼の呼びかけに応じたのか、草を揺らす音がして一人の少女が現れる。
ウェーブのかかった髪の毛に、赤い長袖のシャツ。そしておそろいの色をしたミニスカートと帽子。
堂々とした様子で出てきた彼女であったが、懐中電灯のあかりでチラリと見えた表情は何かに怯えているようであった。
「あなたも……殺し合いに乗ってないのよね?」
「もしも誰かを殺す気だったら君から殺してるさ。わざわざ声をかけたりはしない」
その言葉に安堵したのか、小さく息を吐く音が水鏡の耳に入る。
何故、この少女はこんなにも怯えているのだろうか。
彼は疑問に思う。
傍で見れば分かるが彼女には隙がない。
心が乱れているせいか気配の隠し方は最低レベルであったが、立ち振る舞いは戦士のそれだ。
そんな彼女は一体何に怯えているのだろう。
彼には分からない。
「もう一つだけ聞かせて。あなた、ゼオンの関係者じゃないわよね?」
「ゼオン? ああ、名簿に載っていた名だな。生憎だが僕の知り合いはみんな日本人さ」
僅かに残っていた彼女の緊張が完全にほぐれるのを彼は感じた。
ゼオンとやらがこの少女に何かを仕掛けた事があるのは確実だろう。
心のなかでゼオン・ベルを要注意人物に追加しておく。
もちろん、この少女が悪評を広めるための演技をしている可能性も考慮はしておくが。
「情報交換をしたいんだが、ここよりも適当な民家を探したほうがいいかもしれないな。
どうする? 歩きながら自己紹介程度を済ませ、そっから本格的に情報を交換しようじゃないか」
水鏡の提案に少女は首を縦に振り、共に歩き出す。
彼女(チェリッシュという名らしい)の話を聞きながら頭の中で考えをまとめていった。
しかし、彼の思考は近くで発生した爆発音により遮られる。
「戦闘か? とりあえず行くだけ行ってみよう。乗ってるヤツがいれば倒さなくてはいけないしな」
「ええ、そうね」
気丈に答えるチェリッシュではあるが、見ればわずかに顔色が悪い。
ゼオンと出会ってしまうことを恐れているのだろう。
その様子を見て、水鏡は突き放すような事を言ってしまう。
「無理についてこないとは言わない。足手まといになるだけだからな」
「いや、行くわ。行かせて頂戴」
あくまでも行くと言い張るチェリッシュに今度は何も言わず、音源へと体を向ける。
「分かった。なら僕は止めない。しかし、自分の身は自分で守ってくれ」
そう言って水鏡は蔵王よりバットを取り出した。
一見すれば普通の金属バットだろう。
だが、これはとある番長の舎弟が使っていたバットだ。
単純な強度が普通のバットを上回るのはもちろん、上部より針が飛び出す仕掛けも仕込まれている。
簡単に言ってしまえば、頑丈な釘バット。
それを右手に構え、水鏡はかけ出した。
「そうだ、名前を言ってなかった。僕は水鏡凍季也。一段落したら情報をしっかりと交換しよう」
☆ ★ ☆
二人がたどり着いたとき、そこにいたのは少年と巨漢。
どちらが戦闘を仕掛けたのかは一目瞭然であった。
それは漢の人相が悪いだの、筋肉に覆われた肉体が妙に悪人臭いだのという次元ではない。
漢が全身に纏った覇気。近くにいるだけで押しつぶされそうになるプレッシャー。
無言の圧力が告げる、俺は殺し合いに乗っているのだと。
「二人とも気をつけろ! こいつ……半端無くつえぇ」
ナイフを構えた道着を着ている少年、鉄刃は漢から視線をそらさずに叫ぶ。
巨漢、金剛猛は後から来た邪魔者を気にする様子もなく拳を振るう。
水鏡とチェリッシュは驚愕した。
刃が紙一重で回避した、叩きつけるかのように上から振るわれた拳。それが爆音の正体。
その一撃は地面を大きく抉りとり、土砂を一面へと撒き散らす。
「おいてめぇ! なんでこんな殺し合いになんて乗ろうとしてるんだ!」
「小せえ事は気にするな」
刃の叫びを一蹴し、猛は再び拳を振りかぶる。
速度、力、共に超一級品の殴打に対し、刃はまたしても紙一重でかわす。
余裕の表れではない。ギリギリでしか避けることができないのだ。
刃の身体能力は一般人をはるかに凌ぐ。
だが、猛の潜在能力は人という種を超えたもの。
攻撃を凌げているのは経験からくる技能があるからこそだ。
「なぁ、出来るならでいいんだが手伝ってくれないか?」
ニヤリと精一杯の不敵な笑みを浮かべつつ、刃は二人に協力を求める。
呆然としていた二人もその言葉で我を取り戻し、慌てて戦闘の体勢に入った。
「ほぅ、やっと準備運動が出来る」
拳を鳴らしながら猛もまた獰猛な笑みを浮かべた。
一触即発の中でチェリッシュがゴングを鳴らす。
「ギガノ・コファル!」
チェリッシュが呪文を唱え、巨大な結晶が彼女の指から放たれる。
最弱の呪文で様子を見るなんて考えが通用する相手ではない。
だから最初から心の力の節約などは考えない攻撃を仕掛けた。
急なことに驚く刃と水鏡であったが、両者ともに不可思議な出来事には慣れている。
すぐに気持ちを切り替え、追撃のための行動に移る。
結晶を目隠しとし、その後ろから第二波を繰りだそうと駆ける。
猛はその場に直立したまま動こうとはしない。
そして一瞬の静止の後、ギガノ・コファルが粉々に砕け散った。
パラパラと地面へばらまかれていく破片の合間、傷一つない猛の姿が見える。
正確に言えば突き出した右拳を握っている彼の姿だ。
そこから想定できる答えは一つ。
彼はチェリッシュの呪文を片手で受け止め、握力で粉々に砕いたのだ。
化物じみた肉体に愕然とするも、次の手はある。
「はぁっ!」
「たぁ!」
死角より飛び出してきた二人の剣士の存在を猛はようやく把握した。
右から鉄刃。
左から水鏡凍季也。
ほぼ同時のタイミングで突っ込んでくる二人。
刃の持つ超振動ナイフに気が付き、さしもの彼もこれをまともに受けるのは厄介であると判断した猛。
水鏡の振り下ろした釘バットを左手で受け止め、水鏡の体ごと刃へと投げつける。
猛烈なスピードで飛んできた彼を避けることはできず、二人は纏めて背後の木に叩きつけられた。
不幸中の幸いか、ナイフが二人の皮膚を切り裂くことはない。
だが、そんな問題は些細なものだ。
三人がかりの攻撃でカスリ傷さえ負わすことが出来なかった事実に比べれば全く些細なこと。
「姉ちゃん! もう一回支援頼む!」
刃の怒鳴るような声にチェリッシュは再び構えを取る。
単なるパンチが致命傷となる中、彼ら二人でも攻撃に転じる隙は中々出ない。
だからチェリッシュの呪文で無理矢理隙を生み出す。
「ガレ・コファル!」
大きな一撃が防がれたのなら、今度は数で攻める。
指の一本一本から放たれた無数の結晶は異なるタイミングで猛を狙う。
それと同時に再びかけ出す剣士二人。
数にして十を優に超える攻撃を全て防ぐ手立てはない。
三人はそう思っていた。
「これしきの豆鉄砲で俺が止められると思ったかー!」
「なっ!?」
チェリッシュの呪文が猛の体に当たると同時に砕け飛ぶ。
当然、ガードはしていないのだから両の腕は自由に使うことができる。
そして刃の体を狙った一撃は、的確に彼の胴体を捉え――――
「コファル!」
チェリッシュが咄嗟に呪文を唱え刃の体を吹き飛ばすことで、荒い形ではあったものの攻撃の回避には成功した。
だが、頬の脇をかすめただけの拳は衝撃波で刃の体を吹き飛ばす。
飛んできた彼はチェリッシュのすぐ脇に倒れた。ダメージ自体はそこまで大きくないはずなのですぐに戦線に復帰できると彼女は判断した。
しかし……地面に倒れ伏した刃の体はピクリとも動かない。
まさか、と思った彼女が近寄ってみれば息はしている。
幸運だったのは彼の肉体にはなんの異変もなさそうなこと。
不幸なのは直撃した呪文が顎を揺らし、彼の意識を刈り取ってしまったこと。
「どうだ?」
攻撃を辛うじて回避しながら水鏡が問いかける。
首を縦に振る事で命に別状はないことを伝えると、彼はやれやれとでも言わんばかりに息を吐く。
そして猛攻の合間に、空いていた左手の親指でチェリッシュへと合図を送った。
『逃げろ』
後方に突き出した指は彼の意志をありありと映し出している。
だが、チェリッシュは動かない。動けない。
彼があっさりと決断した指示はあまりにも重すぎる。
三人がかりですら手も足も出なかった相手に一人で残るなど正気の沙汰ではない。
待ちうけている結末は言うまでもないだろう。
何時まで経っても行動に移らない彼女に、水鏡はもう一度指示を出す。
さっさと逃げろ。
自分の死に直結する事柄であるのに、彼は躊躇わない。
チェリッシュの瞳に涙が滲む。
行きたくはない。しかし、彼の行動を無駄にするわけにはいかない。
水鏡は猛を彼女たちとは逆側に誘導しようと動きまわる。
「絶対に生きてなさいよ!」
掠れた声で精一杯叫ぶ。
目の前の相手に集中している水鏡に聞こえたか、聞こえなかったかは分からない。
それでも彼女は聞こえていたと確信し、刃を背負ってその場から全力で逃げる。
水鏡の頬が僅かに緩んだ気がした。
☆ ★ ☆
「待っててくれたのか? 意外と親切みたいだな」
「小せえことは気にするな」
それが第二ラウンド開幕のゴング。
水鏡は飛び退いて距離をおき、猛は静かに歩み寄る。
圧倒的な強者の余裕。
理解しながらも、微塵も腹が立たぬのは彼の規格外な力を知ってしまったからだろう。
だが、倒す余地がわずかにでもあるとすれば、それはその油断。
「ふん!」
振るわれた一撃を釘バットを使うことでいなす。
チェリッシュの放った結晶の威力は、少なく見積もってもバットの一撃よりかは上。
つまり有効打を与えるのが不可能というわけだ。
こちらからの攻撃は全く通用しない以上、回避に専念するしか無い。
そもそも速さが違いすぎるのだ。
防御に回ってやっと見きれる速さ。攻撃に転じる隙などあるはずもない。
さっきまでは複数人で戦闘していたからこそ、なんとか攻めることもできたのだ。
しかし、防御における頼りの綱の釘バットの耐久もそろそろ限界が近付いている。
金剛猛の殴打をあれだけ受け止めておいて未だにへし折れてないのは水鏡の技量があって故のことなのだろう。
それでも損傷は徐々に蓄積されていっている。
このバットを失ったとき、すなわち防御の手段を失った時が水鏡凍季也の最期。
事実を冷静に受け止め、なお彼は戦いをやめようとはしない。
「弱音は吐きたくなかったんだがな。閻水さえあればもう少しまともに戦えたかもしれない、位は言いたくなるさ。
キース・ブラックも意地が悪い。お前のような怪物にこんなチンケな武器で立ち向かえって言うのだから」
「お前自身はそう思ってはいまい? 武器がなかったから勝てないなど言い訳にすぎぬと分かっているはずだ」
手にしたバットがついに凹み出す。
これではよくて後数回。
水鏡の端正な顔に汗がにじむ。
「正面から殴るだけなんて芸のない戦い方だ、あの猿を思い出す」
嫌味を吐きながら、近くにあった木の上へと飛び乗る。
そして枝から枝へと飛び移り、高さ10mほどへとあっという間に登った。
猛には遠隔攻撃は存在しない、そう思ったゆえの判断だ。
(そろそろ僕も撤退するとするか?)
このまま戦っても勝ち目はほぼ無い。
逃がした二人も追いつけない距離までは行っているだろう。
(が、本当に逃げることができるのか?)
素の身体能力ではまさに桁が違う。
普通に走っていったところで即座に追いつかれて殴り殺されるのがオチだ。
ならば隙を作ればいいのだが、それも簡単ではない。
手持ちの武器は貧相。僅かな隙を作ることさえ命がけとなるだろう。
「木の上に逃げた程度でどうにかなると思ったか」
考えの半ばで猛は樹木へとラリアットをぶちかます。
当たった場所から砕け折れた幹は横へと倒れた。
しかし、水鏡は地面に落下すること無く、咄嗟に近くの木へと飛び移っている。
(時間稼ぎはできそうだ。しかし、ここからどうするかが問題だ)
悠然と歩み寄る猛から一度も視線を逸らさず、水鏡は思考を巡らせる。
だが、急に自分に背を向けた猛へと注意が移ってしまう。
何をする気だ? そう思った彼が目を凝らすと同時に、数歩歩いて距離を取った猛が振り返る。
そして、全身の筋肉が大きく膨れ上がり――――
「打舞流叛魔――――!!!」
――――森林の一角が吹き飛んだ。
辺り一面の木は全て衝撃波でなぎ倒され、あたかも嵐が去った後の様になる。
そんな中、水鏡は奇跡的にも生存していた。
だが、彼の足はほぼ完全に動かない。
衝撃で数十メートルの高さまで舞い上げられた体を致命傷を負わぬように着地させた代償だ。
「めんどうだったからな。全部吹き飛ばさせてもらったぞ」
未だに立ち込める土煙の中、悪魔のシルエットが浮かび上がる。
もはや逃げることは不可能。
水鏡は自分の死期を悟る。
だが、このままでは。このままでは死ねない。
せめてこの怪物を道連れに逝く。
ディバッグを漁り、中から珠を取り出して――咄嗟にバットを構える。
「ぐっ……はぁ……」
バカの一つ覚えのように正面から繰り出された打撃。
水鏡はついにそれを逸らしそこねた。
金属製のはずであるバットが粉々に砕け散り、それでも衝撃を殺しきれなかった拳が水鏡の胴体を捉えた。
人智を超えた怪物の一撃は皮を破り、肉を割き、骨を砕き、内蔵をミンチにする。
そして、腹から入った拳は水鏡の体内を完膚なきまでに破壊した後、背中から突き出た。
「新しく武器を出そうとしていたようだが、無駄だったな」
腕を持ち上げ、水鏡の顔を自分の顔の正面へと持っていく。
流れだす血とともに体温を失っていく水鏡に猛は声を掛ける。
水鏡は血反吐を吐き出しながらも、命を振り絞るかのようにしてそれに答えた。
「そうでも……ないな……この煙の中なら……これは…………蔵王にしか見えまい」
とぎれとぎれになりながらも彼は言葉を発する。
それを聞き、猛は水鏡が手にしていた珠から規則的に流れる電子音に始めて気がつく。
「これは――――」
一瞬、口を開けた僅か一瞬の隙を狙い、水鏡は手にしていた珠を猛の口へと押しこむ。
半死人とは思えぬ力で押し込まれた珠は食道を通り、胃の中へと侵入する。
「助かった……立ち上がれない僕じゃ……貴様の…………口へと放りこむのは……」
水鏡の命が尽きると同時、猛の腹の中で爆発が起こる。
彼が命と引き換えに行ったのは小型爆弾を猛の体内へと押しこむこと。
ダイナマイト数十トン分に相当する威力があるという説明書通りならば、さしもの化物も生存は不可能だろうという確信を込めて。
☆ ★ ☆
「見事だ、名も知らぬ漢よ」
結果を言おう。
日本番長、金剛猛は生きていた。
内蔵にダメージを受け、口から血を垂らしてはいるものの命には別状はない。
水鏡が猛に対してただ一つだけ与えたものといえば、自分と戦った戦士への敬意。
亡骸を貫いていた腕を引きぬき、彼の体をそっと地面へと横たえる。
「貴様のことは忘れん」
そう言って彼はディバッグの中より一本の水筒を取り出す。
同梱されていた説明書によれば、この中にはファウードの回復液とやらが入っているらしい。
傷ついた内蔵をそれによって癒そうと蓋を開けようと回し、思い直したような顔になって行動を止める。
動いた視線が捉えたのは先刻まで戦っていた戦士の遺体。
小さく笑みを浮かべ、水筒を再びディバッグの中へと仕舞う。
「これしきの怪我、わざわざ薬を使って回復するまでもあるまい。
貴様が生きた証だ。俺の体に刻みつけておいてやろう」
&color(red){【水鏡凍季也 死亡】}
&color(red){【残り72人】}
【A-3 中央部/一日目 深夜】
【金剛猛(日本番長)】
[時間軸]:不明
[状態]:内蔵にだm「小せえ事は気にするな」
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ファウードの回復液入り水筒@金色のガッシュ、不明支給品0~2
[基本方針]:小せえ事は気にするな
☆ ★ ☆
「んんぅ……ここは……」
気絶していた刃が目を覚ましたらしい。
寝ぼけたような声を出し、そして徐々に頭を覚醒させる。
自分は今誰かに背負われている。
視界に入るのはカールのかかった髪の毛に、帽子。
さっきまで巨漢との戦いで共闘していた少女だろう。
そういえば名前聞いてなかったな。刃はぼんやりとそう思った。
やたらと揺れてるのは少女が走っているからなのだろうな。
だが、何かを忘れてるような気がした。
ボーッとした頭で思い出そうと苦心し、そして一気に脳が覚醒する。
「なぁ、俺達と一緒に戦ってた兄ちゃんは怪我してないのか?」
返事はない。
当人が答えてくれると期待したはずの返答が来ない。
僅かに震える声で刃はもう一度問う。
「おい、あの兄ちゃんは無事なんだよな?」
返事はない。
代わりに聞こえたのは小さな嗚咽。
押し殺しているのか、わずかにしか聞こえないが、静かな空気の中でそれはやけに大きく聞こえた。
「じゃあさ、あのデカイのは倒したんだよな? 怪我して……休んでるだけだろ」
チェリッシュの足が止まった。
明白な怒気を込めて刃が彼女の後頭部へと言葉をぶつける。
「まさかだけどよ、置いて逃げた……なんて言わないよな?」
最初のやりとりで感じてしまった一つの答え。
死ぬことの次に最悪の状況。
言い出そうと思ったのを必死にこらえていたが、無言の否定がその堤防を破る。
そしてその質問についてもチェリッシュは返事を返さなかった。
明白すぎる回答。
今度の無言は今までの逆――肯定。
「バーロー、あんなの相手に一人で勝てるわけねぇだろ! お前は知らねーけど俺はもどるぞ、降ろせ! 降ろせってば!」
どうにか背中から降りそうともがく刃。
ふと、彼の体を支えていた腕が離れる。
自然と重力に引かれ、刃の体は地面へと落ちた。
受身を上手く取れずズキズキと痛む足を気にすること無く、刃はチェリッシュの正面へと回りこみ、胸ぐらをつかむ。
「何で置いていっちまったんだ!? 俺が気絶しててもお前は戦えたんだろ!」
チェリッシュを怒鳴りつけ、刃は今まで進んできた道を逆戻りする。
ここからは一刻も争う状況。
あの化物を相手に青年がどれだけ持つかは分からない。
「頼むから……無事でいてくれよ」
沸き起こる最悪の事態を振り払うように刃は走りだす。
だが、後ろから呼び止める声に思わず足を止めてしまった。
「なんだよ」
苛立ちを隠そうともせずに刃は振り返る。
用件があるなら早く言え。
彼の周りを覆った雰囲気がそう告げていた。
「あなたが行ったとして……勝てると思うの?」
ポツリとチェリッシュが呟く。
掠れた声であったがそれはハッキリと聞き取ることができた。
「分からねぇ、けど行くしかねぇだろ」
「行かせないわ。あなたが行くのなら私は全力で止める」
ためらわずに答えた刃に対し、彼女も即座に返答する。
ただでさえ苛立ちを抑えられない彼にとって、それは起爆剤にしかならない。
ナイフを構え、彼女の前に立つ。
「見殺しにしろってか! そんなん俺は絶対に認めないからな!」
「認めるも認めないの問題じゃないわ。私はあなたを止める。
あなたが行ってしまったら残った彼の遺志を無駄にしてしまうもの」
涙を流しながらも強い意志を持った瞳が刃を捉えた。
ここに来て始めてチェリッシュの強固な思いを感じ取った刃は怒気を収め、それでも一歩も引く姿勢を見せない。
「すまねぇ、それでも……俺は行きたい」
「それは只の自己満足よ。勝てない相手に向かっても死体が一人から二人に増えるだけだもの」
「それでも、だ。じゃあ行かせてもらうぜ」
そう言って踵を返そうとした彼の脇を石の塊が掠める。
チェリッシュが放ったそれは、刃のわずか先の地面をえぐりとった。
何があったとしても戻らせない。
彼女の意志が変わらないことをさとる。
「アイツには私の呪文は通じなかったわ」
「そうか」
「それでも行くって言うのね?」
「ああ、俺はサムライだからな」
「勝てるわけ……ないじゃない」
チェリッシュの瞳から流れ落ちた涙が頬を伝い、地面にシミを作った。
次から次へと湧きでてくる涙に刃は思わず驚く。
そしてチェリッシュは涙を流しながら刃へと詰め寄った。
「勝てないわ! 勝てるわけ無いのよ。
あの化物にも、ゼオンにも、そしてキース・ブラックにも!
私が、あなたが、彼が勝てるわけ無いじゃない!」
唖然とする刃を無視し、なおも彼女は言葉を紡ぐ。
「力の差を見たでしょ!? 私たちの攻撃はまるで通じない、けれどあっちの攻撃は一撃でアウト。
そして王を決める戦いの優勝候補のゼオン。
あいつも十分化物よ! あの男とも戦えるかもしれない。それどころか勝ってもおかしくはないわ。
そんなヤツらをいとも簡単に連れてくるキース・ブラック。私たちにどうしろって言うのよ」
体をかき抱くようにしながら絶望に染まった声を上げる。
「あの雷が、あの痛みが今も消えないの!
無理よ、どうしろって言うの……怖いのよ。
あの苦しみは二度と味わいたくない。ゼオンに逆らえない!
勝てないの……私じゃあいつらには勝てないのよ」
話しているうちに錯乱してきたのか、刃には理解出来ない事を喚く。
それでも目の前の少女が苦しんでいることだけはよく分かった。
だが、自分に何が出来るのだろうか。
「お願い……助けてテッド……」
そう言い残し、彼女は急に走り出す。
呆気に取られていた刃が慌ててその後を追うが、彼女の姿は闇夜に紛れていとも容易く消え去った。
辛うじて音で追跡できるが、いつ見失ってもおかしくはない。
「すまねぇ、こっちもほっとけないんだ」
今も戦っているであろう青年へと侘びを入れる。
本当ならばそっちにも行きたい。
だが、今のチェリッシュはそれ以上に放っておくことができない。
後ろ髪を引かれるような思いをしながら若きサムライは走る。
【A-3/一日目 深夜】
【チェリッシュ】
[時間軸]:ガッシュ戦直前
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1~3
[基本方針]:???
【鉄刃】
[時間軸]:織田信長御前試合の直後
[状態]:健康
[装備]:超振動ナイフ@ARMS
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~2
[基本方針]:チェリッシュを追う。殺し合いには乗らない
*投下順で読む
前へ:[[ナゾナゾ博士と植木の法則]] [[戻る>第一放送までの本編SS(投下順)]] 次へ:[[ホームラン]]
*時系列順で読む
前へ:[[思考する機械、あるいは――]] [[戻る>第一放送までの本編SS(時系列順)]] 次へ:[[守りたいもの(前編)]]
*キャラを追って読む
|GAME START|金剛猛(日本番長)|037:[[ヘルダイバー]]|
|GAME START|チェリッシュ|~|
|GAME START|鉄刃|~|
|GAME START|水鏡凍季也|&color(red){GAME OVER}|
#right(){&link_up(▲)}
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**悪魔~デモン~ ◆xrS1C1q/DM
殺し合え、か。下らない。
僕はそんな遊びに付き合っている暇はないんだ。
森光蘭が天堂地獄を完成させてしまうのを阻止する必要がある。
そう、やつの永遠の命などという野望を止めなくては。
柳さんをあんなヤツのために死なせてやる気はない。
天堂地獄に囚われたあの人々の魂も開放してやらなければならない。
だから僕は、僕たちは一刻も早く元の世界に帰る。
思い返してみれば、やるべきことがまだ残っているんだ。
森光蘭の野望を止めるだけではない。
我が師、巡狂座に姉さんの事も聞かなくてはならないし。
戒の事も伝えなくては。
そもそも、こんな事がさせたければ戦いや殺しが好きな連中を集めればいい。
おあつらえ向きの人間は何人も知ってるしな。
キース・ブラックには忠告しといてやろう、『次からは人選を考えることだな』と。
けどヤツに次のチャンスを与える気は一切無い。
ここでよく分からないプログラムとともに命を砕いてやろう。
けれど、もし不可能だったら?
万が一脱出が無理なら?
僕達の力がキース・ブラックに遠く及ばなければ?
森光蘭を止めることができなければ世界が終わる。
そして、柳さんもあのおぞましい人間と魔道具に殺されてしまう。
ならば火影忍軍の中から一人だけ脱出させなければならないんじゃないだろうか。
「バカげてる……」
ふと湧いてきた弱い考えを一笑に付した。
全員で帰らなくては意味が無いんだ。
なんせ裏麗の連中はどいつもこいつも強者揃い。
誰か一人で帰ったところで勝算はほぼ無に等しいだろう。
柳さんだってみんなで帰らなければ喜ばない。
彼女の嘆く顔なんて見たくはないしな。
「それに……もう一度殴られるのは」
自然と頬を撫でていた。
あの時に殴られた一撃の痛みは今でも憶えている。
もしも僕が殺し合いに乗ったならアイツはまた僕の顔を殴るのだろう。
あの痛みをもう一度経験しろというのは遠慮しておきたい。
そんな事を思っていると、背後から気配を感じた。
「3秒やる。殺し合いに乗ってないなら大人しく出てこい」
月光が僅かに差してくるだけの森の中、長髪の青年、水鏡凍季也がふと立ち止まる。
後ろを振り返った彼は気配がする一本の木を見据えた。
すると彼の呼びかけに応じたのか、草を揺らす音がして一人の少女が現れる。
ウェーブのかかった髪の毛に、赤い長袖のシャツ。そしておそろいの色をしたミニスカートと帽子。
堂々とした様子で出てきた彼女であったが、懐中電灯のあかりでチラリと見えた表情は何かに怯えているようであった。
「あなたも……殺し合いに乗ってないのよね?」
「もしも誰かを殺す気だったら君から殺してるさ。わざわざ声をかけたりはしない」
その言葉に安堵したのか、小さく息を吐く音が水鏡の耳に入る。
何故、この少女はこんなにも怯えているのだろうか。
彼は疑問に思う。
傍で見れば分かるが彼女には隙がない。
心が乱れているせいか気配の隠し方は最低レベルであったが、立ち振る舞いは戦士のそれだ。
そんな彼女は一体何に怯えているのだろう。
彼には分からない。
「もう一つだけ聞かせて。あなた、ゼオンの関係者じゃないわよね?」
「ゼオン? ああ、名簿に載っていた名だな。生憎だが僕の知り合いはみんな日本人さ」
僅かに残っていた彼女の緊張が完全にほぐれるのを彼は感じた。
ゼオンとやらがこの少女に何かを仕掛けた事があるのは確実だろう。
心のなかでゼオン・ベルを要注意人物に追加しておく。
もちろん、この少女が悪評を広めるための演技をしている可能性も考慮はしておくが。
「情報交換をしたいんだが、ここよりも適当な民家を探したほうがいいかもしれないな。
どうする? 歩きながら自己紹介程度を済ませ、そっから本格的に情報を交換しようじゃないか」
水鏡の提案に少女は首を縦に振り、共に歩き出す。
彼女(チェリッシュという名らしい)の話を聞きながら頭の中で考えをまとめていった。
しかし、彼の思考は近くで発生した爆発音により遮られる。
「戦闘か? とりあえず行くだけ行ってみよう。乗ってるヤツがいれば倒さなくてはいけないしな」
「ええ、そうね」
気丈に答えるチェリッシュではあるが、見ればわずかに顔色が悪い。
ゼオンと出会ってしまうことを恐れているのだろう。
その様子を見て、水鏡は突き放すような事を言ってしまう。
「無理についてこないとは言わない。足手まといになるだけだからな」
「いや、行くわ。行かせて頂戴」
あくまでも行くと言い張るチェリッシュに今度は何も言わず、音源へと体を向ける。
「分かった。なら僕は止めない。しかし、自分の身は自分で守ってくれ」
そう言って水鏡は蔵王よりバットを取り出した。
一見すれば普通の金属バットだろう。
だが、これはとある番長の舎弟が使っていたバットだ。
単純な強度が普通のバットを上回るのはもちろん、上部より針が飛び出す仕掛けも仕込まれている。
簡単に言ってしまえば、頑丈な釘バット。
それを右手に構え、水鏡はかけ出した。
「そうだ、名前を言ってなかった。僕は水鏡凍季也。一段落したら情報をしっかりと交換しよう」
☆ ★ ☆
二人がたどり着いたとき、そこにいたのは少年と巨漢。
どちらが戦闘を仕掛けたのかは一目瞭然であった。
それは漢の人相が悪いだの、筋肉に覆われた肉体が妙に悪人臭いだのという次元ではない。
漢が全身に纏った覇気。近くにいるだけで押しつぶされそうになるプレッシャー。
無言の圧力が告げる、俺は殺し合いに乗っているのだと。
「二人とも気をつけろ! こいつ……半端無くつえぇ」
ナイフを構えた道着を着ている少年、鉄刃は漢から視線をそらさずに叫ぶ。
巨漢、金剛猛は後から来た邪魔者を気にする様子もなく拳を振るう。
水鏡とチェリッシュは驚愕した。
刃が紙一重で回避した、叩きつけるかのように上から振るわれた拳。それが爆音の正体。
その一撃は地面を大きく抉りとり、土砂を一面へと撒き散らす。
「おいてめぇ! なんでこんな殺し合いになんて乗ろうとしてるんだ!」
「小せえ事は気にするな」
刃の叫びを一蹴し、猛は再び拳を振りかぶる。
速度、力、共に超一級品の殴打に対し、刃はまたしても紙一重でかわす。
余裕の表れではない。ギリギリでしか避けることができないのだ。
刃の身体能力は一般人をはるかに凌ぐ。
だが、猛の潜在能力は人という種を超えたもの。
攻撃を凌げているのは経験からくる技能があるからこそだ。
「なぁ、出来るならでいいんだが手伝ってくれないか?」
ニヤリと精一杯の不敵な笑みを浮かべつつ、刃は二人に協力を求める。
呆然としていた二人もその言葉で我を取り戻し、慌てて戦闘の体勢に入った。
「ほぅ、やっと準備運動が出来る」
拳を鳴らしながら猛もまた獰猛な笑みを浮かべた。
一触即発の中でチェリッシュがゴングを鳴らす。
「ギガノ・コファル!」
チェリッシュが呪文を唱え、巨大な結晶が彼女の指から放たれる。
最弱の呪文で様子を見るなんて考えが通用する相手ではない。
だから最初から心の力の節約などは考えない攻撃を仕掛けた。
急なことに驚く刃と水鏡であったが、両者ともに不可思議な出来事には慣れている。
すぐに気持ちを切り替え、追撃のための行動に移る。
結晶を目隠しとし、その後ろから第二波を繰りだそうと駆ける。
猛はその場に直立したまま動こうとはしない。
そして一瞬の静止の後、ギガノ・コファルが粉々に砕け散った。
パラパラと地面へばらまかれていく破片の合間、傷一つない猛の姿が見える。
正確に言えば突き出した右拳を握っている彼の姿だ。
そこから想定できる答えは一つ。
彼はチェリッシュの呪文を片手で受け止め、握力で粉々に砕いたのだ。
化物じみた肉体に愕然とするも、次の手はある。
「はぁっ!」
「たぁ!」
死角より飛び出してきた二人の剣士の存在を猛はようやく把握した。
右から鉄刃。
左から水鏡凍季也。
ほぼ同時のタイミングで突っ込んでくる二人。
刃の持つ超振動ナイフに気が付き、さしもの彼もこれをまともに受けるのは厄介であると判断した猛。
水鏡の振り下ろした釘バットを左手で受け止め、水鏡の体ごと刃へと投げつける。
猛烈なスピードで飛んできた彼を避けることはできず、二人は纏めて背後の木に叩きつけられた。
不幸中の幸いか、ナイフが二人の皮膚を切り裂くことはない。
だが、そんな問題は些細なものだ。
三人がかりの攻撃でカスリ傷さえ負わすことが出来なかった事実に比べれば全く些細なこと。
「姉ちゃん! もう一回支援頼む!」
刃の怒鳴るような声にチェリッシュは再び構えを取る。
単なるパンチが致命傷となる中、彼ら二人でも攻撃に転じる隙は中々出ない。
だからチェリッシュの呪文で無理矢理隙を生み出す。
「ガレ・コファル!」
大きな一撃が防がれたのなら、今度は数で攻める。
指の一本一本から放たれた無数の結晶は異なるタイミングで猛を狙う。
それと同時に再びかけ出す剣士二人。
数にして十を優に超える攻撃を全て防ぐ手立てはない。
三人はそう思っていた。
「これしきの豆鉄砲で俺が止められると思ったかー!」
「なっ!?」
チェリッシュの呪文が猛の体に当たると同時に砕け飛ぶ。
当然、ガードはしていないのだから両の腕は自由に使うことができる。
そして刃の体を狙った一撃は、的確に彼の胴体を捉え――――
「コファル!」
チェリッシュが咄嗟に呪文を唱え刃の体を吹き飛ばすことで、荒い形ではあったものの攻撃の回避には成功した。
だが、頬の脇をかすめただけの拳は衝撃波で刃の体を吹き飛ばす。
飛んできた彼はチェリッシュのすぐ脇に倒れた。ダメージ自体はそこまで大きくないはずなのですぐに戦線に復帰できると彼女は判断した。
しかし……地面に倒れ伏した刃の体はピクリとも動かない。
まさか、と思った彼女が近寄ってみれば息はしている。
幸運だったのは彼の肉体にはなんの異変もなさそうなこと。
不幸なのは直撃した呪文が顎を揺らし、彼の意識を刈り取ってしまったこと。
「どうだ?」
攻撃を辛うじて回避しながら水鏡が問いかける。
首を縦に振る事で命に別状はないことを伝えると、彼はやれやれとでも言わんばかりに息を吐く。
そして猛攻の合間に、空いていた左手の親指でチェリッシュへと合図を送った。
『逃げろ』
後方に突き出した指は彼の意志をありありと映し出している。
だが、チェリッシュは動かない。動けない。
彼があっさりと決断した指示はあまりにも重すぎる。
三人がかりですら手も足も出なかった相手に一人で残るなど正気の沙汰ではない。
待ちうけている結末は言うまでもないだろう。
何時まで経っても行動に移らない彼女に、水鏡はもう一度指示を出す。
さっさと逃げろ。
自分の死に直結する事柄であるのに、彼は躊躇わない。
チェリッシュの瞳に涙が滲む。
行きたくはない。しかし、彼の行動を無駄にするわけにはいかない。
水鏡は猛を彼女たちとは逆側に誘導しようと動きまわる。
「絶対に生きてなさいよ!」
掠れた声で精一杯叫ぶ。
目の前の相手に集中している水鏡に聞こえたか、聞こえなかったかは分からない。
それでも彼女は聞こえていたと確信し、刃を背負ってその場から全力で逃げる。
水鏡の頬が僅かに緩んだ気がした。
☆ ★ ☆
「待っててくれたのか? 意外と親切みたいだな」
「小せえことは気にするな」
それが第二ラウンド開幕のゴング。
水鏡は飛び退いて距離をおき、猛は静かに歩み寄る。
圧倒的な強者の余裕。
理解しながらも、微塵も腹が立たぬのは彼の規格外な力を知ってしまったからだろう。
だが、倒す余地がわずかにでもあるとすれば、それはその油断。
「ふん!」
振るわれた一撃を釘バットを使うことでいなす。
チェリッシュの放った結晶の威力は、少なく見積もってもバットの一撃よりかは上。
つまり有効打を与えるのが不可能というわけだ。
こちらからの攻撃は全く通用しない以上、回避に専念するしか無い。
そもそも速さが違いすぎるのだ。
防御に回ってやっと見きれる速さ。攻撃に転じる隙などあるはずもない。
さっきまでは複数人で戦闘していたからこそ、なんとか攻めることもできたのだ。
しかし、防御における頼りの綱の釘バットの耐久もそろそろ限界が近付いている。
金剛猛の殴打をあれだけ受け止めておいて未だにへし折れてないのは水鏡の技量があって故のことなのだろう。
それでも損傷は徐々に蓄積されていっている。
このバットを失ったとき、すなわち防御の手段を失った時が水鏡凍季也の最期。
事実を冷静に受け止め、なお彼は戦いをやめようとはしない。
「弱音は吐きたくなかったんだがな。閻水さえあればもう少しまともに戦えたかもしれない、位は言いたくなるさ。
キース・ブラックも意地が悪い。お前のような怪物にこんなチンケな武器で立ち向かえって言うのだから」
「お前自身はそう思ってはいまい? 武器がなかったから勝てないなど言い訳にすぎぬと分かっているはずだ」
手にしたバットがついに凹み出す。
これではよくて後数回。
水鏡の端正な顔に汗がにじむ。
「正面から殴るだけなんて芸のない戦い方だ、あの猿を思い出す」
嫌味を吐きながら、近くにあった木の上へと飛び乗る。
そして枝から枝へと飛び移り、高さ10mほどへとあっという間に登った。
猛には遠隔攻撃は存在しない、そう思ったゆえの判断だ。
(そろそろ僕も撤退するとするか?)
このまま戦っても勝ち目はほぼ無い。
逃がした二人も追いつけない距離までは行っているだろう。
(が、本当に逃げることができるのか?)
素の身体能力ではまさに桁が違う。
普通に走っていったところで即座に追いつかれて殴り殺されるのがオチだ。
ならば隙を作ればいいのだが、それも簡単ではない。
手持ちの武器は貧相。僅かな隙を作ることさえ命がけとなるだろう。
「木の上に逃げた程度でどうにかなると思ったか」
考えの半ばで猛は樹木へとラリアットをぶちかます。
当たった場所から砕け折れた幹は横へと倒れた。
しかし、水鏡は地面に落下すること無く、咄嗟に近くの木へと飛び移っている。
(時間稼ぎはできそうだ。しかし、ここからどうするかが問題だ)
悠然と歩み寄る猛から一度も視線を逸らさず、水鏡は思考を巡らせる。
だが、急に自分に背を向けた猛へと注意が移ってしまう。
何をする気だ? そう思った彼が目を凝らすと同時に、数歩歩いて距離を取った猛が振り返る。
そして、全身の筋肉が大きく膨れ上がり――――
「打舞流叛魔――――!!!」
――――森林の一角が吹き飛んだ。
辺り一面の木は全て衝撃波でなぎ倒され、あたかも嵐が去った後の様になる。
そんな中、水鏡は奇跡的にも生存していた。
だが、彼の足はほぼ完全に動かない。
衝撃で数十メートルの高さまで舞い上げられた体を致命傷を負わぬように着地させた代償だ。
「めんどうだったからな。全部吹き飛ばさせてもらったぞ」
未だに立ち込める土煙の中、悪魔のシルエットが浮かび上がる。
もはや逃げることは不可能。
水鏡は自分の死期を悟る。
だが、このままでは。このままでは死ねない。
せめてこの怪物を道連れに逝く。
ディバッグを漁り、中から珠を取り出して――咄嗟にバットを構える。
「ぐっ……はぁ……」
バカの一つ覚えのように正面から繰り出された打撃。
水鏡はついにそれを逸らしそこねた。
金属製のはずであるバットが粉々に砕け散り、それでも衝撃を殺しきれなかった拳が水鏡の胴体を捉えた。
人智を超えた怪物の一撃は皮を破り、肉を割き、骨を砕き、内蔵をミンチにする。
そして、腹から入った拳は水鏡の体内を完膚なきまでに破壊した後、背中から突き出た。
「新しく武器を出そうとしていたようだが、無駄だったな」
腕を持ち上げ、水鏡の顔を自分の顔の正面へと持っていく。
流れだす血とともに体温を失っていく水鏡に猛は声を掛ける。
水鏡は血反吐を吐き出しながらも、命を振り絞るかのようにしてそれに答えた。
「そうでも……ないな……この煙の中なら……これは…………蔵王にしか見えまい」
とぎれとぎれになりながらも彼は言葉を発する。
それを聞き、猛は水鏡が手にしていた珠から規則的に流れる電子音に始めて気がつく。
「これは――――」
一瞬、口を開けた僅か一瞬の隙を狙い、水鏡は手にしていた珠を猛の口へと押しこむ。
半死人とは思えぬ力で押し込まれた珠は食道を通り、胃の中へと侵入する。
「助かった……立ち上がれない僕じゃ……貴様の…………口へと放りこむのは……」
水鏡の命が尽きると同時、猛の腹の中で爆発が起こる。
彼が命と引き換えに行ったのは小型爆弾を猛の体内へと押しこむこと。
ダイナマイト数十トン分に相当する威力があるという説明書通りならば、さしもの化物も生存は不可能だろうという確信を込めて。
☆ ★ ☆
「見事だ、名も知らぬ漢よ」
結果を言おう。
日本番長、金剛猛は生きていた。
内蔵にダメージを受け、口から血を垂らしてはいるものの命には別状はない。
水鏡が猛に対してただ一つだけ与えたものといえば、自分と戦った戦士への敬意。
亡骸を貫いていた腕を引きぬき、彼の体をそっと地面へと横たえる。
「貴様のことは忘れん」
そう言って彼はディバッグの中より一本の水筒を取り出す。
同梱されていた説明書によれば、この中にはファウードの回復液とやらが入っているらしい。
傷ついた内蔵をそれによって癒そうと蓋を開けようと回し、思い直したような顔になって行動を止める。
動いた視線が捉えたのは先刻まで戦っていた戦士の遺体。
小さく笑みを浮かべ、水筒を再びディバッグの中へと仕舞う。
「これしきの怪我、わざわざ薬を使って回復するまでもあるまい。
貴様が生きた証だ。俺の体に刻みつけておいてやろう」
&color(red){【水鏡凍季也 死亡】}
&color(red){【残り72人】}
【A-3 中央部/一日目 深夜】
【金剛猛(日本番長)】
[時間軸]:不明
[状態]:内蔵にだm「小せえ事は気にするな」
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ファウードの回復液入り水筒@金色のガッシュ、不明支給品0~2
[基本方針]:小せえ事は気にするな
☆ ★ ☆
「んんぅ……ここは……」
気絶していた刃が目を覚ましたらしい。
寝ぼけたような声を出し、そして徐々に頭を覚醒させる。
自分は今誰かに背負われている。
視界に入るのはカールのかかった髪の毛に、帽子。
さっきまで巨漢との戦いで共闘していた少女だろう。
そういえば名前聞いてなかったな。刃はぼんやりとそう思った。
やたらと揺れてるのは少女が走っているからなのだろうな。
だが、何かを忘れてるような気がした。
ボーッとした頭で思い出そうと苦心し、そして一気に脳が覚醒する。
「なぁ、俺達と一緒に戦ってた兄ちゃんは怪我してないのか?」
返事はない。
当人が答えてくれると期待したはずの返答が来ない。
僅かに震える声で刃はもう一度問う。
「おい、あの兄ちゃんは無事なんだよな?」
返事はない。
代わりに聞こえたのは小さな嗚咽。
押し殺しているのか、わずかにしか聞こえないが、静かな空気の中でそれはやけに大きく聞こえた。
「じゃあさ、あのデカイのは倒したんだよな? 怪我して……休んでるだけだろ」
チェリッシュの足が止まった。
明白な怒気を込めて刃が彼女の後頭部へと言葉をぶつける。
「まさかだけどよ、置いて逃げた……なんて言わないよな?」
最初のやりとりで感じてしまった一つの答え。
死ぬことの次に最悪の状況。
言い出そうと思ったのを必死にこらえていたが、無言の否定がその堤防を破る。
そしてその質問についてもチェリッシュは返事を返さなかった。
明白すぎる回答。
今度の無言は今までの逆――肯定。
「バーロー、あんなの相手に一人で勝てるわけねぇだろ! お前は知らねーけど俺はもどるぞ、降ろせ! 降ろせってば!」
どうにか背中から降りそうともがく刃。
ふと、彼の体を支えていた腕が離れる。
自然と重力に引かれ、刃の体は地面へと落ちた。
受身を上手く取れずズキズキと痛む足を気にすること無く、刃はチェリッシュの正面へと回りこみ、胸ぐらをつかむ。
「何で置いていっちまったんだ!? 俺が気絶しててもお前は戦えたんだろ!」
チェリッシュを怒鳴りつけ、刃は今まで進んできた道を逆戻りする。
ここからは一刻も争う状況。
あの化物を相手に青年がどれだけ持つかは分からない。
「頼むから……無事でいてくれよ」
沸き起こる最悪の事態を振り払うように刃は走りだす。
だが、後ろから呼び止める声に思わず足を止めてしまった。
「なんだよ」
苛立ちを隠そうともせずに刃は振り返る。
用件があるなら早く言え。
彼の周りを覆った雰囲気がそう告げていた。
「あなたが行ったとして……勝てると思うの?」
ポツリとチェリッシュが呟く。
掠れた声であったがそれはハッキリと聞き取ることができた。
「分からねぇ、けど行くしかねぇだろ」
「行かせないわ。あなたが行くのなら私は全力で止める」
ためらわずに答えた刃に対し、彼女も即座に返答する。
ただでさえ苛立ちを抑えられない彼にとって、それは起爆剤にしかならない。
ナイフを構え、彼女の前に立つ。
「見殺しにしろってか! そんなん俺は絶対に認めないからな!」
「認めるも認めないの問題じゃないわ。私はあなたを止める。
あなたが行ってしまったら残った彼の遺志を無駄にしてしまうもの」
涙を流しながらも強い意志を持った瞳が刃を捉えた。
ここに来て始めてチェリッシュの強固な思いを感じ取った刃は怒気を収め、それでも一歩も引く姿勢を見せない。
「すまねぇ、それでも……俺は行きたい」
「それは只の自己満足よ。勝てない相手に向かっても死体が一人から二人に増えるだけだもの」
「それでも、だ。じゃあ行かせてもらうぜ」
そう言って踵を返そうとした彼の脇を石の塊が掠める。
チェリッシュが放ったそれは、刃のわずか先の地面をえぐりとった。
何があったとしても戻らせない。
彼女の意志が変わらないことをさとる。
「アイツには私の呪文は通じなかったわ」
「そうか」
「それでも行くって言うのね?」
「ああ、俺はサムライだからな」
「勝てるわけ……ないじゃない」
チェリッシュの瞳から流れ落ちた涙が頬を伝い、地面にシミを作った。
次から次へと湧きでてくる涙に刃は思わず驚く。
そしてチェリッシュは涙を流しながら刃へと詰め寄った。
「勝てないわ! 勝てるわけ無いのよ。
あの化物にも、ゼオンにも、そしてキース・ブラックにも!
私が、あなたが、彼が勝てるわけ無いじゃない!」
唖然とする刃を無視し、なおも彼女は言葉を紡ぐ。
「力の差を見たでしょ!? 私たちの攻撃はまるで通じない、けれどあっちの攻撃は一撃でアウト。
そして王を決める戦いの優勝候補のゼオン。
あいつも十分化物よ! あの男とも戦えるかもしれない。それどころか勝ってもおかしくはないわ。
そんなヤツらをいとも簡単に連れてくるキース・ブラック。私たちにどうしろって言うのよ」
体をかき抱くようにしながら絶望に染まった声を上げる。
「あの雷が、あの痛みが今も消えないの!
無理よ、どうしろって言うの……怖いのよ。
あの苦しみは二度と味わいたくない。ゼオンに逆らえない!
勝てないの……私じゃあいつらには勝てないのよ」
話しているうちに錯乱してきたのか、刃には理解出来ない事を喚く。
それでも目の前の少女が苦しんでいることだけはよく分かった。
だが、自分に何が出来るのだろうか。
「お願い……助けてテッド……」
そう言い残し、彼女は急に走り出す。
呆気に取られていた刃が慌ててその後を追うが、彼女の姿は闇夜に紛れていとも容易く消え去った。
辛うじて音で追跡できるが、いつ見失ってもおかしくはない。
「すまねぇ、こっちもほっとけないんだ」
今も戦っているであろう青年へと侘びを入れる。
本当ならばそっちにも行きたい。
だが、今のチェリッシュはそれ以上に放っておくことができない。
後ろ髪を引かれるような思いをしながら若きサムライは走る。
【A-3/一日目 深夜】
【チェリッシュ】
[時間軸]:ガッシュ戦直前
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、チェリッシュの魔本@金色のガッシュ、不明支給品0~2
[基本方針]:???
【鉄刃】
[時間軸]:織田信長御前試合の直後
[状態]:健康
[装備]:超振動ナイフ@ARMS
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~2
[基本方針]:チェリッシュを追う。殺し合いには乗らない
*投下順で読む
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|GAME START|金剛猛(日本番長)|037:[[ヘルダイバー]]|
|GAME START|チェリッシュ|~|
|GAME START|鉄刃|~|
|GAME START|水鏡凍季也|&color(red){GAME OVER}|
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