こうしてはいられない ◆hqLsjDR84w



 そこは、ひどく暗かった。
 とはいえ彼方から伸びる市街地の灯りはぼんやりと見て取れるし、上空では月や無数の星が燦然と輝いている。
 だがそれらが認識できるということは、つまりよっぽど他の光がないということだ。
 そんな場所で、一人の少年がたたずんでいる。
 彼の存在は、闇夜のなかでとても異質だった。
 浮いている、というか――どうも馴染んでいないのだ。
 周囲に比べて、あまりにも色がなさすぎる。
 見た目が、という話ではない。
 Tシャツもズボンも、無地の白い物を纏っているが。
 額には包帯を巻いているし、肌だってとても白いが。
 そういう、表面的な違和感ではなく。
 まるでこの世界に本来いるべき人間ではないかのような――そんな、気配を放っていた。
 彼の名は、ロベルト・ハイドン。
 親の欲のために人間界へと堕とされ、彼の力を恐れる人間たちに虐げられてきた天界人である。

「殺し合え、か」

 誰にともなく呟いて、ロベルトは天を仰ぐ。
 これまで彼は、人間たちを空にある星のようなものだと思っていた。
 太陽のような強い光には隠されてしまうほど、ちっぽけで弱い。
 他の星が隠れてしまっていても見向きもせず、自分だけは輝いたまま。
 群れているように見えて、実際の距離はとても離れている。
 だからそんな貧弱で自分勝手な種は、滅ぼしてしまう――つもりだった。
 しかしその考えを否定しようと、ロベルトの前に立った少年がいた。

「植木くんに佐野くん、君たちは……考えるまでもないか」

 この場にも呼ばれているらしい植木耕助である。
 彼と彼の仲間たちは、身体を張って主張したのだ。
 人間は弱いけれど強くなれる、と。
 ロベルトはその主張を馬鹿げていると一蹴したが、それでも食い下がり――
 『レベル1』にすぎない彼らは、『レベル2』であるロベルトに一発叩き込んだ。
 弱くて最後には保身に走るはずの人間が、死の恐怖を越えて立ち上がってきたのである。
 彼らが殺し合いに乗るはずがない、とロベルトは断定した。

「僕は――どうするかな」

 これまでのロベルトならば、迷わず参加者の全殺害を目指しただろう。
 優勝の褒美を信じきっているワケではないが、そうせねば次の神を決める戦いに復帰できないのだから。
 恐怖に歪み本性をさらけ出してしまう人間たちを鑑賞するのも、さぞ楽しめただろう。
 だが――と、ロベルトは考える。
 彼の脳裏を過るのは、恐怖を前にしても自分ではなく仲間のために立ち上がった植木たちの姿だ。
 はたして、人間は本当にただの弱虫なのだろうか。彼らのような人間も他にいるのではないだろうか。
 最近、そのような考えがロベルトのなかで膨らみ続けている。
 唯一心を許している父親に相談しようかとまで、思っていたのだ。
 そんなときに呼び出されてしまい、ロベルトは頭を悩ませる。

「……ッ」

 ロベルトが、唐突に思考の渦から復帰する。
 小さな光が見る見る接近してきているのだ。
 目を凝らして、近付いてきているのが自転車だということは分かった。

(なぜ、このような他に人がいないところに――まさか!?)

 人間が己だけを大事にする生き物ならば、問答無用で仕掛けてくることもあるはずだ。
 ならば自分を轢き殺すつもりか、と憶測して身構える。

「む?」

 いつでも能力を発動できるよう備えていたロベルトが、意図せずポツリと漏らす。
 凄まじい勢いで迫ってきた自転車は、すぐ横を通って遠のいて行った。
 金色の髪の包帯で押さえられいない部分が、大きく風に揺れている。
 予想していなかった事態に戸惑うロベルトの後方から、大気を切り裂くような高音が響く。
 即座に振り返ってみると、自転車と人間が宙を舞っていた。
 急なブレーキに対応しきれなかったのだろうか。

「……なんなんだ」

 あまりにも正直な感想が、ロベルトの口から零れた。
 呆れたような視線を向けられながら、運転手だと思われる女性は空中で身を捻る。
 二回ほど回転して姿勢を立て直し、自転車のハンドルを掴み取って、車体を己の下へと持っていく。
 足だけをペダルに乗せてサドルに腰を下ろすことはせず、両腕を伸ばして脚を内側に畳み込む。
 そのままの状態で重力に身を任せて落下していき、地面に接触する瞬間に脚を伸ばす。
 結果、彼女は服や自転車を土で汚してしまうことなく、着地した。
 こともなげに決められたアクロバットに、ロベルトは息を呑んだ。
 同時に、自分自身のことを差し置いて、銀の髪と白いチャイナドレスを風になびかせていた彼女に浮いているような印象を抱く。
 浮いている少年に浮いていると思われた女性は、「しまった」などと呟いてペダルを踏んだ。
 またしてもロベルトを抜き去り、ブレーキをフルに握るも今度は後輪が軽く浮くくらいで済み、小さくUターンしてから地面を足で蹴って進み、ようやくロベルトの隣で静止する。
 自転車のスタンドを勢いよく蹴り、あまりに強すぎて元の場所に戻ったスタンドをさらに蹴り、また戻ったスタンドを今度は足を添えて下ろすことでどうにか停車させる。
 恐る恐る自転車から手を離して倒れないのを確認してから、ロベルトの肩へと手を伸ばす。

「おっ、おぼっ、お坊ちゃっごほっ……ごほっ! お坊ちゃま! お坊ちゃまは、どこでどうして何をしていらっしゃるのでしょう!?」

 ロベルトの身体を激しく揺さぶりながら、女性は問いただす。
 暗闇から舞い下りた姿からロベルトが感じた幻想的な雰囲気なんて、もはやどこかへ消え去ってしまっている。
 近くで見てみると、一本一本が細い銀色の髪はところどころが跳ねてしまっており、顔は汗ばんでいた。
 掴まれている箇所がじんわりと湿ってきていることに気付き、ロベルトは女性の手を払いのけて水の入ったペットボトルを取り出す。

「とりあえず冷静になってくれないか。なにも分からない」

 蓋を開ける前から手渡したボトルがひしゃげてしまっていたので、ロベルトは自身の能力を発動させる。
 強く握っても歪まず割れることもない理想的なボトルに入った水は、女性に一気に飲み干されてしまった。


 ◇ ◇ ◇


「つまり、エレオノールさんは――」
「『しろがね』で構いません」
「しろがねさんはその勝くんを守るために探している、ってことかな」
「はい、その通りです」

 しろがねと名乗った女性の頷きに、ロベルトは安堵の息を吐く。
 水を飲んで落ち着いたかと思いきや、そこからこの情報を聞くだけのためにかなりの時間がかかった。
 落ち着くために行わせた深呼吸さえ、しばらくうまくできていなかったのだ。
 くわえてロベルトに人を休ませた経験などなく、どう対処すべきなのかも分からなかった。

「『守るため』か……」

 左手で口元を押さえて、ロベルトは思考を巡らす。
 この殺し合いで生き残ることができるのは一人だけ。
 だというのに、自分を守る力もないという子どもを守る。
 それが、どうにも信じられなかった。

「ロベルト、あなたはお坊ちゃまを――」
「なぜだ」

 だから、ロベルトはしろがねの言葉を遮って問いかける。

「こんなときに、どうして他人を守ろうとする」

 しばらく目を丸くしてから、しろがねは僅かに頬を緩めた。

「私は、命に代えてもお坊ちゃまをお守りすると誓ったのです」
「命に、代えても……」

 勝ち目など一片もないというのに立ち塞がった三人の姿が、ロベルトのなかに蘇る。
 恐怖を前にすれば弱い本性を出してしまうはずなのに、自分ではなく他人のために退かなかった植木たちの姿が。

「ふむ……なるほど、ね。
 勝くんのことは、まだ見ていないよ。小学生高学年の太眉の少年だったね。見付けたら、しろがねさんが探していたと声をかけておくよ」

 ロベルトの返答に項垂れてから、しろがねは思い出したように尋ねる。

「それでは、ギイ・クリストフ・レッシュという私と同じ色の髪と目のフランス人男性と、才賀正二という日本人でご年配の男性は――」
「同じく見ていないね」

 しろがねは、ついに首から上だけでなく大きく肩を落とす。
 思い詰めたようにしばらくそのままの体勢でいて、ようやくゆっくりと再び口を開く。
 微かにしろがねの表情に赤みが差したように、ロベルトからは見えた。

「で、でしたらっ! カトウナルミという――」
「しろがねさんと会うまで、僕は誰とも会ってない」

 いつまで質問が続くか分からなかったので、ロベルトはきっぱりと言い切った。
 それを聞いたしろがねは全身がしおれてしまったかのようによろめきながら、止めてあった自転車に向かっていく。
 サドルに腰を落として呼気を整えて、やっとしろがねはロベルトに向き直る。

「いろいろとありがとうございました。ロベルトのおかげで落ち着きました。では、またいずれ」

 それだけ言って、しろがねは再びペダルを踏み締める。

「お坊ちゃまぁぁ~~! しろがね! しろがねはここにいます!! お坊ちゃまぁぁあああ~~~!!」

 またたく間に小さくなっていく自転車を眺めながら、ロベルトは思案する。
 先日戦った植木耕助たちと、しろがねは同じことを言ったのだ。
 少し前ならば一笑に付していた内容だ。
 しかし実際に瀕死の重傷となっても立っていた植木たちを見ていたからこそ、それを知っているロベルトだからこそ、思う。

 ――――はたして、彼らの言葉は真実なのだろうか。

 たった一人だけしか生き残れないプログラム。
 常に死への恐怖が付き纏うこの状況で、人間たちは本当に自分だけのためじゃなく『他者のために』生きるのだろうか。

「…………確かめるとしよう」

 言い終える前に、ロベルトが履いていた靴の上に新たな靴が出現する。
 すなわち、天界人がその実力に応じて発現できる『神器』。
 全面に棘が生え、底にはキャタピラがつけられた――六ツ星神器『電光石火(ライカ)』。
 発動するや否や風を切るようなスピードを出し、しろがねが漕ぐ自転車を追い抜く。

「ロベルト!?」

 ぽかんと口を開けるしろがねの自転車を掴み、ロベルトはライカを減速させる。
 先ほどの急ブレーキとは違って緩やかな停車のため、車体が飛び上がってしまうこともない。
 完全に停止するのを待って、ロベルトは提案する。

「見ての通り、僕のライカのほうが早い。人を探すのなら手伝おう」
「ほ、本当ですか!? ですが……」

 一瞬だけ顔を明るくしたしろがねが、自分の身体を眺めながら言いよどむ。
 言わんとすることは、ロベルトにも分かった。
 しろがねの身長は女性にしては高いほうだ。スケートのように足にくっついたライカで運ぶには、彼女の身体を支えきれない。
 何せ、ロベルトはまだ中学二年生だし、そこまで鍛えているほうでもない。
 そのように、見えるのだろう。

「問題ないよ」

 ロベルトは右手の親指と人差し指で円を作り、そこから息を吐く。
 すると石鹸水につけたワケでもないのに、円から青色の小さなシャボン玉が出現した。
 そのシャボン玉を右手に乗せて、ロベルトはしろがねの腕を掴む。

「えっ!?」

 意図せず、しろがねから驚きの言葉が零れた。
 握り締めた自転車ごと、持ち上げられてしまったのだ。
 しかもロベルトはそこまで力を入れたような素振りもなく、涼しい顔をしている。

「ありがとうございます、ロベルト!」
「……恐れないのか」
「恐れる? なぜですか?」

 圧倒的な力や得体のしれないものを人間は何より恐れる――ロベルトはそう思っていたし、それゆえに阻害されてきた。
 だというのに、しろがねはその力に感謝したのだ。
 植木との戦い以来、自分の考えは崩されかけてばっかりだな、とロベルトは胸中でささやく。

(僕が思っていた以上に人間とは深いものかもしれないな、植木くん。
 でも、やはりまだ、人間の正義が弱くて身勝手な本性を隠すための建前だという考えは捨てられない)

 下ろしたしろがねに自転車を仕舞わせてから、再び抱え込む。
 ロベルトは足元に意識を集中させて、ライカを再加速させる。

「じゃあ、まずはあの光が多いほうを目指すとしようか」
「ええ、私もそうするつもりでした」

 僅かな時間で最高速に到達したライカを操りながら、ロベルトは真剣な眼差しで前方を見据える。

(だからこの殺し合いの場で、僕は――――人間という種を見極めてやる)



【F-3 草原/一日目 深夜】

【ロベルト・ハイドン】
[時間軸]:9巻83話『そうだ!!』にて地獄から帰還して以降、9巻85話『アノン』にてアノンの父親に悩みを打ち明ける前。
[状態]:健康
[装備]:ライカ発動中
[道具]:基本支給品一式、支給品1~3(確認しているか不明)
[基本方針]:人間を見極める。ひとまずしろがねと同行し、人が集まりそうな街へ向かう。


【才賀エレオノール】
[時間軸]:28巻『幕間Ⅰ~「帰れない」』にて才賀勝と再開する直前。
[状態]:健康、焦り
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、自転車@出典不明、残り支給品0~2(確認しているか不明)
[基本方針]:とにもかくにもお坊ちゃまを捜索し、発見次第守る。ナルミにも会いたい。
※名簿は『才賀勝』までしか確認していません。



【支給品紹介】


【自転車@出典不明】
ペダルを足で踏むことで進む二輪車。
特になにも思いつかなかったので、出典は不明にしておきました。
次以降で、現実出典でも何らかの作品出典でも何にでもしちゃっていいです。




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