会食 ◆6LcvawFfJA
「悪くないね」
満足気に言ったのは、憲兵番町こと伊崎剣司。
そして伊崎が称賛したのは、彼の眼前にあるファミリーレストラン。
個人経営らしき小規模な店ばかりが立ち並ぶ商店街の中で、一際大きく華やかだ。
「あまり詳しく知っている訳ではないが、この手の食堂はメニューの大半が冷凍食品だと言う。
生憎、小生は剣術だけに心血を注いだ身である故、料理の心得を持ち合わせてないものでね。
解凍するだけで食事が取れるのならば、こんなに有難い事は無い。
とても上等とは言い難い店だが、ここでも構わないかな?」
同行者の方を振り返って尋ねる伊崎。
そもそも食事を必要としないので、シルベストリは無言を貫く。
したがって三名で行動している以上、当然ながらもう一人のギイ・クリストフ・レッシュが返答する羽目になる。
自分の目的の為に組んでこそいるが、ギイには人殺しや“自動人形”と会話をする趣味は無い。
情報交換としてならともかく、余計に言葉を交わす気などありはしない。
とはいえ流石に、この状況では口を開くしかなかった。
肯定にせよ反対にせよ自身の意を示さねば、ファミリーレストランの前で立ち尽くしたままだ。
「ああ……。別に、構わないさ。
出来合いの物があるならば、むしろそちらの方がいい。
仮に君に料理の心得があったところで、君の出してくる皿に手を出す気にはならない」
「なら、よかったよ」
自分達の関係が如何なる物であるのか。
それを示すべくギイは声色を低くしたが、伊崎は短く返すだけであった。
その口元がほんの僅かに吊り上っている事に、ギイは自分だけに聞こえる程度に舌を打つ。
扉を半分ほど開けて立ち止まり、伊崎がギイの方に視線を向ける。
「しかし楽しみだね。
食事となれば、いくら君でも仮面を外すだろう?
その巫山戯た仮面の下には、一体どんな顔があるのか。
まあ見せられない理由があるのなら、隠れて食事を取ってくれてもいいがね」
「別に……、構わないさ」
先程と同じ返事しか、ギイからは出てこなかった。
満足気に言ったのは、憲兵番町こと伊崎剣司。
そして伊崎が称賛したのは、彼の眼前にあるファミリーレストラン。
個人経営らしき小規模な店ばかりが立ち並ぶ商店街の中で、一際大きく華やかだ。
「あまり詳しく知っている訳ではないが、この手の食堂はメニューの大半が冷凍食品だと言う。
生憎、小生は剣術だけに心血を注いだ身である故、料理の心得を持ち合わせてないものでね。
解凍するだけで食事が取れるのならば、こんなに有難い事は無い。
とても上等とは言い難い店だが、ここでも構わないかな?」
同行者の方を振り返って尋ねる伊崎。
そもそも食事を必要としないので、シルベストリは無言を貫く。
したがって三名で行動している以上、当然ながらもう一人のギイ・クリストフ・レッシュが返答する羽目になる。
自分の目的の為に組んでこそいるが、ギイには人殺しや“自動人形”と会話をする趣味は無い。
情報交換としてならともかく、余計に言葉を交わす気などありはしない。
とはいえ流石に、この状況では口を開くしかなかった。
肯定にせよ反対にせよ自身の意を示さねば、ファミリーレストランの前で立ち尽くしたままだ。
「ああ……。別に、構わないさ。
出来合いの物があるならば、むしろそちらの方がいい。
仮に君に料理の心得があったところで、君の出してくる皿に手を出す気にはならない」
「なら、よかったよ」
自分達の関係が如何なる物であるのか。
それを示すべくギイは声色を低くしたが、伊崎は短く返すだけであった。
その口元がほんの僅かに吊り上っている事に、ギイは自分だけに聞こえる程度に舌を打つ。
扉を半分ほど開けて立ち止まり、伊崎がギイの方に視線を向ける。
「しかし楽しみだね。
食事となれば、いくら君でも仮面を外すだろう?
その巫山戯た仮面の下には、一体どんな顔があるのか。
まあ見せられない理由があるのなら、隠れて食事を取ってくれてもいいがね」
「別に……、構わないさ」
先程と同じ返事しか、ギイからは出てこなかった。
ドリンクバーのすぐ近くの席に腰掛け、伊崎は同行者にメニューを配る。
それから自身もメニューに目を通し始めたのだが、暫くして唸る様に考え込む。
「このチーズハンバーグにエビフライにカキフライにチキングリルに……いや、となるとセットプレートとやらが安上がりか。
ならばセットプレートAを二つ……ふむ? このセットには、エビフライがついていないではないか。
かといってBにはカキフライが無く、そしてCにはチキングリルが無いと……。
参った参ったこれは参った。
小生、初めて剣を握った日より今日に至るまで“参った”など口にした記憶は無いが、こればかりは参った。
このチョリソーとの號を持つ腸詰が全セットにあるが、どうにかこれを排除して小生の欲する一品に変更出来ないだろうか」
店員がいるのならばまだしも、店内には現在三人しかいない。
なのでわざわざセットを選ばず、個別に解凍すればよいではないか。
見かねたギイがそのように告げると、伊崎は驚いたように目を丸くする。
「成る程。確かにそうだ。しかしこのような事態とはいえ、とんだ犯罪者思考だねえ」
「……」
口を利く必要も無いのに、あんまり独り言がうるさいからギイはついアドバイスしたのだ。
にもかかわらず、この反応。
言葉を失うギイを意に介さず、伊崎は再びメニューに視線を戻す。
「では、それぞれ二つずつ温めるとして……。
メインは決まったので、主食をどうするべきか。
このパスタにこのピラフに……ふむ、汁そばなんかもいいかもしれないねえ」
大体この男、朝からどれだけ食べる気なのか。
ギイの中にそんな疑問が浮かぶが、すぐに解消される。
伊崎の戦闘をすぐ近くで見ていた故だ。
カロリーを大量に消費せねば、あれだけの動きは到底不可能。
事前に体内に摂取しておかねば、消費する事は物理的に無理である。
伊崎がそのスマートな外見とは対照的に健啖家であるのは、もはや必然と言えよう。
「小生は決まったけれど、君達はどうだい?」
ギイが考え事をしている内に、伊崎はようやくメニューを選び抜いたようだ。
ギイは“人形破壊者”であるので、わざわざ食事を取る必要が無い。
勿論、エネルギーを摂取しなければ息絶えてしまうが、限界までの時間が常人より遥かに長い。
何も口にせずとも、数週間は問題無く行動できるだろう。
だが、ギイは今ここで食事を取るつもりであった。
エレオノールを生き残らせる為には、常に万全でなくてはならない。
行動に支障が無い程度の空腹さえ、認めてはならない。
伊崎と食卓を囲むのは不本意だが、自分が嫌な思いをする事でエレオノールの生存確率が上がるのならば喜んで囲もう。
それが、ギイの考えであった。
「ああ。決まっているよ」
「そちらはどうだい」
伊崎に尋ねられ、シルベストリが顔を上げる。
「私は必要無い」
「やはり、人形は食事などしないか」
何やら納得して頷いている伊崎。
答えるように続けるシルベストリ。
「食事は取る」
「ふむ?」
「取るが、人間のように固形物を食らうのではない。
私達自動人形は、人間の血液を啜って動力とするのだ」
それから自身もメニューに目を通し始めたのだが、暫くして唸る様に考え込む。
「このチーズハンバーグにエビフライにカキフライにチキングリルに……いや、となるとセットプレートとやらが安上がりか。
ならばセットプレートAを二つ……ふむ? このセットには、エビフライがついていないではないか。
かといってBにはカキフライが無く、そしてCにはチキングリルが無いと……。
参った参ったこれは参った。
小生、初めて剣を握った日より今日に至るまで“参った”など口にした記憶は無いが、こればかりは参った。
このチョリソーとの號を持つ腸詰が全セットにあるが、どうにかこれを排除して小生の欲する一品に変更出来ないだろうか」
店員がいるのならばまだしも、店内には現在三人しかいない。
なのでわざわざセットを選ばず、個別に解凍すればよいではないか。
見かねたギイがそのように告げると、伊崎は驚いたように目を丸くする。
「成る程。確かにそうだ。しかしこのような事態とはいえ、とんだ犯罪者思考だねえ」
「……」
口を利く必要も無いのに、あんまり独り言がうるさいからギイはついアドバイスしたのだ。
にもかかわらず、この反応。
言葉を失うギイを意に介さず、伊崎は再びメニューに視線を戻す。
「では、それぞれ二つずつ温めるとして……。
メインは決まったので、主食をどうするべきか。
このパスタにこのピラフに……ふむ、汁そばなんかもいいかもしれないねえ」
大体この男、朝からどれだけ食べる気なのか。
ギイの中にそんな疑問が浮かぶが、すぐに解消される。
伊崎の戦闘をすぐ近くで見ていた故だ。
カロリーを大量に消費せねば、あれだけの動きは到底不可能。
事前に体内に摂取しておかねば、消費する事は物理的に無理である。
伊崎がそのスマートな外見とは対照的に健啖家であるのは、もはや必然と言えよう。
「小生は決まったけれど、君達はどうだい?」
ギイが考え事をしている内に、伊崎はようやくメニューを選び抜いたようだ。
ギイは“人形破壊者”であるので、わざわざ食事を取る必要が無い。
勿論、エネルギーを摂取しなければ息絶えてしまうが、限界までの時間が常人より遥かに長い。
何も口にせずとも、数週間は問題無く行動できるだろう。
だが、ギイは今ここで食事を取るつもりであった。
エレオノールを生き残らせる為には、常に万全でなくてはならない。
行動に支障が無い程度の空腹さえ、認めてはならない。
伊崎と食卓を囲むのは不本意だが、自分が嫌な思いをする事でエレオノールの生存確率が上がるのならば喜んで囲もう。
それが、ギイの考えであった。
「ああ。決まっているよ」
「そちらはどうだい」
伊崎に尋ねられ、シルベストリが顔を上げる。
「私は必要無い」
「やはり、人形は食事などしないか」
何やら納得して頷いている伊崎。
答えるように続けるシルベストリ。
「食事は取る」
「ふむ?」
「取るが、人間のように固形物を食らうのではない。
私達自動人形は、人間の血液を啜って動力とするのだ」
○
大した時間も要さず、伊崎は目的地に到着した。
眼下に転がっている小さな死体を見据えて、安堵したように一息。
「誰かに片付けられていたら、どうしようかと思ったよ。
そうなれば、新しく仕留めねばならないところだ」
彼がここまで駆けて来たのは、この死体を回収する為である。
せっかくの機会であるので、三人で食事をしよう。
そう提案して、ファミリーレストランを飛び出してきたのだ。
さてさてと呟いて、伊崎は死体へと手を伸ばす。
その手が死体に触れる寸前に、死者を告げる放送が始まった。
眼下に転がっている小さな死体を見据えて、安堵したように一息。
「誰かに片付けられていたら、どうしようかと思ったよ。
そうなれば、新しく仕留めねばならないところだ」
彼がここまで駆けて来たのは、この死体を回収する為である。
せっかくの機会であるので、三人で食事をしよう。
そう提案して、ファミリーレストランを飛び出してきたのだ。
さてさてと呟いて、伊崎は死体へと手を伸ばす。
その手が死体に触れる寸前に、死者を告げる放送が始まった。
放送の途中から、伊崎の表情はずっと険しいままだ。
放送が終わってから暫くして、やっと口を開く。
表情は緩まらず、口調は苦々しい。
「……死んだか、刀也君」
搾り出す様に言って、伊崎は空を見上げる。
青い空には雲一つ無いが、その瞳には弟弟子の姿が確かに見えていた。
「遠からず、命を落とすだろうとは思っていたが……。
口を酸っぱくして言ったつもりだがね。その甘さがいつか命取りになる、と。
その所為で死んだのだろう、どうせ。
洗脳により甘さを捨て、我等“暗黒生徒会”の駒となった際の君ならば、きっと死ななかっただろうに」
言い切ったと同時に、伊崎は雷神剣を振るう。
神速の袈裟懸けで、虚空に見える弟弟子を切り伏せる。
真っ二つに寸断された弟弟子が、塵となって消え失せていく。
「残念だよ、本当に。
小生には許されず、君だけが習得する事を許された“秘剣”。
今となっては永遠に歴史から消えてしまった“桐雨流”の秘中の秘。
それだけは小生の手で破りたかったというのに……、もはや未来永劫叶わない」
吐き捨てると、伊崎はデイパックから端末を取り出す。
片手で容易に携帯可能なサイズであり、厚みは殆ど無い。
「こんな物、小生には不要だと思っていたが」
それの名は、“死亡者詳細データ端末”。
伊崎に支給された道具の一つである。
その名の通り、死亡者について詳細なデータを得る事が出来る代物だ。
放送毎に死亡者のデータが送信されるので、まだ放送で呼ばれていない死者については知る事が出来ないが、伊崎が詳細を知りたい死者はとうに呼ばれている。
弟弟子の名を打とうとして、伊崎は入力を止める。
この端末が、説明書通りの働きをするとも限らない。
「確認するとしよう」
六時間毎に五名の詳細を表示可能。
どうせ知りたいのは一人だけなのだから、真偽を確かめてからでも遅くはない。
画面の上を滑らせるように、伊崎は端末に“宮本武蔵”と入力する。
『宮本武蔵:斬殺 下手人:伊崎剣司 凶器:雷神剣』
端末に表示された文字列に頷く伊崎。
次いで、“佐々木小次郎”と入力。
端末の画面が切り替わってから、ハッと目を見開く。
『佐々木小次郎:爆殺 下手人:ギイ・クリストフ・レッシュ 凶器:ジャック・オー・ランターン』
「しまったな。小生は、彼の名を知らないではないか」
言葉に反して、伊崎にしくじったという素振りは全く無い。
滑らかな指捌きで“井上真由子”と入力する。
『井上真由子:斬殺 下手人:ギイ・クリストフ・レッシュ 凶器:ジャック・オー・ランターン』
「仕方が無いので、もう一人分詳細を調べる羽目になってしまった。
まあ、ついでに彼の名を知れたのでよかったとしよう。運が良かった」
酷く白々しい口調で、伊崎は誰にともなく言う。
そうしてから、ようやく弟弟子の名を入力した。
放送が終わってから暫くして、やっと口を開く。
表情は緩まらず、口調は苦々しい。
「……死んだか、刀也君」
搾り出す様に言って、伊崎は空を見上げる。
青い空には雲一つ無いが、その瞳には弟弟子の姿が確かに見えていた。
「遠からず、命を落とすだろうとは思っていたが……。
口を酸っぱくして言ったつもりだがね。その甘さがいつか命取りになる、と。
その所為で死んだのだろう、どうせ。
洗脳により甘さを捨て、我等“暗黒生徒会”の駒となった際の君ならば、きっと死ななかっただろうに」
言い切ったと同時に、伊崎は雷神剣を振るう。
神速の袈裟懸けで、虚空に見える弟弟子を切り伏せる。
真っ二つに寸断された弟弟子が、塵となって消え失せていく。
「残念だよ、本当に。
小生には許されず、君だけが習得する事を許された“秘剣”。
今となっては永遠に歴史から消えてしまった“桐雨流”の秘中の秘。
それだけは小生の手で破りたかったというのに……、もはや未来永劫叶わない」
吐き捨てると、伊崎はデイパックから端末を取り出す。
片手で容易に携帯可能なサイズであり、厚みは殆ど無い。
「こんな物、小生には不要だと思っていたが」
それの名は、“死亡者詳細データ端末”。
伊崎に支給された道具の一つである。
その名の通り、死亡者について詳細なデータを得る事が出来る代物だ。
放送毎に死亡者のデータが送信されるので、まだ放送で呼ばれていない死者については知る事が出来ないが、伊崎が詳細を知りたい死者はとうに呼ばれている。
弟弟子の名を打とうとして、伊崎は入力を止める。
この端末が、説明書通りの働きをするとも限らない。
「確認するとしよう」
六時間毎に五名の詳細を表示可能。
どうせ知りたいのは一人だけなのだから、真偽を確かめてからでも遅くはない。
画面の上を滑らせるように、伊崎は端末に“宮本武蔵”と入力する。
『宮本武蔵:斬殺 下手人:伊崎剣司 凶器:雷神剣』
端末に表示された文字列に頷く伊崎。
次いで、“佐々木小次郎”と入力。
端末の画面が切り替わってから、ハッと目を見開く。
『佐々木小次郎:爆殺 下手人:ギイ・クリストフ・レッシュ 凶器:ジャック・オー・ランターン』
「しまったな。小生は、彼の名を知らないではないか」
言葉に反して、伊崎にしくじったという素振りは全く無い。
滑らかな指捌きで“井上真由子”と入力する。
『井上真由子:斬殺 下手人:ギイ・クリストフ・レッシュ 凶器:ジャック・オー・ランターン』
「仕方が無いので、もう一人分詳細を調べる羽目になってしまった。
まあ、ついでに彼の名を知れたのでよかったとしよう。運が良かった」
酷く白々しい口調で、伊崎は誰にともなく言う。
そうしてから、ようやく弟弟子の名を入力した。
『桐雨刀也:消滅 下手人:鬼丸猛 凶器:魔王剣』
○
“談笑でもして待っていてくれ”と言い残して、伊崎は出て行った。
しかしながら、人形破壊者と自動人形が談笑する訳が無い。
言葉など交わさず、お互い口を開きすらしない。
故に、ファミリーレストランには静寂が立ち込める。
そんな状況にありながら、両者は奇しくも同じ物に対して思いを巡らせていた。
シルベストリは先の放送を聞き“速いな”と思い、ギイも同じ感想を抱いていた。
異なっているのは、ギイの方は一つの名前について考え込んでしまっている点だ。
(ママン……)
ギイが母と慕った“才賀アンジェリーナ”の名が呼ばれた。
一度死んだ筈のギイがこうして蘇っている以上、百年前に砕け散ったアンジェリーナもまた蘇ったのだろう。
エレオノールの為に人を殺す決意をした自分を見れたくないと思いつつも、ギイはアンジェリーナが動いている姿を一目見たかった。
そう思ってしまっていた事に、彼女の死が明らかになってから気付いた。
彼女は人形破壊者であるので当然かなりの身体能力を誇り、さらにマリオネット繰りの手練である。
そんなアンジェリーナであるが、ギイは彼女をよく知っているが故に死んだという事実を受け入れた。
おそらくかつての様に、誰かを庇って死んだのだろう。
誰かの為に死ぬ姿が、他の誰よりも想像出来てしまった。
(ママン、今度こそ安らかに……。
エレオノールは、僕が絶対に守ってみせるよ。他の何を犠牲にしても)
ギイが胸中でそう誓うと、レストランの扉が開きチャイム音が響く。
見れば、入ってきたのは伊崎であった。
「随分、遅かっ……ッ!?」
放送に動揺していた自分を隠すべく、ギイは落ち着いた口調を作ったが、言葉を失ってしまう。
「どうかしたかい?」
わざとらしく、首を傾げる伊崎。
ギイは、何事も無いかのように取り繕う。
「……いや、別に何でも無い。
君が調達してきた死体が、少しばかり予想していた物と違っていただけさ」
「ふふ。そりゃあねえ。焼け焦げた死体や、皺だらけで水分の無い死体よりねえ」
微笑を浮かべながら、伊崎は抱えていた死体をシルベストリへと放り投げる。
「若くて柔らかい方がいいだろうと、思ったからね。なに、骨董屋の前にあるのは分かっていたからね」
伊崎が担いできたのは、井上真由子の死体。
ギイが最初に手にかけた、心優しい少女の亡骸。
「どうかしたかい、ギイ・クリストフ・レッシュ君?」
つい無言になってしまったギイに、伊崎は続ける。
自分の名を知られていた事実に驚愕しながらも、口調に感情は出さない。
「……何だ、その名前は」
「何だ? ふむ、可笑しな事を言うねえ」
ポケットから携帯端末と説明書を取り出し、伊崎はギイへと見せ付ける。
「これによると、“佐々木小次郎”と“井上真由子”を殺したのは、間違い無くギイ・クリストフ・レッシュなのだけれど」
暫し沈黙してから、ギイは認める以外に選択肢が無い事を悟った。
「そういう事か。ふん、まあいいさ。そうだ、僕の名はギイ・クリストフ・レッシュだよ」
「いやぁ、偶然にも名前を知る事が出来てよかった。以後、よろしくお願いするよ」
微笑んでから、伊崎は携帯端末をギイへと差し出す。
「小生にはもう必要無いからね。次の放送までに、あと一人だけ調べられるよ?」
これを使用すれば、アンジェリーナを誰が殺したのか明らかになる。
佐々木小次郎と井上真由子の下手人がギイと表示されている事から、信憑性は疑うまでも無い。
一瞬だけ逡巡して、ギイは結論を下す。
「……いらない。僕は自分が生き残りたいだけだと、言ってあるはずだ。誰が誰を殺したかなんて、知った事ではない」
「そうかい。それは残念」
演技っぽく肩を竦めてから、伊崎は厨房へと入っていく。
「さて、やっと朝食の準備だ。腹の虫が騒がしくて適わんよ」
遠ざかっていく伊崎の背中を眺めるしか出来ないギイに、横合いから声が浴びせられる。
「よもや、お前が“オリンピアの恋人”だとはな」
「…………そうだ。僕が“オリンピアの恋人”で、そして“二百体破壊者”さ」
それだけ言って、ギイもまた厨房に向かった。
「おや。まだ仮面をしているのかい?」
「外すさ。食事をするんだから当然だろう?」
ギイは仮面の下で口角を吊り上げてから仮面を外し、露になったギイの表情を見た伊崎もまた口角を吊り上げた。
しかしながら、人形破壊者と自動人形が談笑する訳が無い。
言葉など交わさず、お互い口を開きすらしない。
故に、ファミリーレストランには静寂が立ち込める。
そんな状況にありながら、両者は奇しくも同じ物に対して思いを巡らせていた。
シルベストリは先の放送を聞き“速いな”と思い、ギイも同じ感想を抱いていた。
異なっているのは、ギイの方は一つの名前について考え込んでしまっている点だ。
(ママン……)
ギイが母と慕った“才賀アンジェリーナ”の名が呼ばれた。
一度死んだ筈のギイがこうして蘇っている以上、百年前に砕け散ったアンジェリーナもまた蘇ったのだろう。
エレオノールの為に人を殺す決意をした自分を見れたくないと思いつつも、ギイはアンジェリーナが動いている姿を一目見たかった。
そう思ってしまっていた事に、彼女の死が明らかになってから気付いた。
彼女は人形破壊者であるので当然かなりの身体能力を誇り、さらにマリオネット繰りの手練である。
そんなアンジェリーナであるが、ギイは彼女をよく知っているが故に死んだという事実を受け入れた。
おそらくかつての様に、誰かを庇って死んだのだろう。
誰かの為に死ぬ姿が、他の誰よりも想像出来てしまった。
(ママン、今度こそ安らかに……。
エレオノールは、僕が絶対に守ってみせるよ。他の何を犠牲にしても)
ギイが胸中でそう誓うと、レストランの扉が開きチャイム音が響く。
見れば、入ってきたのは伊崎であった。
「随分、遅かっ……ッ!?」
放送に動揺していた自分を隠すべく、ギイは落ち着いた口調を作ったが、言葉を失ってしまう。
「どうかしたかい?」
わざとらしく、首を傾げる伊崎。
ギイは、何事も無いかのように取り繕う。
「……いや、別に何でも無い。
君が調達してきた死体が、少しばかり予想していた物と違っていただけさ」
「ふふ。そりゃあねえ。焼け焦げた死体や、皺だらけで水分の無い死体よりねえ」
微笑を浮かべながら、伊崎は抱えていた死体をシルベストリへと放り投げる。
「若くて柔らかい方がいいだろうと、思ったからね。なに、骨董屋の前にあるのは分かっていたからね」
伊崎が担いできたのは、井上真由子の死体。
ギイが最初に手にかけた、心優しい少女の亡骸。
「どうかしたかい、ギイ・クリストフ・レッシュ君?」
つい無言になってしまったギイに、伊崎は続ける。
自分の名を知られていた事実に驚愕しながらも、口調に感情は出さない。
「……何だ、その名前は」
「何だ? ふむ、可笑しな事を言うねえ」
ポケットから携帯端末と説明書を取り出し、伊崎はギイへと見せ付ける。
「これによると、“佐々木小次郎”と“井上真由子”を殺したのは、間違い無くギイ・クリストフ・レッシュなのだけれど」
暫し沈黙してから、ギイは認める以外に選択肢が無い事を悟った。
「そういう事か。ふん、まあいいさ。そうだ、僕の名はギイ・クリストフ・レッシュだよ」
「いやぁ、偶然にも名前を知る事が出来てよかった。以後、よろしくお願いするよ」
微笑んでから、伊崎は携帯端末をギイへと差し出す。
「小生にはもう必要無いからね。次の放送までに、あと一人だけ調べられるよ?」
これを使用すれば、アンジェリーナを誰が殺したのか明らかになる。
佐々木小次郎と井上真由子の下手人がギイと表示されている事から、信憑性は疑うまでも無い。
一瞬だけ逡巡して、ギイは結論を下す。
「……いらない。僕は自分が生き残りたいだけだと、言ってあるはずだ。誰が誰を殺したかなんて、知った事ではない」
「そうかい。それは残念」
演技っぽく肩を竦めてから、伊崎は厨房へと入っていく。
「さて、やっと朝食の準備だ。腹の虫が騒がしくて適わんよ」
遠ざかっていく伊崎の背中を眺めるしか出来ないギイに、横合いから声が浴びせられる。
「よもや、お前が“オリンピアの恋人”だとはな」
「…………そうだ。僕が“オリンピアの恋人”で、そして“二百体破壊者”さ」
それだけ言って、ギイもまた厨房に向かった。
「おや。まだ仮面をしているのかい?」
「外すさ。食事をするんだから当然だろう?」
ギイは仮面の下で口角を吊り上げてから仮面を外し、露になったギイの表情を見た伊崎もまた口角を吊り上げた。
【D-4 商店街ファミリーレストラン/一日目 朝】
【伊崎剣司(憲兵番長)】
[時間軸]:居合番長との再戦前
[状態]:疲労(大)、胸元に真一文字の傷、制服ちょい焦げ
[装備]:雷神剣@YAIBA、死亡者詳細データ端末@オリジナル
[道具]:基本支給品一式×2、錫杖@うしおととら、ランダム支給品0~3
[基本方針]:人を斬る。おもしろいのでギイと行動。
[時間軸]:居合番長との再戦前
[状態]:疲労(大)、胸元に真一文字の傷、制服ちょい焦げ
[装備]:雷神剣@YAIBA、死亡者詳細データ端末@オリジナル
[道具]:基本支給品一式×2、錫杖@うしおととら、ランダム支給品0~3
[基本方針]:人を斬る。おもしろいのでギイと行動。
【ギイ・クリストフ・レッシュ】
[時間軸]:本編で死亡後
[状態]:背中にダメージ(回復中)
[装備]:ジャック・オー・ランターン@からくりサーカス、殺鳥用ワイヤー×3@金剛番長
[道具]:基本支給品一式×3、拷問鞭@金剛番長、ランダム支給品0~6(うち0~2は小次郎から見て武器となるものなし)
[基本方針]:他者と組み、エレオノールを優勝させる。
[時間軸]:本編で死亡後
[状態]:背中にダメージ(回復中)
[装備]:ジャック・オー・ランターン@からくりサーカス、殺鳥用ワイヤー×3@金剛番長
[道具]:基本支給品一式×3、拷問鞭@金剛番長、ランダム支給品0~6(うち0~2は小次郎から見て武器となるものなし)
[基本方針]:他者と組み、エレオノールを優勝させる。
【シルベストリ】
[時間軸]:34巻、勝戦直前
[状態]:健康、服の胸元に真一文字の傷
[装備]:妖刀『八房』@GS美神
[道具]:ランダム支給品2(刀剣類なし、確認済み)、菊一文字@YAIBA
[基本方針]:他者と組んでフェイスレスの優勝をサポートしつつ、人間が群れる理由を解き明かす。植木耕助に会う。
[時間軸]:34巻、勝戦直前
[状態]:健康、服の胸元に真一文字の傷
[装備]:妖刀『八房』@GS美神
[道具]:ランダム支給品2(刀剣類なし、確認済み)、菊一文字@YAIBA
[基本方針]:他者と組んでフェイスレスの優勝をサポートしつつ、人間が群れる理由を解き明かす。植木耕助に会う。
【死亡者詳細データ端末@オリジナル】
伊崎剣司(憲兵番町)に支給された。
六時間に五人分だけ、放送で呼ばれた死者の詳細データを知る事が出来る。
詳細とは、“下手人”“凶器”“死に方”の三つである。
放送が終わると同時に、その放送で呼ばれた死者のデータを受信する。
その為、まだ放送で呼ばれていない死者については知る事が出来ない。
伊崎剣司(憲兵番町)に支給された。
六時間に五人分だけ、放送で呼ばれた死者の詳細データを知る事が出来る。
詳細とは、“下手人”“凶器”“死に方”の三つである。
放送が終わると同時に、その放送で呼ばれた死者のデータを受信する。
その為、まだ放送で呼ばれていない死者については知る事が出来ない。
※真由子の死体が、ファミレスまで運ばれました。血痕は残っています。
投下順で読む
時系列順で読む
キャラを追って読む
066:ばかやろう節(1) | ギイ・クリストフ・レッシュ | 103:導火 |
伊崎剣司(憲兵番長 | ||
シルベストリ |