明け方の演奏会 ◆hqLsjDR84w



 ◇ ◇ ◇


 小金井薫、才賀エレオノール、ロベルト・ハイドンの三人は、未だビジネスホテルの一室にいた。
 小金井とエレオノールが自身の境遇や探し人の特徴を話しているうちに、放送の時間が迫っていたのだ。
 ゆえにそのまま動かず、放送を聞き逃さぬよう耳を研ぎ澄ましていた。
 その放送は先ほど終わったのだが、誰一人として口を開こうとしない。
 それほどまでに、先ほどの放送で告げられた内容が衝撃的だったのだ。
 殺し合い開始から僅か六時間で十六名が命を落とし、しかもそのうち二名は小金井が合流しようとしていた仲間であった。
 ベッドに腰掛けたまま俯いている小金井に、才賀エレオノールは話しかけようとするもなに一つとして口からは出てこなかった。
 どう声をかけるべきなのか判断できず、ただ沈痛な面持ちで見つめるしかできない。
 小金井と異なり、放送で告げられた死者のなかに、エレオノールが探していた相手はいなかった。
 それでも、だからといって喜ぶことはとてもできなかった。
 かつてのエレオノールならばともかく、現在のエレオノールはつい顔も知らぬ十六名にもそれぞれ家族や友人がいたであろうと想像してしまうのだ。
 それに、合流したかった相手というワケではないが、知った名が一つ呼ばれていた。

 ――才賀アンジェリーナ。

 最古の『人形破壊者(しろがね)』の一人であり、同じく最古のしろがねたるルシール・ベルヌイユの娘。
 かつて不意にしろがねの集団から行方をくらまし、日本の地で『生命の水(アクア・ウイタエ)』を飲みしろがねとなった男性と結婚をしていたのだという。
 感情の起伏が乏しいしろがねでありながら愛に生きた彼女の伝説は、女性のしろがねの間でしばしば語られている。
 そのためエレオノールの耳にも入ってきたことがあったのだが、当時はこれといって思うことはなかった。
 恋愛というものがよく分からず、ゆえにしろがねとしての使命を捨ててまで婚姻を交わす意味が理解できなかった。
 だが、現在はどうだろうか。
 才賀勝と出会い、彼を守り続けてきた。
 加藤鳴海と出会い、彼の姿を心に刻みつけた。
 仲町サーカスに入団し、団員たちとともに過ごしてきた。
 そんな、現在のエレオノールならば――
 はたして、その伝説にどのような感情を抱くのだろうか。
 いくら考えてみても、答えは出てこない。
 いまとなっては『才賀』という姓にも気にかかるところがあったが、そちらに思いを巡らすことはできなかった。
 ただ、なぜか、自分のなかでなにかが少し騒いだ気がして、エレオノールは自身の左胸を押さえた。

 ――エレオノールのなかにアンジェリーナの記憶が眠っていることは、彼女自身とて知らぬ事実なのだ。


 黙りこくっている小金井とエレオノールの横で、ロベルト・ハイドンもまた静かに考え込む。
 殺し合い開始から、まだたったの六時間しか経過していない。
 そんな短期間のうちに、すでに十六名が息絶えている。
 たかだか数人が殺し合いに乗っているだけとは、到底考えられない。
 シルベストリのような人ならぬ存在もいるだろうが、いままで出会った参加者から考えるに人間のほうが多いと推測できる。
 ということであれば、やはり――

(自分自身だけのために他人を踏みにじる参加者が、少なからずいる……ということだ)

 迫害された過去が、ロベルトの脳内にフラッシュバックする。

 人より強いというだけで、人と違っているというだけで――

 よってたかって石を投げてきた。
 信頼を裏切り、罪を擦り付けてきた。
 化物と呼び、受け入れることを拒否してきた。

「……ッ」

 意図せず、ロベルトの歯が軋む。
 蘇った過去の記憶を振り払おうと、首を勢いよく回す。
 もう、あのときのように人より少し強いだけではないのだ。
 町の三分の一程度で済ませずとも、町ごと一発で消滅させることもできる。
 それは明白であったが、ロベルトはそのような行動に移ることをしなかった。

(…………まだ、分からない)

 佐野清一郎や鈴子・ジェラード、そして植木耕助の姿を思い返す。
 自分自身のためでなく他者のために、彼らは格上のロベルトに立ち向かってきた。
 その事実があったからこそ、人間が本当に滅ぼすべき種であるのか見定めるつもりだったはずだ。
 だというのに、早々に答えを出すワケにはいかないだろう。
 そう結論を出し、ロベルトは傍らの二人に意識を向ける。
 守る対象がたとえ自分より強くても、相手を守るのだという。
 彼らの言葉が真実であるのか、それが気にかかった。
 もしもそういう人間が本当にいるのならば、聞こえのいいでまかせなどでなく真実であるのならば――
 かつてのロベルト・ハイドンは、人々に見捨てられはしなかったのだから。


 エレオノールとロベルトの視線の先で、小金井がゆっくりと顔を上げた。

「あー……まいったな。そんなに見つめられちゃうとさァ」
「す、すみません、薫!」
「いや、まあ、別にめーわくとかじゃねーんだけどね。ドキドキしちゃうって話」

 慌てるエレオノールに、小金井はおどけたように返す。
 それから大きく伸びをして、ベッドから飛び降りた。
 傍らに置いてあったエレザールの鎌を忘れず手に取って、折り畳んだままの状態で柄の部分をくるくると回す。

「なんていうか、さっき呼ばれた二人は……まあどっちもかなりやるのはやるんだけど、案外あっさり死にそうっちゃ死にそうでねえ。
 いやまあ殺しても死ななそうっちゃそうだし、実際いままでそうだったんだけど、一方ですぱっと死ぬところも浮かぶっていうか。
 誰かしら庇って死んでったとか、そういうオチなんじゃねーのかな、どーせ。
 こういうこと言うとブン殴られそうだけど、あの二人結構そういうとこ似てるからなあ。別々のとこで、同じようにそんな死に方してそうだよ。ははっ」

 まあ、もうブン殴られることもないんだけどね。
 小金井は軽い口調でそう言って見せたが、誰も反応することはできなかった。
 返答がないことに小金井は一人短く笑うと、さらに続ける。

「誰が他人のために死ぬかとか、自分一人で生き延びてやるとか、普段はそういうこと言いそうなんだけどね。
 でもたぶん、実際そういう事態に陥ったら、一番冷静に自分一人を切り捨てる選択をしちゃうタイプだと思うんだよ。
 熱いようでいて意外に冷静だったり、クールなようでいて超激熱だったり、そんな二人だし。
 まったくふざけんなって話だし、いつもなら笑い飛ばしそうな話だけど、落ち着いて考えてみたらスッゲーよく浮かぶ」

 小金井は、曲芸のように手元で回していた鎌を止める。
 そのまま流れるような動作で、一瞬のうちに本来のサイズに展開する。

「ナメんなよ、ちくしょう! 柳ちゃん助けに行く前の、こんなつまんねーとこで死んでんじゃねえや!」

 語気を荒げながら、小金井は先ほどまで腰かけていたベッドに鎌を振り下ろす。
 引き裂かれた掛け布団から白い羽毛が飛び出し、部屋中に舞い上がる。
 刃を返した鎌で、眼前に飛んできた羽毛の一つをきれいに二分する。
 その動作をしばらく続けて、小金井は鎌を下ろした。
 いくらそんなものを切ったところで、怒りが収まることはなかった。
 動けば動くほど、余計に鬱屈としたものが溜まっていくだけだ。

「……もういねーんだから、遠慮してやんねー。
 どうせなら、いっそ柳ちゃん俺が貰っちゃおうかな。あの世でいくら悔しがったって知らねーよ。
 せいぜいそっちで俺が来るの待ってりゃいいけど、簡単に行ってなんかやるもんか。五百歳まで生きてギネス記録更新してやるかんな」

 再び鎌を折り畳んで、小金井はエレオノールとロベルトのほうに向き直る。

「ごめん、ついカッとなって」

 申し訳なさそうに、小金井は頭を下げる。
 呆然としている二人をよそに、もう一度大きく伸びをした。

「放送終わったのにダラダラしてるワケにもいかないし、そろそろ出ようか。
 いち早くこんな殺し合い終わらせて、柳ちゃん助けなくちゃなんないしねー。
 何せ、二人の分まで働かなきゃなんねーんだ。めーわくな話だよ、ほんっとーに」

 白い歯を見せて言う小金井に、エレオノールは頬を緩めた。

「そうですね。私も、お坊っちゃまに会わねばなりません
 ロベルト、これからも付き合ってくれますか?」
「あ、ああ……」

 いきなり会話を振られたため、ロベルトは曖昧な返事になってしまう。
 彼には、二人がいきなり微笑みを浮かべた理由が分からなかった。
 にもかかわらずどこか安堵してしまっている自分自身もまた、ロベルトには理解できなかった。

 下ろしていた荷物を手に、三人が部屋から出ようとしたとき。
 前触れなく、ロビーのほうからガラスの割れる音が鳴り響いた。


 ◇ ◇ ◇


 眼前に広がる惨状に、ジョージ・ラローシュは大げさに肩を竦めた。
 呆れかえった素振りを隠そうともせず、その惨状を生み出した張本人であるコウ・カルナギの肩を掴む。

「やれやれ。まったく、君はいったいなにをやっているんだ?
 もしかしたらこちらが勘違いをしているのかもしれないから一応聞かせてもらうが、君はあくまで分類上は人間なのだろう?
 ヒト科ならざるその他の種に属する猛獣じゃあるまいしわざわざ体当たりで破らずとも、君の破壊したそれは自動ドアと言ってだな」

 善意から出たジョージの忠告が、最後まで告げられることはなかった。
 言い切るよりも早く、カルナギの大きな拳が顔面に叩き付けられたのだ。
 ロビーに設置されているソファーを三つほど巻き込んで、ようやく吹っ飛んでいくジョージの勢いが止まる。

「何ごとですか!?」

 慌てて飛び出してきたエレオノールに、ロベルトと小金井が続いてくる。
 明らかに警戒している三人を前に、カルナギは口角を吊り上げた。

「はッは! おいジョージ、テメェの言った通りここには誰かが潜んでやがったな!」

 やたらとでかいカルナギの声とは対照的に、返ってきた声はひどく微かで消え入りそうなものであった。

「……そのよう、だな…………」

 奇妙な方向に曲がった腕で壁を支えにし、奇妙な方向に曲がった足でどうにかこうにか立ち上がる。
 どう見ても死にそうなジョージの姿に、三人は未だ警戒を緩めない。

「険しい顔をしてどうかしたのか、君たち。
 見れば分かるように、私とカルナギ……サマーとつければ満足だったか?」
「もう、余計なもんつけんでカルナギでいい」

 面倒くせェからと続けながら、カルナギはジョージにローキックを浴びせた。
 その衝撃でもう一段階曲がった足で、ジョージは時間をかけて立ち上がる。

「そうか、呼びやすくて助かる。
 君たち、見ての通り、私とカルナギはこのプログラムを打破するべく同盟を組んでいる。
 おそらく君たちもそうなのだろう。なので、そんなに警戒することはない」
「「「…………」」」

 小金井、エレオノール、ロベルト、それぞれ無言である。
 一方的に殴るカルナギと、一方的に殴られているジョージ。
 傍目には、とても彼らが殺し合いを打破するために同盟を組んでいるとは思えない。
 というか、どの辺りが見ての通りなのか。

「おいおい君たち、どうかしたのか?
 ……ああ、そうか。なるほど。つまり、そういうことなのだな?
 たしかに悪かった。名も告げずに同志などと言っても、このような状況で信用されるはずがない」

 一人で勝手に納得したジョージは、怪訝な視線を意に介さずに名乗り始める。

「私の名はジョージ・ラローシュ、彼はコウ・カルナギだ。
 よければ、君たちの名前も明かしてもらえると嬉しいのだが」

 そして、ロビーに静寂が広がった。
 困惑する三人を前に、ジョージは困惑するばかりである。

 面倒ごとはジョージに任せることにしていたカルナギであったが、この辺りでようやく気づいた。
 あ、やっぱり、こいつ、偉そうなこと言ってたけど、全然こういうの向いてねえんか――と。
 そう認識するやいなや拳をかざしたカルナギであったが、振り下ろしはしなかった。
 その前に、エレオノールがジョージに話しかけたのだ。
 情報を聞き出すこともできないのならば即殴るが、聞き出せるのならばそのうちくらいは殴らないでおいてやろうと判断した。

「もしかして、あなたしろがねですか?」

 ジョージの傷が少しずつ治癒していくので、エレオノールはようやく気づいたのだ。
 その発言に驚き、ジョージは声の主を見据える。
 あまりに殴られすぎたせいで視界がぶれていたが、目を凝らせば誰なのかは明らかだった。

「そういう君は……才賀エレオノール、か……?」

 名前を知られていた事実に、エレオノールが目を丸くする。
 その疑問をそのまま口にすると、ジョージは少し考え込んでから答える。

「我らが倒すべきフェイスレスが狙っている女性だからな。当然、知っている」

 フェイスレスが人類全体に仕掛けた最後の舞台『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』。
 その騒ぎに乗じて、エレオノールはフェイスレスにさらわれていたはずだ。
 これはフウ・クロード・ボワローからの情報なので、間違いはない。
 ならば、この事実を隠す必要もないだろう。
 そう判断してのことだったのだが、返ってきた反応にジョージは困惑するハメになる。

「……はあ。ですが、フェイスレス司令とは私たちしろがねの同士なのでは……?」
「は?」

 この女、誘拐なぞされておいてなにを言っているのか。
 そう思いかけながらも、一つの可能性に行きつく。
 あの男には、様々な名前があるのだ。フェイスレスと名乗っていない可能性もあるではないか。

「他の名前を使っていたのかもしれない。
 とにかく、自動人形(オートマータ)とともにお前をさらった男のことだ」
「さらった……? あの、それはいったいいつのことでしょう?」

 エレオノールが首を傾げると、ジョージも首を傾げた。

「いつもなにも、この殺し合いに巻き込まれる直前だろう。
 しろがねの記憶力を持ちながら、そんな最近のことを忘れたとは言わせないぞ」
「はて……人違いではありませんか?」
「人違いもなにも、お前の名は才賀エレオノールなのだろう?」
「はい」
「むう……?」

 互いに、銀色の目をパチクリとさせる。
 どうにも噛み合わない。

「直前という言い方が悪かったか。
 デウス・エクス・マキナ……とヤツが呼んだ、全世界にゾナハ病を振り撒いた騒動の直後だ」
「全世界にゾナハ病!? まさか、そんなことが!?」
「し、知らないのか……?」
「存じ上げておりません! もしそんなことになれば、お坊ちゃまは……!」

 あまりに首を傾げすぎて、ジョージの首はついに直角になっている。
 そのままの姿勢で思考を巡らせ、ついにある可能性に至る。
 至っていながら、いやまさかそんなはずがないだろうと否定しかけるも、一応聞いておこうと尋ねてみる。

「いまは■■■■年■■月■■日だろう?」
「いえ、■■■■年■■月■■日のはずですが……」
「……は?」

 ジョージの首の角度が、さらに凄まじくなる。
 即肯定されてこの話はもうおしまいのはずが、思わぬ方向に進んでいる。
 戸惑っているうちに、ロベルトと小金井が怪訝そうな表情のまま割り込んでくる。

「正直、二人がなにを言っているのか分からないが……今日は■■■■年■■月■■日のはずだ」
「いやいや、■■■■年■■月■■日でしょ。なにいってんのさ」

 さらに困惑するジョージに、カルナギが苛立ったような声を浴びせる。

「なに言ってんだ、テメェら。■■■■年■■月■■日だろうが。
 こっちはここから脱出するために手ェ組んでやってんだ。ふざけてんなら、ブチ殺すぜ」

 かねてより、カルナギは情報交換のような面倒ごとは任せると言っていた。
 そんな彼が割って入ったということは、それだけ分かり切った話であったのだろう。
 そう容易に窺えるできるからこそ、ジョージにはこう言うしかなかった。

「…………は?」

 浮かんだ仮説が当たっているようだからと言って、必ずしも素直に喜べるとは限らないものらしい。


 ◇ ◇ ◇


 いくら確かめてみても、五人の認識は激しく食い違っていた。
 もしやとは思ったが、使っている暦が違っているワケでもないらしい。
 誰かが嘘を吐いているのかもしれないが、『誰か一人』が嘘を吐いているだけでは到底説明がつかない。
 何せ、五人全員の認識が食い違っているのだから。

 とりあえず、全員が嘘を吐いていないものとして考えてみる。

 まず――
 小金井薫がもっとも過去の人物である。
 ほとんど同時期からコウ・カルナギ。
 その数年後から、才賀エレオノール。
 数ヶ月後から、ジョージ・ラローシュ。
 そして、ロベルト・ハイドンがもっとも未来から来たことになる。

 話してみたところ、小金井は『時の流れを超える』技術の存在を知っていた。

 ――『時空流離』。

 時空の流れに、過去や未来に通じる穴を開けるという忍術である。
 使用者に不死の呪いがかかるとのことだが、ともかくそういう技術自体は存在するのだという。

 ならば、主催者がその手の技術を用いたのだとする。
 信じ難いが、現状が現状ゆえひとまず受け入れてみる。

 だとしても――やはり、辻褄が合わない。

 コウ・カルナギの言う、キース・ブラックの率いた組織『エグリゴリ』と『オリジナルARMS』の戦い。
 その仮定において、ニューヨークに巨大な魔獣が出現し、ニューヨーク市街には甚大な被害が出たとのことだ。

 しかしカルナギより未来から来たはずの三人は、その事実を知らない。

 ニューヨークといえば、あらゆる意味で世界の中心である都市だ。
 そこにそれほどの被害が出たならば、大きく報道されてしかるべきだろう。
 だが――知らない。
 いかに世俗に疎いしろがねといえど、あまりに不自然だ。

 また、ジョージの知るデウス・エクス・マキナ。
 つまるところ、全世界にゾナハ病が蔓延した事件。

 ロベルトは、これにまったく心当たりがないのだという。
 もしもジョージがプログラムに呼び出された以後、全世界にバラまかれたゾナハ蟲が根こそぎ駆除されたのだとしよう。
 だとしても、当時すでに小学校高学年であるはずのロベルトが、騒動自体を知らぬということはありえない。

 これは、はたしてどういうことなのか――


 ◇ ◇ ◇


 静寂が立ち込めるなか、ロベルトの脳内にある可能性が浮かぶ。
 それを口にするべきか少し迷ったが、意を決して沈黙を破ることにした。

「……『僕たちの記憶が、主催者に作られたもの』だとすれば」

 全員が目を見開き、空気がざわつく。
 当然だろう。
 それが真実であるのならば、自身の持つすべての記憶が偽物ということになるのだから。
 しばし黙考したのち、ジョージがロベルトの仮説を否定する。

「たしかに辻褄は合うが、それはありえないな。
 フェイスレスほどの天才でさえ、記憶や人格のダウンロードには多大な時間を要した。
 しかもすでに存在していた記憶ではなく、一から作り出すのならばなおさらだ。
 私は、先ほど話したしろがねとしての自動人形との戦いの記憶以外にも、さまざまな細かい記憶を持ち合わせている。
 それらすべてを八十人分も作りだし、さらにその記憶通りの性能を誇る人体を作り、そこに移すなど……
 技術的には不可能ではないかもしれないが、そのような手間ばかりかかることをしてなんになる。
 しかもそれだけ参加者に手間をかけたというのに、すでに十六人も死んでしまっている。あまりに無意味すぎる。意図が読めん」
「それは……たしかに、そうだな」

 ようやく浮かんだ仮説が否定されたというのに、どこか安堵したような空気が流れた。

「やはり、これしか浮かばんな」

 しばらくまた思考に沈んでいたジョージが、デイパックに手を突っ込む。
 取り出したのは、ソフトボール大の石の塊だ。
 色は黒く、仄かにであるが輝いている。
 歪な形もあって、精製前の宝石を思わせる。

「ジョージ、それはいったいなんなのですか」

 怪訝そうに尋ねてきたエレオノールに、ジョージは淡々と答えた。

「『賢者の石』だ」

 一瞬、エレオノールにはジョージの発した言葉の意味が理解できなかった。
 目を丸くしたまま賢者の石をまじまじと眺めて、もう一度問いかける。

「ですが、我々の知る賢者の石とは……」
「ああ、似ても似つかないな」

 彼らしろがねの知る賢者の石とは、バラ色の柔らかな鉱物だ。
 現在ジョージの手にしている石の塊とは、外見からして異なっている。
 さらに違いを証明するべく、ジョージはリュックサックから取り出した水を注ぐ。
 注がれた水が光り輝き、生命の水に変化する――なんてことは一向に起こらない。
 ただ、水は石を濡らし、石を持つジョージの手を濡らし、床へと落ちていくだけだ。

「やはり、紛い物なのでは」
「違うな。最初に道具を確認した際には私もそう思ったが、しかし違う」

 エレオノールの言葉を遮って、ジョージはさらに続ける。

「これは、紛れもなく賢者の石なのだろう。
 ただし、我らしろがねのいたのとは『異なる世界』の、だがな」

 言って、ジョージは賢者の石の説明書を取り出す。
 そこには『加工次第で黄金や精神感応金属を生み出す』と書かれていた。
 しろがねたちの知る賢者の石とは異なるが、この記述が本物ならばそれはそれでかなりの逸品であろう。
 それこそ、賢者の石などと呼ばれていても決しておかしくない。

「この説明は事実であり、この石も本物であり、つまり……そういうことなのだろう」

 一人で頷いているジョージに、カルナギが声を張り上げる。

「テメェ、勝手に納得してねーで分かるように言いやがれッ!」

 それに対し、ジョージは目を丸くした。
 意図が伝わっていないらしい事実に驚きながらも、分かりやすく言葉を選ぶ。

「キース・ブラックが『時間を越えて』参加者を集めてきた、という説明はしただろう?」
「ああ。まぁ、あんまり合点がいったワケじゃねーけどな」
「それは私も同じだ。
 とはいえそうとしか考えられんし、小金井によればそうする技術自体は存在するというのだから、とりあえずそう考えるべきだろう」
「ああ、面倒だからそういうことだと思っとく、って言ったろうが」
「それでだな。
 ようは、ブラックが時間だけではなく、『世界も越えて』いたということだ」
「ああ……あァ!?」

 一瞬納得しかけて、すぐにカルナギは首を捻る。
 いまいち分かってないようだったが、それを汲んでくれるジョージではない。

「まず『我らしろがねの世界』。
 君の『エグリゴリがある世界』。
 小金井の『魔道具や忍術のある世界』。
 そして『我らの知らぬ賢者の石がある世界』。
 それらは、すべて異なる世界ということなのだろう。
 他にも、いくつかの世界から参加者をつれてきたのかもしれないな」

 数分ほど考え込んだカルナギが、浮かんだ疑問を口にする。

「それよォ、さっきの偽物の記憶うんぬん説より飛んでねえか?」
「なにを言うか。
 あの説は技術的に可能であっても、ブラック自身に行う意味がない。
 だがこちらの説は、いま手元にある情報をすべて踏まえた上での可能性ではないか」
「そういうもんかねえ……」
「そういうもんだ。
 なにも確実とは言っていない。これならば辻褄が合う、程度のことだ」

 ともあれ言っていること自体は分かったので、カルナギは拳をジョージに叩き付けた。
 やたら偉そうな口を効いてくれた憂さ晴らしである。

「そういやよォ、さっきの世界? だか四つしかあげてなかったけど、こいつの世界はどうなんだよ」

 ロベルトを指差しながら、カルナギが問う。
 めり込んだ身体を抜き出そうとするのをいったんやめ、ジョージが健気に返答する。

「分からないな。
 私たちや君の世界の住人ではなさそうだが、他の二つと違う五つ目の世界かは不明だ」
「へえ、そうかよそうかよ」

 適当に返しながら、カルナギは指の関節を鳴らす。
 十指すべてを鳴らしたのち、猛獣のような笑みを浮かべた。

「さっきから見てて思ったんだけどよォ……テメェ、なにか隠してんだろッ」

 短く告げると、カルナギは大きく跳び上がった。
 壁にめり込んでいるジョージが止めに入ることも、小金井やエレオノールが割って入ることもできず。
 カルナギの飛び蹴りが、ロベルトへと放たれた。

「……はッ、なんだそりゃあ!?
 自分のことなんにも話さねえクセに、大層なもん持ってんじゃねえかッ!」

 蹴りが当たる寸前で、ロベルトは一ツ星神器『鉄』を発現させていた。
 右腕から生えた巨大な砲台で、カルナギの蹴りを防いだのである。
 ただ、攻撃を防いだだけではない。
 防いだ結果、後ろに仰け反ることもなく、同じ姿勢を保っているのだ。
 かなりの実力者であることは、もはや言うまでもない。

「けどよォ……」

 言いながら、カルナギはバックステップで距離を取る。
 間に小金井とエレオノールが割って入るが、見据えるのは奥にいるロベルトだけだ。
 声色を低くしすると、苛立ちを籠めて怒鳴った。

「テメェ、そんなもんじゃねえだろッ!
 この俺、『牙(ファング)』コウ・カルナギをナメてんのかッ!!」

 ロベルトがまだ力を伏せているのは、カルナギの嗅覚をもってすれば明白だ。
 たとえ力を見せずとも、強者の気配は隠し切れてはいない。

「落ちつけ、カルナギ。
 なにを根拠にそんなことを……」
「うるせえッ! 黙ってろ、この銀目野郎ッ! 俺は、こいつが気に喰わねえんだッ!!」

 カルナギが苛立っているのは、力をセーブしていることだけではない。
 いきなり飛び蹴りをかまされておいて、防いだだけで済ませたのも気に入らなかった。
 さらに、これだけ挑発しても一向に仕掛けてこない。
 苛立ちは募っていくばかりだ。

「なんなんだ、テメェはッ!
 強ェのは分かってるっつってんだろうがッ! 全部出しゃいいだろうがッ!!」

 それでも、ロベルトは口を開こうとしない。
 口籠ったまま、ただ視線を小金井とエレオノールに一瞬飛ばした。
 その僅かな動作で、カルナギはすべてを理解した。

「……はッ、そーゆーことかよ。くッだらねえ」

 未だ『鉄』を発現させたままのロベルトに背を向け、カルナギはジョージのほうに向かっていく。
 やたら深く埋まったらしく出るのに苦心しているジョージを掴み、強引に抜き取ってやる。

「俺は、本気でブン殴ってもついてくるヤツ見つけたぜ。いいだろ」

 振り返ることなく勝ち誇った口調で言い放つと、カルナギはジョージを引きずって去って行った。

「いや、私としては殴らないでくれるならそのほうがありがたいのだが」

 などと呟いたのち、ジョージはホテルに残った三人に声を張り上げた。

「君たち、情報の提供感謝する!
 私たちはひとまず施設を回ることにしているので、動物園にでも向かうとする!
 再会したときには、またよろしく頼むぞ」

 そして、ふと思い出したように。

「そういえば、夜中にそこから真西の方角で花火が上がっていたぞ。
 もはやだいぶ前のことなので、アレを上げた本人や集まってきた参加者がまだいるかは分からないがな。
 それでも、当てがないのならば考えてみてはどうだ?」

 言い終わったと同時に、ジョージはカルナギにブン殴られる。
 すぐ近くで叫ばれ、やかましかったのである。
 それでも全部言い終えるまで待っていた辺り、それなりにジョージの意思を反映してやっているのかもしれない。


 小金井とロベルトは、どちらも微動だにしなかった。
 ただ歯を噛み締め、床を眺めているだけだ。
 理由は分からないが、なにか落ち込んでいるらしいとは、エレオノールにもさすがによく分かった。

(……そういえば)

 エレオノールの脳内に、自身に支給された道具のことが蘇る。
 懸糸傀儡どころか武器ですらなく、この場においては必要ないと考えていた。
 とはいえ蔵王に収納できるのならば、かさばらないので場所は取らない。
 そのため手放さなかったのだが、それは正解であったらしい。
 そう考え、エレオノールはリュックサックからその支給品を取り出した。
 単なるなんの変哲もない、アコースティックギターを。

(よし。問題ありませんね)

 軽く弦を弾いて、音の具合を確認する。
 チューニングが乱れていることはないらしい。

「かわいいぼうや、愛するぼうや――」

 なぜ二人が落ち込んでいるのかは、エレオノールには分からない。
 もし他の誰かならば、人の感情を汲み取って言葉をかけることもできるのだろう。
 だがまだ人間らしい感情を得たばかりのエレオノールに、それは難しい。
 それでも、エレオノールにできることはあったのだ。
 歌を聞けば、人は嫌なことを忘れられる。
 そのような話を、どこかで聞いたことがある。
 その気持ちはいまいち理解できないが、しかしエレオノールはサーカスの芸人である。
 ならば、なにをするべきなのかは明白だ。
 芸人は、人を笑わせるためにいるのだから。

「――いつかは恵みをくださいますよう……」

 歌が終わっても、ギターを弾く手を抜いたりはしない。
 終奏まで気を配り続けて、最後にじゃらんと一際大きく弦を弾く。
 そうしてエレオノールが顔を上げてみると、視界に入ったのはもう俯いていない小金井とロベルトの姿だった。
 軽く微笑むと微笑みが返ってきて、エレオノールにはそのことがとても喜ばしかった。

「あのさ、みんな」

 どこか言いにくそうに、小金井が切り出す。

「たぶん、さっき言ってた花火って、烈火兄ちゃんがあげたヤツだと思うんだよね。
 ちょっとそっち見てみたいんだけど、一緒に来てくれるかな?」
「もちろんです。ロベルトは……」

 花菱烈火が放送で呼ばれた以上、安全な場所とは言い難い。
 それを分かった上でエレオノールは即答し、ロベルトを見やる。
 すると、彼もまた静かに首を縦に動かした。



【E-4 ビジネスホテル周辺/一日目 朝】

【ロベルト・ハイドン】
[時間軸]:9巻85話『アノン』にてアノンの父親に悩みを打ち明ける寸前。
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、支給品1~3(確認済、人形はない)
[基本方針]:人間を見極める。ひとまずしろがねと小金井と同行。花火が打ち上がったという方角へ向かう。


【才賀エレオノール】
[時間軸]:28巻『幕間Ⅰ~「帰れない」』にて才賀勝と再開する直前。
[状態]:健康、焦り
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、自転車@出典不明、アコースティックギター@からくりサーカス、残り支給品0~1(確認済、人形はない)
[基本方針]:とにもかくにもお坊ちゃまを捜索し、発見次第守る。ナルミにも会いたい。花火が打ち上がったという方角へ向かう。
※名簿は『才賀勝』までしか確認していません。


【小金井薫】
[時間軸]:24巻236話『-要塞都市-SODOM』にてSODOMに突入する寸前。
[状態]:首に切り傷(処置済み)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、エレザールの鎌@うしおととら、風神@烈火の炎
[基本方針]:仲間たちと合流し、プログラムを破壊する。花火が打ち上がったという方角へ向かう。


【コウ・カルナギ】
[時間軸]:第五部開始時
[状態]:軽い疲労、両掌に軽い怪我
[装備]:なし
[道具]:なし
[基本方針]:サーチアンドデストロイ。ARMS、鬼丸を特に優先。刃も見つけ次第ブン殴る。ジョージに面倒な事は全部やらせる。


【ジョージ・ラローシュ】
[時間軸]:本編死亡後
[状態]:殴られすぎて通常行動は可能な程度にガタが来ている、疲労(小)
[装備]:無し
[道具]:ジードのタバコ@金色のガッシュ、ピアニカ@金色のガッシュ、基本支給品一式
[基本方針]:脱出して子供たちにピアノを聞かせる。乗る気はない。コウと共に脱出を画策する。動物園に行く。





【支給品紹介】

【賢者の石@スプリガン】
ジョージ・ラローシュに支給された。
現代科学では合成出来ない鉱物。
加工次第で、黄金や精神感応金属を生み出せる。
からくりサーカスに登場するものとは別物。


【アコースティックギター@からくりサーカス】
才賀エレオノールに支給された。
これといってなんにもない、フツーのアコギ。
41巻の頭のほうに出てきた。


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キャラを追って読む

055:境遇――孤独だった三人 才賀エレオノール 114:置き手紙
ロベルト・ハイドン
小金井薫
068:ジョージ・ラローシュの交渉 コウ・カルナギ 115:檻のなかの獣
ジョージ・ラローシュ







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