オヤジよりさらに年上のばーさん ◆hqLsjDR84w
◇ ◇ ◇
余計な会話を交わすことなく、蒼月紫暮とルシール・ベルヌイユの二人は黙々と歩んでいる。
一見ただ目的地を目指して進んでいるだけのようだが、実際のところは違う。
五感を研ぎ澄ませ、周囲に注意を払うのを忘れてはいない。
一度死体を発見して以降は、それまで以上に意識を張り詰めている。
にもかかわらず彼らに疲労の色が見えないのは、どちらもただの人間ではないゆえであろう。
片や光覇明宗に属すベテラン法力僧、片や二百年以上生き続けている人形破壊者(しろがね)。
たかだか数時間神経を尖らせ続けたくらいで、疲労などする道理がない。
一見ただ目的地を目指して進んでいるだけのようだが、実際のところは違う。
五感を研ぎ澄ませ、周囲に注意を払うのを忘れてはいない。
一度死体を発見して以降は、それまで以上に意識を張り詰めている。
にもかかわらず彼らに疲労の色が見えないのは、どちらもただの人間ではないゆえであろう。
片や光覇明宗に属すベテラン法力僧、片や二百年以上生き続けている人形破壊者(しろがね)。
たかだか数時間神経を尖らせ続けたくらいで、疲労などする道理がない。
しばし歩き続けて、ようやく森林を抜け出す。
まだ太陽は姿を見せておらず、夜が明ける気配はない。
それでも、彼らは眼前に広がる住宅街を視認することができた。
紫暮は妖退治の経験により、ルシールはしろがね視力により、闇夜ごときに目を奪われはしないのだ。
まだ太陽は姿を見せておらず、夜が明ける気配はない。
それでも、彼らは眼前に広がる住宅街を視認することができた。
紫暮は妖退治の経験により、ルシールはしろがね視力により、闇夜ごときに目を奪われはしないのだ。
「…………ふん」
建ち並ぶ民家を一瞥したのち、ルシールはある一軒に進んでいく。
その行動に僅かに怪訝そうにしてから、なにか納得したかのように紫暮もあとを追う。
敷地内に入りながらも家屋内に上がり込みはせず、ルシールは壁全体を眺めていく。
壁を伝うようにしてガスのメーターを発見し、その表示を確認する。
行動には出さず、ルシールは胸中で頷く。
もう一つのほうを探そうとして、紫暮から声をかけられる。
その行動に僅かに怪訝そうにしてから、なにか納得したかのように紫暮もあとを追う。
敷地内に入りながらも家屋内に上がり込みはせず、ルシールは壁全体を眺めていく。
壁を伝うようにしてガスのメーターを発見し、その表示を確認する。
行動には出さず、ルシールは胸中で頷く。
もう一つのほうを探そうとして、紫暮から声をかけられる。
「電気メーターを見る限り、どうも電気が使われた形跡はありませんな。
そちらはどうです、ご婦人?」
そちらはどうです、ご婦人?」
いちいち説明せずとも、なにをしているのか伝わっていたらしい。
ルシールは同行者の評価を少しばかり上げるが、わざわざそのことに触れはしない。
ルシールは同行者の評価を少しばかり上げるが、わざわざそのことに触れはしない。
「こちらもさ。
庭は綺麗に整備されているのに、電気もガスも使われていない。
…………ふん。これでは、まるで素人の繰るマリオネットだね」
「と言いますと?」
「チグハグ、ということさ」
庭は綺麗に整備されているのに、電気もガスも使われていない。
…………ふん。これでは、まるで素人の繰るマリオネットだね」
「と言いますと?」
「チグハグ、ということさ」
短く答え、ルシールは玄関に戻る。
ノブを捻って引いてみると、なんの抵抗もなくドアが開く。
玄関には、いくつもの靴が無造作に置かれていた。
そして傍らの下駄箱を見てみると、上段には男性用の靴が、中段には女性用の靴が、下段には幼児用の靴が並んでいる。
ノブを捻って引いてみると、なんの抵抗もなくドアが開く。
玄関には、いくつもの靴が無造作に置かれていた。
そして傍らの下駄箱を見てみると、上段には男性用の靴が、中段には女性用の靴が、下段には幼児用の靴が並んでいる。
「幼い子どもを持ちながら、この夜中に施錠していないのも不可解だね」
なるほど、と紫暮は静かに頷く。
彼の一人息子・潮はいまでこそ生意気盛りの中学二年生であるが、もちろんかつては幼かった。
だからこそ、幼い子どもがいるはずなのに鍵のかかってない民家には、違和感を抱かざるを得ない。
そんな紫暮の内心を知ってか知らずか、ルシールは照明を点けずに民家内に上がり込んでいく。
靴を脱がずに、土足のままで。
それが西洋の風習ゆえでなく、いつなにが起こっても即座に走れるようにであるのは、紫暮にもよく分かった。
分かっていながら、つい靴を脱いで玄関に揃えてしまうのだった。
彼の一人息子・潮はいまでこそ生意気盛りの中学二年生であるが、もちろんかつては幼かった。
だからこそ、幼い子どもがいるはずなのに鍵のかかってない民家には、違和感を抱かざるを得ない。
そんな紫暮の内心を知ってか知らずか、ルシールは照明を点けずに民家内に上がり込んでいく。
靴を脱がずに、土足のままで。
それが西洋の風習ゆえでなく、いつなにが起こっても即座に走れるようにであるのは、紫暮にもよく分かった。
分かっていながら、つい靴を脱いで玄関に揃えてしまうのだった。
まずルシールが向かったのは、玄関をまっすぐ進んだところにあるリビングである。
いざというときにすぐ放てるようベレッタを左手に携えたまま、右手でドアを開く。
しろがねの優れた感覚ゆえ予想できていたが、そこには誰も潜んでいなかった。
部屋の真ん中には大きなテーブルが一つあり、その周りにはイスが四つ。イスの一つは幼児用のものだ。
イスの数から、幼児とは別に少し大きな子どもがいるのかと思いかけるも、ルシールはすぐにその考えを否定する。
いざというときにすぐ放てるようベレッタを左手に携えたまま、右手でドアを開く。
しろがねの優れた感覚ゆえ予想できていたが、そこには誰も潜んでいなかった。
部屋の真ん中には大きなテーブルが一つあり、その周りにはイスが四つ。イスの一つは幼児用のものだ。
イスの数から、幼児とは別に少し大きな子どもがいるのかと思いかけるも、ルシールはすぐにその考えを否定する。
(一つは来客用かね……)
靴から推測する限り、この家は三人暮らしである。
かつて、まだ人間だったころのルシールの家族とは違う。
浮かびかけた過去を振り払うように、食卓から視線を逸らす。
テレビ、DVDプレイヤー、オーディオ、クーラーなど、リビング内だけでもいくつもの電子機器が散見される。
ルシールの背後で、紫暮が眉をひそめる。
かつて、まだ人間だったころのルシールの家族とは違う。
浮かびかけた過去を振り払うように、食卓から視線を逸らす。
テレビ、DVDプレイヤー、オーディオ、クーラーなど、リビング内だけでもいくつもの電子機器が散見される。
ルシールの背後で、紫暮が眉をひそめる。
「おかしい、ですね」
口には出さずとも、ルシールも同じ感想であった。
それらの電子機器に電源が入っていないことを確認しても、やはり腑に落ちない。
次に向かった書斎にて、デスクトップPCを発見。しかしまたしても電源はオフ。
寝室にあったテレビと電気スタンドも、子ども部屋にあったゲーム機も同様であった。
他のすべての部屋を見て回ってから、ついに最後に残った台所に入る。
電子レンジも、オーブンも、電気ポットも、電源は入っていない。
ガスコンロもあるにはあったが、やはりスイッチを入れねば火は点かない。
それらの電子機器に電源が入っていないことを確認しても、やはり腑に落ちない。
次に向かった書斎にて、デスクトップPCを発見。しかしまたしても電源はオフ。
寝室にあったテレビと電気スタンドも、子ども部屋にあったゲーム機も同様であった。
他のすべての部屋を見て回ってから、ついに最後に残った台所に入る。
電子レンジも、オーブンも、電気ポットも、電源は入っていない。
ガスコンロもあるにはあったが、やはりスイッチを入れねば火は点かない。
ここまでは、別に矛盾はない。
人がいた痕跡があるにもかかわらず、電気やガスに使われた形跡がないのは不自然だが、それだけだ。
あくまで不自然なだけであり、問題はない。
この家に誰一人としていないのも、にもかかわらず施錠されていなかったのも、不自然なだけにすぎない。
『説明し難い』だけであって、『説明不可能』ではない。
人がいた痕跡があるにもかかわらず、電気やガスに使われた形跡がないのは不自然だが、それだけだ。
あくまで不自然なだけであり、問題はない。
この家に誰一人としていないのも、にもかかわらず施錠されていなかったのも、不自然なだけにすぎない。
『説明し難い』だけであって、『説明不可能』ではない。
「こいつが、ラストかい」
おそらく紫暮にはなく、自分自身に向けた言葉なのだろう。
ルシールは静かに呟いて、最後の電子機器――冷蔵庫に手を伸ばす。
がちゃりと音を立てて、冷蔵庫が開けられる。
ルシールは静かに呟いて、最後の電子機器――冷蔵庫に手を伸ばす。
がちゃりと音を立てて、冷蔵庫が開けられる。
――そして溢れ出した冷気が、二人の肌をくすぐった。
十秒ほど経過してから、紫暮はようやく自分が呆然としていたことに気付く。
知らぬ間に口内に溜まっていた唾液を、慌てて飲み込む。
流れてくる冷気は、あまりにも雄弁であった。
僧衣の下で流れる汗が、ひどく冷たい。
冷蔵庫は動いていた――にもかかわらず、電気とガスのメーターが示していたのは『未使用』。
知らぬ間に口内に溜まっていた唾液を、慌てて飲み込む。
流れてくる冷気は、あまりにも雄弁であった。
僧衣の下で流れる汗が、ひどく冷たい。
冷蔵庫は動いていた――にもかかわらず、電気とガスのメーターが示していたのは『未使用』。
不自然などという言葉で片付けられないのは、もはや明白であった。
『説明し難い』を越えて、『説明不可能』の領域に至っている。
『説明し難い』を越えて、『説明不可能』の領域に至っている。
――つじつまが、合わない。
◇ ◇ ◇
それから五軒の民家を見て回り、分かったことがある。
冷蔵庫以外の電子機器に電源が入っている民家もあったが、メーターはすべて共通して『未使用』となっていた。
メーターすべてが故障している可能性が浮かんだので、試してみることにした。
照明以外のすべての電子機器の電源を入れ、メーターが上がるか否かを確かめてみたのだ。
一時間ほど放置してみると、メーターはかなり上昇していた。
その結果を前にして、さすがの歴戦の猛者といえどつい言葉を失ってしまう。
しばらくして言葉を選ぶようにしながら、紫暮が切り出す。
冷蔵庫以外の電子機器に電源が入っている民家もあったが、メーターはすべて共通して『未使用』となっていた。
メーターすべてが故障している可能性が浮かんだので、試してみることにした。
照明以外のすべての電子機器の電源を入れ、メーターが上がるか否かを確かめてみたのだ。
一時間ほど放置してみると、メーターはかなり上昇していた。
その結果を前にして、さすがの歴戦の猛者といえどつい言葉を失ってしまう。
しばらくして言葉を選ぶようにしながら、紫暮が切り出す。
「これは……いったい、どうなってるんでしょうね。
まるで殺し合い、プログラムとあの男は言っていましたか。
それが始まった時点で……いや。あくまで推測の域を出ませんな
常識的に考えればそんなはずないのですが、うむ……だが…………」
「そうだね」
まるで殺し合い、プログラムとあの男は言っていましたか。
それが始まった時点で……いや。あくまで推測の域を出ませんな
常識的に考えればそんなはずないのですが、うむ……だが…………」
「そうだね」
紫暮の考えを見透かしているかのように、ルシールが肯定する。
「プログラム開始直後から、すべてのメーターが動き出したかのようだよ」
自身の抱いていた仮説と同じ内容に、紫暮は目を見開く。
しかしその考えに奇妙な点があることも、紫暮には分かっていた。
しかしその考えに奇妙な点があることも、紫暮には分かっていた。
「ですが、そう考えるとおかしいのですよ。
私達に配られた地図が正しければ、プログラムとやらの舞台には民家が多すぎる。
最初にいた遊園地のような施設も、両手で数えきれないくらいある。
そのすべてのメーターをリセットするには手間がかかりすぎるし……そんなことをする意味がない」
私達に配られた地図が正しければ、プログラムとやらの舞台には民家が多すぎる。
最初にいた遊園地のような施設も、両手で数えきれないくらいある。
そのすべてのメーターをリセットするには手間がかかりすぎるし……そんなことをする意味がない」
くっくっく――と。
紫暮の反論を受けて、ルシールは笑った。
昇りかけた日の光が不釣り合いなほどに、曇った笑い。
低く、重く、暗い。
紫暮の反論を受けて、ルシールは笑った。
昇りかけた日の光が不釣り合いなほどに、曇った笑い。
低く、重く、暗い。
「たしかに、わざわざ『リセットした』ならだろうね。
だけど考えてごらんよ。
この舞台自体が『プログラムのために作られた』としたら、プログラム開始直後から動き出すのは自然じゃないかい?」
だけど考えてごらんよ。
この舞台自体が『プログラムのために作られた』としたら、プログラム開始直後から動き出すのは自然じゃないかい?」
思わず紫暮は息を呑むも、ほんの一瞬だけだ。
「失礼ながら、その仮説は突飛すぎるかと……
町を丸ごと一つ作り出すなんて、とても常識的には――」
「それだよ」
「え?」
町を丸ごと一つ作り出すなんて、とても常識的には――」
「それだよ」
「え?」
ルシールの顔から、笑みが消えた。
真剣な表情になり、銀色の眼差しが鋭くなる。
真剣な表情になり、銀色の眼差しが鋭くなる。
「知らぬ間に連れ去られ、知らぬ間に眠らされ、知らぬ間に移動させられて。
そんな状況で、まだ『常識』なんてものを信じられるのかい?
まァ、アンタがただものじゃないのは分かるし、『アンタの常識』は『世間一般の常識』からかけ離れてるんだろう。
だとしても『ここでの常識』はさらにもっと遠いところにある――どうして、そう思えないんだい?」
そんな状況で、まだ『常識』なんてものを信じられるのかい?
まァ、アンタがただものじゃないのは分かるし、『アンタの常識』は『世間一般の常識』からかけ離れてるんだろう。
だとしても『ここでの常識』はさらにもっと遠いところにある――どうして、そう思えないんだい?」
紫暮には、反論することができなかった。
ルシールに言われた内容は、彼自身も分かっていた。
分かっていたのだが――実践できていなかったのだ。
浮かんだ仮説をありえないと自ら否定してしまっていた。
自分でも気付かないうちに、年を取っていたのだろうか。
一人息子の姿が、不意に紫暮の脳裏を掠めた。
もしも彼だったならば、浮かんだ仮説を自らの常識に当てはめたりしないだろう。
それはただ無知ゆえにであるのだが、しかし若さであり強さでもある。
やはり、潮は自慢の息子である。
意図せず、紫暮の口元は緩んでいた。
白く染まった髪を掻き毟りながら、ため息を吐き捨てる。
ルシールに言われた内容は、彼自身も分かっていた。
分かっていたのだが――実践できていなかったのだ。
浮かんだ仮説をありえないと自ら否定してしまっていた。
自分でも気付かないうちに、年を取っていたのだろうか。
一人息子の姿が、不意に紫暮の脳裏を掠めた。
もしも彼だったならば、浮かんだ仮説を自らの常識に当てはめたりしないだろう。
それはただ無知ゆえにであるのだが、しかし若さであり強さでもある。
やはり、潮は自慢の息子である。
意図せず、紫暮の口元は緩んでいた。
白く染まった髪を掻き毟りながら、ため息を吐き捨てる。
「そうですね。
まったく、私としたことが焦っていたらしい。
ご婦人ほどではありませんが、私もまだまだ老け込むには早いというのに」
まったく、私としたことが焦っていたらしい。
ご婦人ほどではありませんが、私もまだまだ老け込むには早いというのに」
再び浮かべた笑みを隠すように、ルシールは紫暮に背を向ける。
「まったく。頭が冷えなきゃ置いて行くつもりだったんだけどね」
「それはよかった。ご婦人を一人にするワケにはいきませんからな」
「それはよかった。ご婦人を一人にするワケにはいきませんからな」
小学校を目指すべく、北上する。
数歩進んだところで、紫暮は疑問を口にすることにした。
数歩進んだところで、紫暮は疑問を口にすることにした。
「しかしご婦人、よくあんな発想に至りましたね」
それに対し、ルシールは振り返らずに答える。
「なに。遊びに無駄な手間をかけるような輩とは、ちょっとばかし縁があってね」
【B-2 住宅街/一日目 早朝】
【ルシール・ベルヌイユ@からくりサーカス】
[時間軸]:真夜中のサーカス襲撃直前
[状態]:健康
[装備]:ベレッタM84
[道具]:基本支給品一式、支給品0~2(確認済み)
[基本方針]:ドットーレを最優先で探し、殺す。小学校へ行く。
[時間軸]:真夜中のサーカス襲撃直前
[状態]:健康
[装備]:ベレッタM84
[道具]:基本支給品一式、支給品0~2(確認済み)
[基本方針]:ドットーレを最優先で探し、殺す。小学校へ行く。
【蒼月紫暮@うしおととら】
[時間軸]:詳しくは不明だが、とらとは面識がある状態、かつ白面を倒す前からの参加
[状態]:健康
[装備]:鍋の蓋
[道具]:基本支給品一式、支給品0~2(未確認)
[基本方針]:潮、ドットーレを探す。小学校へ行く。
[備考]:ルシールを少しだけ警戒しています。
[時間軸]:詳しくは不明だが、とらとは面識がある状態、かつ白面を倒す前からの参加
[状態]:健康
[装備]:鍋の蓋
[道具]:基本支給品一式、支給品0~2(未確認)
[基本方針]:潮、ドットーレを探す。小学校へ行く。
[備考]:ルシールを少しだけ警戒しています。
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039:トラッシュ | ルシール・ベルヌイユ | 087:二百年も待ったのだ |
蒼月紫暮 |