横島忠夫、清麿と出会う(前編) ◆n0WqfobHTU



 風子を追っている横島忠夫という男は、例えば風子が仲間としていた者達と比べ、頼りになる男なのであろうか。
 見た目は、もうどうしようもなく負けている。辛うじて腐乱犬ぐらいが勝負になるかどうかだが、彼の雄々しき巨体は高い男度数を誇り、女子へのアピール材料ともなりうる。
 うっかり水鏡君と比べようものなら、月と便所蟋蟀ぐらいの差をつけてやらねばならなくなる。
 では中身はどうか。
 それを、横島忠夫は試される事となる。

「ほう、人間にあの速さが出せるとはな」
 そう呟いたドットーレは、視線の先に居た人物を見て感嘆の息を漏らす。
 そして顔を大きく歪ませると、ニンゲンにはありえぬ速度でコレを追走し始めた。
 ぐんぐんと迫る人間。
 まだあちらはドットーレに気付いていない。
 人間が鈍いのか、ドットーレの速さが尋常でないのか。
 ドットーレは勿論、後者のおかげだと機嫌を良くしつつ速度を上げる。
「ふむ、どうした人間? 何をそんなに急ぐのだ?」
 そんな風にドットーレが声をかけると、その人間は最初こちらを見もせずに応えた。
「何って見てわかんねえのかよ! 人を追ってんだ人! くっそ、あの子どんだけ足速いんだ……」
 人間はそこで初めて気付いたかのように、ドットーレの方を向いた。
「……えっと、どちらさん?」
「オレか? オレはドットーレという。見ての通りの自動人形だ」
「ああそう。ちょうどいいや、アンタ女の子見なかったか? おっぱいばばーんな可愛い子」
「その質問に答えてもいいが、その前に一つオレの願いを適えてもらおう」
「ん? 何だよ」
「うむ、死ね」
 併走するドットーレの腕が人間、横島へと伸びる。
「うおおおおおああああああ!」
 咄嗟に踵を立てて速度を落とし、これをかわす横島。
「あ、アンタいきなり何ばしよっとか!? 殺る気っすか!? おいおいやめた方がいい俺はこう見えて腕利きゴーストスイーパーでな、
 俺に何かあったら友達百人が白装束着てアンタを退治に現れるぜ。だから出来れば穏便に対話で互いの問題を解決しましょう、
 いやしてくださいお願いします」
 ドットーレは大きく両手を広げてみせる。
「人間は取引を重んじるのだろう? オレはお前の質問に答える。代わりにお前は俺にその命を捧げる。実に明快な取引だろうに不満なのか?」
「ふざけんなああああああ! 話聞くだけで命取られてたら世の中霊魂しか居なくなっちまうじゃねえか! っつーか取引言うならせめて相手の同意を得てからにしやがれえええええ!」
 片足をひょこっと曲げ十字に組み、残る片足のみで立ち奇妙な仕草を見せながらドットーレ。
「異な事を言う。何故オレがお前の意見を意に介さねばならんのだ」
「おいいいいい! 取引する気そもそも無いじゃねえかアンタああああああああ!」
 ようやく横島も現状を認識した所で、ドットーレが襲い掛かる。
 極めて高い運動性能は容易く人間のソレを駆逐し得るが、対する横島も無策にあらず。
 文珠を用い、速度を激烈に上げているのだ。
 本来、身体の反応速度を上げた所で、脳が対応しきれねば意味はない。
 どんなに速い車に乗った所で、操る人間がヘボでは能力を発揮しきれぬのと一緒だ。
 しかるに横島は、数多の実戦経験もさる事ながら、超加速状態や魔族の王の能力をすら身につけた事がある。
 他ならぬ横島忠夫ならば、こんな速度も存分に活かし得るのだ。
「死っ! 死ぬぎゃああああああああ! 怖ぇようわあああああああん!」
 顔は涙と鼻水塗れ、ゴキブリのように這い蹲りながらの逃走劇であり、見た目からはそんな優れた能力をまるで感じさせてはくれないのだが。

 横島忠夫が優れた人材であるかどうか。
 これには議論の余地がありすぎる。
 風子の逃走に対し、文珠を用いてこれを追うのは実に素晴らしい選択であったと言えよう。
 彼にしか出来ぬ確実な手法であったと。
 しかし、実際には何時まで経っても横島は風子を捕捉する事は出来ず、それどころかドットーレという悪意の接近にも気付けなかった。
 そもそも、横島は文珠を用いた段階で風子より圧倒的に足が速いはずである。
 にも関わらず、風子より先にドットーレと接触してしまったという事は、つまり、良く考えれば結論が出る事なのだが、横島は風子を見失い、あまつさえ明後日の方角を追っていたという事であろう。
 かっこつけて文珠まで使っておいてこのザマとは、彼の何処が主人公格であるというのか、全くもって片腹痛い。
 更に横島忠夫は、問題行動を引き起こす事となる。
 彼はドットーレから逃げる為に、とある建物に隠れようと画策する。
 そう、そこは、つい先程ドットーレの襲撃を受けながらも、心折れず戦い続ける戦士、高嶺清麿が居る小学校であった。

 横島必死の逃走は、結局の所最後の難所、小学校前にある遮蔽の一切無い校庭に突入した所で終わりを告げる。
 学校ならばその造りは見ていなくても想像つくし、横島はこれを利して逃げようとしていたのだが、校庭側ではない所から突入すべきであったとドットーレに踏みしだかれながら後悔してたり。
「ひえええええええ! どうか命ばかりはお助けを! この横島忠夫! 見逃してくれるのならエターナル土下座すらこなしてみせますぞ!
 靴をなめろ? ふはーははは、犬のウンコ踏んだ靴裏ですら恐れるものではないわー! ですからお願いします何でもしますのでどうか命だけはー!」
 横島を踏んづけたまま、ドットーレをかがみこんで横島の顔を覗き込む。
「ん~? 本当に何でもするのか?」
「hai!」
「何でも、でいいんだな?」
「Yes! EveryThing!」
 ドットーレに横島を生かしておくつもりなど欠片も無かった。
 無論必死こいて命乞いしている横島にそれはわからなかったが、少なくとも、外から観察出来る状況にある人間からは丸わかりであったのだ。
 そして、これを見ていた高嶺清麿に、見過ごせというのは無理な話であった。
「待て!」
 ドットーレの強力さは理解している。それでも、止まれないのが清麿であるのだ。
 こきりこきりと二度首を傾げた後、ドットーレは訝しげに問う。
「待てとはオレに言ったのか清麿。お前は、つくづく、身の程を理解出来ぬ奴だな」
「黙れ! 俺の目の前で人殺しなんて真似させてたまるかよ!」
「そうか、それはそれは……」
 にへらーとドットーレの表情が歪む。清麿はドットーレが動く瞬間を見極めるべく目を鋭く凝らしたが、ドットーレはそこで不意に表情を変える。
「いや、そうか。清麿、お前は人間を守りたいんだったな。知り合いも、どうやらそうでない奴も」
「……それが、そんなにおかしいか」
「いやいや、実力不相応のものを求めて已まぬ、人間らしい欲求だと思ってな。さて、では対するオレはどうするかというとだ……」
 踏みつけていた横島の両脇に手を入れ丁寧に起き上がらせる。
 そしてバックよりアサルトライフルを取り出し、これを何と、横島の手に持たせてやったのだ。
 ドットーレはこれ以上無い程のドヤ顔で、横島に語った。
「おい人間。これであの小僧を撃ち殺せ。そうすれば命だけは助けてやってもいいぞ」
 横島は、手元の銃を見下ろし、ドットーレの歪んだ顔を見て、最後に、清麿の姿をじっと見つめる。
 清麿は激昂し、軋む程に奥歯を噛み締めている。清麿が激怒している理由は横島にもわかった。
 清麿は、自分の命が危険になる云々以上に、こんな薄汚い真似をさせようとしているドットーレに怒りを感じているのだ。
 ゴーストスイーパーの誇り、それまで戦い培ってきた経験と自負、たくさんの仲間達。
「堪忍やああああああああ! 俺はまだ死にたくないんやあああああああ!」
 それらを横島は一切思い出さず、号泣しながら銃の引き金に手をかけた。

 高嶺清麿は正義感の強い少年であるが、決して無策で危地に身を晒すような真似はしない。
 少なくともドットーレと対峙するからには、相応の準備を整えてから動いていた。
 時間は少なく校庭に仕掛けは無かった為、それこそ緊急避難程度のものであったが、ドットーレではなく横島の使い慣れてもいない銃撃を避ける事は出来た。
 校庭の一角に石灰をぶちまけ視界を奪う仕掛けを発動させた清麿は、一目散に校舎内へと逃げ戻る。
 駆ける清麿は、石灰の煙が上がる中からドットーレと不幸な彼の声を聞いた。
「どうした人間? 逃げられてしまっては、お前を生かしておくわけにはいかんなぁ」
「お、お任せ下さい! 必ずやあの小僧めをしとめてご覧に入れます!」
 何か下っ端っぷりが妙にハマってるなぁと思えた清麿であったが、アサルトライフル振り回されては正直清麿にも余裕はない。
 それでも清麿は、状況の好転を感じていた。
 ドットーレの足元に転がっている状態では、何時彼が殺されるかわからなかったのだが、とにもかくにもドットーレから離れる事が出来たのだ。
 後は、二人がドットーレより逃れる方法を見つけ出し、それを元に彼を説得すればいい。
 清麿は横島を状況に流され易い人間、そう見ていた。
 実際、ドットーレのような怪物に襲われ脅されて、反抗出来る人間はそうはいないとも思っていたし、こうして横島が襲って来る事にもさして恨みを感じてはいなかった。
 しかし清麿はこの後、自らの浅慮さを痛感する事となるのだ。



 ドットーレに敗れた清麿が、何の対策も講じぬままに探索に専念するはずもない。
 彼は、その才知と折れぬ信念で、魔界の巨獣ファウードをすら倒した男なのだ。
 どうせ奴には勝てないから、そんな思考とは最もかけ離れた存在である。
 今の清麿に出来る限りの備えを、小学校に張り巡らせる程度は、極自然にやってのけるのだ。
 積み上げた机と椅子が一度にがらがらと落下してくる。
 これにまともに巻き込まれた横島であったが、持ち前の無駄に高い体力とゴキブリ並みと評される生命力にて強引に突破。
 移動し、次なる罠へと逃げ込みながら清麿は根気強く横島を説得にかかる。
「大丈夫だ! あの人形は俺が何とかしてみせるから一緒に逃げよう!」
「大丈夫な訳あるかああああああ! 大体男から一緒に逃げようなんて言われても嬉しくもなんともないわあああああ! どーせならぼいんぼいーんなボディと性別揃えて出直せボケがああああああ!」
 清麿の言う事を聞く気が無いらしく、会話がロクに成立していない。
 それでも清麿は言葉を止めない。
「アイツは確かに強い! だけど手はかならずある! 俺を信じろ!」
「アホかあああああああ! 今さっき会ったばかりの! それも殺し合いしろなんて言われた場所で会ったしかも男を! どうやって信じろっちゅーんじゃあああああ! 世の中嘗めてんじゃねえぞ小僧がああああああ!」
「諦めるなよ! 俺達一人一人の力は劣っていても、仲間を集めればきっと乗り越えられる! アンタだってタダ者じゃないのはわかってるんだ! もっと自分の力を信じろよ!」
「綺麗事抜かすなガキいいいいいいいいい! 自分程信じられないモンがこの世にあるかああああああああああ!」
 廊下からまた別の教室へと駆け込む清麿に、額から血をだらだら流す横島よりの銃撃が襲う。
 上手い事間を外す清麿に、横島はどうしても射撃ポジションが取りきれないのだ。
「チッ! 猪口才な! 幾ら逃げても無駄だぞ! この俺からは逃げられん!」
「何だってアンタそんな乗り気なんだよ!」
「うるせー! てめーからはなあ! 気配がするんだよ!」
「気配?」
「モテ男の気配だクソったれがあああああああああああああああ!」
 清麿の、動きが期せずして止まってしまった。
「……モテ、何?」
「てめぇその頭良さそうな面といい清廉潔白ですー的な言動といい! モテやがんだろうが! 俺の目は誤魔化せねえぞ!」
「…………いや、俺、そーいうの経験無いし……」
「ケッ、カマトトぶってんじゃねえよ! どうせやったら面倒見の良い女の子が何くれとなく気にかけてくれたり、
 意味がわからん超美人と何故か不思議な事にお知り合いだったりするんだろうがファアアアアアアアアック!
 ああ!? 遊園地でデートですか!? プレゼントでももらったってか!? リア充地獄に堕ちろやクソがああああああああ!」
 清麿は、順に一つ一つ考えてみた。
 いやそんな事する義理は無いのだが、何かなんていうか相手が必死すぎるもので、つい、そうしてしまったのだ。
 やたら気にかけてくれる女の子が居て、奇妙な縁で知り合ったアイドルが居て、遊園地行ったり、お守りもらったりは、まあ、した気がする。
 その異常な嗅覚に驚きながらも、極めて常識的な事を清麿は口にした。
「それ……今、関係なくね?」
「うるせええええええええ! モテる奴ぁ何時如何なる時でも俺の敵じゃ死にさらせボケがああああああああああ!」
 この横島の言葉に、清麿は思わず我を忘れかけた。
 人が実際に死んでいるというのに、このふざけた言い草は一体何事だと。
 銃撃に晒されぬよう姿を隠していたが、アレに対して一言言ってやらずば収まりそうにない。
 清麿は怒鳴り返すべく、物陰より顔を僅かに出し、そして絶句した。
『……血、血涙だとおおおおおおおおお!?』
 そう、横島は血の涙と共にこれらを叫び放っていたのだ。
 彼はふざけてるのでもなく、こんな状況下でありながら、心底本音であんな台詞をのたもーていたのだ。
 アサルトライフルに狙われている洒落にならない現状を自覚しながらも、清麿がビックボインを目の当たりにした時と同じ顔になってしまっている事に対し、彼にのみ責任を負わせるのは酷というものであろう。
 諦めない男高嶺清麿をして、何かもういいや、って気にさせてしまう何かが横島にはあったのだ。
 とにもかくにも、罠にかけて意識を奪い、ドットーレを清麿が引き付ける。
 これで彼は逃げる余裕は持てるだろう。そう基本方針を決め、後はそれらに必要な準備を整えるべく清麿は走る。
 無造作にライフルを乱射しているが、あれにも当然弾数制限はあるはず。
 そこが、清麿第一の狙い目であった。
 ものっそい顔、例えるなら目の玉が明後日の方に飛び出しそうな勢いで正気を疑うようなヘドバンかます、をしながら走る清麿と、これを追う横島。
 そんな横島の隣に、ひょいっとドットーレが現れる。
「おい人間。何故銃を使わん?」
「Sir! ドットーレ! Sir! 弾切れが怖いであります!」
「ふむ? そいつを忘れていたな。確か予備が山程あった……おお、これだこれだ。さあ、存分にぶちまけて来い」
「Thank You Sir!」
『余計な事をおおおおおおおおおお!』(←盗み聞きしてた清麿君心の声)
 そして、ドットーレは物陰に隠れたままの清麿に向かって叫ぶ。
「どうだ清麿!? 助けようとした者に命を狙われる気分は!」
 怒鳴り返したい清麿であったが、怒鳴って居場所をばらすのはあまりよろしくはない。
 ついでに調子に乗った横島も叫んでみたり。
「クックック、ランボー横島の魔手より逃れる事は出来ぬ……我が明るい未来の為、まだ見ぬ乳尻ふとももの為、その血を捧げるが良い……」
 幾ら温厚な清麿でもこれにはキレていいだろう。
 清麿は第二の狙い目に従って、廊下を走る。
 奥まった場所、小さな扉が備えられたそこは、給食などを上階へと運ぶ事の出来る小型のエレベーターであった。
 清麿が二階廊下を走っていたのはこれを利用する為。
 部屋に入るなり窓から雨どいを滑り一階まで降り、既に準備済みのエレベーターのボタンを押す。
 エレベーターが昇るタイミングは実際に動かして確認してある。
 二階につきエレベーターの扉が開くなり噴煙が噴出すような仕掛けであり、これにまかれてくれれば当分視覚が失われ身動きが取れなくなるはず。
 対ドットーレ用に仕掛けた罠であり、横島に使うのは少々もったいないと思えたが、今は確実に横島の動きを止めるのが優先する。
「のっぴょろぴょーーーーーーーーーん!」
 清麿の頭上より、意味不明の叫び声が。
 そこには、噴出した煙に押し出されるように二階窓から飛び出した横島の姿があった。
 そう、彼はその反射神経のみで、清麿の仕掛けをかわしてみせたのだ。
 地上数百メートルであろうと、覗きの為なら壁面に張り付いて平然としていられる無類のタフガイ横島忠夫は伊達ではないのである。
「うおおおおおおおお! うおおおおおおおおお!」
 そして号泣しながら一階窓より校舎内に逃げ込む清麿。
 よほど横島ごときにかわされたのがショックであったのだろう。

 校庭にて、ドットーレは時折ぴょーんと飛び上がったりしながら、校舎の中を覗きこんでいた。
 戦況は、ドットーレの予想に著しく反し、清麿と横島の戦力が拮抗してしまい、容易に動かなくなってしまっていた。
 といっても動きが無いわけではない、どちらも忙しなく動き回りながら、最後の最後、致命的な一撃だけは絶対に喰らわぬよう立ち回っているのだ。
 ドットーレは知らぬ事であるが、清麿、横島、共にエンジンがかかってくると、それこそ高位の魔物ですら簡単に仕留め切れぬ程しぶとくなるのだ。
 そんな二人が、決定打となる武器がアサルトライフル一丁のみという状況であっさりと決着をつけられるわけがないのだ。
「しかし……あいつら、実に楽しそうに見えるのはオレの気のせいか?」
 何処かしらからか調達してきたリンゴを一つ、しゃくっと口にするドットーレの視線の先で、二人は激しく動き、或いは怒鳴りあいながら戦いを続けていた。
「ぜー、いい加減諦めて俺の未来の糧となれって、はー、もし霊になって化けて出る事になってもきっちり退治までしてやるから」
「ぜー、お前こんだけ運動能力あって何であんな奴に従ってんだよ、はー、俺達で消耗しあったって意味無いだろ」
「……アイツのヤバさ、お前本当に気付いてないのか?」
「…………」
 横島の言う通り。
 ドットーレは数多の魔物と遭遇した清麿が、これまで出会った事もないと断言出来る程、強烈な血臭漂う正真正銘の、怪物である。
 単身で、百? 千? 万? 一体どれだけの人間を殺せばあそこまでの血臭をまとえるのか。
 それは実際には臭気云々ではなく、全身より漂うねばりつくような気配である。
 人を殺せば殺す程、身に付くと言われている艶である。
 人間の身では生涯人殺しに費やしたとしても、到底辿り着けぬ境地である。
 部下に命じて、実感の伴わぬボタン一つで、そんなおためごかしではなく、自ら、意志持つ存在を文字通り手にかけ続けた存在にのみ許されぬ佇まい、これを総じて血臭と称しているのだ。
 これは、他の如何なる参加者の追従も許さぬドットーレのみのモノであろう。
 同じ出自とはいえ、作りなおされた後であるコロンビーヌでは、決してこの香りは出しえぬのだから。
 より多くの異形と接触してきた横島がまず先に、続き、潜った修羅場の多さと知力の高さから清麿が、ドットーレの危険度に気付いた。
 にも関わらず、清麿の声より強い意志の輝きは失われない。
「それでもだ」
「……くっそー、お前やっぱモテんだろコンチクショー!」
 お互い物陰に隠れながらの会話は、天よりの声に遮られる。
 第一回定時放送が開始されたのだ。
 放送の内容を聞く為、一時停戦などという発想を二人共が持たなかった。
 放送に耳を傾けるのは当然として、その上で互いに隙を狙いあっているのだ。
 この硬直状態は、放送が続くにつれ有利不利がはっきりと出る。
 全く知り合いが放送で呼ばれなかった横島と、二人も旧知の名を呼ばれた清麿とで。
 清麿には放送内容の是非を考える余裕もなかった。
 半泣きになりながら横島は、障害を飛び越え、ベランダを走り、一気に距離を詰めた後、壁面に向け銃を構える。
「ばっきゃろー! 俺はまだこんな放送で呼ばれたくねえぞ! まだ美神さんにあんな事やこんな事やそんな事やああそんな事まであーとか何一つしてねえんだ!」
 清麿の読みがほんの数瞬勝り、教室の壁沿いに走り出すと、その背後を壁越しに撃ち込まれた無数の銃弾が抜ける。
 駆ける清麿。追う弾丸。
 清麿が教室を飛び出すのと、銃を撃ちながら横島が隣の教室を飛び出すのが同時。いや、僅かに清麿が速い。
 斜め下より突き上げるように醤油差しを振り上げる。
 ライフルの銃口が清麿を捉える寸前、醤油差しは銃口を大きく弾き飛ばす。
 このままライフルの確保に走る、踏み出した一歩でそう思わせておいて清麿は廊下側の窓を突き破って外へ飛び出す。
 ここは三階。体勢悪く落下などしたら、怪我どころか命が無い。
 だが、横島が窓から外を見ると、清麿が飛び込んだのは校舎から体育館へと続く連絡通路の屋根の上。
 転がるように屋根から降りた清麿は、連絡通路の屋根を遮蔽に逃走を続けていた。
 幸運、ではないと横島は思った。
 これまでの仕掛けやら逃げっぷりを考えるに、コイツはこれを計算でヤれる奴なのだと横島にもわかったのだ。
 横島は、少しだけ殊勝な顔で呟いた。
「……アイツ、泣いてた?」




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時系列順で読む


キャラを追って読む

056:妖語(バケモノガタリ) 霧沢風子 076:横島忠夫、清麿と出会う(後編)
横島忠夫
052:ワンダーランド 高嶺清麿
053:意義 ドットーレ







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