テッドという漢 ◆n0WqfobHTU
鬼丸猛は二人の問いには答えず、手にした魔王剣を一振りする。
特に目的があった訳ではない。
その重さを、刃の振りを、刀身より伝わる力の鼓動を、感じてみたかっただけだ。
剣を振り上げ、下ろした。それだけだ。
だが、そのたった一つの挙動には珠玉の技が込められている。
もし居合い番長がこれを見ていれば、鬼丸の呆然とするような技量を感じ取れたであろう。
剣が動いている間中、鬼丸の全身の間接は有機的に繋がり、筋肉の挙動全てを余す所なく刀身へと伝え切っている。
振り上げる最中、頂点に達した時、振り下ろさんと下ろしかけた時、全ての時において剣は万力のごとき力を有しており、何時如何様に斬りかかられようと、鬼丸の全力にて迎え撃つ事が出来るのだ。
鬼丸にとっては意図せぬ簡易な動き一つであるが、それは剣の極致に至った剣豪でもなくば不可能な所作であった。
もちろん、剣の道を歩んでいない者であろうと、僅かでも武の心得があれば鬼丸のただならぬ雰囲気に気付く事が出来よう。
拳を頼りに王選別戦を戦うテッド、銃器はびこる中肉体を頼りに戦うボー、二人共武とは極めて近しい存在だ。
そのつもりがあれば鬼丸より達人の気配を感じ取る能力はある。
問題は、二人共に、相手の能力なぞ知った事かと考えていた事であろう。
ボーが鬼丸を怒鳴りつける。
「何を黙っている! 弁明があるなら聞くと言っているのだ! もし無いというならば! 貴様を敵として認識する他無いぞ!」
ボーが妙に熱くなっているせいか、テッドは少し冷静さを取り戻したようで、声のトーンが僅かに落ちる。
「おい落ち着けよそこの筋肉達磨。その勢いじゃ話したくても話せねえだろ。なあ、その武器は俺の知り合いの持ち物なんだ。そいつを前に剣ぶら下げてちゃ誤解もしようってもんだぜ」
鬼丸は、こきり、こきりと首を鳴らす。
「誤解でないと言ったらどうする?」
「やはり貴様奴に何かしておったか!」
速攻でボーがキレるが、テッドは眉根に皺を寄せるのみ。
「……冗談じゃ済まねえぞ、角ハゲ」
実にわかりやすい二人を見て、鬼丸は怪訝そうに眉を潜める。
鬼丸は鬼丸なりにこの殺し合いをせよという場において、考える事はあった。
何でもアリで殺し合いをせよという話であり、それに相応しい首輪といった強制力も存在する。
首輪が鬼丸に通用するかどうかは又別の話として、コレを理由に已む無く殺し合いを行なう者も多いのではないかと考えていたのだ。
実際鬼丸も、この企みを仕掛けた者達の力が見えぬ現在、この首輪を力づくで引き千切る気にはならない。
故に、先に出会ったコウ・カルナギという男のように、人と出会えばともかく戦うといった人間ばかりかと思っていた。
現にその後に出会った居合い使いも、いきなり人の事を物の怪呼ばわりするわで殺り合う気満々であった。
しかし、この二人は少々毛色が違うようだ。
所謂、人を傷つけるのに理由が必要な類の人間に見える。
なので少し試してみる事にした。
「お前達はこの居合い使いの知己か?」
ボーがやはりムキになって怒鳴り返そうとするが、先にテッドが口を開く。
「いや、さっき会ったばかりだ。だが……」
だらりと垂らした両腕以外、戦闘態勢に移行しながらテッド。
「悪い奴には見えなかったんでな。そいつを、アンタがどうにかしちまったってんなら素通りは出来ねえよ」
「その通りだ! 良くぞ言ったボウズ!」
直後喚いたのが誰かは言うまでもあるまい。
鬼丸は、顔を心持ち下げ、肩を震わせる。
「……なるほど、なるほど、な。つまる所、お前等はこの魔王剣には似合いの相手だという事か。あの男がどうなったか知りたいか? その抉れた地面の辺りで跡形も無く消滅したぞ。化けて出られるのが嫌なら線香の一本でも上げたらどうだ?」
テッドの全身に魔力が漲る。
ボーの筋肉が一回りデカくなる。
それは、鬼丸の言葉に怒りを覚えたのもそうだが、より以上に、抉れた地面の辺りに転がっている人間の腕を見てしまったせいだ。
鬼丸は愉快で堪らぬと歪んだ笑みを見せた。
「身の程を教えてやろう。その上で、情に殉じる度胸があるかどうか試してやる」
悪意や邪気を力とする魔王剣は正道を歩む者を斬れば斬る程に艶を増すであろうからな、と鬼丸はこの二人がそんな価値ある敵であれと期待をかけるのだ。
特に目的があった訳ではない。
その重さを、刃の振りを、刀身より伝わる力の鼓動を、感じてみたかっただけだ。
剣を振り上げ、下ろした。それだけだ。
だが、そのたった一つの挙動には珠玉の技が込められている。
もし居合い番長がこれを見ていれば、鬼丸の呆然とするような技量を感じ取れたであろう。
剣が動いている間中、鬼丸の全身の間接は有機的に繋がり、筋肉の挙動全てを余す所なく刀身へと伝え切っている。
振り上げる最中、頂点に達した時、振り下ろさんと下ろしかけた時、全ての時において剣は万力のごとき力を有しており、何時如何様に斬りかかられようと、鬼丸の全力にて迎え撃つ事が出来るのだ。
鬼丸にとっては意図せぬ簡易な動き一つであるが、それは剣の極致に至った剣豪でもなくば不可能な所作であった。
もちろん、剣の道を歩んでいない者であろうと、僅かでも武の心得があれば鬼丸のただならぬ雰囲気に気付く事が出来よう。
拳を頼りに王選別戦を戦うテッド、銃器はびこる中肉体を頼りに戦うボー、二人共武とは極めて近しい存在だ。
そのつもりがあれば鬼丸より達人の気配を感じ取る能力はある。
問題は、二人共に、相手の能力なぞ知った事かと考えていた事であろう。
ボーが鬼丸を怒鳴りつける。
「何を黙っている! 弁明があるなら聞くと言っているのだ! もし無いというならば! 貴様を敵として認識する他無いぞ!」
ボーが妙に熱くなっているせいか、テッドは少し冷静さを取り戻したようで、声のトーンが僅かに落ちる。
「おい落ち着けよそこの筋肉達磨。その勢いじゃ話したくても話せねえだろ。なあ、その武器は俺の知り合いの持ち物なんだ。そいつを前に剣ぶら下げてちゃ誤解もしようってもんだぜ」
鬼丸は、こきり、こきりと首を鳴らす。
「誤解でないと言ったらどうする?」
「やはり貴様奴に何かしておったか!」
速攻でボーがキレるが、テッドは眉根に皺を寄せるのみ。
「……冗談じゃ済まねえぞ、角ハゲ」
実にわかりやすい二人を見て、鬼丸は怪訝そうに眉を潜める。
鬼丸は鬼丸なりにこの殺し合いをせよという場において、考える事はあった。
何でもアリで殺し合いをせよという話であり、それに相応しい首輪といった強制力も存在する。
首輪が鬼丸に通用するかどうかは又別の話として、コレを理由に已む無く殺し合いを行なう者も多いのではないかと考えていたのだ。
実際鬼丸も、この企みを仕掛けた者達の力が見えぬ現在、この首輪を力づくで引き千切る気にはならない。
故に、先に出会ったコウ・カルナギという男のように、人と出会えばともかく戦うといった人間ばかりかと思っていた。
現にその後に出会った居合い使いも、いきなり人の事を物の怪呼ばわりするわで殺り合う気満々であった。
しかし、この二人は少々毛色が違うようだ。
所謂、人を傷つけるのに理由が必要な類の人間に見える。
なので少し試してみる事にした。
「お前達はこの居合い使いの知己か?」
ボーがやはりムキになって怒鳴り返そうとするが、先にテッドが口を開く。
「いや、さっき会ったばかりだ。だが……」
だらりと垂らした両腕以外、戦闘態勢に移行しながらテッド。
「悪い奴には見えなかったんでな。そいつを、アンタがどうにかしちまったってんなら素通りは出来ねえよ」
「その通りだ! 良くぞ言ったボウズ!」
直後喚いたのが誰かは言うまでもあるまい。
鬼丸は、顔を心持ち下げ、肩を震わせる。
「……なるほど、なるほど、な。つまる所、お前等はこの魔王剣には似合いの相手だという事か。あの男がどうなったか知りたいか? その抉れた地面の辺りで跡形も無く消滅したぞ。化けて出られるのが嫌なら線香の一本でも上げたらどうだ?」
テッドの全身に魔力が漲る。
ボーの筋肉が一回りデカくなる。
それは、鬼丸の言葉に怒りを覚えたのもそうだが、より以上に、抉れた地面の辺りに転がっている人間の腕を見てしまったせいだ。
鬼丸は愉快で堪らぬと歪んだ笑みを見せた。
「身の程を教えてやろう。その上で、情に殉じる度胸があるかどうか試してやる」
悪意や邪気を力とする魔王剣は正道を歩む者を斬れば斬る程に艶を増すであろうからな、と鬼丸はこの二人がそんな価値ある敵であれと期待をかけるのだ。
剣を持つ鬼丸に対し、ボーもテッドも素手での格闘戦を得意とする。
世に剣道三倍段と言われるように、無手と武器持ちでは圧倒的な戦力差が発生してしまう。
だからボーとテッドの二人は、まず動いた。
一直線に仕掛け無かったのは意識して相手を探る真似をしないでも、自然とそれなりにではあれど敵の力量を察する能力があるからであろう。
実戦経験があるというのはそういう事だ。
ボーは走る。走る。走る。
最高速を上げる走り方と、急旋回を可能とする走り方とは足の運びからして異なる。
分身したかのように見える程のストップ&ゴーを基本とするボーの走りは後者に類するものだが、ゴーの時の加速度は人間の限界値を越える。
百メートル走の選手で最高速に達するのに必要な距離が30~40m程であるのだが、止まった状態から動く瞬間の加速度は彼等より勝る。
残像を残す程の走りを為すに必要な事であるのだが、こんな人類向けでない走り方をしたら、ものの数回で筋肉が破裂してもおかしくはない。
そんな無茶を、鍛えぬいた筋肉で支えているのだろう。もしかしたら骨格をすら鍛えているのかもしれない。
強敵朧との戦いにおいて戦闘の指南を受けたボーは、そんな高い身体能力に加え、敵の存在を意識するようになった。
敵の視線、気配察知能力、音の有無、そんな所にまで配慮しうる走りが出来るようになり、ボーの走りは戦闘技術としての昇華を見た。
無論、こんな芸当が出来てしまう程の身体能力から生み出される格闘戦能力は比類なきものであり、世界の頂点とまで言われた銃器を持つ戦闘部隊に対し、素手で全てを張り倒すなんて真似までしてのける。
そして、彼の最大の長所であり短所でもある、これまた人外の域なポジティブシンキングにより、恐れる気もなく鬼丸へと迫る。
剣先を見ていたら、間違いなく間に合わなかった。
ボーは寸での所で真横に飛ぶ事で、袈裟に振るわれた一撃を回避、いやさ刀の届く範囲から離れられたのだ。
魔王剣は諸刃な西洋剣の造りでありながら、鬼丸の持ち方は竹刀や刀のそれだ。
鍔ぎりぎりと、柄の下端側を握り、てこの原理を用いて剣先の速度を上げる。
重量を叩き付ける事で斬る力を得るのではなく、剣先を精妙に操り引き斬る日本刀の扱いと同じやり方であるのは、鬼丸が学んできた剣術がそうであったからであろう。
魔王剣は日本刀と比べても遜色ない切れ味を持つので、無論これでも問題は無い。片刃用の使い方でもあるので逆側の刃がまるっきり無駄になってはいるが。
テッドもまた、鬼丸へと踏み込んで行く。
こんな悪党に加減してやる謂れもないと、出し得るありったけの速度で突っ込む。
剣の重量に任せた振り方ではない鬼丸の剣術は、精緻極まりない足の運び、体裁きにより、完全な形でテッドの突貫を迎え撃つ。
大慌てで踵を立て、間合いギリギリで逆袈裟をすかしにかかるテッド。
完全に外した、そう確信したテッドであったが、左肩にありえぬ衝撃を受け、真横に回転しながら吹っ飛ばされる。
鬼丸はこの機を逃さず更なる踏み込みを見せようとするが、突如振り返り、魔王剣を頭上に翳す。
「ホォー! アタタタタタ!」
ボーが凄まじい跳躍を見せ、空中多段蹴りを見舞って来たのだ。
跳躍時、ボーは限りなく音を鳴らさぬ蹴り足で飛び上がったのだが、鬼丸はそんな微かな気配をすら察し、剣を受けに用いる。
刃を立てボーの足を傷つける受け方は、そも、ボーの蹴りを見切れていればこそ為せる技。
鬼丸は剣を盾のように翳し、少しでも広く防げるようにせねば、この連撃は防げぬのだ。
それでも全段を受け切り、全ての蹴りを止めたにも関わらず重心が微動だにしないのは、鬼丸の卓越した能力の顕れであろう。
逆に力負けしたボーが弾き飛ばされる結果となるが、見た目に反してやったら身軽なボーは音も無く大地に着地する。
鬼丸の見事な受けっぷりにボーは舌打ちするも、テッドが距離を取る時間稼ぎは出来た。
そしてそのテッドである。
まるで刃が伸びたような不可思議な一撃の正体を探り、すぐに理解した。
左肩の先を削り取ったらしい斬撃は、勢いそのままに大地をも切り裂いていた。
つまりこの男の斬撃は、飛ぶ、らしい。
魔物の子ならばこのぐらいやってきそうであるし、そんな世界の理的に断じて許せぬ現実をもすぐさま受け入れるテッド。
飛んだ斬撃も当然斬れるらしいので、間合いを開けるのは極めてがつく程不利だ。
テッドはボーへと目配せする。
知能の高さや察しの良さはさして期待出来ないボーであったが、殊戦闘となれば話は別だ。
瞬時にテッド思う所を理解し呼吸を合わせる。
そう、文字通り、テッドの吸う息吐く息に、自らのそれをぴたりと揃えたのだ。
遠目に見ている事もあり、テッドの呼吸の挙動なぞ欠片も見えぬはずだが、ボーは事も無げにこんな真似をしてみせる。
通常、こういった技はしかるべく師匠につき、人体の真理について探求せねば身につかぬものである。
しかしボーは、独学で「分身の術」を身につけてしまう男だ。
分身とはストップ&ゴーの極致であり、実際分かれている訳ではないのだが、そう相手に見えるよう動くという敵の視覚限界まで考慮に入れた珠玉の技術。
それはただ力がある、速度があるのみでは決して辿り着けぬ領域。
高い能力を薬に頼っていた時期既にこの技を使えたという事は、ボーはその頃からそれこそ血の滲むような修行を繰り返してきたという証であろう。
実際、分身の術はこの場にも来ているスプリガン最強の男、朧をして「見込みがある」と言わしめたのだ。
その後、信じられぬ程の誘惑があったであろう薬物を絶ち、一から鍛えなおし再び、いやさ以前以上の能力を身に付けているのだから、恐るべき男である。
その修行は、基礎能力を高めるのみならず、対人格闘戦に特化したものであったと推測される。
銃器を持つ歴戦の戦士を相手に生身のみで戦い続け、幾多の危地を潜り抜け得たのは、かの世界ですら数える程しか居ない。
こんな真似、たた単に身体能力が高いなんて理由のみで為しえるはずがない。
敵の呼吸を読む、筋肉の動きから次の動きを読む、殺気に反応する、等の達人レベルの技をこなせるようになっていたであろう。
惜しむらくは、ボーは真理を学んだ上でこう出来ているのではなく、ただただ鍛え続ける事でこの域に達していたので、達人に共通する水鏡の如き精神は持ち合わせ得なかった。
既に亡くなっている御神苗優に、会う度いいようにあしらわれていたのは、この辺りが関係していると思われる。
呼吸を読めれば、動く瞬間を見切るのも難しくはない。
ボーはテッドとぴたりのタイミングで左右同時に仕掛ける。
鬼丸の視界範囲にて、同時に二人をその目に納める事は出来ない。
首だけを動かし素早く二人を確認すると、真後ろに魔王剣を引く。
右構えであるのは僅かにボーが早いと見た故。これをほんの一瞬で見極められるのが彼の非凡な所だ。
初速で既に斬撃に必要な威力を持たせ得るその技術は、如何様なものであろうか。
深く大地を踏みしめた両の足、その回転を腰の捻りと共に剣先に伝える。
これは最初に鬼丸が剣を振るってみた時の術理がそのまま活きており、全身の間接駆動を戦闘の為自在に操る鬼丸の見事な技であった。
まず、ボーがこれを受ける事となる。
かわしずらい胴中央を狙った横薙ぎの一閃。
踏み込みすぎていた為、下がるのはもう間に合わない。
拳を先に当てられれば? 否、この間合いでは一打で倒せたとしてもボーの胴は真っ二つだ。
咄嗟に片膝を落としつつ、前に出した足は低く滑るように伸ばし、仰け反るようにしてこれを避ける。
尋常ならざる走行速度により、ボーの体は鬼丸へと滑る事を止めてくれない。
伸ばした前足の踵で強引に大地を蹴り、進路を逸らすと、どうにかこの洒落にならない体勢のまま鬼丸に激突するなんて事態だけはせずに済んだ。
次にテッドだ。
切っ先が顔の真横より迫る位置。
テッドは鬼丸より背が低い為、斜め下へと伸びる形になった剣は、ダッキングにて潜ろうとしても剣先が頭をかすめるだろう。
頑丈な頭蓋骨君を頼るのも手ではあるが、流石に今ここで試す気にはならない。
テッドは攻撃を放棄し、斜め前方へと大きく上半身を投げ出す。
こちらも恐ろしい速さが出ている為、地面に前半身をついた所でまるで速度は落ちず、地面を滑り進んでいく。
鬼丸の剣を潜る事の出来た二人が、体当たりを拒否した理由はただ一つ。
こちらの体勢が崩れた状態で何を仕掛けたとしても、鬼丸を崩せると欠片も思えなかったせいだ。
鬼丸は、回転しながら魔王剣を振るいつつ、後ろ足を回転に任せ滑らせる。
更に、二人が潜ったと見るや今度は滑らせていた後ろ足を軸に再度魔王剣にて、周囲一周を薙ぎ払う。
下手な挙動で鬼丸に迫っていれば、二度目の回転で弾かれつつ剣の餌食となっていたであろう。
二人の判断は正しかったのである。
鬼丸は立ち上がった二人を順に眺め、冷笑した。
「なるほど、二人共速さが自慢か」
ボーはこの時、僅かばかりも油断なぞしていなかった。
人が踏み出すに必要な足の挙動を、絶対に見落としていなかったと確信出来る。
にも関わらず、鬼丸はアレという間もなくボーとの間合いを詰めていた。
ほんの一瞬だが、遠巻きに見ていた鬼丸が大きく見えるのは、近寄ったのではなく巨大化したのでは、そう思える程にありえぬ近接であったのだ。
薙ぎに近い袈裟斬り。これほどまでに深く踏み込まれては下がるも適わぬ。かがむにも軌道が低くやはり至難。
ボーは両足を揃え、剣筋と平行になる形で真上へ飛んだ。
その上かわしざま腰を基点に回転し、飛び後ろ回し蹴りを放つは彼ならではの体術であろう。
僅かに鬼丸の目が鋭くなったのは、ボーの動きの見事さのせいか。
頭をかがめてこれをかわした鬼丸は、背後よりの大声に反応する。
「セカン・ナグル!」
鬼丸の耳に入るテッドが大地を蹴る音、これが予想以上に速い。
斬る、間に合わない。
受けるつもりで鬼丸が翳した魔王剣を外し、テッドは先以上の早さで踏み込み、腹部へ右拳を伸ばす。
テッドの目が驚愕に見開かれる。
剣で受けるフリを見せたのは動きを読ませぬ為。
鬼丸は下半身のバネのみで真横に飛んだのだ。
あまりの速さに、テッドの目にも、そしてこの技の遣い手であるボーの目にすら、鬼丸の残像が見えた。
テッドは知らず生唾を飲み込む。
二人がかりで攻め立てても破綻する気配すらない卓越した戦闘技術。
そして何より、大地を深く抉った技をまだ見せていないというのが気にかかるのだ。
テッド同様、魔力による使用制限でもあるのか、はたまたそれ以外の理由か。
いずれにせよテッド達はこの未見の技をも警戒しなければならない。
「しんどい相手だぜこりゃ」
思わずそんな言葉も漏れようて。
世に剣道三倍段と言われるように、無手と武器持ちでは圧倒的な戦力差が発生してしまう。
だからボーとテッドの二人は、まず動いた。
一直線に仕掛け無かったのは意識して相手を探る真似をしないでも、自然とそれなりにではあれど敵の力量を察する能力があるからであろう。
実戦経験があるというのはそういう事だ。
ボーは走る。走る。走る。
最高速を上げる走り方と、急旋回を可能とする走り方とは足の運びからして異なる。
分身したかのように見える程のストップ&ゴーを基本とするボーの走りは後者に類するものだが、ゴーの時の加速度は人間の限界値を越える。
百メートル走の選手で最高速に達するのに必要な距離が30~40m程であるのだが、止まった状態から動く瞬間の加速度は彼等より勝る。
残像を残す程の走りを為すに必要な事であるのだが、こんな人類向けでない走り方をしたら、ものの数回で筋肉が破裂してもおかしくはない。
そんな無茶を、鍛えぬいた筋肉で支えているのだろう。もしかしたら骨格をすら鍛えているのかもしれない。
強敵朧との戦いにおいて戦闘の指南を受けたボーは、そんな高い身体能力に加え、敵の存在を意識するようになった。
敵の視線、気配察知能力、音の有無、そんな所にまで配慮しうる走りが出来るようになり、ボーの走りは戦闘技術としての昇華を見た。
無論、こんな芸当が出来てしまう程の身体能力から生み出される格闘戦能力は比類なきものであり、世界の頂点とまで言われた銃器を持つ戦闘部隊に対し、素手で全てを張り倒すなんて真似までしてのける。
そして、彼の最大の長所であり短所でもある、これまた人外の域なポジティブシンキングにより、恐れる気もなく鬼丸へと迫る。
剣先を見ていたら、間違いなく間に合わなかった。
ボーは寸での所で真横に飛ぶ事で、袈裟に振るわれた一撃を回避、いやさ刀の届く範囲から離れられたのだ。
魔王剣は諸刃な西洋剣の造りでありながら、鬼丸の持ち方は竹刀や刀のそれだ。
鍔ぎりぎりと、柄の下端側を握り、てこの原理を用いて剣先の速度を上げる。
重量を叩き付ける事で斬る力を得るのではなく、剣先を精妙に操り引き斬る日本刀の扱いと同じやり方であるのは、鬼丸が学んできた剣術がそうであったからであろう。
魔王剣は日本刀と比べても遜色ない切れ味を持つので、無論これでも問題は無い。片刃用の使い方でもあるので逆側の刃がまるっきり無駄になってはいるが。
テッドもまた、鬼丸へと踏み込んで行く。
こんな悪党に加減してやる謂れもないと、出し得るありったけの速度で突っ込む。
剣の重量に任せた振り方ではない鬼丸の剣術は、精緻極まりない足の運び、体裁きにより、完全な形でテッドの突貫を迎え撃つ。
大慌てで踵を立て、間合いギリギリで逆袈裟をすかしにかかるテッド。
完全に外した、そう確信したテッドであったが、左肩にありえぬ衝撃を受け、真横に回転しながら吹っ飛ばされる。
鬼丸はこの機を逃さず更なる踏み込みを見せようとするが、突如振り返り、魔王剣を頭上に翳す。
「ホォー! アタタタタタ!」
ボーが凄まじい跳躍を見せ、空中多段蹴りを見舞って来たのだ。
跳躍時、ボーは限りなく音を鳴らさぬ蹴り足で飛び上がったのだが、鬼丸はそんな微かな気配をすら察し、剣を受けに用いる。
刃を立てボーの足を傷つける受け方は、そも、ボーの蹴りを見切れていればこそ為せる技。
鬼丸は剣を盾のように翳し、少しでも広く防げるようにせねば、この連撃は防げぬのだ。
それでも全段を受け切り、全ての蹴りを止めたにも関わらず重心が微動だにしないのは、鬼丸の卓越した能力の顕れであろう。
逆に力負けしたボーが弾き飛ばされる結果となるが、見た目に反してやったら身軽なボーは音も無く大地に着地する。
鬼丸の見事な受けっぷりにボーは舌打ちするも、テッドが距離を取る時間稼ぎは出来た。
そしてそのテッドである。
まるで刃が伸びたような不可思議な一撃の正体を探り、すぐに理解した。
左肩の先を削り取ったらしい斬撃は、勢いそのままに大地をも切り裂いていた。
つまりこの男の斬撃は、飛ぶ、らしい。
魔物の子ならばこのぐらいやってきそうであるし、そんな世界の理的に断じて許せぬ現実をもすぐさま受け入れるテッド。
飛んだ斬撃も当然斬れるらしいので、間合いを開けるのは極めてがつく程不利だ。
テッドはボーへと目配せする。
知能の高さや察しの良さはさして期待出来ないボーであったが、殊戦闘となれば話は別だ。
瞬時にテッド思う所を理解し呼吸を合わせる。
そう、文字通り、テッドの吸う息吐く息に、自らのそれをぴたりと揃えたのだ。
遠目に見ている事もあり、テッドの呼吸の挙動なぞ欠片も見えぬはずだが、ボーは事も無げにこんな真似をしてみせる。
通常、こういった技はしかるべく師匠につき、人体の真理について探求せねば身につかぬものである。
しかしボーは、独学で「分身の術」を身につけてしまう男だ。
分身とはストップ&ゴーの極致であり、実際分かれている訳ではないのだが、そう相手に見えるよう動くという敵の視覚限界まで考慮に入れた珠玉の技術。
それはただ力がある、速度があるのみでは決して辿り着けぬ領域。
高い能力を薬に頼っていた時期既にこの技を使えたという事は、ボーはその頃からそれこそ血の滲むような修行を繰り返してきたという証であろう。
実際、分身の術はこの場にも来ているスプリガン最強の男、朧をして「見込みがある」と言わしめたのだ。
その後、信じられぬ程の誘惑があったであろう薬物を絶ち、一から鍛えなおし再び、いやさ以前以上の能力を身に付けているのだから、恐るべき男である。
その修行は、基礎能力を高めるのみならず、対人格闘戦に特化したものであったと推測される。
銃器を持つ歴戦の戦士を相手に生身のみで戦い続け、幾多の危地を潜り抜け得たのは、かの世界ですら数える程しか居ない。
こんな真似、たた単に身体能力が高いなんて理由のみで為しえるはずがない。
敵の呼吸を読む、筋肉の動きから次の動きを読む、殺気に反応する、等の達人レベルの技をこなせるようになっていたであろう。
惜しむらくは、ボーは真理を学んだ上でこう出来ているのではなく、ただただ鍛え続ける事でこの域に達していたので、達人に共通する水鏡の如き精神は持ち合わせ得なかった。
既に亡くなっている御神苗優に、会う度いいようにあしらわれていたのは、この辺りが関係していると思われる。
呼吸を読めれば、動く瞬間を見切るのも難しくはない。
ボーはテッドとぴたりのタイミングで左右同時に仕掛ける。
鬼丸の視界範囲にて、同時に二人をその目に納める事は出来ない。
首だけを動かし素早く二人を確認すると、真後ろに魔王剣を引く。
右構えであるのは僅かにボーが早いと見た故。これをほんの一瞬で見極められるのが彼の非凡な所だ。
初速で既に斬撃に必要な威力を持たせ得るその技術は、如何様なものであろうか。
深く大地を踏みしめた両の足、その回転を腰の捻りと共に剣先に伝える。
これは最初に鬼丸が剣を振るってみた時の術理がそのまま活きており、全身の間接駆動を戦闘の為自在に操る鬼丸の見事な技であった。
まず、ボーがこれを受ける事となる。
かわしずらい胴中央を狙った横薙ぎの一閃。
踏み込みすぎていた為、下がるのはもう間に合わない。
拳を先に当てられれば? 否、この間合いでは一打で倒せたとしてもボーの胴は真っ二つだ。
咄嗟に片膝を落としつつ、前に出した足は低く滑るように伸ばし、仰け反るようにしてこれを避ける。
尋常ならざる走行速度により、ボーの体は鬼丸へと滑る事を止めてくれない。
伸ばした前足の踵で強引に大地を蹴り、進路を逸らすと、どうにかこの洒落にならない体勢のまま鬼丸に激突するなんて事態だけはせずに済んだ。
次にテッドだ。
切っ先が顔の真横より迫る位置。
テッドは鬼丸より背が低い為、斜め下へと伸びる形になった剣は、ダッキングにて潜ろうとしても剣先が頭をかすめるだろう。
頑丈な頭蓋骨君を頼るのも手ではあるが、流石に今ここで試す気にはならない。
テッドは攻撃を放棄し、斜め前方へと大きく上半身を投げ出す。
こちらも恐ろしい速さが出ている為、地面に前半身をついた所でまるで速度は落ちず、地面を滑り進んでいく。
鬼丸の剣を潜る事の出来た二人が、体当たりを拒否した理由はただ一つ。
こちらの体勢が崩れた状態で何を仕掛けたとしても、鬼丸を崩せると欠片も思えなかったせいだ。
鬼丸は、回転しながら魔王剣を振るいつつ、後ろ足を回転に任せ滑らせる。
更に、二人が潜ったと見るや今度は滑らせていた後ろ足を軸に再度魔王剣にて、周囲一周を薙ぎ払う。
下手な挙動で鬼丸に迫っていれば、二度目の回転で弾かれつつ剣の餌食となっていたであろう。
二人の判断は正しかったのである。
鬼丸は立ち上がった二人を順に眺め、冷笑した。
「なるほど、二人共速さが自慢か」
ボーはこの時、僅かばかりも油断なぞしていなかった。
人が踏み出すに必要な足の挙動を、絶対に見落としていなかったと確信出来る。
にも関わらず、鬼丸はアレという間もなくボーとの間合いを詰めていた。
ほんの一瞬だが、遠巻きに見ていた鬼丸が大きく見えるのは、近寄ったのではなく巨大化したのでは、そう思える程にありえぬ近接であったのだ。
薙ぎに近い袈裟斬り。これほどまでに深く踏み込まれては下がるも適わぬ。かがむにも軌道が低くやはり至難。
ボーは両足を揃え、剣筋と平行になる形で真上へ飛んだ。
その上かわしざま腰を基点に回転し、飛び後ろ回し蹴りを放つは彼ならではの体術であろう。
僅かに鬼丸の目が鋭くなったのは、ボーの動きの見事さのせいか。
頭をかがめてこれをかわした鬼丸は、背後よりの大声に反応する。
「セカン・ナグル!」
鬼丸の耳に入るテッドが大地を蹴る音、これが予想以上に速い。
斬る、間に合わない。
受けるつもりで鬼丸が翳した魔王剣を外し、テッドは先以上の早さで踏み込み、腹部へ右拳を伸ばす。
テッドの目が驚愕に見開かれる。
剣で受けるフリを見せたのは動きを読ませぬ為。
鬼丸は下半身のバネのみで真横に飛んだのだ。
あまりの速さに、テッドの目にも、そしてこの技の遣い手であるボーの目にすら、鬼丸の残像が見えた。
テッドは知らず生唾を飲み込む。
二人がかりで攻め立てても破綻する気配すらない卓越した戦闘技術。
そして何より、大地を深く抉った技をまだ見せていないというのが気にかかるのだ。
テッド同様、魔力による使用制限でもあるのか、はたまたそれ以外の理由か。
いずれにせよテッド達はこの未見の技をも警戒しなければならない。
「しんどい相手だぜこりゃ」
思わずそんな言葉も漏れようて。
鬼丸が魔王剣の力を使わないのには理由があった。
とにかく威力がありすぎるというのもそうだが、鬼丸自身も意識していない心の動きがある。
鬼丸は鉄剣十朗という師につき、剣について深く思索する機会を得た。
結果邪心を消すという一つの答えに辿り着いたのもそうだが、鬼丸の行なった修行はそれだけではない。
ただ無心であれば戦いに勝てるというのであれば徳の高い坊さんは皆剣の達人という事になる。
自らの力を発揮するに必要な心の持ちようではあれど、剣の技術はそれだけで語れるものでもない。
では肝心の剣の技はどうかと言えば、鬼丸の居た場所にて行なわれた世界に冠たる兵が集まる大会において、鬼丸はわざわざおもりを付けた上木刀にて決勝まで勝ち上がるという結果を残している。
元より剣の才あれど、所詮は学生の身。そんな鬼丸がそこまで至れたのは、記憶が失われていようとライバル刃達との戦いの日々がその身に刻み込まれていたせいであろう。
ならば再び鬼としての記憶を取り戻し、邪心に満ちた鬼丸に戻ってしまったとて、やはり剣の技はその身に染み付いたままだ。
魔王剣、その最大の弱点は、威力を三段階にしか分けられぬ事。そして発射シークエンスを短縮する事が出来ぬ事だ。
溜め抜きでも飛ぶ斬撃を放つ事は出来るが、刀を振り下ろすという動きが必要な為、単純な飛び道具として用いた場合余程銃の方が素早い発射が可能であろう。
これはテッドやボーのように一瞬で全身が視界より消え失せるレベルの相手には、向かぬ戦い方である。
では、必勝を期せるであろう、ある戦術を用いない理由は何であろうか。
そう、魔王と化した鬼丸は飛行が可能であり、二人の攻撃が届かぬ高度より三日月剣でも連発してやれば、ほぼ確実に勝てるであろう。
それでよしんば逃げられたとしても、鬼丸が敗北する事だけは絶対に無いはずなのに。
鬼丸は、剣技に絶対の自信があるのもそうであろうが、魔王と化して尚、剣士であったのだ。
魔王剣の特性を考えれば、剣術とは無縁の戦闘方法が必要となったはずであろうに、ひたすら剣の腕を磨き新たな技を得るような男なのだ。
そんな鬼丸だからこそ、魔王剣の弱点を消しうる、本来の持ち主以上の使い手となりえたのだろう。
おかげでテッドとボーは、空中からの爆撃に見舞われる事もなく、当人達にその気が無いにしても逃げる隙を見出す事も出来なかった。
「フォルス・ナグル!」
テッドの叫び声と共に、更にその速度が上がる。
今の所、コレが一番鬼丸の興味を引いていた。
ボクシングのような動きを見せ、右前のサウスポースタイルでジャブも右で打つ。しかしどうもコイツは右が利き腕らしい。
デタラメとも言えるそんな動きは、しかしパワースピード共に一流の域。
それが叫び声と共に更なる高みへと昇って行く。
鬼丸は愉快でたまらぬと笑う。
「小僧、ソレは何処まで上がる?」
鬼丸の小手払いを肘を跳ね上げてかわしたテッドは、飛びのきながら腕に刻まれた赤い筋に口を這わせる。
「テメェをブッ倒すまでだよ!」
小柄な体に相応しい俊敏さと、小柄な体にまるで似つかわしくないパワー。何処かの誰かを見るようだと鬼丸は何故か奇妙な気分になれた。
そしてもう一人。
大柄な体に相応しい膂力と、大柄な体にまるで似つかわしくないスピード。特にスピードに関しては、見ていて気持ち悪くなるぐらい速い。
強いと思える敵と向き合い、その上で自らがより勝ると確信出来る事の快絶は言葉に尽くしがたい。
鬼丸は牽制に斬撃波を飛ばす。
これを、前へと踏み込みながらかわすテッドのスピードは、攻撃の際を見切る目は、確かに大したものだと思える。
だが、剣と拳との間合いの差は如何ともし難い。
テッドが攻撃有効距離に入り込む前に、鬼丸の剣がテッドを襲う。
これが甘ければテッドは容易く剣を掻い潜り近接を果たすであろうが、鬼丸は例え百回繰り返す事になろうと、テッドに間合いへの侵入を許すつもりはない。
充分な余裕を持って右袈裟の一撃を振るうと、テッドは更に叫んだ。
「フィフス・ナグル!」
先読みではない、剣の軌道を見てからかわす信じられぬ反応速度により、鬼丸の間合い内へと飛び込むテッド。
ボーもまた、テッドが何やら仕掛ける気配を察し、逆側より鬼丸へと迫る。
鬼丸は咄嗟に片手を魔王剣より外す。
袈裟に振るった剣は、それが刀であるのなら切り替えしに手首の返しが一つ必要であり、一挙動分だけ遅れが出来てしまう。
鬼丸のそれまでやっていた剣術も、握った拳方向に剣を振るうのが大前提だ。
しかし鬼丸は、魔王剣を使いこなせるよう修行をしてきた。それは、つまり諸刃を操る術も身につけているという事だ。
袈裟の一撃は鬼丸の膂力により中途で強引に止められ、拳方向とは真逆に向けて引き上げられる。
僅かな停滞も無くそんな真似をされては、速度を上げきったテッドとて打つ手なぞない。
頼みの綱は同時に踏み込んでいたボーであったが、剣を止める意図も含めたボーの前蹴りを半身でかわし、その顔面を剣より離した手で掴み取られる。
フィフス・ナグルのおかげで切断だけは免れたテッドは、大きく跳ね飛ばされ大地を転がる。
剣を受け止めた両の腕より血の雫を迸らせながら。
万力の如き力で頭部を締め上げられているボーも、苦悶の表情のまま反撃を。
鬼丸は腕に伝わるボーの体の揺れから攻撃の瞬間を察し、寸前でボーを掴んだ腕を体を入れながら捻る。
見た目に相応しい重量感たっぷりなボーの全身が宙を舞う。
ぐるりと半回転し頭部を真下に向けられたボーは、そのまま大地へと叩きつけられた。
頭部の半ばまでもを地面に埋め込まれる程の衝撃は、ボーの鍛えた肉体を持ってしても受けきる事能わず。
片目のみ地面から外を視認可能であったが、その視界はぐるぐると回り意味ある情報をボーに提示しない。
そんなボーにトドメを刺すのは、鬼丸にとっては草を刈るより容易な事であった。
「やらせるかよ!」
だくだくと血を流す腕を、痛みすら感じなくなった腕を、そうあれと強く念じる事で強引に持ち上げテッドが走る。
そうせざるを得ない。鬼丸にもそこは良くわかっていた。
上がった速度分の目測は修正済み。鬼丸は、ここでテッドを仕留めるつもりであった。
剣の間合いまで後一歩の所で、テッドが予想だにせぬ動きを見せる。
届かぬ距離にて拳を振り上げ、軸足を踏ん張る。
鬼丸が考えたのは、テッドも切り札として遠当ての術を持っているかもしれぬという事。
そんな判断が鬼丸の反応を遅らせた。
テッドは遠当てでも何でもない、届く場所へと拳を振り下ろす。
鬼丸の剣の間合い直前の、大地へと拳を叩き付けたのだ。
ぬかった、そう内心のみで舌打ちしつつ鬼丸は吹き上がる土砂の中にてテッドの殺気を探る。
殺気はあった。
鬼丸の背後より、転倒し身動き取れぬはずのボーが飛び上がっていたのだ。
「ようやく隙を見せたな! 喰らえっ! 爆裂粉砕拳!」
ボーが放つは目で追うのは不可能なレベルの乱打。
両腕両足を全て攻撃に用いる為に、自身は空中へと飛び上がるこの乱打を、良くもこれまでさんざかわしてくれたなとばかりにありったけ叩き込むと、鬼丸は剣を受けに翳した姿勢のまま彼方へと吹っ飛んで行き、岩場がヘコむ程の勢いで叩きつけられる。
テッドは両腕をだらりと垂らしたまま、口の端を上げて見せた。
「やるじゃねえかおっさん」
ボーは両腕を組み胸をそらし答える。
「ふん、私は世界最強の男ボー・ブランシェだぞ。この程度造作も無い。だが、貴様の援護も悪くは無かったぞ」
何て偉そうな事を言っているボーは、まだ平衡感覚が戻っていないのか立っているつもりで地面に寝っ転がったまま、ふんぞりかえっていた。
これで鬼丸をどつき飛ばしたのだから大したものだ。
小さく噴出した後、テッドは鬼丸を睨みつける。
「おい角ハゲ、まだやんのか?」
鬼丸はさしたる痛痒を感じた風もなく、岩場から体を引き抜く。
「まさかとは思うが、これで勝ったつもりか?」
そのつもりだったボーは大慌てで立ち上がる。
「ふ、ふふん。この私の必殺技を浴びて立ち上がるとは、中々やるではないか」
内心では『ば、馬鹿な!? この私の会心の必殺技が通じぬのか!?』とか考えてるのはさておき、そんな台詞をほざく。
鬼丸は眼前に魔王剣を垂直に立てる。
「良いものをもらったな。お返しだ、あの居合い使いを消し去った技、貴様等にも見せてやろう」
髑髏を模した柄の部分。
この中心の黒い宝玉が、端よりじわりと光を得ていく。
外界の変化はより顕著だ。
鬼丸を中心に球状に黒い力が集っていく。
球の中では雷の如き力場が荒れ狂い、鬼丸、いやさ魔王剣の宝玉より止め処なく破滅の力があふれ出す。
先程鬼丸が叩きつけられた岩場は球形の力場に弾かれ、大岩が小石に、小石が砂塵に、最後はそれ以下の存在と化し消えて失せる。
魔王剣の力の余波か、大地にあった鬼丸の両足はふわりと宙に浮き、しかし、大地にあるごとく鬼丸の強い姿勢は崩れぬまま。
「これぞ魔王剣必殺の技……」
ゆっくりと、左袈裟に魔王剣を振り上げる。
「魔王三日月剣!」
闇を纏った剣先は、振り下ろされる軌跡が三日月を形作り、黒き波動を解き放つ。
三日月を象った衝撃波は、触れた大地を削り取り、大気を引き裂きながらテッド、ボーへと迫る。
剣豪鬼丸の技に相応しい速度は、しかし、テッド、ボーの二人が反応しきれぬ程ではない。
二人は同時に、着斬の直前大地を蹴る
鬼丸は剣を振り下ろした姿勢のまま、離脱を図るタイミングが遅すぎだ、と口の中だけで駄目出しをしてやった。
三日月剣が叩き込まれた大地は、先程テッドが大地を吹っ飛ばしたものとは比べ物にならぬ破壊と衝撃を生み出した。
鬼丸は、もし完全回避可能な跳躍を見せたのなら、ボーがそうしたように噴煙に紛れトドメを刺すつもりだったのだが、二人はこの衝撃をまともにもらい、揃って吹っ飛んで行くのが見えた。
そんな兵を期待していた部分があったのか、少し残念そうに鬼丸は呟く。
「買いかぶり過ぎたか? いや、初見ではこんなものか……まあいい、もしこれで生き延びていれば、我が配下に加えてやってもいいが……さて」
とにかく威力がありすぎるというのもそうだが、鬼丸自身も意識していない心の動きがある。
鬼丸は鉄剣十朗という師につき、剣について深く思索する機会を得た。
結果邪心を消すという一つの答えに辿り着いたのもそうだが、鬼丸の行なった修行はそれだけではない。
ただ無心であれば戦いに勝てるというのであれば徳の高い坊さんは皆剣の達人という事になる。
自らの力を発揮するに必要な心の持ちようではあれど、剣の技術はそれだけで語れるものでもない。
では肝心の剣の技はどうかと言えば、鬼丸の居た場所にて行なわれた世界に冠たる兵が集まる大会において、鬼丸はわざわざおもりを付けた上木刀にて決勝まで勝ち上がるという結果を残している。
元より剣の才あれど、所詮は学生の身。そんな鬼丸がそこまで至れたのは、記憶が失われていようとライバル刃達との戦いの日々がその身に刻み込まれていたせいであろう。
ならば再び鬼としての記憶を取り戻し、邪心に満ちた鬼丸に戻ってしまったとて、やはり剣の技はその身に染み付いたままだ。
魔王剣、その最大の弱点は、威力を三段階にしか分けられぬ事。そして発射シークエンスを短縮する事が出来ぬ事だ。
溜め抜きでも飛ぶ斬撃を放つ事は出来るが、刀を振り下ろすという動きが必要な為、単純な飛び道具として用いた場合余程銃の方が素早い発射が可能であろう。
これはテッドやボーのように一瞬で全身が視界より消え失せるレベルの相手には、向かぬ戦い方である。
では、必勝を期せるであろう、ある戦術を用いない理由は何であろうか。
そう、魔王と化した鬼丸は飛行が可能であり、二人の攻撃が届かぬ高度より三日月剣でも連発してやれば、ほぼ確実に勝てるであろう。
それでよしんば逃げられたとしても、鬼丸が敗北する事だけは絶対に無いはずなのに。
鬼丸は、剣技に絶対の自信があるのもそうであろうが、魔王と化して尚、剣士であったのだ。
魔王剣の特性を考えれば、剣術とは無縁の戦闘方法が必要となったはずであろうに、ひたすら剣の腕を磨き新たな技を得るような男なのだ。
そんな鬼丸だからこそ、魔王剣の弱点を消しうる、本来の持ち主以上の使い手となりえたのだろう。
おかげでテッドとボーは、空中からの爆撃に見舞われる事もなく、当人達にその気が無いにしても逃げる隙を見出す事も出来なかった。
「フォルス・ナグル!」
テッドの叫び声と共に、更にその速度が上がる。
今の所、コレが一番鬼丸の興味を引いていた。
ボクシングのような動きを見せ、右前のサウスポースタイルでジャブも右で打つ。しかしどうもコイツは右が利き腕らしい。
デタラメとも言えるそんな動きは、しかしパワースピード共に一流の域。
それが叫び声と共に更なる高みへと昇って行く。
鬼丸は愉快でたまらぬと笑う。
「小僧、ソレは何処まで上がる?」
鬼丸の小手払いを肘を跳ね上げてかわしたテッドは、飛びのきながら腕に刻まれた赤い筋に口を這わせる。
「テメェをブッ倒すまでだよ!」
小柄な体に相応しい俊敏さと、小柄な体にまるで似つかわしくないパワー。何処かの誰かを見るようだと鬼丸は何故か奇妙な気分になれた。
そしてもう一人。
大柄な体に相応しい膂力と、大柄な体にまるで似つかわしくないスピード。特にスピードに関しては、見ていて気持ち悪くなるぐらい速い。
強いと思える敵と向き合い、その上で自らがより勝ると確信出来る事の快絶は言葉に尽くしがたい。
鬼丸は牽制に斬撃波を飛ばす。
これを、前へと踏み込みながらかわすテッドのスピードは、攻撃の際を見切る目は、確かに大したものだと思える。
だが、剣と拳との間合いの差は如何ともし難い。
テッドが攻撃有効距離に入り込む前に、鬼丸の剣がテッドを襲う。
これが甘ければテッドは容易く剣を掻い潜り近接を果たすであろうが、鬼丸は例え百回繰り返す事になろうと、テッドに間合いへの侵入を許すつもりはない。
充分な余裕を持って右袈裟の一撃を振るうと、テッドは更に叫んだ。
「フィフス・ナグル!」
先読みではない、剣の軌道を見てからかわす信じられぬ反応速度により、鬼丸の間合い内へと飛び込むテッド。
ボーもまた、テッドが何やら仕掛ける気配を察し、逆側より鬼丸へと迫る。
鬼丸は咄嗟に片手を魔王剣より外す。
袈裟に振るった剣は、それが刀であるのなら切り替えしに手首の返しが一つ必要であり、一挙動分だけ遅れが出来てしまう。
鬼丸のそれまでやっていた剣術も、握った拳方向に剣を振るうのが大前提だ。
しかし鬼丸は、魔王剣を使いこなせるよう修行をしてきた。それは、つまり諸刃を操る術も身につけているという事だ。
袈裟の一撃は鬼丸の膂力により中途で強引に止められ、拳方向とは真逆に向けて引き上げられる。
僅かな停滞も無くそんな真似をされては、速度を上げきったテッドとて打つ手なぞない。
頼みの綱は同時に踏み込んでいたボーであったが、剣を止める意図も含めたボーの前蹴りを半身でかわし、その顔面を剣より離した手で掴み取られる。
フィフス・ナグルのおかげで切断だけは免れたテッドは、大きく跳ね飛ばされ大地を転がる。
剣を受け止めた両の腕より血の雫を迸らせながら。
万力の如き力で頭部を締め上げられているボーも、苦悶の表情のまま反撃を。
鬼丸は腕に伝わるボーの体の揺れから攻撃の瞬間を察し、寸前でボーを掴んだ腕を体を入れながら捻る。
見た目に相応しい重量感たっぷりなボーの全身が宙を舞う。
ぐるりと半回転し頭部を真下に向けられたボーは、そのまま大地へと叩きつけられた。
頭部の半ばまでもを地面に埋め込まれる程の衝撃は、ボーの鍛えた肉体を持ってしても受けきる事能わず。
片目のみ地面から外を視認可能であったが、その視界はぐるぐると回り意味ある情報をボーに提示しない。
そんなボーにトドメを刺すのは、鬼丸にとっては草を刈るより容易な事であった。
「やらせるかよ!」
だくだくと血を流す腕を、痛みすら感じなくなった腕を、そうあれと強く念じる事で強引に持ち上げテッドが走る。
そうせざるを得ない。鬼丸にもそこは良くわかっていた。
上がった速度分の目測は修正済み。鬼丸は、ここでテッドを仕留めるつもりであった。
剣の間合いまで後一歩の所で、テッドが予想だにせぬ動きを見せる。
届かぬ距離にて拳を振り上げ、軸足を踏ん張る。
鬼丸が考えたのは、テッドも切り札として遠当ての術を持っているかもしれぬという事。
そんな判断が鬼丸の反応を遅らせた。
テッドは遠当てでも何でもない、届く場所へと拳を振り下ろす。
鬼丸の剣の間合い直前の、大地へと拳を叩き付けたのだ。
ぬかった、そう内心のみで舌打ちしつつ鬼丸は吹き上がる土砂の中にてテッドの殺気を探る。
殺気はあった。
鬼丸の背後より、転倒し身動き取れぬはずのボーが飛び上がっていたのだ。
「ようやく隙を見せたな! 喰らえっ! 爆裂粉砕拳!」
ボーが放つは目で追うのは不可能なレベルの乱打。
両腕両足を全て攻撃に用いる為に、自身は空中へと飛び上がるこの乱打を、良くもこれまでさんざかわしてくれたなとばかりにありったけ叩き込むと、鬼丸は剣を受けに翳した姿勢のまま彼方へと吹っ飛んで行き、岩場がヘコむ程の勢いで叩きつけられる。
テッドは両腕をだらりと垂らしたまま、口の端を上げて見せた。
「やるじゃねえかおっさん」
ボーは両腕を組み胸をそらし答える。
「ふん、私は世界最強の男ボー・ブランシェだぞ。この程度造作も無い。だが、貴様の援護も悪くは無かったぞ」
何て偉そうな事を言っているボーは、まだ平衡感覚が戻っていないのか立っているつもりで地面に寝っ転がったまま、ふんぞりかえっていた。
これで鬼丸をどつき飛ばしたのだから大したものだ。
小さく噴出した後、テッドは鬼丸を睨みつける。
「おい角ハゲ、まだやんのか?」
鬼丸はさしたる痛痒を感じた風もなく、岩場から体を引き抜く。
「まさかとは思うが、これで勝ったつもりか?」
そのつもりだったボーは大慌てで立ち上がる。
「ふ、ふふん。この私の必殺技を浴びて立ち上がるとは、中々やるではないか」
内心では『ば、馬鹿な!? この私の会心の必殺技が通じぬのか!?』とか考えてるのはさておき、そんな台詞をほざく。
鬼丸は眼前に魔王剣を垂直に立てる。
「良いものをもらったな。お返しだ、あの居合い使いを消し去った技、貴様等にも見せてやろう」
髑髏を模した柄の部分。
この中心の黒い宝玉が、端よりじわりと光を得ていく。
外界の変化はより顕著だ。
鬼丸を中心に球状に黒い力が集っていく。
球の中では雷の如き力場が荒れ狂い、鬼丸、いやさ魔王剣の宝玉より止め処なく破滅の力があふれ出す。
先程鬼丸が叩きつけられた岩場は球形の力場に弾かれ、大岩が小石に、小石が砂塵に、最後はそれ以下の存在と化し消えて失せる。
魔王剣の力の余波か、大地にあった鬼丸の両足はふわりと宙に浮き、しかし、大地にあるごとく鬼丸の強い姿勢は崩れぬまま。
「これぞ魔王剣必殺の技……」
ゆっくりと、左袈裟に魔王剣を振り上げる。
「魔王三日月剣!」
闇を纏った剣先は、振り下ろされる軌跡が三日月を形作り、黒き波動を解き放つ。
三日月を象った衝撃波は、触れた大地を削り取り、大気を引き裂きながらテッド、ボーへと迫る。
剣豪鬼丸の技に相応しい速度は、しかし、テッド、ボーの二人が反応しきれぬ程ではない。
二人は同時に、着斬の直前大地を蹴る
鬼丸は剣を振り下ろした姿勢のまま、離脱を図るタイミングが遅すぎだ、と口の中だけで駄目出しをしてやった。
三日月剣が叩き込まれた大地は、先程テッドが大地を吹っ飛ばしたものとは比べ物にならぬ破壊と衝撃を生み出した。
鬼丸は、もし完全回避可能な跳躍を見せたのなら、ボーがそうしたように噴煙に紛れトドメを刺すつもりだったのだが、二人はこの衝撃をまともにもらい、揃って吹っ飛んで行くのが見えた。
そんな兵を期待していた部分があったのか、少し残念そうに鬼丸は呟く。
「買いかぶり過ぎたか? いや、初見ではこんなものか……まあいい、もしこれで生き延びていれば、我が配下に加えてやってもいいが……さて」
テッドとボーは、二人仲良く土砂に体の半分を埋めながらひっくり返っていた。
余波でこれである。うっかり直撃なぞ受けようものなら、確かに人一人程度軽く消滅しかねない威力だ。
「よう……おっさん、生きてるか?」
埋もれたまま動く気力も奪われたのか、声のみで応えるボー。
「……あ、当たり、前、だ。私は、世界最強の男だと……言っただろうがっ」
テッドもまたぴくりとも体は動かず。そのまま口だけを開き続ける。
「こんな時に何なんだけどさ、俺、アンタの事全然知らねえや。ボー、でいいんだっけか?」
「如何にも。……ボー、ブランシェだ。ボウズは確か、テッドと言ったか」
二人共が、強い弱いを理屈で納得出来る程大人ではない。
とことんまでやりあってようやく納得するような類の人間だ。
そんな二人をして、圧倒的な戦力差を自覚せずにはいられない程、鬼丸は強かった。
「ああ。しかし、洒落になんねえ強さだなアイツ。……なあ、アンタはまだ走れるかい?」
「む、無論、だ。戦闘中に、息切れするような……ヤワな、鍛え方は、して……おらん」
技が違う、速さが違う、力が違う、タフさが違う、武器が違う、必殺技が違う、何もかもにおいて勝る部分が見当たらない。
コレに勝つ自分が想像出来ない。二人を部下にせんと考えていた鬼丸は、二人の試す全ての技を見事受けきってみせていた。
「そうかい。俺はもうそんなに保たねーよ。なあ、アンタ、アイツ倒す手、何か思いつくか?」
「ぐぬぅ、我が相棒さえいれば、あの程度の男なぞ……ええい、暁はこんな時に何処で道草をくっているか」
それでも、膝を屈する程心は折れず。いや、二人はそんな自分もまた想像出来なかったのだろう。
「近く、に居る、のか?」
「うむ。名簿とやらを見たが、そこに暁の名も、あった。他にもスプリガンの、連中の名が、あったな」
「名簿か、俺も良く見ときゃ良かったな。チェリッシュの名前見つけて、頭に来たんでそこらにブン投げちまった」
良しっとテッドは土砂を除けながらゆっくり立ち上がる。
「アイツは俺が足止めしといてやる。アンタはその暁ってのでも誰でもいい、腕の立つ奴引き連れて来いよ。どんだけの戦力が必要か、今のアンタなら判断出来んだろ」
テッドの言葉に、ボーもまた土砂を吹き飛ばし勢い良く立ち上がる。
「なっ! 何を言うか!」
「悪いが俺のパワーアップは時間制限付きでな。アイツを振り切るまで保ちそーにねえんだよ。それでも、アンタが全力で走ってくれりゃ逃げ切るまでの時間ぐらいは何とかなんだろ」
「ふざけるな! 子供一人残し私に逃げろというのか!? 役割で言うのならば逆であろうが!」
「……コイツ、見てくれよ」
テッドはボーの前に両腕を突き出す。
中の骨が見える程深く斬り裂かれた両腕からは、留まる事なく血が流れ続ける。
パワーアップ云々抜きでも、この出血ではそう長い事動いていられまい。
「わかったろ。その代わり何が何でもあのヤロー張り倒せ……」
ボーもまた戦場の只中を駆け抜けた男。
テッドの出血量から最早生存は絶望的である事も、速度が増す技無しでは例えボーが足止めしたとしてもテッドはあの男から逃げられない事も、全て理解出来る。
それでも、出来ぬ。
「駄目だ! お前を置いていく事なぞ出来ん!」
「この期に及んで駄々捏ねてくれるなよ」
「わ、私には共に戦った勇敢な戦友を見捨てるような真似は出来んっ! 断じて出来ん!」
テッドは、声を荒げるボーとは対照的に穏やかな口調で語る。
「……チェリッシュはさ、すげぇ強ぇ女なんだ。掃き溜めみてぇな場所でも、宝石みたいにきらっきらに光って見える最高の女さ。だからきっとお前も出会えればすぐにわかるはずだぜ」
「な、何を……」
「アイツは、俺の希望なんだ。それがよぉ、こんな誰だか知らねえような角ハゲ野朗と殺し合いさせられるなんて……こんなバカっ強ぇ奴とやりあわなきゃなんねえなんて……俺には、耐えられねえ」
傷口より流れ落ちる血に塗れながら、青ざめた肌を晒しながら、土砂でまっくろに汚れたまま、テッドはにかっと笑った。
「アンタとはまともに話をしたのもこれが始めてだ。殴り合ってるか一緒になって殴ってるかしかなかった気がするが、それでも、何でかな、アンタになら任せてもいいって気になりやがんだよ」
テッドは拳の裏でボーの胸をとんと叩く。
「頼むぜ、ボー」
鬼丸は既にこちらの生存に気付いている。
決断までの時間は、あまりに少なすぎる。
内心でどれほどの葛藤があろうと、ボーが出来る事、やらねばならぬ事は変わらず、彼の正義を標榜すればするほどに、矛盾は深くボーの心を傷つける。
それでも、答えは出さなければならない。
ボーは、ボー・ブランシェは、自らが認めた者に対して、誠実な人間であったのだ。
ボーは俯き、叫んだ。
「約束しろっ! 絶対に死なぬと! いいか! 生きてさえいれば後は私が何とかしてやる! だから何としてでも生き延びるのだ!」
テッドは一度目を見開き、苦笑しながら鬼丸の方へと向きを変える。
「そういうしぶといの、嫌いじゃないぜ。……行けよ!」
こちらの意図は鬼丸に筒抜けだ。
テッドは阻止に来るであろう鬼丸を迎え撃つべく走り出した。
ボーは、走り去るテッドの背中に押されるように、踵を返した。
余波でこれである。うっかり直撃なぞ受けようものなら、確かに人一人程度軽く消滅しかねない威力だ。
「よう……おっさん、生きてるか?」
埋もれたまま動く気力も奪われたのか、声のみで応えるボー。
「……あ、当たり、前、だ。私は、世界最強の男だと……言っただろうがっ」
テッドもまたぴくりとも体は動かず。そのまま口だけを開き続ける。
「こんな時に何なんだけどさ、俺、アンタの事全然知らねえや。ボー、でいいんだっけか?」
「如何にも。……ボー、ブランシェだ。ボウズは確か、テッドと言ったか」
二人共が、強い弱いを理屈で納得出来る程大人ではない。
とことんまでやりあってようやく納得するような類の人間だ。
そんな二人をして、圧倒的な戦力差を自覚せずにはいられない程、鬼丸は強かった。
「ああ。しかし、洒落になんねえ強さだなアイツ。……なあ、アンタはまだ走れるかい?」
「む、無論、だ。戦闘中に、息切れするような……ヤワな、鍛え方は、して……おらん」
技が違う、速さが違う、力が違う、タフさが違う、武器が違う、必殺技が違う、何もかもにおいて勝る部分が見当たらない。
コレに勝つ自分が想像出来ない。二人を部下にせんと考えていた鬼丸は、二人の試す全ての技を見事受けきってみせていた。
「そうかい。俺はもうそんなに保たねーよ。なあ、アンタ、アイツ倒す手、何か思いつくか?」
「ぐぬぅ、我が相棒さえいれば、あの程度の男なぞ……ええい、暁はこんな時に何処で道草をくっているか」
それでも、膝を屈する程心は折れず。いや、二人はそんな自分もまた想像出来なかったのだろう。
「近く、に居る、のか?」
「うむ。名簿とやらを見たが、そこに暁の名も、あった。他にもスプリガンの、連中の名が、あったな」
「名簿か、俺も良く見ときゃ良かったな。チェリッシュの名前見つけて、頭に来たんでそこらにブン投げちまった」
良しっとテッドは土砂を除けながらゆっくり立ち上がる。
「アイツは俺が足止めしといてやる。アンタはその暁ってのでも誰でもいい、腕の立つ奴引き連れて来いよ。どんだけの戦力が必要か、今のアンタなら判断出来んだろ」
テッドの言葉に、ボーもまた土砂を吹き飛ばし勢い良く立ち上がる。
「なっ! 何を言うか!」
「悪いが俺のパワーアップは時間制限付きでな。アイツを振り切るまで保ちそーにねえんだよ。それでも、アンタが全力で走ってくれりゃ逃げ切るまでの時間ぐらいは何とかなんだろ」
「ふざけるな! 子供一人残し私に逃げろというのか!? 役割で言うのならば逆であろうが!」
「……コイツ、見てくれよ」
テッドはボーの前に両腕を突き出す。
中の骨が見える程深く斬り裂かれた両腕からは、留まる事なく血が流れ続ける。
パワーアップ云々抜きでも、この出血ではそう長い事動いていられまい。
「わかったろ。その代わり何が何でもあのヤロー張り倒せ……」
ボーもまた戦場の只中を駆け抜けた男。
テッドの出血量から最早生存は絶望的である事も、速度が増す技無しでは例えボーが足止めしたとしてもテッドはあの男から逃げられない事も、全て理解出来る。
それでも、出来ぬ。
「駄目だ! お前を置いていく事なぞ出来ん!」
「この期に及んで駄々捏ねてくれるなよ」
「わ、私には共に戦った勇敢な戦友を見捨てるような真似は出来んっ! 断じて出来ん!」
テッドは、声を荒げるボーとは対照的に穏やかな口調で語る。
「……チェリッシュはさ、すげぇ強ぇ女なんだ。掃き溜めみてぇな場所でも、宝石みたいにきらっきらに光って見える最高の女さ。だからきっとお前も出会えればすぐにわかるはずだぜ」
「な、何を……」
「アイツは、俺の希望なんだ。それがよぉ、こんな誰だか知らねえような角ハゲ野朗と殺し合いさせられるなんて……こんなバカっ強ぇ奴とやりあわなきゃなんねえなんて……俺には、耐えられねえ」
傷口より流れ落ちる血に塗れながら、青ざめた肌を晒しながら、土砂でまっくろに汚れたまま、テッドはにかっと笑った。
「アンタとはまともに話をしたのもこれが始めてだ。殴り合ってるか一緒になって殴ってるかしかなかった気がするが、それでも、何でかな、アンタになら任せてもいいって気になりやがんだよ」
テッドは拳の裏でボーの胸をとんと叩く。
「頼むぜ、ボー」
鬼丸は既にこちらの生存に気付いている。
決断までの時間は、あまりに少なすぎる。
内心でどれほどの葛藤があろうと、ボーが出来る事、やらねばならぬ事は変わらず、彼の正義を標榜すればするほどに、矛盾は深くボーの心を傷つける。
それでも、答えは出さなければならない。
ボーは、ボー・ブランシェは、自らが認めた者に対して、誠実な人間であったのだ。
ボーは俯き、叫んだ。
「約束しろっ! 絶対に死なぬと! いいか! 生きてさえいれば後は私が何とかしてやる! だから何としてでも生き延びるのだ!」
テッドは一度目を見開き、苦笑しながら鬼丸の方へと向きを変える。
「そういうしぶといの、嫌いじゃないぜ。……行けよ!」
こちらの意図は鬼丸に筒抜けだ。
テッドは阻止に来るであろう鬼丸を迎え撃つべく走り出した。
ボーは、走り去るテッドの背中に押されるように、踵を返した。
魔王剣と共に鬼丸は、まっすぐテッドに駆け寄って行く。
「企みを全て知られた上で、お前等の好きに出来ると思ったか? この魔王鬼丸を相手に!」
テッドもまた全速で鬼丸へと突っ込む。
剣を相手に拳では初弾勝負なぞ出来ない。それほどの速度差は決して望めぬとテッドには痛い程わかっているはずなのに。
「俺が! やるって言ってんだよ! 行くぜファイナル・ギア!」
急な速度上昇は既に一度見せた。更なるスピードアップだとて同じ手が通用する相手とも思えない。
だからテッドの狙いは、純粋に地力の勝負だ。
まずは見る。
何度も見て結局一度も見切る事が出来なかった鬼丸の剣筋を。
目の玉が飛び出るぐらい集中し、鬼丸の全身を見る。
剣だけを見ていては、その軌道は決して読めない。
軸足を踏み出すのとテイクバックが全く同時。しかも、テイクバックから振り下ろしに至るまでが尋常でない程速い。
まだ、動けない。
鬼丸はここからですら切っ先の軌道を変化させ得る。
見えきるまでは例え斬られても動かない。そうなる前に、必ず見切る、見切れると己を信じる。
唐突に、鬼丸の剣筋が光る帯のようにテッドの脳裏に浮かんだ。
かわす? 絶対に間に合わないし、そもそも避ける気なぞ無い。
「ブロォオオオオオオオオ!」
端っから、狙いは一つ。
鬼丸の振るった剣を、自慢の拳でたたき返してやるつもりであった。
フィフス・ナグルですら両腕を受けに回し後方に飛び下がり、威力に逃げ場を作ってようやく切断を回避出来る程度だった。
それを今度はこちらから拳で出迎えるというのだ。振るった腕ごと一刀両断されてもおかしくはない。いや、その可能性の方が高いかもしれない。
テッドは、それでも尚、己の拳を信じていた。
後はもう考える事も見る事も何もない。
自分の最強の拳を、光って見えた軌跡に沿わせ走らせるのみ。
フィニッシュブローを放つ時は、左前のオーソドックススタイル。
ほんの僅かだけ後ろ足から先に蹴り出し、重心を前傾させつつ前足も蹴り出す。
引き付けた魔王剣の刃は腕を振りぬく前に拳に触れるが、テッドの全魔力と全体重、そして何より決して引かぬと決めた意志の強さにて魔王剣を支えきる。
「ドラグノン・ディオナグル!!」
テッドの体内に変化が生じる。
筋繊維が弾け飛び、骨格がぎしりと音を立てて軋む。
各所で血液が逆流し、血管を突き破って外へと吹き上がる。
フィフス・ナグルの段階で既に体への負担は無視出来ぬものがあり、濫用は禁物となっていた。
ましてやファイナル・ギア。これはそもそもからして、自爆技の類であったのだ。
その上この力を受け止める程の何かがあったとすれば、テッドの拳に威力があればあるほど、その反作用はテッドの身体に深刻な影響を残すだろう。
対する鬼丸。テッドの狙いを察するも、剣を振りぬいてしまえば結果は一緒だ。
テッドの様々なものを代償にした一撃と比して、彼の斬撃が劣っているわけでは断じてない。
彼方にまで届く衝撃を生み出せてしまう程の剣撃は、今はただ一点、テッドの拳へと叩き込まれているのだ。
そして敵手が命を賭けたとて、全てを賭したとて、魔王を標榜する鬼丸が引いてやる理由にはならない。
鬼丸は僅かな停滞も許さず刃の鋭さにて振り切るつもりであり、テッドは拳に鬼丸を乗せ殴り飛ばすつもり。ここに両者の差が生じた。
テッドのファイナル・ギアは魔王剣の鋭さを、そう長い時間ではないとはいえ、防ぐ輝きを備えていた。
斬り抜けなかった魔王剣が、鬼丸の考えていた軌道からズレる。
そのズレが、勝敗を決した。
魔王剣は大きく弾かれ、これを握った鬼丸の体も後ろへと跳ねる。
咄嗟に離せばよかったのだろうし鬼丸にその能力もあったのだが、鬼丸はこの剣を手放す事に躊躇があった。
結果、魔王剣に引きずられるように鬼丸の全身も、ぐるりと回りながら吹っ飛ぶ事となってしまった。
一回、二回、独楽を斜めに倒したような回転は、空中で体を捻って体勢を整えた鬼丸が大地を蹴り飛ばす事で弱まり、全身のバネを用いて強引に魔王剣の進路を斜め下へと変える事で、魔王剣は大地に突き刺さる。
威力に負けた大地は砕け斬り裂かれながら、魔王剣を深く底へと誘っていく。
それでも、大地は何処まで進んでも大地であり、これを砕ききれる衝撃なぞこの世に数える程しか存在しない。
地面に長大な一文字を描き、ようやく魔王剣は止まってくれた。
一息つく事もせず鬼丸は魔王剣を大地より抜き取る。
剣を拳で真っ向から弾き返してくれた漢を、鬼丸は見やる。
「……代償は、大きかったようだな」
テッドは拳を振り抜いた姿勢のまま。
右の拳は手首の所まで二つに裂けており、右腕のそこかしこでは斬り傷ではないだろう内側より砕けた赤黒いふくらみが見てとれる。
最早精も根も尽き果てたように見える血塗れのテッドは、口の端を上げ左腕を掲げる
「まだ、もう一本残ってるぜ。オラ、出し惜しみしてんじゃねえよ。さっきの三日月剣とやらで来い」
これで、テッドを無視したらどうなるかを鬼丸に思い知らせる事が出来た。
ボーの足ならば鬼丸をテッドに集中させさえしてしまえば、逃げ切るのもそう難しくはあるまい。
後少し、ほんの少し鬼丸を引きつけられれば、テッドは目的を果たせるだろう。
「企みを全て知られた上で、お前等の好きに出来ると思ったか? この魔王鬼丸を相手に!」
テッドもまた全速で鬼丸へと突っ込む。
剣を相手に拳では初弾勝負なぞ出来ない。それほどの速度差は決して望めぬとテッドには痛い程わかっているはずなのに。
「俺が! やるって言ってんだよ! 行くぜファイナル・ギア!」
急な速度上昇は既に一度見せた。更なるスピードアップだとて同じ手が通用する相手とも思えない。
だからテッドの狙いは、純粋に地力の勝負だ。
まずは見る。
何度も見て結局一度も見切る事が出来なかった鬼丸の剣筋を。
目の玉が飛び出るぐらい集中し、鬼丸の全身を見る。
剣だけを見ていては、その軌道は決して読めない。
軸足を踏み出すのとテイクバックが全く同時。しかも、テイクバックから振り下ろしに至るまでが尋常でない程速い。
まだ、動けない。
鬼丸はここからですら切っ先の軌道を変化させ得る。
見えきるまでは例え斬られても動かない。そうなる前に、必ず見切る、見切れると己を信じる。
唐突に、鬼丸の剣筋が光る帯のようにテッドの脳裏に浮かんだ。
かわす? 絶対に間に合わないし、そもそも避ける気なぞ無い。
「ブロォオオオオオオオオ!」
端っから、狙いは一つ。
鬼丸の振るった剣を、自慢の拳でたたき返してやるつもりであった。
フィフス・ナグルですら両腕を受けに回し後方に飛び下がり、威力に逃げ場を作ってようやく切断を回避出来る程度だった。
それを今度はこちらから拳で出迎えるというのだ。振るった腕ごと一刀両断されてもおかしくはない。いや、その可能性の方が高いかもしれない。
テッドは、それでも尚、己の拳を信じていた。
後はもう考える事も見る事も何もない。
自分の最強の拳を、光って見えた軌跡に沿わせ走らせるのみ。
フィニッシュブローを放つ時は、左前のオーソドックススタイル。
ほんの僅かだけ後ろ足から先に蹴り出し、重心を前傾させつつ前足も蹴り出す。
引き付けた魔王剣の刃は腕を振りぬく前に拳に触れるが、テッドの全魔力と全体重、そして何より決して引かぬと決めた意志の強さにて魔王剣を支えきる。
「ドラグノン・ディオナグル!!」
テッドの体内に変化が生じる。
筋繊維が弾け飛び、骨格がぎしりと音を立てて軋む。
各所で血液が逆流し、血管を突き破って外へと吹き上がる。
フィフス・ナグルの段階で既に体への負担は無視出来ぬものがあり、濫用は禁物となっていた。
ましてやファイナル・ギア。これはそもそもからして、自爆技の類であったのだ。
その上この力を受け止める程の何かがあったとすれば、テッドの拳に威力があればあるほど、その反作用はテッドの身体に深刻な影響を残すだろう。
対する鬼丸。テッドの狙いを察するも、剣を振りぬいてしまえば結果は一緒だ。
テッドの様々なものを代償にした一撃と比して、彼の斬撃が劣っているわけでは断じてない。
彼方にまで届く衝撃を生み出せてしまう程の剣撃は、今はただ一点、テッドの拳へと叩き込まれているのだ。
そして敵手が命を賭けたとて、全てを賭したとて、魔王を標榜する鬼丸が引いてやる理由にはならない。
鬼丸は僅かな停滞も許さず刃の鋭さにて振り切るつもりであり、テッドは拳に鬼丸を乗せ殴り飛ばすつもり。ここに両者の差が生じた。
テッドのファイナル・ギアは魔王剣の鋭さを、そう長い時間ではないとはいえ、防ぐ輝きを備えていた。
斬り抜けなかった魔王剣が、鬼丸の考えていた軌道からズレる。
そのズレが、勝敗を決した。
魔王剣は大きく弾かれ、これを握った鬼丸の体も後ろへと跳ねる。
咄嗟に離せばよかったのだろうし鬼丸にその能力もあったのだが、鬼丸はこの剣を手放す事に躊躇があった。
結果、魔王剣に引きずられるように鬼丸の全身も、ぐるりと回りながら吹っ飛ぶ事となってしまった。
一回、二回、独楽を斜めに倒したような回転は、空中で体を捻って体勢を整えた鬼丸が大地を蹴り飛ばす事で弱まり、全身のバネを用いて強引に魔王剣の進路を斜め下へと変える事で、魔王剣は大地に突き刺さる。
威力に負けた大地は砕け斬り裂かれながら、魔王剣を深く底へと誘っていく。
それでも、大地は何処まで進んでも大地であり、これを砕ききれる衝撃なぞこの世に数える程しか存在しない。
地面に長大な一文字を描き、ようやく魔王剣は止まってくれた。
一息つく事もせず鬼丸は魔王剣を大地より抜き取る。
剣を拳で真っ向から弾き返してくれた漢を、鬼丸は見やる。
「……代償は、大きかったようだな」
テッドは拳を振り抜いた姿勢のまま。
右の拳は手首の所まで二つに裂けており、右腕のそこかしこでは斬り傷ではないだろう内側より砕けた赤黒いふくらみが見てとれる。
最早精も根も尽き果てたように見える血塗れのテッドは、口の端を上げ左腕を掲げる
「まだ、もう一本残ってるぜ。オラ、出し惜しみしてんじゃねえよ。さっきの三日月剣とやらで来い」
これで、テッドを無視したらどうなるかを鬼丸に思い知らせる事が出来た。
ボーの足ならば鬼丸をテッドに集中させさえしてしまえば、逃げ切るのもそう難しくはあるまい。
後少し、ほんの少し鬼丸を引きつけられれば、テッドは目的を果たせるだろう。
指一本動かせない。
それでも目は見開いており、白み始めた空は、何処で見ても一緒なのだなとテッドは変な事に納得してしまう。
大の字に寝そべったテッドは、輝きを遮る無粋な影に文句をつけてやる。
「お前そこ邪魔だ。空が見えねえじゃねえか」
テッドを見下ろす鬼丸は、魔王剣を逆手に握りテッドの頭上に切っ先を揃える。
角度のせいでか、それまで実際以上に大きく見えていた魔王剣も、手の平に納まる程度のものでしかない。
テッドは喉が擦れ激痛が走るのも構わず、鬼丸にも聞こえる大声で笑った。
「どうだ、すげぇだろ」
眉を潜める鬼丸に、テッドは笑いをとめぬまま言い放つ。
「俺はなあ、お前と違って根性入ってるからよ。死ぬ時も笑ったまま死ねんだよ。どんだけぼろぼろだろうとよ、薄汚いままだろうとよ、俺は、アイツみたいに綺麗に笑ってやれるんだよ」
「馬鹿が……」
「お前に出来るか? いや、返事なんてしなくていい。俺はずっと見ててやるぜ。てめぇがくたばる時、俺みたいに笑っていられるかどうかをよ!」
もう語る言葉も無い。
鬼丸は魔王剣を突き立てる。
それでも目は見開いており、白み始めた空は、何処で見ても一緒なのだなとテッドは変な事に納得してしまう。
大の字に寝そべったテッドは、輝きを遮る無粋な影に文句をつけてやる。
「お前そこ邪魔だ。空が見えねえじゃねえか」
テッドを見下ろす鬼丸は、魔王剣を逆手に握りテッドの頭上に切っ先を揃える。
角度のせいでか、それまで実際以上に大きく見えていた魔王剣も、手の平に納まる程度のものでしかない。
テッドは喉が擦れ激痛が走るのも構わず、鬼丸にも聞こえる大声で笑った。
「どうだ、すげぇだろ」
眉を潜める鬼丸に、テッドは笑いをとめぬまま言い放つ。
「俺はなあ、お前と違って根性入ってるからよ。死ぬ時も笑ったまま死ねんだよ。どんだけぼろぼろだろうとよ、薄汚いままだろうとよ、俺は、アイツみたいに綺麗に笑ってやれるんだよ」
「馬鹿が……」
「お前に出来るか? いや、返事なんてしなくていい。俺はずっと見ててやるぜ。てめぇがくたばる時、俺みたいに笑っていられるかどうかをよ!」
もう語る言葉も無い。
鬼丸は魔王剣を突き立てる。
「いいか! あの世じゃ俺が先輩だ! こっちに来た時ぁ名前にさん付け忘れんじゃねえぞ!」
ボーは走る。
一心不乱に。
脇目もふらず。
山を下り続ける。
目に映る木々は歪んで見え、大地の線は波打ち乱れる。
そのせいで障害物に体のそこかしこをぶつけながらも、足はけして止めない。
顔は戦闘の汚れと、両の目より滴る涙で二目とは見れぬ有様となっていた。
「うおおおおおおおおおお! 俺はっ! 俺は弱いっ! 弱いんだああああああああああ!」
自ら律する事も出来ず、衝動のまま叫び続ける。
「どうすれば奴を倒せる! 教えてくれ暁! 我が相棒よ! 教えてくれえええええええ!」
共にあれば世界最強と信じる、相棒の名を叫ぶ。
「あかつきいいいいいいいいいいいいい!!」
一心不乱に。
脇目もふらず。
山を下り続ける。
目に映る木々は歪んで見え、大地の線は波打ち乱れる。
そのせいで障害物に体のそこかしこをぶつけながらも、足はけして止めない。
顔は戦闘の汚れと、両の目より滴る涙で二目とは見れぬ有様となっていた。
「うおおおおおおおおおお! 俺はっ! 俺は弱いっ! 弱いんだああああああああああ!」
自ら律する事も出来ず、衝動のまま叫び続ける。
「どうすれば奴を倒せる! 教えてくれ暁! 我が相棒よ! 教えてくれえええええええ!」
共にあれば世界最強と信じる、相棒の名を叫ぶ。
「あかつきいいいいいいいいいいいいい!!」
【テッド 死亡確認】
【残り68名】
【残り68名】
【D-1 山中/一日目 早朝】
【ボー・ブランシェ】
[時間軸]:COSMOS戦にて死亡後
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:ランダム支給品1~3、基本支給品一式
[基本方針]:弱者を助けつつ、主催者を倒す。暁を探し戦力を整え角ハゲ(鬼丸)を倒す。
[時間軸]:COSMOS戦にて死亡後
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:ランダム支給品1~3、基本支給品一式
[基本方針]:弱者を助けつつ、主催者を倒す。暁を探し戦力を整え角ハゲ(鬼丸)を倒す。
【D-1 北部裏山/一日目 早朝】
【鬼丸猛】
[時間軸]:24巻、刃との闘う直前
[状態]:鬼化、健康
[装備]:魔王剣@YAIBA
[道具]:基本支給品一式
[基本方針]:鉄刃、コウ・カルナギを斬る。出会った者も斬る
※魔王鬼丸としての記憶を取り戻しました。
[時間軸]:24巻、刃との闘う直前
[状態]:鬼化、健康
[装備]:魔王剣@YAIBA
[道具]:基本支給品一式
[基本方針]:鉄刃、コウ・カルナギを斬る。出会った者も斬る
※魔王鬼丸としての記憶を取り戻しました。
【備考】
※桐雨刀也の身体は、斬り落とされた左腕を除いて消滅しました。
※神慮伸刀@烈火の炎の片方が、消滅しました。
※桐雨刀也のリュックサック、桐雨刀也の左腕、神慮伸刀@烈火の炎(片方)が、D-1北部裏山に放置されています。
※テッドのリュックサックはD-1北部裏山、テッドの遺体側にあります。
※桐雨刀也の身体は、斬り落とされた左腕を除いて消滅しました。
※神慮伸刀@烈火の炎の片方が、消滅しました。
※桐雨刀也のリュックサック、桐雨刀也の左腕、神慮伸刀@烈火の炎(片方)が、D-1北部裏山に放置されています。
※テッドのリュックサックはD-1北部裏山、テッドの遺体側にあります。
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時系列順で読む
キャラを追って読む
040:振り放けて三日月見れば一目見し | 鬼丸猛 | 075:一閃――鬼、天を斬る |
テッド | GAME OVER | |
ボー・ブランシェ | 077:世界最強の男、世界の広さを思い知る |