ばかやろう節(2) ◆hqLsjDR84w



 ◇ ◇ ◇


 ギイ・クリストフ・レッシュの脳内にふと蘇ったのは、栗色の髪をした少女の姿であった。
 不可解な事態に巻き込まれてなお明るく振舞い、屈託のない笑顔を浮かべていた――井上真由子。

 当初、ギイは死した自分が生きている現実に戸惑い、まだ殺し合いに対してどう動くかを決めかねていたのだ。
 混乱しながらも、とりあえず武器を確認しようと思い立った。
 知らぬうちに背負っていたリュックサックを引っくり返すと、すぐに彼女は現れた。

「だめぇぇーーーーっ!」

 と、叫びながら。
 自分より動転している相手を見ると、妙に冷静になるものだ。
 彼女をどうにか落ち着かせて話を聞いてみると、なんでも支給された刀が妖気を放っているので危険だという。
 ギイは内心で疑いながらも口には出さず、同封されていた説明書を確認してみれば、その刀は『八房』という名の妖刀だと記されていた。
 その説明書を見せると、真由子は安堵したように大きく息を吐いた。

「ふぅーー……危ないところだったぁぁ~~~。
 もし剣を抜いてたらどうなっていたか……なにがあっても、絶対に抜かないでくださいね」

 そもそも懸糸傀儡『ジャック・オー・ランタン(略してジャコ)』が入っていた時点で、ギイには刀を使うつもりなどなかった。
 だというのに、真由子は他者を案じて走ってきたのだ。
 こちらがどういう人間なのかも知らなかったというのに。
 相手が相手ならば、そのまま殺されてしまっていたところである。
 いかに危険な行動であったかをギイが教えると、なぜか彼女は笑った。

「でもお兄さんは、私を殺さなかったじゃないですか」

 最初はなにを言っているのか分からず、聞き返しそうになったほどだ。
 数分かけて意味を理解するとどうしようもなくおかしくなり、ギイは自らの名を明かした。
 告げられた名前を数回復唱してから「難しい名前ですね」とはにかむと、真由子はハッとしたようにリュックサックを開いた。

「私には使えないんですけど、もしかしてギイさんは使えませんか?
 あの、私のせいで刀を使えなくなっちゃいましたし……せめて武器をなにか……」

 言いながら取り出した蔵王から出てきたのは、視力のいいギイでさえ目を凝らさねば見えぬほど極細のワイヤー。
 説明書によれば、『殺鳥(あやとり)』という暗殺術に用いられる逸品だという。
 ワイヤーは特殊金属製で、触れた物質をたやすく切断するとのことだ。
 専用の手袋があれば糸に触れることができ、それこそあやとりのように糸を操れるらしい。
 とはいえ真由子に支給されたのはワイヤーが五本だけであり、安易に触れれば指を欠損しかねない。
 ギイは長年マリオネットを操ってきたので、糸捌きには自信がある。
 手袋さえあれば多少使えるかもしれない――が、なければさすがに不可能だ。
 正直に言いかけて、ギイはやめた。
 どうやら真由子は、刀を抜くのを制したことに負い目を感じているらしかった。
 話を聞く限りむしろギイは助けられたのだが、そのように説明すれば余計に恐縮してしまうかもしれない。

「使えなくもなさそうだ。ありがたく受け取っておくよ、マユコ」

 そんなやり取りをしてから二人で名簿を確認して、ギイは見つけてしまった。
 何を捨ててでも守らねばならない、他の誰よりも優先すべき、才賀エレオノールの名前を。
 以降、真由子と会話を交わしながらも上の空で、ひたすら思考を巡らせ――決断した。
 エレオノールだけを生還させよう、と。

 そして、ギイは真由子を裏切ったのだ。
 彼女の命を奪った上に、他者から信用を得るためだけに妖刀を抜かせ、さらに。
 またしても、だ。
 真由子がワイヤーを渡したとき、このような使い方をされるとは思っていなかっただろう。
 未だ残る人の心が、ギイ自身を制そうとする。
 黒衣(くろご)となる決意をしたというのに。

 良心を振り払うように。
 くいっ、と。
 指を動かし――

 ――ギイ・クリストフ・レッシュは糸を引いた。

 人形遣いが糸を引けば、果たしてなにが起こるのか。


 ――――人形が踊り、劇が動くのだ。


 ◇ ◇ ◇


 宮本武蔵は、妖刀の鍔を親指で押した。
 鞘から染み出していた妖気は、ほんの少し刀身を露にしただけで外界に噴き出す。
 底冷えする気配を肌で感じ取り躊躇しかけるも、武蔵は腹を決める。
 宮本武蔵は、伝説の剣豪である。
 いくら年老いたといえど、剣一本に怯えてなにが剣豪か。
 いざというときに退いてしまうのが伝説であるのならば、そのような伝説は燃やしてしまえ。
 相対している憲兵番町は、魔剣を思いのままにしているのだ。
 若造が魔を従えて見せたのならば、老いぼれは妖(あやかし)を抑え込んで見せてくれる。
 己を奮い立たせ、宮本武蔵は妖刀を抜いた。
 柄を強く握り、勢いよく一閃した――つもりであった。
 思い切り振るったと同時に、妖刀ごと右腕はあらぬ方向へと飛んで行った。
 妖刀を渡される際、ギイの操るジャコが武蔵の周囲を回転していた。
 そのときに、ジャコは武蔵の身体に極細のワイヤーを巻き付けていたのだ。
 察知できぬほどに緩く纏わりついていたのだが、その状態で居合いを放ってしまった。
 自ら、チタン合金をも両断するワイヤーに向かって力をかけたのである。

 同じくして――ジャコの体内にある歯車が回転し、軋むような音を上げる。
 左手で抱きかかえていた烈火を落下させ、右手に握った巨大鎌を高速振動させる。
 烈火は、未だ事態を呑み込めていない。
 しかし理解し切っていないながらも、振りかざされた鎌が次にいかなる動きをするのかは分かる。
 咄嗟に炎を発現させるようと、人差し指で空中に文字を記す。
 選択した火竜は『円』。
 憲兵番町の斬撃をも防いだ防護壁ならば、超高速で振動する鎌とて防げるだろう。
 だが二画目の半ばまでしか書き終えていないところで、烈火の右手は斬り落とされた。
 手首から先が宙を舞うのを目にしながらも、烈火は左の人差し指を伸ばす。
 伸ばし切ったところで、左手首を鎌が切断した。
 重力に引っ張られていき背を地面にぶつけてから、遅れて激痛が烈火を襲った。
 たまらず表情を歪めていると、ジャコは続いて両足首へと鎌を下ろした。
 今度は、声を抑えられなかった。

「…………殺鳥、だと?」

 絶叫が二つ響くなか、憲兵番町は冷静に武蔵の腕を切断した凶器を見極めた。
 得物の元まで這いずろうとしている武蔵を蹴り飛ばし、妖刀を拾い上げる。
 刀にくっついていた腕を放り投げて、ギイのほうを向き直る。
 うずくまる老剣士にも、のた打ち回る炎術士にも、憲兵番町はもはや興味などなかった。
 彼の食指を動かすのは肉ではなく、命なのだから。

「どういうつもりだい、人形遣い……いや糸遣いと改めたほうがいいかな」
「人形遣いで構わない。糸を使ったのは初めてだ」
「そうかい。だけど、そちらは本題じゃなくてね」

 妖刀の刃が、ギイへと伸ばされる。

「人の獲物を掻っ攫う君は、どういうつもりなのか。
 小生はそれが聞きたくて聞きたくて、たまらないのだよ」
「提案がある」

 睨みつけてくる視線の鋭さを意に介さず、ギイは切り出す。
 返答次第では憲兵番長が飛びかかってくるのは明らかであったが、ギイは一世紀以上に渡り自動人形(オートマータ)と死闘を繰り広げてきた身だ。
 外見こそ青年であるが、殺気を浴びせられたくらいで取り乱すほど若くはない。
 憲兵番町の周囲を回るようにジャコを近付かせ、雷神剣を手渡させてから戻す。

「憲兵番町――君、僕と組まないか。
 最後の一人になろうにも、八十人近くも一人で殺すのはさすがに骨が折れるのではと思い始めてね」

 この言葉には、嘘が含まれている。
 エレオノールが生きている現在、ギイ自身には最後の一人となるつもりはない。

 もう一つ。
 マリオネットが手元にある以上、八十人程度殺害するのはギイにとってたやすい。
 二百体もの自動人形を一晩に破壊した実績のある人形破壊者(しろがね)であるのだから。
 問題なのは、八十人の詳細である。
 ギイがかねてより知っていた名前は、彼を除いて十三個。
 うち十二名が、全力で戦わねばならないほどの実力者ばかりだ。
 除かれた一名とて自動人形であり、決して気は抜けない。
 もちろん十二名のうちエレオノールは殺さないにしても、それでも十一名。
 その全員が、使い慣れないジャコでは厳しいかもしれないと思わせる相手である。
 フェイスレスに至っては、愛用のマリオネット『オリンピア』をもってしても苦戦は必至だ。
 しかも、エレオノールを生還させる上で高い壁となるのは十一名だけではない。
 骨董屋前で出くわした氣法師、憲兵番町、花菱烈火、宮本武蔵――と見てきて、ギイは確信した。
 出会った五人中四人、全員がかなりの強者である。
 いま思えば、真由子の言っていた『法力』うんぬんといった話は真実だったのかもしれない。
 だとすれば、五人全員がなにかしら人間の域を超えた力を持っていることになる。
 ゆえに、結論を下したのだ。

 ギイ・クリストフ・レッシュ一人で殺し尽くせるほど、このプログラムは甘くない。

 誰かと手を組まねばならない。
 できるだけ強く、人殺しに躊躇のない――そんな参加者と。
 そして、憲兵番町を選択した。
 最初は言葉の通じぬ狂戦士かとも思ったが、戦闘を見ているうちにすぐ認識を改めた。
 思いのほか頭が回り、交渉の余地があるように思えたのだ。
 下手をすれば噛み付かれかねないが、危ない橋を渡らねば到底目的を達成できないことは明白だ。

「断ると言ったら?」
「それは困るな。どうしたらいいものか」
「まったく、よく言う」

 妖刀を手放すと、憲兵番町は雷神剣を振るわずに電撃を放つ。
 青白い火花が刃となって、身体に巻きつけられたワイヤーを切り刻む。

「きちんと考えた上で、保険までかけておいて。
 殺鳥を相手にするのは初めてだが、一度見て考慮してなければ危ないところだったな」
「組むに値するかの試験さ」
「やれやれ、人形遣いも糸遣いも相応しくはなかったね。
 君はとんだ『道化』だよ。すでに道化の名を冠する者がいるのが残念だ」

 絡み付いていたワイヤーを切断したのを確認して、憲兵番町は雷神剣をかざす。
 激しい炸裂音とともに、雷光が刃を覆って雷刃を構成していく。

「ところで、なぜ彼の手と足をまず落としたんだい。
 小生のように音色を楽しむのならばともかく、殺すつもりなら首や心臓を狙えば終いだったろうに」
「……指が攻撃の起点となっているのは明らかだった。
 急所を突いて終わってくれればいいが、死に切らずに竜など呼ばれては困るからね」

 当時は話半分であったものの真由子から妖(ばけもの)の話を聞いていたし、ギイ自身もしろがねだ。
 死ぬまでに時間のかかる存在を知っているからこそ、まず攻撃手段と足を奪った。

「なるほど、死に至る負傷でも倒れない輩もいるからねえ」
「本当にね。身体が冷たくなっているというのに、気合だけで立つ人種までいる」
「そんな輩を斬るのがたまらないんだけどね」
「そうかい」
「そんな輩でも、君は殺すつもりなのだろう?」
「そうなるな」
「くくっ」
「……ふん」

 会話をしている間も、雷神剣は未だ眩く輝いたままである。
 本来の刀身の倍以上の長さとなっても、新たな刃を作り出すのをやめようともしない。
 平静を装いながらも、ギイはいつでも指を動かせるよう憲兵番町の動きを見据えている。
 いざというときは、ジャコに乗って飛び立てばよいだけだ。
 ギイの足元でだくだくと血を流して横たわっている烈火と異なり、憲兵番町の攻撃では上空までは届かない。

「いやはや、本当に愉快だ。
 信用させてから殺す非道さ、安全のためにより苦しむ攻撃を選ぶ残忍さ、小生相手に罠を仕掛ける大胆さ。
 うむ、気に入ったよ。一緒に行動しようじゃないか」

 などと言って、憲兵番町は雷神剣を下ろした。
 刺すような視線も穏やかなものになり、刀身を覆っていた電撃は霧散している。
 予想外の一言に驚愕するしかないギイの背中に、衝撃が走った。
 ジャコもろとも吹き飛ばされながら、ギイは自分のいた地点を確認する。
 瞳に映ったのは、黒いボディスーツを纏ったモヒカン男。
 なぜ、あれほど接近されるまで気が付かなかったのか。
 答えは明白だった。
 意識が雷神剣に向けられていたからである。
 雑貨屋へと突っ込んでいく寸前、どうにか首を動かしたギイが見たのは憲兵番町の笑顔であった。

「別に、提案されてすぐ言ってもよかったのだけどね。
 これから組むというのに貸しがあるというのも、どうかと思ったのでね。
 小生はとても優しいので、獲物を横取りした分はこれでチャラにしておくよ」



「花菱! オイ花菱! 起きろ、オイッ!!」

 朦朧としていた烈火の意識を引き戻したのは、聞き覚えのある声だった。
 目を開けるのにやけに時間がかかり、やっと視界に石島土門の姿が飛び込んでくる。
 いつもおどけている彼がやけに真剣な表情を浮かべているのは、なんだか滑稽だった。
 よく見れば、漫画でしか見たことないような黒光りするボディスーツで全身を包んでいる。
 腹を抱えて笑いたかったが、思うように身体が動かなかった

「ンだよ、そのカッコ……頭おかしいんじゃねえの」
「おかしいのはテメェだろうが! なに勝手に死にかけてんだッ、火影の大将だろうが!」
「あぁ、そうだったな……悪い」
「だから俺ァ、前々から戦場で花火なんて打つなって言ってたろうがッ!」
「はん……でもお前、来たじゃねえか」
「うるせえ!!」

 声を張り上げながら、土門は烈火の身体を掴んだ。
 いつもなら大したことないだろう衝撃で、烈火は吐き気を催してしまう。

「テメェ、柳はまだ誘拐されっぱなんだぞッ!
 このまま死んでみやがれ、ゼッテー許さねえかんな!
 オラッ! 早く傷口焼いて血ィ止めろ、このウンコタレ!!」
「厳しいこと言いやがるぜ……」

 烈火は火竜を召還できないものの、どうにか形のない炎を生み出す。
 火力は極めて弱かったものの、どうにか血は止まった。
 もはや炎に触れても熱さを感じないのが明らかになってしまったが、烈火は口に出さない。
 土門に余計な心配をさせたくないというよりも、単純に声を出すのが億劫という気持ちが強かった。

「なにボーッとしてやがるッ! 終わったんなら早く掴まれッ、いったん逃げ」
「――できると、思っているのかね?」

 憲兵番町の低く冷たい声が割って入る。

「同盟を組んだ相手を殴られて、小生がみすみす逃がすとでも?」

 自分を見つめるあまりにも暗い闇色の瞳に、土門は思わず絶句してしまった。
 土門の装着しているAMスーツには斬撃を通さないらしいが、彼の携えた青白く光る剣までも防げるかは疑問であった。

「……いったい、どの口で言っているのか」

 憲兵番町の隙を窺っているうちに、ギイまで雑貨屋より飛び出してくる。
 血を吐いたのか服が汚れているが、人形を動かすのに支障はないらしい。
 一人ならばAMスーツのジャンプ力で撹乱できただろうが、二人となればとてもただでは逃げられまい。戦うしかない。
 しかしここまで来るうちにAMスーツにはある程度慣れたとはいえ、烈火をここまで追いやる相手に勝てるのだろうか。
 土門が取るべき行動を決め切れずにいると、しわがれた声が浴びせられる。

「行けィ! お前のことは烈火から聞いておる!
 ここは老いぼれに任せて、できるだけ遠くまで逃げるんじゃ!」

 あまりに小さすぎて土門の目に入っていなかった老人――宮元武蔵が、両の足で地面を踏みしめていた。
 和服の帯を巻きつけることで止血し、その手には憲兵番町が捨てた妖刀『八房』が握られていた。

「驚いたよ。まさか立てるとは」
「ふん、ワシのしぶとさは筋金入りじゃ!」

 本当に意外だったようで、憲兵番町は目を丸くしている。
 なにか隠し玉がある素振りで、武蔵は含みのある笑みを作った。

「なにをしておるかっ、このボンクラゴリラめ! 早う行け!」

 武蔵に引き止められるのは、一人だけだ。
 それも、ほんの短い時間であろう。
 どうにか相手の興味を引き、時間を稼げればよいが。
 そう思っている武蔵の鼓膜を、土門の無念そうな声が震わせた。

「……ジイちゃん、すまねえ。こんなときに新手が来ちまった」

 まさかと振り返った武蔵の目に映ったのは、和服を纏ったチョンマゲ頭――佐々木小次郎であった。

「む、武蔵……っ」

 こちらを見て漏らした声からも、本人なのは明らかであった。
 どうやら小次郎のほうも剣を没収されたらしく、やたら物騒な鞭を携えている。
 あれでは他者を殺す気と受け取られても、しようがあるまい。

「安心せい! そやつは佐々木小次郎! しまりのないツラ通りの阿呆じゃが、殺し合えと言われて従うような男ではない!
 ええい小次郎! 早くそっちの人形遣いを相手にせぬか、このバカタレがっ! 真に不愉快じゃが、肩を並べて戦ってやってもかまわぬ!」

 憎まれ口を叩きながらも、顔はほころんでいる。
 顔を合わせるたびにいがみ合う相手であるのに、今回ばかりは会えて安堵している自分に武蔵は気付いた。

 ――その安堵を覆すような言葉が、土門より発せられる。

「違ぇんだ、ジイちゃん。こいつ、いっぺん俺を襲ってきやがったんだ」
「な、なんじゃと……? バッ、バカな!? まさか小次郎、誰かに操られ」
「違うぞ、武蔵ッ!!」

 遮るように、小次郎は宣言する。

「拙者はっ! 拙者自身の意思でっ!
 天下一の侍を目指し、最後の一人となるまで人を斬ることを決めたのでござるっ!」

 「なるほど」と頷く憲兵番町は納得したようだが、武蔵には信じることができなかった。
 天下一を志すのは、剣を持つものとして当然のことだ。
 武蔵とて、四百年ほど生きてなお志している。
 なかには、自分以外すべて斬ってでも至ろうとするものもいるだろう。
 分かってはいても、好敵手たる佐々木小次郎がそうするのは認められなかった。
 だいぶ血を流してしまったはずなのに、武蔵は不思議と頭が熱くなって気がした。

「愚か者めっ! これは武術大会などではないんじゃぞ!?
 名簿は確認したのか!? 『峰さやか』という名を見たか!? いまからでも目を通すがよい!!
 剣の道に行きてきた武士だけならばともかく、力なき少女まで参加させられておるのだぞ!? にもかかわらず――」

 武蔵は、言い切ることができなかった。
 憲兵番町が振り下ろした刃が、武蔵の腹を撫で切ったのである。
 崩れ落ちる最中、傷跡から臓物が零れ落ちるのを感じた。
 小次郎を叱咤しようにも、うまく声が声にならない。
 それでも、小次郎の声だけはたしかに届いていた。

「そのようなこと……っ! とうに、分かっているでござる!
 ここまで来る道中でも、すでに少女の亡骸を発見した。骨董屋の前で、まだ幼い少女がもう死んでおった!
 ふくらはぎの腱への的確な一太刀に、臓器を狙い済ましたかのような胸への刺突! 惨たらしい遺体だったわ!」
「だっ……たら、なぜ」
「拙者が誰もかれも守れるほど強ければ、あの少女は死なずに済んだ!
 力が……っ、いまの拙者にはっ! 絶望的に足りんっ! 強くならねばならぬのだっ!」
「こじ、ろう……」

 顔を上げることもできず、武蔵には小次郎の表情は見えない。
 そのはずなのに、彼が泣き出しそうな顔をしている姿が浮かんでいる。
 もはや説得などできなかった。
 年が離れているのならばともかく、武蔵と小次郎は同じ時代を生きた人間なのだ。
 己の力不足を実感した男を、いったいどうして誰が責められよう。
 ゆえに意識が薄れていくなか、武蔵はこう告げるのだった。

「悔い……は、残すでない、ぞ」



 パチ、パチ、パチ――と。
 手を叩く音が、広がりかけた静寂を破る。

「『強くなりたい』。その気持ち、とてもよく分かるよ。
 うむうむ。剣士たるもの、そうでなくてはいけない。痺れたよ」

 武蔵を切り伏せた憲兵番町が、白い歯を見せる。

「佐々木小次郎くん、小生たちと組まないかい? ともに剣技を極めようじゃないか」

 小次郎は、思わず耳を疑った。
 己が天下一に程遠いのだと気付かせてくれたのが、他ならぬ憲兵番町の戦いぶりなのである。
 そんな強者からの申し出を受け入れぬ手はない。
 小次郎が首肯しようとしたときであった。
 憲兵番町がギイに視線を移すと、いかにもふと思い出したように首を傾げる。

「…………はて。
 思い出してみれば、君が来たのも小次郎くんと同じ方向だったよねぇ。
 殺す前にわざわざ両手足首を斬り落として攻撃も逃亡もできなくした、そこの道化くん。
 おやおやよく見てみれば、ずっとつけているそのひょっとこ面はなかなか年季が入っているね。
 到底、そこらの量販店で買えるような安物とは思えない。まるで――骨董屋に置いてある品物みたいじゃないか」

 小次郎の目が見開かれる。
 即座にギイのほうを振り返り、何事かを尋ねようと口を開く。
 しかし考えがまとまっていないらしく、うまく言葉になっていない。
 そんな小次郎の言わんとすることを理解して、ギイはたしかに言い切る。

「……そうだ。マユコを殺したのは、僕だ」
「なんとなんと。これはまた、意外な繋がりもあったものだ」

 憲兵番町は驚いたような口ぶりを作っているが、吊り上った口角は隠せていない。
 仮面の下でギイが睨みつけているのに勘付いるのに、素知らぬ顔である。

「道化くんが最後の一人となるべく、小次郎くんが剣技を極めるために、小生が人を斬る音色を聞きたいがゆえ……
 そういうことで三人同盟といこうじゃないか」

 憲兵番町の言葉を受けても、小次郎は目を見開いたまま微動だにしない。
 再び静寂が周囲を支配するなか、隙が生まれるのを待っていた土門が耐え切れず口を開こうとする。
 武蔵と小次郎のやり取りは、聞こえていた。
 強くなりたいとの叫びには、身につまされるような思いであった。
 烈火の惨状を目の当たりにしてしまった土門もまた、まったく同じことを考えていたのだ。
 もっと自分が強ければ――と。
 だからこそ、気に食わなかった。
 少女の死が悔しいのならば、やるべきことは一つだ。
 少女を殺したヤツの手を握るくらいなら、そいつをブン殴らなくてはいけない。
 そう言ってやろうとして、土門は逆に声を浴びせられた。

「行け、小僧」
「は?」
「早く行かぬかと言っている!!」

 小次郎は声を荒げると、せかすように拷問鞭を振るう。
 しなやかに宙を踊った鞭は、土門の足元に触れて爆ぜるような音を立てた。
 今度は隠そうともせず、憲兵番町は堂々と笑っていた。

「お主との勝負は、こやつらの後にしてやるでござる!
 せいぜい拙者に感謝して、その怪我人を連れていけっ!!」
「…………いいのかよ」

 振り返りもせずに、小次郎は土門の心配を鼻で笑う。

「この超ハイパーウルトラデラックス美形剣士が遅れをとるものか!」

 断言して飛び込んでいった背中をしばらく眺めたのち、土門は意識を失っている烈火を担ぐ。
 持ち上げる際に呻き声を上げたことに安心して、思い切り地面を蹴った。



 遠ざかっていく土門の気配に、小次郎は安堵の息を吐く。
 本当のことを言ってしまえば、ギイと憲兵番町の二人を相手に勝つ自信などない。
 自分の弱さを思い知り強くならねばならないと分かっていたはずなのに、勝負を挑んでしまったのだ。
 彼らと同盟を組めば、侍として成長できるだろうとは思っていた。
 憲兵番町の剣術を間近で見られるし、ギイの冷酷さを取り入れることもできたかもしれない。
 一皮剥ける機会を得たはずなのに、どうして伸ばされた手を払いのけたのだろう。
 なぜかと考えて、小次郎は笑った。
 とうに、答えなど分かっている。
 正確には、思い出したと言うべきか。
 少し、自分を見誤っていたのだ。
 天下一になるのが他のすべてより大きな望みである、と。
 実際は違った。
 別に天下一を目指していないワケではないが、それには理由があったのだ。
 ただただ理由もなく、誰より強くなりたかったのではない。

 佐々木小次郎は――――女子(おなご)のために、強くありたかったのだ。

 なにを勘違いしていたのか。
 そういう人間だとよく知っていたはずなのに、不覚にも忘れてしまっていた。
 天下一の侍であれば、巷の女子からチヤホヤされること間違いなし。
 ただでさえ美形だというのに、さらに天下一の称号など得た日には、それはもう。
 世の女子独り占めとて夢ではない。
 不純な動機と揶揄されるかもしれないが、知ったことではない。
 だって、そうではないか。

 佐々木小次郎が天下一の侍であり、世の女子すべてが佐々木小次郎の下に集まれば――

 どの女子が泣くことも傷つくことも、絶対にないのだから。

 女子に涙を流させぬため。
 女子に血を流させぬため。
 それこそ、小次郎が天下一を目指す理由であったのだ。
 目標ばかり残って、『なぜそうなりたいのか』がすっかり抜けていた。
 らしくもなく悩みに悩んで、小次郎はようやく思い出した。
 佐々木小次郎が強くなりたかったのは――

「貴様のような外道が、女子を虐げるからっ!
 だから拙者のような男が、天下一であらねばならんのだ!!」

 声を張り上げて、拷問鞭を振るう。
 たやすく抉り取った地面を目くらましにし、ギイの視界を奪う。
 その隙に鞭を伸ばして、ジャコの持つ巨大鎌を払い落とす。
 千載一遇の好機が生まれた。
 鞭を振り上げて、ギイへの距離を詰める。
 まだジャコは鎌を拾っていない。
 無防備なギイへと鞭が振り下ろされる――より早く、小次郎は爆炎に飲み込まれた。
 なにが起こったのか理解できないが、とにかくたまらなく熱かった。
 体重を支えることができず、受身も取れないまま倒れ込む。
 顔に触れた地面が、小次郎にはやけに冷たく感じた。
 混濁した意識のなか、聴覚だけはやけに研ぎ澄まされていた。
 足音が、ゆっくりと近付いてくる。

「へえ。その人形、そんなものまで搭載してるんだ」
「…………弾丸には限りがある。極力、使いたくはなかった」
「そいつは残念だったねぇ」

 なるほど、との小次郎の思いは声にならない。
 不自然な音を立てて、肺の中の息が吐き出されるに終わった。

「どうして追わなかったんだい」
「君たちの戦いが気になってね、『外道』くん。
 命を賭した真剣勝負から目を離すなんて、もったいなくてもったいなくて」
「…………」
「それにしても『外道』、ね。
 とてもいい響きで、見合った呼び名だと思うのだが……外道もいるのだよなぁ」

 結局、できたのは足止めだけらしい。
 短い時間だったが、土門ならばすでに追跡できないところにいるだろう。何せ、縮地法の使い手であるのだ。
 己に言い聞かせると、小次郎は身体から力を抜いた。
 やけに身体が重く、ひどく眠たい。
 生き返って以来、ここまでの疲労は初めてかもしれない。
 足音がもう一つ接近してくるのが聞こえたが、小次郎は眠気に身を委ねることにした。


 ◇ ◇ ◇


 老人型自動人形・シルベストリは、とても落胆を隠すことができなかった。
 殺し合いの舞台に打ち上げられた花火は、人間がこのような状況であろうと『群れ』ようとする証である。
 だからこそ彼はとてもゆっくりと、本物の老人のような速度で歩んできたのだ。
 戦闘が繰り広げられているのは分かっていた。
 自動人形の聴覚は、まだ離れた地点でも戦闘音を捉えていた。
 それでも、シルベストリは確信していたのだ。
 到着したころには、人間たちは群れているはずだと。
 だって、そうではないか。
 ほんの数十年前に戦争をした国同士にもかかわらず、現在は友好関係を結んでいたりする。
 殺し合った相手と、手を結んでいるのだ。
 ならばこの場でもそうなるだろうと思っていた。
 だというのに、実際はどうだ。
 辿りついてみれば、死体が二つ転がっている。
 立っている二人のうち片方は人間ではない、人形破壊者だ。仮面で覆い切れていない銀髪とマリオネットで分かる。
 もう一人は人間のようだが、一人でいる人間に意味はない。
 シルベストリが惹かれるのは、群れている人間だけなのだから。
 人間であればため息を吐いていただろうかなどと考えて、シルベストリは携えている菊一文字を構えた。

 自動人形と人形破壊者が出会えば戦闘が始まる――はずであった。
 事実、シルベストリは刀を抜き、ギイはジャコを前に出している。
 だというのに、どちらも硬直してしまっている。
 というのは、憲兵番町が割って入ったからである。
 目が離せないと言ったはずの真剣勝負に、思い切り水を差している。

「……どういうつもりだ、憲兵」
「剣技相手ならば小生だろう?」

 返答とともに、雷神剣が雷刃を纏う。
 どうやら自分が戦いたかっただけらしい。
 ギイは肩を竦めながらも、ジャコを臨戦態勢のまま保つ。
 シルベストリは、自動人形のなかでも強者として有名だ。
 戦闘の機会が少なくて済むのならば嬉しいが、今回の相手ばかりは憲兵番町に任せるワケにはいかなかった。

「自動人形相手に剣はまずい。
 一目で武器だと分かる得物を持っていると、ヤツらは本来のスペックで暴れまわってしまうからな」

 善意からの忠告だったというのに、憲兵番町は雷神剣をかざして駆け出す。
 大きく舌を打ったギイへと、振り返らずに言い放つ。

「いい情報をありがとう。同盟を組んだ甲斐があるというものだよ」

 刃を交えつつ、シルベストリは怪訝な声を漏らす。
 刀身を覆う青白い電撃に、菊一文字の刃が防がれているのだ。
 奇妙な武器だなと思うが、と言っても外見があからさまに剣である。
 自動人形の黄金律は作動せず、シルベストリは本来の力を出すことができる。
 互いに背後に跳んだときを見計らって、疾風じみた速度で距離を詰める。
 迫り来るシルベストリを前に、憲兵番町もまた前に出た。
 ぎぃん――という鈍い音が、二つの影が交差する瞬間に響いた。

「鮮やか」

 振り向いた憲兵番町の制服は、胸元が大きく真一文字に斬られていた。
 内臓までは届いていないものの、じんわりと制服が赤黒く染まっている。

「そちらもな」

 シルベストリのほうにも、まったく同じ傷がついていた。
 黒いロングコートの胸元が切られ、得物を収納するためがらんどうの内部が露になっている。
 それを見た憲兵番町が眉をひそめたのち、大きく頷く。

「なるほど……自動人形とは、通り名ではなく真名か」

 ひとりごちて、憲兵番町が戦闘態勢を解く。
 人を斬る音色が聞けないのならば、戦う理由などないのだ。

「なかなかの腕前だね、気に入った。
 小生たちは他の参加者を殺すつもりなのだけど、きみも一緒に来ないかい?」

 未だ腰を低く落としたシルベストリに告げると、憲兵番町は回収していた妖刀を放り投げる。
 自身の足に触れた刀に少し視線を向けただけで、シルベストリは動かない。

「それを渡そう。妖気を帯びているようだが、音色は所詮一種類。
 四色の音色を持つ金糸雀や、無限の鳴き声を秘めた雷神剣とは比べ物になるまい」

 返事を待たず、憲兵番町はギイの元へと歩み寄っていく。

「構わないだろう?」
「待て、僕は自動人形と組む気など」

 険しい表情を浮かべたギイの反論は、しかし半ばまでしか述べられない。
 憲兵番町が目を細めて、耳元で言ったのだ。

「まあ、君たちに何かしら因縁があるのは見て取れたけれど……
 最後の一人になりたいのだろう? ならば方法を選んでいる余裕はあるのかい?
 見ず知らずの人間に外道と侮蔑されるようなやり方で、将来があった少女を殺しておいて」

 息を呑んだギイへと追い討ちをかけるように。

「――いまさら、えり好みできるのかい?」

 ギイには、遠ざかっていく憲兵番長の背中を見ることしかできなかった。
 服の下で身体を伝う汗が、やたらと冷たく感じる。

「一つ訊かせてくれ」
「なんだい?」

 いままで黙考していたシルベストリが、菊一文字を構えたまま口を開く。
 質問の許可を得てもしばらく口を開かず、一分ほど経ってついに尋ねた。

「お前たちは、なぜ群れる」

 憲兵番町は、考える素振りすらしない。

「互いの目的が一致したからさ。
 彼は最後の一人になりたくて、小生は人を斬りたい。簡単な話だろう?」

 その答えは、シルベストリの求めているものではなかった。
 生きるために必要な人間関係ではなく、生きるのに不必要なのに築かれている人間関係こそシルベストリの興味を引いているのだ。
 期待はずれの解答に失望していると、憲兵番町が近寄ってくる。

「と彼は答えるだろうが、小生の場合は違う」

 シルベストリにしか聞こえないほど小声で、耳打ちするように。

「そんなもの、彼といるとおもしろそうだからに決まっている」

 またしても黙考したのち、シルベストリは菊一文字を鞘に収めて体内に収納した。
 妖刀を拾い上げると、数回上下に振って重さを確認して携える。

「私も造物主様を生き残らせるため、参加者を殺すつもりだ。同行しよう」

 一人で殺していく手間を三人で分担できるのだ。理に適っている。
 というのが、自動人形と人形破壊者の思考である。
 なんの魅力もない、興味も沸かない、合理的な考え方。
 しかし『おもしろいそうだから』という憲兵番町の言葉が、シルベストリのなかに引っかかっていた。
 思えば、人を斬りたいだけの彼に他者と組むメリットはない。
 だというのに、ただ『おもしろい』という感情があるから『群れて』いる。
 そこに、長年抱いている疑問の答えがあるような気がした。
 ともに行動しているうちに、答えを見出せるのではないかと思った。
 ゆえにシルベストリは、伸ばされた手を握ったのだった。
 朝であろうと夜であろうと行動に支障のない自動人形でありながら、姿を見せた朝日に不思議と安らぎのようなものを感じた――ような気がした。



【宮本武蔵 死亡確認】
【佐々木小次郎 死亡確認】
【残り65名】


【D-4 商店街/一日目 早朝】

【伊崎剣司(憲兵番長)】
[時間軸]:居合番長との再戦前
[状態]:疲労(大)、胸元に真一文字の傷、制服ちょい焦げ
[装備]:雷神剣@YAIBA
[道具]:基本支給品一式×2、錫杖@うしおととら、ランダム支給品0~4
[基本方針]:人を斬る。おもしろいのでギイと行動。


【ギイ・クリストフ・レッシュ】
[時間軸]:本編で死亡後
[状態]:背中にダメージ(回復中)
[装備]:ジャック・オー・ランターン@からくりサーカス、殺鳥用ワイヤー×3@金剛番長
[道具]:基本支給品一式×3、拷問鞭@金剛番長、ランダム支給品0~6(うち0~2は小次郎から見て武器となるものなし)
[基本方針]:他者と組み、エレオノールを優勝させる。


【シルベストリ】
[時間軸]:34巻、勝戦直前
[状態]:健康、服の胸元に真一文字の傷
[装備]:妖刀『八房』@GS美神
[道具]:ランダム支給品2(刀剣類なし、確認済み)、菊一文字@YAIBA
[基本方針]:他者と組んでフェイスレスの優勝をサポートしつつ、人間が群れる理由を解き明かす。植木耕助に会う。



投下順で読む


時系列順で読む


キャラを追って読む

066:ばかやろう節(1) 花菱烈火 066:ばかやろう節(3)
宮本武蔵 GAME OVER
ギイ・クリストフ・レッシュ 066:ばかやろう節(3)
伊崎剣司(憲兵番長
佐々木小次郎 GAME OVER
石島土門 066:ばかやろう節(3)
アシュタロス
シルベストリ
マシン番長







| 新しいページ | 編集 | 差分 | 編集履歴 | ページ名変更 | アップロード | 検索 | ページ一覧 | タグ | RSS | ご利用ガイド | 管理者に問合せ |
@wiki - 無料レンタルウィキサービス | プライバシーポリシー