魔王 ~セイタン~ ◆l8wFU63Y6c
手にした剣を上段へと構え、振り下ろす。
普段扱っている竹刀や木刀に比べればやや幅広の刀身を持つ『それ』は、片手で扱うにはやや厳しい重さだった。
ふと気がつき、腕に巻いていた重りを外す。一つにつき人間10人分の重さ。
もう一度武器を手に取る。片手でも苦ではない。
鬼丸猛は、この状況において自身の精神は寸毫ほども乱れていない事を改めて確認した。
普段扱っている竹刀や木刀に比べればやや幅広の刀身を持つ『それ』は、片手で扱うにはやや厳しい重さだった。
ふと気がつき、腕に巻いていた重りを外す。一つにつき人間10人分の重さ。
もう一度武器を手に取る。片手でも苦ではない。
鬼丸猛は、この状況において自身の精神は寸毫ほども乱れていない事を改めて確認した。
『プログラム』――黒スーツの男が仕組んだらしきこの殺し合いを、鬼丸はさほど動揺せず受け入れていた。
そもそも鬼丸は、『織田信長御前試合』などという人死にが当然にあり得る闘いに参加していたのだ。
結局、場所と顔ぶれが変わっただけ。やるべき事は同じ。
そもそも鬼丸は、『織田信長御前試合』などという人死にが当然にあり得る闘いに参加していたのだ。
結局、場所と顔ぶれが変わっただけ。やるべき事は同じ。
無論、鬼丸は殺人嗜好者ではない。別に人を殺して回るという気はなかった。
が、侍として、挑まれれば誰とでも立ち会うし、その結果どちらかが命を落とすことになっても、それは至極当然の事だ。
闘いはする。が、結果まで強制される云われは無い。
出会い、闘う意思を示した者を下していき、最強最後の一人となったとき、改めてキース・ブラックなる黒幕を斬る。それで終わりだ。
が、侍として、挑まれれば誰とでも立ち会うし、その結果どちらかが命を落とすことになっても、それは至極当然の事だ。
闘いはする。が、結果まで強制される云われは無い。
出会い、闘う意思を示した者を下していき、最強最後の一人となったとき、改めてキース・ブラックなる黒幕を斬る。それで終わりだ。
そしてこの場には、鬼丸が闘うべき――否、勝利せねばならない侍、鉄刃もいる。
本来であれば御前試合の決勝で雌雄を決するはずだった、鬼丸の宿敵である。
多少その瞬間は遠のいたものの、刃とて強者ひしめく御前試合を勝ち抜いた猛者。そう易々とやられはすまい。
あえて探さずとも出会うべくして出会う。自身と刃とはそういう運命なのだと、鬼丸は強く確信していた。
本来であれば御前試合の決勝で雌雄を決するはずだった、鬼丸の宿敵である。
多少その瞬間は遠のいたものの、刃とて強者ひしめく御前試合を勝ち抜いた猛者。そう易々とやられはすまい。
あえて探さずとも出会うべくして出会う。自身と刃とはそういう運命なのだと、鬼丸は強く確信していた。
与えられた武器を確認する。
得物に頼れば己の内に隙が生まれる。師の、刃の父親でもある剣十郎の教え。
鍛えた技量のみを以て敵を下す。故に、木刀でも竹刀でも、要するに剣の形をしたものなら何でもよかった――鉄パイプは個人的に願い下げだが。
果たして、掌中の玉から出でた物は、剣――の形はしていた。一応。
だがいわゆる日本製の刀のような形状ではなく、中世の騎士が使っていたような大型の馬上槍が両刃になったような代物だった。
得物に頼れば己の内に隙が生まれる。師の、刃の父親でもある剣十郎の教え。
鍛えた技量のみを以て敵を下す。故に、木刀でも竹刀でも、要するに剣の形をしたものなら何でもよかった――鉄パイプは個人的に願い下げだが。
果たして、掌中の玉から出でた物は、剣――の形はしていた。一応。
だがいわゆる日本製の刀のような形状ではなく、中世の騎士が使っていたような大型の馬上槍が両刃になったような代物だった。
幾度か素振りをし、重心の位置や間合いなどを身体に染み込まる。
数分の後、得心がいき鬼丸は剣――名は穿心角と言うらしい――を逆手に握り、振り返る。
数分の後、得心がいき鬼丸は剣――名は穿心角と言うらしい――を逆手に握り、振り返る。
「待たせたな」
鋭い視線の先には、岩に腰かけて支給されたであろうパンを豪快に喰らう男がいた。
男は大口を開け、パンにかぶりついた。二度三度咀嚼しすぐに飲み込む仕草からは荒々しさが匂い立つ。
水の入ったビンを、蓋を開けるのではなく上部を軽くひねる。
ビキ、と乾いた音と共にビンは二つに割れ、男はその中身を喉を鳴らして飲み干していく。
最初に待たせたのは自分である。故に鬼丸もまた黙して男の反応を待った。
男は大口を開け、パンにかぶりついた。二度三度咀嚼しすぐに飲み込む仕草からは荒々しさが匂い立つ。
水の入ったビンを、蓋を開けるのではなく上部を軽くひねる。
ビキ、と乾いた音と共にビンは二つに割れ、男はその中身を喉を鳴らして飲み干していく。
最初に待たせたのは自分である。故に鬼丸もまた黙して男の反応を待った。
「フウ。娑婆にゃあうめえモンがあるもんだ。知ってるか? パンは日本が本場らしいぜ」
「……いや、俺は日本人だがそれはおそらく間違っている。確かにパンは身近な食物だが、日本人はやはり米を食うものだ」
「ああん? だってお前、このパンは日本人が作ったモンだって……まあ、どうでもいいか」
「……いや、俺は日本人だがそれはおそらく間違っている。確かにパンは身近な食物だが、日本人はやはり米を食うものだ」
「ああん? だってお前、このパンは日本人が作ったモンだって……まあ、どうでもいいか」
男はおもむろに立ち上がり、ゴキゴキと首を鳴らす。眠っていた獅子が目覚めた――そんな印象を受けた。
悟られないように足の重心をずらし、いつでも飛び出せる態勢を保つ。
悟られないように足の重心をずらし、いつでも飛び出せる態勢を保つ。
「ま、言わんでも用件はわかるわな。なんせ俺の気配に気付いても逃げずに残ってるんだ。テメエも闘る気なんだろ?」
「俺は殺し合いになど興味はないが、挑まれて背中を見せるような腰抜けではないつもりだ」
「……ハッハァッ! 言うじゃねえか。いいねえ、そういう態度は俺好みだぜ!」
「俺は殺し合いになど興味はないが、挑まれて背中を見せるような腰抜けではないつもりだ」
「……ハッハァッ! 言うじゃねえか。いいねえ、そういう態度は俺好みだぜ!」
男は両の手を打ち合わせる。大気が震え、夜の静寂が引き裂かれた。
男の全身から立ち昇る気配は強大だ。殺気を隠そうとも押さえようともせず、溢れるままに垂れ流している。
血気に逸り、戦に酔う手合いか。鬼丸は男をそう評価した――剣十郎に指示する前の、己を見ている心持ちで。
男の全身から立ち昇る気配は強大だ。殺気を隠そうとも押さえようともせず、溢れるままに垂れ流している。
血気に逸り、戦に酔う手合いか。鬼丸は男をそう評価した――剣十郎に指示する前の、己を見ている心持ちで。
「俺は鬼丸猛。見ての通り、侍だ」
「闘う前に名乗るたぁ古風な奴だぜ。いいぜ、そういうのは嫌いじゃねえ」
「闘う前に名乗るたぁ古風な奴だぜ。いいぜ、そういうのは嫌いじゃねえ」
男が拳を握る。
鬼丸は穿心角を構える。
鬼丸は穿心角を構える。
行動の是非を問う事も無い。互いに戦意あるならば、ただ無心にて刃を交えるのみ。
鉄刃への道を阻む者なら、誰であろうと斬り伏せる。
燃え立つ闘争心を完璧なまでの克己心で制御下に置き、鬼丸は手にした武器に命を吹き込む。
鉄刃への道を阻む者なら、誰であろうと斬り伏せる。
燃え立つ闘争心を完璧なまでの克己心で制御下に置き、鬼丸は手にした武器に命を吹き込む。
「俺様は『牙』――世界最強のコウ・カルナギ様よ! 冥土の土産に覚えときな!」
気迫が爆発し、男が一直線に突っ込んでくる。
しかしその狙いは、鬼丸には手に取るようにわかる。
『水の心』。とある単身赴任のサラリーマンがARMS使いの少年に伝授したその境地を、鬼丸もまた師から学ぶことにより開眼していた。
敵の思考が動きに反映される。形無き水だからこそ、いかようにも姿を変えてどんな器にも収まることができる。
荒ぶる火の玉のような男の行動など、目を瞑っていても精確に読み取れる。
左の手刀で鳩尾を突く――と見せかけて右の拳で穿心角を砕きに来る――とみせかけて、本当の狙いは違う。
軽く首を傾けると、コウ・カルナギの繰り出した蹴りが鬼丸の頬を掠めて過ぎる。
ゴウッと風が唸る。当たっていれば一撃で戦闘不能になるだろう威力。だが当たらなければそよ風も同然。
二重のフェイントに全く反応せず、本命の一撃を容易く回避した鬼丸を見て、『牙』が瞠目した。
隙ありと見て、鬼丸はがら空きになった男の背へ穿心角を叩きつける。
斬撃のみならずコウ・カルナギ自身の蹴りの威力も相乗され、『牙』は轟音を上げて大地へと叩き落された。
しかしその狙いは、鬼丸には手に取るようにわかる。
『水の心』。とある単身赴任のサラリーマンがARMS使いの少年に伝授したその境地を、鬼丸もまた師から学ぶことにより開眼していた。
敵の思考が動きに反映される。形無き水だからこそ、いかようにも姿を変えてどんな器にも収まることができる。
荒ぶる火の玉のような男の行動など、目を瞑っていても精確に読み取れる。
左の手刀で鳩尾を突く――と見せかけて右の拳で穿心角を砕きに来る――とみせかけて、本当の狙いは違う。
軽く首を傾けると、コウ・カルナギの繰り出した蹴りが鬼丸の頬を掠めて過ぎる。
ゴウッと風が唸る。当たっていれば一撃で戦闘不能になるだろう威力。だが当たらなければそよ風も同然。
二重のフェイントに全く反応せず、本命の一撃を容易く回避した鬼丸を見て、『牙』が瞠目した。
隙ありと見て、鬼丸はがら空きになった男の背へ穿心角を叩きつける。
斬撃のみならずコウ・カルナギ自身の蹴りの威力も相乗され、『牙』は轟音を上げて大地へと叩き落された。
「ガッ……!?」
呻き声。ただでさえ鬼丸の腕力は凄まじい。人間10人分の重りを片手に課せるほどに。
そこに鉄以上の硬度・重量を誇る穿心角が合わさる。ダメ押しにコウ・カルナギの力を利用したカウンター。
それらの勢いを全て乗せての、大地との正面衝突。瞬間にして何トンもの衝撃が発生した事だろう。
地面に大穴が穿たれる。舞い上がる土煙がコウ・カルナギの巨体を覆い隠した。
残心。コウ・カルナギが立ち上がってくる気配が無いと察し、鬼丸は構えを解いた。
死んだかもしれないが、向こうから仕掛けてきた闘いだ。尋常な果たし合いの末に命を奪うのならば、鬼丸に恥じる気は無い。
そこに鉄以上の硬度・重量を誇る穿心角が合わさる。ダメ押しにコウ・カルナギの力を利用したカウンター。
それらの勢いを全て乗せての、大地との正面衝突。瞬間にして何トンもの衝撃が発生した事だろう。
地面に大穴が穿たれる。舞い上がる土煙がコウ・カルナギの巨体を覆い隠した。
残心。コウ・カルナギが立ち上がってくる気配が無いと察し、鬼丸は構えを解いた。
死んだかもしれないが、向こうから仕掛けてきた闘いだ。尋常な果たし合いの末に命を奪うのならば、鬼丸に恥じる気は無い。
「フン……こんなものか。やはり俺の相手となるべきは、鉄刃。貴様しかおらんようだな」
勝利を当然の物として捌く。喜びも感慨も無い。こんな闘いでは、心を震わせるには足りない。
コウ・カルナギは実際相当強いのだろう。御前試合でも強者はいた。
が、誰と闘っても鬼丸は満たされなかった。彼が見ているものは常に、ただ一人の侍の姿であったが故に。
奴と闘えば満たされる。奴を超えられれば、侍としての新たな高みへと上る事ができる。
望みは渇きとなり、鬼丸の足を突き動かす。宿敵を求め、新たな敵を求め。
その時、小高い丘を立ち去ろうとした鬼丸の歩みが止まる。
聞こえてきたからだ。
コウ・カルナギは実際相当強いのだろう。御前試合でも強者はいた。
が、誰と闘っても鬼丸は満たされなかった。彼が見ているものは常に、ただ一人の侍の姿であったが故に。
奴と闘えば満たされる。奴を超えられれば、侍としての新たな高みへと上る事ができる。
望みは渇きとなり、鬼丸の足を突き動かす。宿敵を求め、新たな敵を求め。
その時、小高い丘を立ち去ろうとした鬼丸の歩みが止まる。
聞こえてきたからだ。
「クク……フハハハッハハハハッ!」
忍び笑いから哄笑へ。
鬼丸以外の誰かの、憚る事無い笑声が聞こえてきたからだ。
当然、その誰かとはコウ・カルナギである。ともすれば死んでいたかもしれないはずの、敗者である男。
手応えはあった。己の一撃への確信は揺らがない。
だと言うのに、風が土煙を吹き払えばコウ・カルナギは平然と立ち上がっていた。
鬼丸以外の誰かの、憚る事無い笑声が聞こえてきたからだ。
当然、その誰かとはコウ・カルナギである。ともすれば死んでいたかもしれないはずの、敗者である男。
手応えはあった。己の一撃への確信は揺らがない。
だと言うのに、風が土煙を吹き払えばコウ・カルナギは平然と立ち上がっていた。
「何……だと……?」
「クックックッ。やるじゃねえか。前に一度、似たような攻撃を喰らってなきゃ俺の負けだったぜ」
「クックックッ。やるじゃねえか。前に一度、似たような攻撃を喰らってなきゃ俺の負けだったぜ」
ぶらぶらと、コウ・カルナギは左手を振る。
どうやら大地に激突する瞬間、左手一本で受け身を取って衝撃を吸収したらしい。
左手はひどく傷んでいるものの、内臓や骨など身体の主要器官にダメージは無いようだった。
必殺を期して放った一撃が、実は見透かされていたなどと。
思考を読んだ相手に、更に上を行かれる。それに気付きもせず己は偽りの勝利に酔っていたと。
まるで道化だ。これほどの屈辱はない。
どうやら大地に激突する瞬間、左手一本で受け身を取って衝撃を吸収したらしい。
左手はひどく傷んでいるものの、内臓や骨など身体の主要器官にダメージは無いようだった。
必殺を期して放った一撃が、実は見透かされていたなどと。
思考を読んだ相手に、更に上を行かれる。それに気付きもせず己は偽りの勝利に酔っていたと。
まるで道化だ。これほどの屈辱はない。
「……よかろう。ならば今度は二度と立ち上がれんよう、全身の骨を砕いてくれる!」
屈辱は怒りに転化する。が、鬼丸の精神はそれを圧殺し、あくまで水の心で以て剣を振るう。
コウ・カルナギはダメージなど苦にもせず殴りかかってくる。
鬼丸は危険な拳と蹴りの嵐を避け、あるいは穿心角で打ち落とし、着実にコウ・カルナギの身体へと斬撃を見舞っていく。
『火』を制する事ができるのは、同じ『火』ではなく『水』を置いて他に無い。
コウ・カルナギの放つ殺気をことごとく読み切り、鬼丸は一方的に闘いの主導権を握っていく。
だが、コウ・カルナギの人並み外れた筋肉の鎧を突破するのは鬼丸の技を以てしても容易ではない。
敵の攻撃をかわしつつの腰の入りきらない攻撃では、骨を断つ事はできなかった。
数合の打ち合いの末、コウ・カルナギは大きく後方へ飛び退った。
コウ・カルナギはダメージなど苦にもせず殴りかかってくる。
鬼丸は危険な拳と蹴りの嵐を避け、あるいは穿心角で打ち落とし、着実にコウ・カルナギの身体へと斬撃を見舞っていく。
『火』を制する事ができるのは、同じ『火』ではなく『水』を置いて他に無い。
コウ・カルナギの放つ殺気をことごとく読み切り、鬼丸は一方的に闘いの主導権を握っていく。
だが、コウ・カルナギの人並み外れた筋肉の鎧を突破するのは鬼丸の技を以てしても容易ではない。
敵の攻撃をかわしつつの腰の入りきらない攻撃では、骨を断つ事はできなかった。
数合の打ち合いの末、コウ・カルナギは大きく後方へ飛び退った。
「ケッ、やっぱテメエも『騎士』の小僧と同じような技を使ってやがるな。俺の攻撃を先読みしやがるたあ……」
コウ・カルナギは全身を朱に染めながらも、爛々と光る瞳で鬼丸を刺し貫く。
派手に出血しているように見えるが、浅い。鬼丸の攻撃は皮一枚を削ったに過ぎない。
コウ・カルナギが全身の筋肉を収縮させ、出血を強引に止めた。
趨勢はほぼ決したように見える闘いだったが、その実鬼丸に一切の楽観は無かった。
筋力とスピード自体はコウ・カルナギが自身を遙かに凌駕していると、鬼丸はこれまでの打ち合いの中で理解している。
優勢でいられるのは偏に『水』――コウ・カルナギの殺気が描く攻撃のラインを事前に察知し、常に先手を取り続けていられるからだ。
一度でも仕損じればその瞬間に鬼丸の敗北は決する。鍛えてはいるが、鬼丸の肉体の強度は常人の域を出ない。
ギリギリの綱渡りを強いられる闘いではあった。それでも鬼丸は、負ける気はしなかった。
コウ・カルナギからは、鉄刃のような意外性――次に何をしてくるかわからない怖さが、全く感じられないからだ。
油断はしないが恐れる相手でもない。
この上は、修行の末に開眼した秘剣で以て一気に決着を着ける。鬼丸はそう決意した。
派手に出血しているように見えるが、浅い。鬼丸の攻撃は皮一枚を削ったに過ぎない。
コウ・カルナギが全身の筋肉を収縮させ、出血を強引に止めた。
趨勢はほぼ決したように見える闘いだったが、その実鬼丸に一切の楽観は無かった。
筋力とスピード自体はコウ・カルナギが自身を遙かに凌駕していると、鬼丸はこれまでの打ち合いの中で理解している。
優勢でいられるのは偏に『水』――コウ・カルナギの殺気が描く攻撃のラインを事前に察知し、常に先手を取り続けていられるからだ。
一度でも仕損じればその瞬間に鬼丸の敗北は決する。鍛えてはいるが、鬼丸の肉体の強度は常人の域を出ない。
ギリギリの綱渡りを強いられる闘いではあった。それでも鬼丸は、負ける気はしなかった。
コウ・カルナギからは、鉄刃のような意外性――次に何をしてくるかわからない怖さが、全く感じられないからだ。
油断はしないが恐れる相手でもない。
この上は、修行の末に開眼した秘剣で以て一気に決着を着ける。鬼丸はそう決意した。
「気に入らねえな。俺じゃねえ、別の誰かを見ている。テメエはそんなツラしてやがる」
「……探し人がいる。これ以上おまえにかかずらう時間も惜しいのでな。終わりだ」
「……探し人がいる。これ以上おまえにかかずらう時間も惜しいのでな。終わりだ」
呼気と共に手にした穿心角に闘気を集中すると、不意に大きな虚脱感を感じた。
(何だ……?)
が、逆に穿心角から溢れんばかりの力を感じる。どうも修業中に感じていた手応えとは違う気がした。
(力加減を誤ったか? まあいい、これならいかに奴といえども)
穿心角の先端、ゆらりと陽炎が揺らめく。
刀身に集めた闘気で気の結界を張り、何万トンもの質量を疑似的に生成する鬼丸猛の切り札。
名も無きその技を、突っ込んできたコウ・カルナギの脳天へ見舞おうとして、
刀身に集めた闘気で気の結界を張り、何万トンもの質量を疑似的に生成する鬼丸猛の切り札。
名も無きその技を、突っ込んできたコウ・カルナギの脳天へ見舞おうとして、
「俺の行動を先読みできるんだとしても、な――」
鬼丸の射程範囲のギリギリ外で急停止したコウ・カルナギは、大きく足を振り上げる。
だが疑問に思う。その位置からではどうしたって鬼丸に届きはしないのに――
だが疑問に思う。その位置からではどうしたって鬼丸に届きはしないのに――
「――俺自身でも予想がつかない状況なら! 先読みもクソもねえだろぉぉおおおおおッ!」
「何を――」
「何を――」
疑問はすぐに氷解した。
コウ・カルナギの足裏が抉った物――意外ッ! それは地面ッ!
直接の敵である鬼丸ではなく、自身も身を預ける大地へと攻撃を仕掛ける。その意図を鬼丸は測りかねた。
そして、その一瞬の逡巡の間に状況は決した。
コウ・カルナギの足裏が抉った物――意外ッ! それは地面ッ!
直接の敵である鬼丸ではなく、自身も身を預ける大地へと攻撃を仕掛ける。その意図を鬼丸は測りかねた。
そして、その一瞬の逡巡の間に状況は決した。
「ば、かなッ……!」
揺れる、揺れる。世界が揺れる。コウ・カルナギの剛脚は、極小規模の局地的な地震を引き起こした。
戦場が岩肌剥き出しの崖だった事が鬼丸の不幸か。さほど拡散しないまま伝播した衝撃は鬼丸の身体をも震わせていく。
恐るべきはコウ・カルナギの人知を超えた異常筋力。もはや人の枠に収まらない、小型の怪獣と言っても差し支えない暴力の顕現。
ぶわ、と舞い上がる砂煙。これで視界も閉ざされた。
戦場が岩肌剥き出しの崖だった事が鬼丸の不幸か。さほど拡散しないまま伝播した衝撃は鬼丸の身体をも震わせていく。
恐るべきはコウ・カルナギの人知を超えた異常筋力。もはや人の枠に収まらない、小型の怪獣と言っても差し支えない暴力の顕現。
ぶわ、と舞い上がる砂煙。これで視界も閉ざされた。
「敵の力を利用する、周囲の状況を利用する――へっ、小細工は弱い奴がやるもんだと思ってたぜ。
だが、なるほど確かに効果的だ。ただでさえ最強の俺様が、更に無敵になっちまうくらいにはなぁ!」
だが、なるほど確かに効果的だ。ただでさえ最強の俺様が、更に無敵になっちまうくらいにはなぁ!」
おそらく位置を掴ませないように走り回っているのだろう。朦々たる煙幕の中では声の出所を捉えきれず、痺れる感覚では殺気も読み取れない。
カッ、と後方で物音。鬼丸は瞬時に反応、鈍い身体を叱咤して振り向き様に穿心角を薙いだ。
カッ、と後方で物音。鬼丸は瞬時に反応、鈍い身体を叱咤して振り向き様に穿心角を薙いだ。
「そこか!」
「残念、外れだ」
「残念、外れだ」
鬼丸の剣が砕いたのは、コウ・カルナギが先ほど飲み干した水のビン。
しまった、と思う間も無い。咄嗟に顔を庇って掲げた左腕に何かが触れる。
ゴキベキゴキ、と、枝が割れるどころではない、大木が根元からへし折られるような音を間近で聞いた。
その瞬間、左腕から全ての感覚が消え失せ、鬼丸の身体は宙を舞っていた。
しまった、と思う間も無い。咄嗟に顔を庇って掲げた左腕に何かが触れる。
ゴキベキゴキ、と、枝が割れるどころではない、大木が根元からへし折られるような音を間近で聞いた。
その瞬間、左腕から全ての感覚が消え失せ、鬼丸の身体は宙を舞っていた。
「――ぐはぁ! あ、ああ……ぐぁあああああっ!?」
先ほどまでコウ・カルナギが腰かけていた岩に激突した。激痛が全身を苛むが、鬼丸はそれに対して呻いたのではない。
彼が見ていたのは自身の左腕。伸ばせば真っ直ぐ横を向くはずの腕は、だらりと力なく地面に垂れ下がっていた。
突き出た骨が肉を突き破り、血を噴き出させている。千切れた紐のようなものは神経だろうか。
動けと命じても指一本反応しない。なのに痛みだけは灼熱のように鬼丸の脳へと押し寄せてくる。
コウ・カルナギの拳は、超絶の耐久力と再生力を有するARMSを以てしてようやく受け止められる威力である。
肉体そのものは常人である鬼丸がまともに受け止めれば、侍として致命的なほどの損傷を抱え込むのは自明の理だ。
彼が見ていたのは自身の左腕。伸ばせば真っ直ぐ横を向くはずの腕は、だらりと力なく地面に垂れ下がっていた。
突き出た骨が肉を突き破り、血を噴き出させている。千切れた紐のようなものは神経だろうか。
動けと命じても指一本反応しない。なのに痛みだけは灼熱のように鬼丸の脳へと押し寄せてくる。
コウ・カルナギの拳は、超絶の耐久力と再生力を有するARMSを以てしてようやく受け止められる威力である。
肉体そのものは常人である鬼丸がまともに受け止めれば、侍として致命的なほどの損傷を抱え込むのは自明の理だ。
「あ、がっ……ぐ! おおお、おお……!」
「へっ、脆いもんだ。だがARMSでもねえくせによくやった、と言ってやるぜ。まさかただの人間にこうまで手こずるとは思わなかったからな」
「へっ、脆いもんだ。だがARMSでもねえくせによくやった、と言ってやるぜ。まさかただの人間にこうまで手こずるとは思わなかったからな」
予見した通り、ただの一撃で戦況は覆された。左腕はもはや使い物にならないだろう。
しかし鬼丸は、残った右腕一本で穿心角を握り直してコウ・カルナギへと向けた。
しかし鬼丸は、残った右腕一本で穿心角を握り直してコウ・カルナギへと向けた。
「へえ? まだやらせてくれるのかい」
「フン、き、貴様など……右腕一本で、十分だ……!」
「ククッ。テメエは本当に面白えな。いいだろう! こいつで楽にしてやるぜ!」
「フン、き、貴様など……右腕一本で、十分だ……!」
「ククッ。テメエは本当に面白えな。いいだろう! こいつで楽にしてやるぜ!」
余裕のつもりか、今度は小細工無しにゆっくりと歩み寄ってくるコウ・カルナギを前に、鬼丸は全身の闘気をかき集め穿心角へと流し込む。
左腕が伝えてくる痛みが邪魔だ。だが、ここで膝を折る訳にはいかない。
再度、意図しない脱力。だが鬼丸はそれを無視した。
今すべきは眼前のコウ・カルナギを打ち砕く、ただそれだけ。
剣持つ侍として、剣持たぬただの蛮人にこれ以上の後れを取る訳にはいかない。
侍の命である片腕を破壊された借りは、命を以て償わせねばならないのだ。
白熱する思考が攻撃色に染まり、鬼丸の精神から水の心を失わせていく――コウ・カルナギと同じく、巨大な一つの火の玉となる。
左腕が伝えてくる痛みが邪魔だ。だが、ここで膝を折る訳にはいかない。
再度、意図しない脱力。だが鬼丸はそれを無視した。
今すべきは眼前のコウ・カルナギを打ち砕く、ただそれだけ。
剣持つ侍として、剣持たぬただの蛮人にこれ以上の後れを取る訳にはいかない。
侍の命である片腕を破壊された借りは、命を以て償わせねばならないのだ。
白熱する思考が攻撃色に染まり、鬼丸の精神から水の心を失わせていく――コウ・カルナギと同じく、巨大な一つの火の玉となる。
(力――もっと、もっとだ! 奴を粉砕する力を!)
鬼丸の闘気に呼応し、穿心角が暗い光を帯びた。膨大な質量を発生させるこの技ならば、コウ・カルナギの筋肉すらも貫けると確信する。
対するコウ・カルナギもまた、かつてない一撃を放とうとする鬼丸を阻止しようともせず、楽しげに喉を鳴らした。
対するコウ・カルナギもまた、かつてない一撃を放とうとする鬼丸を阻止しようともせず、楽しげに喉を鳴らした。
「この闘気……! 俺の本能がヤベぇって叫んでやがる。だが、それがいいぜ! かかってきな! ジャバウォックの前の肩慣らしってやつだ!」
「ヌゥゥウウウウ……オオオオオォオオオオオッ!」
「ヌゥゥウウウウ……オオオオオォオオオオオッ!」
鬼丸はカッと目を見開き、振り上げた穿心角をコウ・カルナギへと叩き付けた。
剣先に集めた闘気が気の結界を形成し、膨大な疑似重力を生成する 鬼丸猛必殺の剣。
その剣を――コウ・カルナギは両の掌で挟み止めていた。
剣先に集めた闘気が気の結界を形成し、膨大な疑似重力を生成する 鬼丸猛必殺の剣。
その剣を――コウ・カルナギは両の掌で挟み止めていた。
「な……!?」
「ぐうううううっ……や、やるじゃねえか……だがな!」
「ぐうううううっ……や、やるじゃねえか……だがな!」
人が受け止められる衝撃量ではないはずだ。しかし現実にコウ・カルナギは膝を屈さず、真っ向から受け止めている。
脂汗が吹き出て、血管が全身至る所で切れ始めている姿を見るに、コウ・カルナギとて余裕はないのだろう。
脂汗が吹き出て、血管が全身至る所で切れ始めている姿を見るに、コウ・カルナギとて余裕はないのだろう。
だが、受け止められている。
命を賭した一撃が。
鬼丸渾身の、生き様そのものとも言える剣が。
『生まれながらに全身のチャクラが開いている』と評された、アサイラムの最危険指定ミュータントによって。
完膚なきまでに、否定された。
命を賭した一撃が。
鬼丸渾身の、生き様そのものとも言える剣が。
『生まれながらに全身のチャクラが開いている』と評された、アサイラムの最危険指定ミュータントによって。
完膚なきまでに、否定された。
「おおおおおおらぁあああああッ!」
何かが砕ける音が――今度は腕からではなく、握る武具から聞こえた。
超重力の中、コウ・カルナギはその発生源たる穿心角を力任せにへし折った。
フッと重力が消失し、同時に鬼丸を支えていた侍の矜持すらも叩き潰された。
力が抜ける。敵を前にして、地に膝を突いていた。
超重力の中、コウ・カルナギはその発生源たる穿心角を力任せにへし折った。
フッと重力が消失し、同時に鬼丸を支えていた侍の矜持すらも叩き潰された。
力が抜ける。敵を前にして、地に膝を突いていた。
「ハァッ、フゥッ、ハァッ……へへへ、今のは中々楽しめたぜ。なぁ!」
頭部に衝撃。コウ・カルナギの頭突き。両の手からひどく出血しているためだ。
鬼丸の技を見事に破ったとは言え、、さすがにコウ・カルナギとて疲弊しているのだろう。
通常なら鬼丸の頭部は西瓜のように破裂していたはずだが、この時ばかりは押して倒した程度の衝撃だった。
鬼丸の技を見事に破ったとは言え、、さすがにコウ・カルナギとて疲弊しているのだろう。
通常なら鬼丸の頭部は西瓜のように破裂していたはずだが、この時ばかりは押して倒した程度の衝撃だった。
しかし鬼丸は痛みなど感じていなかった。感じているのは、胸の内の虚無だ。
侍として積み上げてきた全てを打ち砕かれた。
剣十郎のもとで学び、鉄刃を超えるはずが――こんな無頼の輩に、侍ですらない男に敗れようとしている。
侍として積み上げてきた全てを打ち砕かれた。
剣十郎のもとで学び、鉄刃を超えるはずが――こんな無頼の輩に、侍ですらない男に敗れようとしている。
だとしたら、自分とは何なんだ?
ただの中学生でもない、侍でもない、そんな鬼丸猛とは何者なのだ?
ただの中学生でもない、侍でもない、そんな鬼丸猛とは何者なのだ?
―― が ?
「鬼丸つったか。テメエの名は覚えといてやるぜ。
あと、テメエの探してるのは鉄刃だったな。心配すんな、そいつもすぐに後を追わせてやるからよ」
あと、テメエの探してるのは鉄刃だったな。心配すんな、そいつもすぐに後を追わせてやるからよ」
テメエの相手ってんなら、それなりに楽しめるだろうしな――そんな呟きが聞こえる。
鉄刃。宿敵と定めた侍。奴と再び剣を交えるために研鑚を積んできた。
それなのに――宿敵すらも、奪われるというのか。
侍としての矜持を砕いただけでは足らず、この鬼丸が超えるただ一つの壁までも。
鉄刃。宿敵と定めた侍。奴と再び剣を交えるために研鑚を積んできた。
それなのに――宿敵すらも、奪われるというのか。
侍としての矜持を砕いただけでは足らず、この鬼丸が超えるただ一つの壁までも。
「じゃあ、あばよ」
コウ・カルナギが足を振り上げる。鬼丸の頭を踏み砕くつもりなのだろう。
命が潰える。こんな道半ばというところで、路傍のゴミのように。
命が潰える。こんな道半ばというところで、路傍のゴミのように。
――“力”が し か?
茫洋としていた鬼丸の瞳に、僅かな炎が灯る。
その炎が宿す感情の名は怒り。しかし、死の恐怖からくる怒りではなかった。
鉄刃を殺す? それだけは、許せない。
奴だけは、鉄刃との決着だけは――誰にも邪魔させはしない。
その炎が宿す感情の名は怒り。しかし、死の恐怖からくる怒りではなかった。
鉄刃を殺す? それだけは、許せない。
奴だけは、鉄刃との決着だけは――誰にも邪魔させはしない。
そのための が欲しい。
刃へと辿り着くための――
刃と闘うための――
コウ・カルナギを退ける――
コウ・カルナギを打ち砕く――
刃と闘うための――
コウ・カルナギを退ける――
コウ・カルナギを打ち砕く――
――“力”が 欲しいか?
ああ、欲しい。
最強の力。
最強の力。
コウ・カルナギを殺す“力”が!
――“力”が 欲しいのなら
無意識に伸ばした指が、何かに触れる。
自分もついさっき手にしたばかりの、どういう仕掛けか理解もできない、
自分もついさっき手にしたばかりの、どういう仕掛けか理解もできない、
内部に自身より大きな物を収納できる、主催者から支給された玉が、
コウ・カルナギが食料と水を出した後、放り捨てられたままになっていたコウ・カルナギ自身の支給品が、
コウ・カルナギが食料と水を出した後、放り捨てられたままになっていたコウ・カルナギ自身の支給品が、
――くれてやる!
今、鬼丸の手の中で産声を上げた。
開封された『ソレ』は鬼丸の掌に収まる。
初めて触るはずなのに――何故か、気味が悪いほどに指に馴染む感触がある。
欠けていた物が埋まった、そんな感覚があった。
開封された『ソレ』は鬼丸の掌に収まる。
初めて触るはずなのに――何故か、気味が悪いほどに指に馴染む感触がある。
欠けていた物が埋まった、そんな感覚があった。
それは剣――黒の刀身、骸骨を模した柄を持つ、一振りの剣。
銘を、魔王剣。
月の女王が創造した、使い手の心の邪悪を吸い込み力へと変える魔剣。
『魔王鬼丸』が愛剣にして、鬼丸猛の新たな刃。
月の女王が創造した、使い手の心の邪悪を吸い込み力へと変える魔剣。
『魔王鬼丸』が愛剣にして、鬼丸猛の新たな刃。
侍でない鬼丸猛は何になる? 何になる?
『牙』に対抗するのは、『角』――角持つ強き生物、すなわち『鬼』。
『侍』ではなく『鬼』として、戦場の修羅として、再びこの手に剣を握る。
『牙』に対抗するのは、『角』――角持つ強き生物、すなわち『鬼』。
『侍』ではなく『鬼』として、戦場の修羅として、再びこの手に剣を握る。
「――アアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
「テメエ、まだそんな力が!」
「テメエ、まだそんな力が!」
コウ・カルナギの斧鉞のごとき足刀を、鬼丸の手にした魔王剣はしかと受け止めた。
骸骨に灯る輝きは三日月を示している。
コウ・カルナギへの敵意、殺意――水の心を忘れた鬼丸の内に生まれた、悪なる感情を吸い込み、魔王剣は歓喜の咆哮を上げる。
夜闇の中にあって、天上の月と比するほどに輝く剣。
その輝きを本能的に恐れたか、コウ・カルナギが恐るべき反射速度で後退した。
だが、鬼丸は構わず魔王剣を振り落とす。
骸骨に灯る輝きは三日月を示している。
コウ・カルナギへの敵意、殺意――水の心を忘れた鬼丸の内に生まれた、悪なる感情を吸い込み、魔王剣は歓喜の咆哮を上げる。
夜闇の中にあって、天上の月と比するほどに輝く剣。
その輝きを本能的に恐れたか、コウ・カルナギが恐るべき反射速度で後退した。
だが、鬼丸は構わず魔王剣を振り落とす。
「こ、これは――!?」
コウ・カルナギの驚愕。
数十メートルは離れた位置のコウ・カルナギを襲うのは、鬼丸の剣から放たれた暗黒の闘気流。
魔王三日月剣。その技の名は、そう呼ばれていた。
数十メートルは離れた位置のコウ・カルナギを襲うのは、鬼丸の剣から放たれた暗黒の闘気流。
魔王三日月剣。その技の名は、そう呼ばれていた。
「くっ……テメエ! この借りは必ず――!」
避け切れないと悟ったか、コウ・カルナギは自ら崖下の河川へと身を躍らせる。
コウ・カルナギが数秒前までいた位置を、巨大な漆黒の刃が通過する。
切り立った崖が、消しゴムをかけたかのように一瞬で消失した。
あまりにも静かな、極大の破壊。
それを成した中心、魔王剣を手にした鬼丸猛は――哄笑した。
コウ・カルナギが数秒前までいた位置を、巨大な漆黒の刃が通過する。
切り立った崖が、消しゴムをかけたかのように一瞬で消失した。
あまりにも静かな、極大の破壊。
それを成した中心、魔王剣を手にした鬼丸猛は――哄笑した。
「ハハハハハッ……ハーハハハハハッ! これだ、この剣さえあれば……!
コウ・カルナギだろうと鉄刃だろうと恐るるに足りん! 俺が、俺が……世界最強の侍……『魔王』なのだ!」
コウ・カルナギだろうと鉄刃だろうと恐るるに足りん! 俺が、俺が……世界最強の侍……『魔王』なのだ!」
否――そこにいたのは、『もう』鬼丸猛ではなかった。
魔王剣の人知を超えた力に呑み込まれた、一匹の鬼。
力に溺れ、正道を見失った侍――その末路。
魔王剣の人知を超えた力に呑み込まれた、一匹の鬼。
力に溺れ、正道を見失った侍――その末路。
「クククッ、ハァーハッハッハッ……!」
月の輝きを潜めた魔剣を手にし、鬼は、いつまでも哄笑し続ける。
水の心は、折れた穿心角と共に打ち捨てられた。
だがその様を哀れと見るのは正しくない。
この穿心角こそが、鬼丸猛の精神を極限まで削り取った真犯人とも言えるのだから。
水の心は、折れた穿心角と共に打ち捨てられた。
だがその様を哀れと見るのは正しくない。
この穿心角こそが、鬼丸猛の精神を極限まで削り取った真犯人とも言えるのだから。
穿心角とは光覇明宗の僧が振るう法具にして、あまりに危険との理由で封印された逸品。
並みの僧では振るう事すらできないこの法具を、僧ですらない鬼丸が自在に操った事自体が奇跡だ。
生み出す力は巨大にして、その代償もまた甚大。
法力を持たぬ鬼丸に力を与えるため、法力の代わりに精神を少しずつ削り取って力へと変えた。
その精神の傷は鬼丸に水の心を忘れさせ、魔王剣の強大な力に酔わせてしまった。
穿心角は役目を終えた。このまま誰にも知られず、無人の荒野でひっそりと朽ちていくだろう。
自身が生み出した邪悪の末路など関知する事も無く。
並みの僧では振るう事すらできないこの法具を、僧ですらない鬼丸が自在に操った事自体が奇跡だ。
生み出す力は巨大にして、その代償もまた甚大。
法力を持たぬ鬼丸に力を与えるため、法力の代わりに精神を少しずつ削り取って力へと変えた。
その精神の傷は鬼丸に水の心を忘れさせ、魔王剣の強大な力に酔わせてしまった。
穿心角は役目を終えた。このまま誰にも知られず、無人の荒野でひっそりと朽ちていくだろう。
自身が生み出した邪悪の末路など関知する事も無く。
鬼丸は破壊された左腕の出血を止めようともせず、魔王剣に魅入られたかのように笑い続ける。
『牙』が去り、角持つ『鬼』が生まれたこの闘いを――月だけが見ていた。
『牙』が去り、角持つ『鬼』が生まれたこの闘いを――月だけが見ていた。
【E-2 平原/一日目 深夜】
【コウ・カルナギ】
[時間軸]:第五部開始時
[状態]:軽い疲労、両掌に軽い怪我、満腹
[装備]:なし
[道具]:なし
[基本方針]:サーチアンドデストロイ。ARMS、鬼丸を特に優先。刃も見つけ次第ブン殴る
[時間軸]:第五部開始時
[状態]:軽い疲労、両掌に軽い怪我、満腹
[装備]:なし
[道具]:なし
[基本方針]:サーチアンドデストロイ。ARMS、鬼丸を特に優先。刃も見つけ次第ブン殴る
【E-1 崖/一日目 深夜】
【鬼丸猛】
[時間軸]:24巻、刃との闘う直前
[状態]:左腕粉砕骨折。疲労(大)。精神不安定
[装備]:魔王剣@YAIBA
[道具]:基本支給品一式
[基本方針]:鉄刃、コウ・カルナギを斬る。出会った者も斬る
[時間軸]:24巻、刃との闘う直前
[状態]:左腕粉砕骨折。疲労(大)。精神不安定
[装備]:魔王剣@YAIBA
[道具]:基本支給品一式
[基本方針]:鉄刃、コウ・カルナギを斬る。出会った者も斬る
穿心角@うしおととら は折れた状態で放置されています。
【穿心角@うしおととら】
光覇明宗の武法具。形状は剣とランスを合わせたようなもの。
威力こそ凄まじいものの、引き換えに使い手の法力を極限まで吸い取るため、鍛錬不足の法力僧では精神に失調をきたす恐れがある。
光覇明宗の武法具。形状は剣とランスを合わせたようなもの。
威力こそ凄まじいものの、引き換えに使い手の法力を極限まで吸い取るため、鍛錬不足の法力僧では精神に失調をきたす恐れがある。
【魔王剣@YAIBA】
月の女王かぐやが生み出した、人の心や宇宙に存在する悪を吸い取って力に変える魔剣。
出力によって三日月剣、半月剣、満月剣と三段階の技を有し、満月剣は星をも砕く威力を叩き出す。
月の女王かぐやが生み出した、人の心や宇宙に存在する悪を吸い取って力に変える魔剣。
出力によって三日月剣、半月剣、満月剣と三段階の技を有し、満月剣は星をも砕く威力を叩き出す。
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GAME START | コウ・カルナギ | 036:遥場 ~Through the Tulgey wood~ |
GAME START | 鬼丸猛 | 040:振り放けて三日月見れば一目見し |