普通の子ども ◆hqLsjDR84w



 ◇ ◇ ◇


 市街地へと歩みを進めつつ、思考を巡らせる。
 朧さんに先頭を任せているので、それくらいの余裕はある。
 完全に人を頼りきってしまうつもりはないが、いまは考えなければならないときだ。
 前を行くおキヌさんが心配そうに振り向いているので、微笑みを返してから思考に没頭する……――


 ◇ ◇ ◇


 僕のなかには、三つの記憶がある。

 僕自身、すなわち才賀勝という少年の記憶。
 おじいちゃんである人形破壊者(しろがね)・才賀正二の記憶。
 そして――自動人形(オートマータ)の造物主・フェイスレスの記憶。

 一つ目は僕が生まれた日より培ってきたものであるのに対し、二つ目と三つ目は違う。
 二つ目はおじいちゃんの血を飲んだことで入手し、三つ目は僕の身体を手に入れようとしたフェイスレスによって流し込まれた。

 だから僕のなかには三つの記憶がある――が、断じて三人分ではない。
 おじいちゃんはしろがねとして百年以上生きてきたし、フェイスレスに至っては二百年をゆうに越える。

 ただ単に、『長い』だけではない。

 おじいちゃんは医者にして、懸糸傀儡制作の第一人者であり、剣術も免許皆伝の腕前で、一流企業『サイガ』のトップでもあった。
 フェイスレスに至っては『賢者の石』を造り上げるほどの錬金術師であり、人形繰りの天才であり、おじいちゃんの右腕として『サイガ』の上層部に常にいて、さらにはしろがね-Oという改造人間を作り出すほど人体や工学にも精通している。

 つまり――『多い』。

 僕のなかにはただ三人分の記憶があるのではなく、僕という普通の子どもの記憶と、あらゆる分野に精通した人間二人の記憶がある。

 医学も。
 剣術も。
 化学も。
 工学も。
 生物学も。
 経営学も。
 錬金術も。
 言語能力も。
 人形繰りも。

 全部、僕のなかに『ある』。
 使いこなせるかはさておき、事実として間違いなく存在している。

 そんな膨大な知識をもってしても、現状は不可解だ。

 朧さんやおキヌさんと話したところ、全員が『いまはいつなのか』という認識が違っていた。
 二人とも、僕より過去を現在だと思っていた。
 からかっているワケではないようで、また思い違いでもないらしい。

 普段ならば決して考えないが、すでにある発想に至る要因は十分にあった。
 刃さんが物干し竿の柄紐を解くと、空間に穴が開いた。
 おキヌさんによると、美神令子というGS(ゴーストスイーパー)は時空移動能力を持つという。
 朧さん曰く幽霊の気配は一つしか捉えられなかったというのに、もう死んだはずの人間が何人も名簿に記されている。

 仮説――――このプログラムの参加者は、『異なる時間』から呼び出されている。

 ならば、頷ける。
 いろいろと納得がいく。
 この仮説を口にはしていない。
 認識の違いからおキヌさんと朧さんは思い至っているかもしれないものの、まだ僕から告げてはいない。
 他の誰かから告げられてもいない。

 それに――もし『これが真実である』のなら、『明かさないほうがいい』ことだってあるかもしれないのだから。

 とにかく、考えを固めたいところだった。
 『どうにかすることによって時間移動が可能である』という確証を得たい。

「…………って!?」

 不意になにかに当たった。
 いや、当たらなかった。通り抜けた。

「うわわっ! ちゃんと前を見てなきゃダメですよ、勝くん」
「ご、ごめんなさい」

 いつの間にか、おキヌさんが足(?)を止めていたようだ。
 見れば、朧さんもまた少し前で立ち止まっている。
 歩み寄っていくと、朧さんは険しい表情のまま静かに口を開く。

「何者かが飛行しながら迫ってきています」

 朧さんの視線の先を確認するが、なにも見当たらない。
 困惑していると、十秒ほど経ってからその視線の先に人影が現れた。

「あれ? おキヌちゃんじゃない」

 腰まで伸ばしたストレートの茶髪。
 紫色の派手なボディコンスタイル。
 整った顔立ちで、気が強そうな目つき。
 さらに、いまのおキヌさんに対しての発言。

 運がいい。心から、そう思った。
 僕が所持していない霊に関する知識を有しており、時空移動能力を持っている。
 まさしく――現時点においてもっとも会いたかった参加者の一人だった。

「なによ、ジロジロ見て。
 ……でもなんか育ちがよさそうな雰囲気してるわね、賢そうな顔つきだし、もしかしてお坊っちゃまとかかしら…………」

 小声でぼそぼそと言っているのが聞こえてくる。
 確信した。彼女こそ、話に聞いた美神令子さんその人だ。


 ◇ ◇ ◇


「み、美神さぁ~~~ん!」

 三十秒ほど目をぱちくりさせて、おキヌさんはようやく状況を認識したらしい。

「そんな大きな声出さなくても聞こえてるわよ」
「無事でよかったです~~~!」
「はいはい」

 おキヌさんに勢いよく抱きつかれながら、美神さんは具合が悪そうに頬をかいた。
 ぶっきらぼうな言葉に反して、どこか気恥ずかしそうな笑みを浮かべている。

「ところでおキヌちゃん、なんで幽体離脱してんのよ」
「……? いったいなにを言ってるんですか、美神さん」
「いやいや。なにって、そのままなんだけど」
「…………?」
「幽体離脱するのはいいけど、体どっかに置いてきちゃダメでしょ」
「………………?」

 首を傾げすぎて、おキヌさんの首の角度が大変なことになっていた。
 そのそぶりに、美神さんもまた困惑を露わにする。
 もしやと思った。
 こういう、認識のズレは知っている。
 美神さんとおキヌさんも、お互いに『認識している現在』が違っているのかもしれない。
 指摘するべきか否か。
 いま、『参加者の時間軸が異なっている』可能性に触れてしまっていいのだろうか。
 迷う僕とは違い、朧さんは迷わなかった。

「なるほど。お二人の時間軸も異なっているようですね」

 なんの躊躇もなく、あっさりと言ってのける。
 意図せず口が半開きになった僕の前で、美神さんは「あーあーあーあー」と四回ばかり声に出したのち深く頷く。

「そういうことね」
「……えっ?」

 未だよく分かっていないらしいおキヌさんをよそに、美神さんは一人納得したように呟く。

「なるほどなるほど。
 通りでジャンとちょっと話が合わなかったはずだわ。うむうむ」
「どういうことですか?」
「うーん、これおキヌちゃんに言っていいのかしら。
 でもまあ幽霊のおキヌちゃんなら大丈夫か。うん、言っちゃおう」

 美神さんも迷わなかった。

「『私の時間軸』だと、おキヌちゃんって身体手に入れてるのよね」
「はあ。でも私、三百年前に死んでるんですけど……」
「まあいろいろあったのよ」
「いろいろあったんですか」
「そうそう」
「いろいろですかー」

 僕が『時間軸のズレについて触れないほうがいいかもしれない』と思った理由は、こうしてあっさりと乗り越えられた。
 『言ってはいけない未来もある』と思ったのだが、完全に無視されていた。
 一瞬躊躇したのを見るに、美神さんも気付いていたはずなのに……

「っていうことは、キース・ブラックも美神さんのような能力を持っているのでしょうか」
「ほぼ間違いなくね。
 他人をつれてこれる辺り、私のより使い勝手いいんじゃないかしら」
「むむむ、強敵ですね」

 おキヌさんのほうも、大して気にしていないらしい。
 身体手に入れるって、それ相当のことだと思うんだけどなあ……
 いや、まあ置いとこう。
 すんなり片づいたのなら、それに越したことはない。
 なにより、いまの話題に乗っておきたい。

「あの美神さん、おキヌさんから話は聞いてます。
 アナタには時間移動能力がある――とのことですが、本当でしょうか」
「ん、まあ……ね」

 いままでの会話ですでに明らかだったが、あえて尋ねておいただけにすぎない。
 にもかかわらず、帰ってきた返事は曖昧なものだった。

「雷くらいのエネルギーがあれば発動できるようですが、それでこの殺し合いをなかったことにするのは可能ですか?」
「無理」

 またしても、美神さんは迷わなかった。
 おキヌさんが目を見開いているが、僕には大した驚きがない。
 朧さんも同じだったようで、平然としている。

「と、いうと」
「まず、ここに張られている結界。
 地図の端だけじゃなく上も、そして下まで張られてるでしょうね。
 ちょうどいまこのホウキで上昇して確認してきたんだけど、そっちから来たってことはアンタたちも見てきたの?」
「はい」
「張られてたでしょ? なんか、目には見えない壁みたいのが」
「……はい」
「それは、三次元的に物体を阻むだけの結界じゃないのよ。
 四次元的、つまり時空移動さえも完全に遮ってしまっている。
 だから――」

 一拍置いて、美神さんは断言する。

「無理」

 おキヌさんは驚き、僕と朧さんは驚かない。

「その結界を解除すれば、どうにかなりませんか?」
「うーん、それ考えてたんだけどね。まあ無理。
 ここを出なきゃいけないから、結界の解除は必須だと思うのよ。
 でもそれで『時空移動できるようになった! 全部なかったことにしよう!』は無理、少なくとも私には。
 私は時空移動能力を受け継いでいるけれど、決して完全に使いこなせるワケじゃないのよね。
 どれだけ膨大なエネルギーを集められたとしても、ちょうど過去のキース・ブラックが殺し合いを始めようとしているところに移動してー……ってのは無理」
「そう、ですか……」

 驚きはない。
 そう、ない。
 ないはずなのに……勝手にため息がこぼれた。
 多少なりとも、期待してしまっていたのだろう。
 けれど、それでも――大人しくかっこつけて諦めてなんかやらない。

「では結界について、教えていただけませんか?
 僕は『父親の方針』で様々な分野の知識を『まあまあ』持っているんですが、心霊関係についてはまったく知らないんです」

 問いかけると、美神さんは目を丸くした。

「もっと凹むと思ってたんだけど、結構タフね。
 うちの横島くんだったら、間違いなく二週は引きずるんだけど」
「そんな余裕、ありませんよ」

 そう、落ち込んでいる余裕はない。頭を切り替える。
 僕は普通の子どもにすぎないんだから、その分抗うんだ。
 全部なかったことにするのが無理なら、いまできることをやってやる――!

「落ち込んでたら、キース・ブラックの思うつぼだもの。
 一番の敵は、結界でも首輪でも殺し合いに乗った参加者でもない。
 諦めようとする自分自身の弱い考えと、なにより戦わなきゃいけないんだ」

 美神さんの目を見て言い切ってから、勢いよく頭を下げる。

「だから――覆っている結界を取り払う方法を教えてください」

 GSとして働いている美神さんにとって、結界の知識はそうそう明かせぬものだろう。
 おキヌさんの言葉通り利益優先主義であるのならば、なおさらである。
 ゆえに頭を下げる。
 それでもダメならば、他のなにかを考える。
 そう思っていると、美神の返事より先にエンジン音が響いた。

「……ッ!?」

 反射的に顔を上げると、美神さんとおキヌさんもそちらを見つめている。
 朧さんだけが一人、そちらに視線をやらずにあらぬ方向を眺めている。

「警戒する必要はないですよ。
 迫ってきている男が殺し合いに乗っている可能性はありません。
 苛立ちこそ溢れ出していますが、殺気は漂っていませんし――それに」

 エンジン音は、僕らから少し離れたところに止まった。
 原付を止めると、乗っていた男性がゆっくりと歩み寄ってくる。

「なにより、彼は最速のスプリガン――ジャン・ジャックモンドですから」

 長く伸ばした金色の髪を風になびかせて、ジャンさんは朧さんに鋭い視線を飛ばす。

「おいおい、なにバラしてんだよ。一応機密事項だろうが、そいつは」
「ふふ。元より、アナタは知りたければ知れというスタンスではないですか」
「はッ! 俺たちに軽々しく手ェ出したら終いだって、バカどもに知らしめてやるだけだろ」
「現状、手を出されていますけどね」
「だから分からせてやるんだろうが、あのしたり顔のキザ野郎によ」
「そう上手く行っていないようですが」
「ちッ。久々に会ったってのに見透かしたみてえな口調は変わんねーな、朧。
 でもその通りさ。なにも間違っちゃいねー、ボコられっぱなしだ。だが終わっちゃいねー。生きてる以上は、あの野郎に分からせてやる。
 アンタだって、言われるがままってワケじゃねーんだろ。もしそうなら、こんなガキたちがアンタと一緒にいられるはずがねえ」

 言いながら、ジャンさんは朧さんから視線を外す。
 辺りを見渡そうとして――ある一点でオブジェのように静止した。

「…………」

 そちらでは、美神さんがおキヌさんの背後に身を隠していた。
 けれどおキヌさんは幽霊であるので、まあ、うん。
 美神さんの姿は、見事に透けて見えている。
 それはもう完全に。まったくもって丸見えだった。

「…………」
「…………」
「…………よォ、しばらくぶりだな」
「…………あっ、バレた」

 なにがあったのかは定かではないが、なにかしらがあったのが明白だった。
 にもかかわらず、美神さんは素知らぬ顔で切り出す。

「悪いとは思うけど、間違ってたとは思ってないわよ。
 あの状況で残ってても話がこじれるだけだったし、面倒ごとに巻き込まれるのも好きじゃないもの」
「み、美神さぁん! なにしでしたんですかあ!?」
「なにしたっていうか、なにもしなかったというか」

 おどおどするおキヌさんをよそに、美神さんはしれっとしている。
 少しばかり間を空けて、ジャンさんは静かに答えた。

「別に責める気もねーよ。
 あんときは頭に来て怒鳴ったけど、終わったいまとなっちゃアレで正解だ」

 反論を待っていたのだろうか。
 意外そうに、美神さんの眉が揺れ動く。

「なによ、それ。
 私にとって正解だったけど、アンタにとっちゃ違うでしょ? 怒ればいいじゃない」
「…………はッ。ンなこたねーよ。
 お前が残ってたところで、あそこに転がる死体がもう一つ増えてただけだ。
 あのあといろいろあって丸く収まったんだけどな、その直後に気味の悪い動く人形が現れて――」

 ジャンさんは、自嘲気味に口角を吊り上げる。

「俺以外、全員殺されたんだからな」

 静寂が辺りを包む。
 誰一人として口を開かない。
 『気味の悪い動く人形』――心当たりがある、ありすぎる。

「その人形って言うのは……」

 尋ねようとして口籠もる。
 特徴を聞いたところで、どうなるというのか。
 それが誰なのかを知ったとして、なにになるというのか。

「安心しろよ。破片になるまでブッ壊してやった」

 ぽん――と、頭を軽く叩かれる。
 その手はひどく傷ついていた。

「なんだよ、美神。らしくねえじゃねえか」
「……なんでもないわよ」
「もし戻ってきたところで意味なかったって言ってんだから、気にしてんじゃねえよ」
「……別に。気になんかしてないわよ」
「そうかい」

 言葉に反して、美神さんは下唇を噛み締めていた。
 その理由を問うことなどできるはずもない。

「んで朧、このガキと霊はなんなんだ?
 こんだけやられたあとなんでな、役に立たねえヤツとつるむ気はねーぜ」
「見た目で判断するのはよくないですよ。その少年は伸びる余地があります」
「将来の話じゃなくて、いま役立ってもらいてえんだよ。
 じゃなきゃ、こんだけの首輪をくれたヤツらに示しがつかねえだろ」

 ジャンさんが開いたリュックサックには、いくつもの首輪が入っていた。

「そういうことでしたら問題ありません。
 戦闘は発展途上ですが、工学知識のほうはすでに完成されていますよ」
「あァ?」

 露骨に眉をひそめるジャンさんに、僕は向き直る。
 僕自身は普通の子どもだが、僕の記憶は普通ではない。
 その自負は――ある。

「錬金術と工学の知識には自信があります」
「…………本当か?」
「本当です。
 現状、首輪を眺めてもなにも掴めていませんが……それでも、僕の知識がたしかなものであるという確信はあります」

 何せ、その知識はフェイスレスのものであるのだから。
 しろがねを操り、自動人形を操り、他にも様々な人を操った――諸悪の根元のものであるのだから。
 その知識が大したことないのならば、こうはなっていない。
 普通の子どもである僕が『ゲェム』を突破し続けているのは、アイツの記憶があるからなんだ。

「そうかよ。だったら役に立ってもらうぜ」
「ただ、工具や作業を行うスペースがなければ、どうにもなりませんが……」
「工具なら俺が持ってる。スペースは……まあちょっと行けばあんだろ」

 言いながら、ジャンさんは原付を蔵王にしまい込む。
 同行してくれるらしい。

「で、お前なんて言うんだよ」
「あっ、はい、僕は――」

 そういえば、まだ名乗っていなかった。
 若干しどろもどろになりつつ、ゆっくりと告げる。

「才賀勝と言います」


 次の瞬間、視界が反転した。


「…………あれ?」

 なにが起こったのか。
 分からない。なにも、分からない。
 名前を言ったと同時に、奇妙な浮遊感を味わい――いつの間にか目の前に土がある。
 立ち上がろうにも立ち上がることができない。

「勝くん!」

 心配そうなおキヌさんの声。
 振り向くこともまたできなかった。
 背中に押さえつけられている圧迫感がある。

「ジャン、アナタはなにをしているのですか?」

 朧さんの声は、これまで聞いたことがない冷えきったものだった。
 首が動かないため、僕の視線は地面に向けられたままである。
 地上にある僕の影の上には、もう一つ影が重なっていた。
 そのもう一つの影は、僅かに結われた長い髪を揺らしている。
 朧さんと美神さんも髪は長いが結っておらず、おキヌさんに至っては『影ができない』。

 必然――僕の上に馬乗りになっているのは、ジャンさんということになる。

「落ち着けよ。
 この俺がキース・ブラックの言いなりになってるワケねーだろ」

 軽口を叩くような口調とは対照的に、僕の身体にかかる力は強くなった。
 腕どころか指一本動かない。
 これでは『分解』で逃れることも不可能だ。

「ただ、な。
 『才賀』ってヤツに痛い目見せられたあとだからな。
 疑り深くなるのは仕方ねえだろ。甘いことしてらんねえって痛感したんだしな」

 才賀。
 その姓を持つ参加者は、僕以外に三人。
 しろがねと、おじいちゃんと、アンジェリーナさん。
 その誰もが殺し合いに乗るはずがない。断言できる。

「才賀正二ってジジィ知ってるか?
 俺と美神は、そいつに襲われたんだけどよ」

 バカな。
 そんなはずがない。
 おじいちゃんに限って、それはない。
 しろがねのために生きてきたおじいちゃんでも、しろがねのために誰かを殺すなんて……

 ――ありえない、のか?

 僕がいる。
 ギイさんがいる。
 アンジェリーナさんがいる。
 だから、いくらしろがねのためでも……

 ――本当に?

「ジャン、血縁関係だからといって必ずしも同じ思想とは限らないというのは、アナタがよく知っているはずですよ」
「うるせえな。その通りだけど、違うとも限らねえだろ」

 朧さんとジャンさんがなにか言っているが、ほとんど耳に入らない。
 僕のなかには、おじいちゃんの記憶がある。
 おじいちゃんがしろがねのために、なにをしてきたのか。
 しろがね一人のために、どれだけの犠牲を生んできたのか。
 知っている。よく、知っている。

 ――ありえないと断言できるのか?

「もちろん……僕のおじいちゃんなんだから、よく知ってますよ」

 平静を装いつつ返答すると、ジャンさんは大げさなため息を吐いた。

「まァ、この件についてはいろいろ不可解な点も多いからな。
 自分の親戚が手ぇ染めたかもしれねー話とか聞きたくねーかもしんねーけど、聞いてもらうぜ」
「…………構いません」

 たしかに聞きたくはない。
 けど、聞かねばならない。
 聞かないワケには――いかない。


 ◇ ◇ ◇


「――ってことだ」

 ジャンさんの話が終わる。
 終始押さえつけられていたせいで身体が痛むが、そんなことはどうでもいい。

「そういう……こと、ですか」

 ジャンさんのいう『不可解』は、僕にとって『不可解』でもなんでもなかった。
 つまり――いったいなにがあったのか、僕はすべてを理解した。
 おそらく、間違いはない。

「断言します、ジャンさん。
 最初に遭遇した才賀正二と、寺の前で会ったという才賀正二は別人です」
「――ッ、やっぱりか……!」
「寺の前にいた才賀正二が、僕のおじいちゃん・才賀正二であり――」

 僅かに迷う。
 が、言わねばならない。
 隠しておけば信用が薄れるし、そうなればアイツの被害者が増えかねない。

「最初に遭遇した才賀正二は、僕の父・才賀貞義です。
 名簿には『フェイスレス』という名で記載されている男です」

 なにもかも、アイツの仕業だ。
 他人に成り済ますことができるアイツならば可能だし、アイツならばやりかねない。
 ここにおじいちゃんがいるのならば、むしろ率先してやるだろう。
 引っ掻き回しに引っ掻き回して――そして、結果的におじいちゃんを死に追いやった。
 アイツの思惑はたしかに実っていた。
 知らない間に歯を噛み締めていたらしく、口のなかに血の味が染みてくる。

「……信じろってのかよ、それを」

 話し終えた僕に、ジャンさんは冷たく言い放つ。
 当然だろう。それはそうだ。分かり切っている。
 誰が信用できるものか。こんな話を。こんな戯言を。
 アレほどまでの知識を持ちながら、ただ恨みで引っ掻き回すなど。
 仮初の姿とはいえ親子として接し続けた親友を、あっさりと裏切るなど。
 そんな輩がいてたまるか。あっさり受け入れられてたまるものか。

「信じてください。
 フェイスレスならやりますよ、間違いなく。
 迷わず断言できます、だって僕のなかには……」

 だから、僕は鬼札(ジョーカー)を切る。


「その、フェイスレスの記憶があるんですから。
 こういう状況において、あの男がそういう行動に出ることなんて――お見通しですよ」


 身体にかかる力が強くなる。
 予想していた。
 予想していたけど、やっぱり痛い。
 痛いけど、言葉を続ける。

「僕はアイツの『器』になるべく、作られた子どもなんですよ。
 身体を乗っ取り新しい身体を得るために、僕は生み出された。
 僕という器に、アイツ自身を『転送(ダウンロード)』するためにッ」

 ぎりぎりと、身体の軋む音がする。
 痛い。本当に痛い。涙が出そうだ。
 でも泣かない。ここは泣くべきときじゃない。

「そんな大それたことが簡単にできるワケがない! ダウンロードは三つ段階を踏まねばならないんだ!
 第一段階で『記憶』を、第二段階で『人格』をダウンロードさせ、第三段階で『ミクスチャー』させて完了だ!
 でも僕は、おじいちゃんの手によってダウンロードは第一段階で済み――人格は僕自身のまま、アイツの記憶だけを手に入れたんだッ!!」

 笑う。
 おじいちゃんのおかげで、アイツの思惑は覆されたんだ。
 だから笑う。笑ってやる。笑って語ってやる。

「…………証拠になるもんでもあんのかよ」

 ほんの少し、身体にかかる力が弱くなる。
 未だ信じ切れないという声色だ。

「あるよ」

 ――鬼札(ジョーカー)は二枚ある。

「僕のデイパックの底に、二つ蔵王がある。
 それを開けば分かるよ。全部本当なのがね」
「美神!」
「私ぃ!? 関係ないじゃない!」
「この話に信憑性があるかねーかで、あのジジィに対する礼も変わるだろ。
 もし本当だったら、さんざん弄ばれたってのに、現状全然仕返しできずに掌の上にいたことになるぜ」
「まあ……ねえ」

 渋々といった様子で、美神さんが近付いてくる。
 僕とジャンさんの間にあるため苦心していた様子だが、どうにか蔵王を取り出したらしい。

「なによこれ」

 ばさりと書物の落ちる音がする。
 そちらを最初に出してくれたのなら、話は早い。

「そのファイルの十六章と十七章を開いてください。
 できれば全員で目を通してくれると、話が早くて助かります。
 章題は『しろがね』と『勝』です。ページ数は――」

 時間をかけて思い出すまでもない。
 脳ミソに刻み込まれている。
 忘れられるものか。

 時間が経つにつれて、みんなが言葉を失っていくのが分かる。
 しようがないことだ。

 ――――愛人との間に子どもを作り、不要となった様々な存在を処分するための『餌』とする。

 そんな内容が記されているのだから。

「読み終わったら、もう一つの蔵王から中身を出してください」

 頃合いを見計らって頼むと、ちょうどいいタイミングだったらしい。
 美神さんが取り出した蓄音機を地面に置いくと、それは勝手に起動する。

『記憶の伝達が完全でなかったときのため、私はこの部屋を残しておくことにする』

 この蓄音機に残された内容もまた忘れられない。

『【いまは勝】よ、この録音を聞き、私が誰か認識できるか』

 淡々と再生されていく。
 僕がアイツに用意された器に過ぎないという事実が、無感情に淡々と。
 たっぷり五分ほど経って、蓄音機は『思い出せ』以外の言葉を発しなくなる。
 そこで、美神さんは蓄音機を蹴り飛ばす。
 僕がかつてやったように、完膚なきまでに破壊した。
 僕の身体に籠められた力も、ほどなくして弱くなった。

「…………悪かったな」
「構いませんよ。そう簡単に信じてもらえるとは思ってませんでしたから」

 立ち上がって関節を伸ばす。
 身体の節々が痛むが、ゲェムが終わったときほどじゃない。

「一つ、訊かせてくれ。
 どうしてあんなこと明かしたんだ。あんなもん……聞いて欲しくなんか、ねえだろ」

 おかしな質問だった。
 答えなど分かり切っている。

「信用してもらうためなら、なんだってしますよ。
 聞いて欲しくないことを教えるくらい、大したことじゃない。
 そんなことを躊躇している余裕なんかないんです。
 『これはできない』だとか、『他の方法を考える』だとか、僕にはそんなこと言ってられないんです。
 ここには朧さんやジャンさんみたいな強い人がいるし、美神さんみたいな専門知識を持っている人もいるし、フェイスレスはそんな人たちを手玉に取っているけれど――」

 呼気を整えて、はっきりと断言する。


「僕は、普通の子どもですから」


 はッ――と短く笑い、ジャンさんは髪を掻き揚げた。

「躊躇しねえ、か。
 同じ考えだ。俺も――そんなことする気はねえからな」



【A-4 東部/一日目 昼】

【才賀勝】
[時間軸]:黒賀村である程度過ごしてから。
[状態]:健康
[装備]:物干し竿@YAIBA
[道具]:首輪×2(おキヌ、朧)、貞義のファイル@からくりサーカス、基本支給品一式
[基本方針]:殺し合いを止める。


【おキヌ】
[時間軸]:本編にて生き返る前(美神令子の時間移動能力を知っている時期)
[状態]:不健康、首輪解除
[装備]:無し
[道具]:マーラの銀鏡@スプリガン、ランダム支給品0~1、基本支給品一式
[基本方針]:勝についていく。
※幽霊です。『本人が触れたいと思うもの』以外はすり抜けます。


【朧】
[時間軸]:不明
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3、水晶髑髏@スプリガン、中性子爆弾@ARMS
[基本方針]:殺し合いに乗る気はない。


【美神令子】
[時間軸]:ルシオラを敵だと認識している時期。
[状態]:疲労(小)、雷撃のダメージ、すり傷。
[装備]:青き稲妻@GS美神極楽大作戦!!
[道具]:ヴァジュラ@スプリガン、鍋@現実、土手鍋(説明書未読)@金剛番長、基本支給品一式、首輪(ナゾナゾ博士)
[基本方針]:殺し合いには乗らない。脱出するべく首輪を調べる。アシュタロスには関わらない。
※ジャンと少しばかり情報を交換しました。
※植木、ユーゴーと情報をテレパスで共有しました。


【ジャン・ジャックモンド】
[時間軸]:少なくともボー死亡後。
[状態]:疲労(大)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式×5、首輪×5(剛力、暁、パウルマン、アンゼルムス、正二)
     門構@烈火の炎、翠龍晶@うしおととら、閻水@烈火の炎、対AMスーツ用特殊ライフル(弾丸:11)@スプリガン、拡声機@現実、工具@からくりサーカス
     あるるかん@からくりサーカス、カロリーメイト9000キロカロリー分(一箱消費)@現実、H○NDA・スーパーカブ110@現実、不明支給品1~5(確認済み)
[基本方針]:殺し合いには乗らない。殺し合いに乗ったと思しき相手は、躊躇せず殺す。高槻涼に会う。
※美神と少しばかり情報を交換しました。



【支給品紹介】

【工具一式@からくりサーカス】
白雪宮拳(剛力番長)に支給された。
フェイスレスがマリオネットや自動人形を制作する際に用いていたもの。


【貞義のファイル@からくりサーカス】
才賀勝に支給された。
才賀貞義(フェイスレス)が才賀家に残したファイルであり、彼の思惑がある程度記されている。


【貞義の遺した蓄音機@からくりサーカス】
才賀勝に支給された。
才賀貞義(フェイスレス)が才賀家地下に遺した蓄音機である。
『転送(ダウンロード)』が成功しても効果が表れない際の保険として、ダウンロード後の自分に『現在は才賀勝ではない』と自覚させるべく遺した。


 ◇ ◇ ◇


「あーらら、まーた勝くんの勝ちか。
 これで、またしても『ゲェム』の連敗記録は続く――と。

「あんなフツーのガキに負けるなんて考えられない?
 やはり自動人形は旧式に過ぎない、Oの時代が来ている?
 ふ、ふふふふ……言うなァ。実際、君たちだって負け続きのクセに。

「それに、才賀勝がフツーの子どもだって?
 フツー、フツー、フツー、フツー……ねえ。
 だいたいさァ、そもそもの話として、その『フツー』ってのはなんなのさ。
 音信フツーってことかい?
 一方的にだけど僕は彼と連絡を取れるし、彼の姿をこうしてリアルタイムで眺められるじゃないか。
 それとも、なんだい? 文字通りに『通らない』ってことかい?

「…………この言葉遊びこそ、まさしく通らないな。

「ともかく――彼を普通のガキだと思っているのなら、それこそ君らに勝ち目はないよーん。

「勝くんは、僕の知識を持ってるんだから。
 自動人形やOの構造を知っているからこそ、分解するポイントも知っている。
 それに、頭だってメチャクチャいいんだぜえ。
 僕には及ばないと言っても、勝くんの持つ知識にはないはずの仕掛けだって弱点をズバッと見抜いちゃう。
 正二から受け継いだ『見浦流』も、自動人形殺しの日本刀『雷迅』と組み合わせることで真価を発揮している。
 アレに斬られちゃあ自動人形はおしまいだし、Oだって油断していられない。
 正二の血液――つまり生命の水を飲んでいるから、完全なしろがねほどじゃなくても身体能力や治癒力だって向上してるしね。
 さらに、彼が使っている三種のマリオネットは、この僕が僕自身のために残した代物だ。
 どれもかなりクセがあるけれど、その分だけ使いこなしたときのポテンシャルは図抜けている――そして彼は自在に操れるようになってきている。


「つまり――才賀勝は『普通の子ども』なんかじゃない」


「分かっている? はッ! ハハハハハッ!

「あー……笑わせるなよ。そういう不意打ちはズルだぜ。
 君たちは、断じて分かっていない。なーんにも理解していない。
 僕の言わんとしていることを、自動人形もOも揃ってこれっぽっちも読み取れていない。


「勝くんは『普通の子ども』ではないが、しかし――自分を『普通の子ども』と思っているのさ。


「よくよく考えてみろよ。
 僕と正二の記憶に、けた外れの頭脳、人形繰りに剣術、さらには百八十億もの莫大な遺産。
 それだけたくさんのものを持っているのに、普通――それこそ普通は、だ。
 普通、自分をただのガキだと思えるか? 思えるはずがないんだよ。それこそ『普通』なら。

「でも、勝は違う。
 自分を『普通の子ども』と見て、その上で油断をしない。
 決して思い上がらずに、むしろ自分自身の力を過小評価している。
 九割九分九厘勝てる状況でも、残りの一厘を考慮に入れることを忘れない。

「幼少期、豊かな生活をできなかったせいかもしれない。
 出生の件もあり、イジメられていたせいかもしれない。
 母親と祖父を早くに失ってしまったせいかもしれない。
 自分が単なる器に過ぎないと知ったせいかもしれない。
 僕と正二の記憶を手にしてしまったせいかもしれない。
 あるいは――加藤鳴海と死に別れたせいかもしれない。

「いかなる場面においても、『もう大丈夫』だとか『勝ちは決まった』だとかそんなふうに安心してしまうことがない。

「自分を過小評価しているからこそ、多少の傷では動じない。
 自分を過小評価しているからこそ、敗色濃厚でも揺らがない。
 自分を過小評価しているからこそ、血みどろになろうと考える。
 自分を過小評価しているからこそ、命以外のすべてを投げ出せる。
 自分を過小評価しているからこそ、奇策にだって出ることができる。
 自分を過小評価しているからこそ、所持する手札をすべて使い果たす。
 自分を過小評価しているからこそ、恥も外聞もなく勝利に貪欲になれる。
 自分を過小評価しているからこそ、自分のなかの恐怖から目を逸らさない。
 自分を過小評価しているからこそ、連日連夜アレだけのトレーニングに励む。
 自分を過小評価しているからこそ、自分を過大評価している君たちに――勝つ。

「これが、ヤツのもっとも恐ろしいところだ。
 注意すべき点は、僕の知識ではない。正二の知識でもない。
 生命の水で得た身体能力や治癒力でも、並外れた頭脳でも、類稀なる観察力でも、正二が遺した日本刀でも、僕が作った三種のマリオネットでもない。


「自分自身を『普通の子ども』と見なしている――――それこそが、才賀勝最大の武器なのさ。


「ま、君たちには分からないんだろうけどね。
 いいんだよ、それで。むしろ余計なこと考えるなよ。
 こんなものはゲェムなんだから、盛大にやられたほうが盛り上がるだろ?
 だいたい勝くんは僕のボディになるんだから、ほんとに殺してもらっちゃ困るんだよねえ」





【備考】
※A-4東部に、貞義の遺した蓄音機@からくりサーカスが壊れた状態で転がっています。




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102:明暗 ジャン・ジャックモンド
107:能力者CO/価値観の不一致 美神令子






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