因果応報―薔薇乙女 翠星石が1体出た!―

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因果応報―薔薇乙女 翠星石が1体出た!―  ◆KKid85tGwY



少女は幸せな夢を見た。
本当に幸せで、優しくて、暖かい夢。

それは普段と何も変わらないはずの日常。
少女はチビ人間の家で自慢のスコーンを焼いていた。
いつものようにチビ苺をからかいながらスコーンを振舞う。
チビ人間も文句を言いながらスコーンを食べている。
興味無さそうに紅茶を傾けていた真紅も、時折手を出している。
のりがそれを微笑ましそうに眺めていた。
そこにチャイムの音が鳴る。
おじじの家から、蒼星石が遊びに来たのだ。
玄関で鉢合わせた金糸雀まで連れて。

真紅はそこで昨日会った水銀燈の話をする。
水銀燈と真紅は長く対立していた敵同士。
しかし真紅は、どこか愛おしそうに水銀燈の話をしていた。
おそらく水銀燈が無事に生活をしていたのが喜ばしいのだろう。
同感だと思う。
たった七人の姉妹なのだ。
憎み合い、傷付け合うようなことは哀し過ぎる。
そうなれば、こんなに楽しく皆で食事をすることもできないのだから。

そこで少女――――翠星石は眼を覚ました。
眼を覚ました先に在ったのは、硬く冷たいコンクリートの床。
翠星石はそれを冷たい眼で眺め続ける。
それは本当に幸せで優しくて暖かく、だからこそ残酷な夢だった。

眼を覚ました現実では、姉妹が居なくなっていた。
真紅。蒼星石。水銀燈。
本当に掛け替えの無い姉妹だった。
双子の姉妹として生きて来た蒼星石や、同じ家で暮らした真紅は勿論、
敵対した水銀燈だってそうだ。

ローゼンメイデンは、長い周期の眠りを繰り返しながら、
人間より長い時間を生きる。
その間、様々な人間との出会いと別れを繰り返した。
悠久の時間を、それでも擦り切れずに生きて来れたのは、
同じ運命を生きる姉妹が居たからだ。
同じ悠久の時間を支えあって生きた姉妹が居なければ、今の翠星石は居ない。
しかしその掛け替えの無い姉妹を三人も、永遠に失った。

現実は、今翠星石が身を預けるコンクリートの床のように冷たい。
夢の中で見たような暖かく幸せな時間は、二度と返って来ない。
それを否でも自覚させる。本当に残酷な夢だった。

「…………皆は……真司はどこですか?」

ようやく意識がはっきりとしだした翠星石は、周囲を見渡す。
現実にも、翠星石には仲間が居たはずだ。
今や姉妹たちと同様に掛け替えの無い仲間が。
しかし見渡しても、誰も居ない。
どこまでも冷たく余所余所しい、見慣れぬビルの中の景色が在るだけだ。

「な、なんですかここは? ……皆、どこ行っちまったですか…………」

翠星石にしてみれば、眼を覚ませば世界がすっかり様変わりしたような物。
シャドームーンと戦っていたはずなのに、その痕跡は見当たらない。
殺し合いの中でも体験しなかった、異質な不安が翠星石を襲う。

「…………皆……真司!!」

矢も盾も堪らずビルから飛び出した。
状況が掴めない。それ以上に自分以外の誰も居ないことが、翠星石を不安にさせる。
特に真司の不在は。
今の翠星石にとって一人で居ることは、余りにも冷たかった。
まるで迷子を恐れる子供のように、翠星石は一人無人の街を飛び行く。
誰一人予想もしていなかった結末へ向けて――――


     ◇


「黙って聞いてりゃ、横からしゃしゃり出てきたヤローが勝手なことばかりぬかしてんじゃねーです!!!
そんな趣味の悪い銀色オバケと、手なんか組めるわけねーじゃねえですか!!」

今まさに休戦協定の契約を交わそうとしていた狭間とシャドームーンを怒鳴り付ける翠星石。
翠星石は今にも噛み付きそうな剣幕で、怒りを露にしていた。

翠星石は初め、狭間とシャドームーンの会話の意味が判らなかった。
それ以前に狭間たちが居る場所が、先刻まで自分がシャドームーンと戦っていた場所だとも判らなかった。
ライダーキックとシャドーパンチの衝突などの被害によって、周囲の地形が大きく変わっていたためである。
その場所でシャドームーンと見知らぬ男が口論している所を見掛けても、すぐには状況が掴めなかった。

翠星石は元々人見知りをする性格の上、シャドームーンへの恐怖感も存在する。
その上、会話する二人の間には、異様な緊張感が漂っていた。
そもそも翠星石が捜していたのはシャドームーンではなく、あくまで自分の仲間である。
シャドームーンに対して姿を晒す必要は無い。
翠星石は二人の会話に聞き耳を立てながら、物陰に隠れて周囲の状況を探る。
会話の内容に不穏さを感じながら見渡していると、程なく真司を発見することができた。
倒れ伏して動くこともままならない様子だが、命に別状は無いようだ。
真司の生存に対する喜び。
そしてそれ以上の怒り。
怒りの原因は真司ではない。
狭間とシャドームーンの会話の趣旨が、ようやく把握できた。
狭間はシャドームーンと協力して、V.V.と戦おうと言っているのだ。
共に共同戦線を組んでV.V.と戦う。
それは即ち、シャドームーンが自分の味方になると言うこと。
理解できた瞬間に、声を上げていた。
翠星石の抑え難い憤りは、収まりそうにない。
それほど翠星石には許しがたい話だった。

間が悪すぎる。
翠星石の出現に、狭間が持った感想がそれだった。
シャドームーンとの交渉には、翠星石の存在も含めてあらゆる要素を考慮に入れて想定をしていたつもりだった。
しかしここまでシャドームーンとの交渉が進んだ段階での翠星石の横槍は、完全に想定外。
翠星石の様子を見る限りは、簡単には納得しそうには無い。
狭間は頭脳を高速回転させて、事態への対処方法を練る。
しかしほとんどシャドームーンだけを相手にして居れば良かった先刻までと違い、上手く頭が回らない。

「……手を組むと言っても、一時的な物だ」
「一時だって無理です!! 後ろから撃たれるのがオチに決まってるです!!!」
「一旦契約を結べば、シャドームーンはそれを守る」
「どこにそんな保障があるんですか!!? そんな殊勝な奴が殺し合いに乗るわけがありません!!」
「シャドームーンは正面から、我々全員を殺す自信があった。そんな者が姦計を巡らす必要など無い」
「手を組む必要なんざ、もっとねーです!!」
「我々の安全のためだ」
「それで危険を増やすお馬鹿が居ますか!!!」

まるで取り付く島が無いと言った風情の翠星石。
シャドームーンより、よほど手強い交渉相手だ。
狭間は悪魔交渉が不得手であった頃を再び思い出す。
しかしこのまま手を拱いていては、せっかく進めていた交渉も水泡に帰す。

「…………翠星石、シャドームーンとこのまま戦えば、勝敗はともかく被害は大きい。
シャドームーンと同盟を結べば、その被害を主催者の方に押し付けられる。……どっちが合理的な手段だ?」

狭間を援護するために口を出してきたのは、意外にもC.C.だった。
C.C.は先刻まで翠星石と同行していた仲間だ。
狭間より話が通用するはずである。
そのC.C.が合理性を説く以上、翠星石の納得も得易いはずである。

「お、お前らはそいつが何をしたか知らねーから、そんなことが言えるんです……!!!
そいつが何をしやがったか!! 新一にも、ミギーにも……水銀燈にも…………」

しかし実際は、納得どころか更に怒りに火を注ぐ結果となった。
小さなその身を震わせて、翠星石は抑えがたい怒りを露にする。

翠星石はかつてシャドームーンと戦った際、共に戦った仲間の泉新一とミギーを殺されている。
そして姉妹である水銀燈も、シャドームーンに身体を破壊されて、何よりその誇りを踏み躙られた。
ローゼンメイデンがローザミスティカの継承をする際は、以前の持ち主の記憶も受け継ぐ場合がある。
翠星石は水銀燈のローザミスティカを受け継いだ際に、その中でも特に強烈な印象の記憶。
シャドームーンに植え付けられた畏怖、踏み躙られたプライドの記憶があった。

水銀燈は姉妹の中でもとりわけ強くアリスになることを望んでいた。
誰よりも美しく気高い完璧な少女、アリス。それこそが水銀燈の理想だった。
しかしシャドームーンに不具とされ、その上シャドームーンの使い走りにさせられている。
それがローゼンメイデンの、とりわけ気位の高い水銀燈にとってどれほど辛いことか。
そしてこの世にたった六人の姉妹がそんな目に合わされることが、翠星石にとってどれほど辛いことか。

新一とミギーを殺し、水銀燈も踏み躙ったシャドームーン。
例え一時のことでも受け入れることはできなかった。

「……その水銀燈が、殺し合いに乗っていたことを知っているな…………」

狭間もホームページ上のプロフィールや動向から、その辺りの事情は知っている。
知っているからこそ、腑に落ちない部分も有った。

「水銀燈が枢木スザクに惚れ薬を投与して、その所為でスザクが殺し合いに乗ったことは知っているか?
そのスザクが何名もの参加者を殺したことを、即ち水銀燈が何名もの参加者を殺したことはどうだ?」
「…………何が言いたいんですか?」

押し殺したような声で狭間を促す翠星石。
翠星石の意に沿わない話であることは、狭間にも察することができる。
それでも狭間にとって言わずにはいられない。
何故ならレナを殺したのはスザクである。即ち遠因となったのは水銀燈なのだから。

「その水銀燈と、お前たちは手を組んでいたはずだ。それで何故シャドームーンだけを拒絶する?」
「黙るですッ!!!」

狭間に叩きつけるような翠星石の怒り。
同時に翠星石の手から黒羽が発射される。
黒羽は狭間の足下に被弾。蒼炎を上げて爆発。

(なんだこの威力は!?)

黒羽の威力は狭間をして驚かせる物だった。
その威力から察するに、シャドームーンに匹敵し得るほどの力を翠星石が持っているからだ。
翠星石の動向欄で確認した限りでは、真司や新一と共闘してシャドームーンから敗走している。
しかし今の翠星石ならば、単独でシャドームーンを倒し得る。無論、容易ではないが。
翠星石は赤い光をオーラのごとく纏っている。
狭間の想像を超える力と、そして怒りだった。

「……あの銀色オバケより先に殺されたいですか?」

翠星石の放つ気配は怒りに留まらない、正に殺気。
今までにない翠星石の様子に、真司ですら息を呑む。

水銀燈が殺し合いに乗っていたことなど、狭間に言われなくとも百も承知している。
それほどアリスを望んでいた水銀燈でも、ローザミスティカとなって翠星石と一つになることは、
報われない戦いの中で、僅かでも救いとなったはずだ。
しかしそれで翠星石がシャドームーンと肩を並べて戦ってしまっては、
水銀燈の戦いも決意も、本当に報われない物になってしまう。
水銀燈の決意とシャドームーンの決意が、同じ重さを持ってはならない。
世界がそんなに醜い物であってはならないのだ。

「…………もう止めろ翠星石」

翠星石を制止する声は真司の物だった。
翠星石にも予想外だったらしく、呆然とした表情を向けている。

「もうこれ以上、誰かの死を望むようなことを言うな……今のお前を見ても、新一もお前の姉妹も喜ばないよ……」

真司は折れていない方の腕で、大儀そうに身体を起こしながら語る。
真司の目的は誰も死なせないことであって、シャドームーンを倒すことでも新一たちの仇を取ることでもない。
今の翠星石と真司の意思は完全に相違する物となった。

「真司まで何を言い出すですか!!」

翠星石には真司が制止するのが信じられない心地だ。
真司も翠星石同様、新一やミギーを殺された恨みを抱えているはずだ。
しかし、これではまるでシャドームーンとの共闘を望んでいるようではないか。
どうしようもない憤りに駆られる翠星石。

「……ククク、浅ましいな」

真司の代わりに返答するように口を挟んだのは、それまで沈黙を守っていたシャドームーン。
どこか呆れたような含みを持たせた薄い笑いを上げる。

「それほどまでに多勢で私一人を踏み躙って、正義を誇りたかったか。
それほどまでに私の命を贄にして、自分たちの力と団結と理想に酔いたかったか。
フッ、人とはつくづく浅ましい物だな」

シャドームーンは笑う。
目前の全てが、薄っぺらな正義をお題目にした茶番劇だと言いたげに。

「人形よ、そんなに私を殺したければ、他を当てにせず貴様一人で掛かって来たらどうだ?」
「……上等じゃないですか…………」

翠星石の殺気がシャドームーンに向かう。
かつての翠星石を知る者からすれば想像も付かないような、殺気に歪んだ形相を浮かべて。

「……てめーさえ死ねば、全部片が付く話です」

殺気と共に、翠星石の中から異様な力が漲ってくる。
暖かい夢から、眼を覚ました時以来そうだった。
まるでローザミスティカが増えたような、異様な力が翠星石の中に漲っている。
胴体を貫かれた傷も、いつの間にか回復していた。

「この力が在ればてめーなんざ、けちょんけちょんのぼろ雑巾みてーにしてやれるですよ。けっけっけ……」

急激に得た、身の丈に合わない異常な力は、時に人を歪ませる。
それはローゼンメイデンとて例外ではなかった。
身の内から湧き出る、シャドームーンをも殺せそうな力。
翠星石はそれに溺れていた。

翠星石の身体から、再び赤い光がオーラとなって表れる。
それは翠星石と世界を異にする賢者の石の光だった。

「止めろ翠星石!! 今お前たちが戦っては、例えシャドームーンを倒せても周囲の者を巻き込みかねない!!」

狭間の制止も翠星石は聞かない。
シャドームーンを憎々しげに見据える翠星石には、まるで本当に狭間の声が聞こえていないかのようだった。
TALK(話し)にならない。
即ち――翠星石はやる気だ。

翠星石の殺気を受けて立つシャドームーンも、サタンサーベルを構えた。

「シャドームーン、貴様も下らない挑発は止せ!! 翠星石はこの場から脱出する能力を持つ、唯一の参加者だ!!
それがどんな能力か、ホームページのプロフィールを見れば確認できる! 翠星石を殺せば、殺し合いの打破は不可能になるのだぞ!!」
「そんな話はあの人形としろ。世紀王に歯向かう愚かさも含めてな」

狭間に平然と返答するシャドームーンも、引き下がるつもりは無いようだ。
如何なる状況でも、シャドームーンの王の自覚は揺るがない。
歯向かう者には、誰が相手でも退くことは有り得ない。

(どうする!!? ……くそっ、まさかこんな展開になるとは……)

睨み合う翠星石とシャドームーンの両方を見据えて、狭間は歯噛みする。
シャドームーンを味方につけるはずが、翠星石まで危険に晒す形となってしまった。
シャドームーンを相手には上手く進められた交渉が、翠星石を相手にした途端、精彩を欠いてしまった結果がこの状況である。
まるで他人との係わり合いを苦手とした、かつての自分に戻ったかのように。
必死に頭を巡らしても、打開策が浮かばない。

「これ、もうさあ……翠星石に付いてシャドームーンを倒すしかないんじゃない?」

横から北岡が打開策を提示する。
北岡は手に持つカードデッキを地面に割れ落ちたガラスに向ける。
その腰にVバックルが顕現。
今頃になって変身可能になるとは。
狭間は忸怩たる気持ちを抱くが、しかし今はそれどころでは無いと気持ちを切り替える。
何れにしろ、今更シャドームーンに持ち掛けた交渉をこちらから反故にすることはできない。

「私はもうシャドームーンに同盟を持ち掛けた。魔人皇の名の下にだ。
魔神皇の矜持が虚仮だったとしても、魔人皇の誇りまで偽物とするつもりは無い」

一度自分から契約を持ち掛けた相手に、まだ契約は結ばれていないからと言って、襲撃などすればそれは騙まし討ちも同然。
かつての人の上に君臨するための魔神皇ならばそれでも構わなかったかもしれないが、
人と向き合うが故の魔人皇が、卑劣極まりない騙まし討ちなど、絶対にしてはならない。
例え相手が誰であってもだ。
一度それをしてしまえば、魔人皇の名まで虚仮になってしまう。

「生真面目だねぇ……でもそれはおたくの事情であって、俺は最初から同盟だの契約だの知ったことじゃないんだよね」
「私も同様だ」

北岡に続いて、ジェレミアも無限刃を構える。
二人とも翠星石と共にシャドームーンを倒すつもりのようだ。
ジェレミアが狭間の交渉に命を預けると言ったのは本心だろうが、
狭間ですら判断に迷うこの状況では、実力で翠星石を守ろうとしても、無理もない判断だ。
こうなれば、翠星石も北岡もジェレミアも止める策は狭間には存在しない。
しかし、シャドームーンを敵として戦うこともできない。
狭間は完全に板挟みで動けない状況だった。

(……翠星石、お前何をどうしちまったんだよ)

シャドームーンに殺気を向ける翠星石。
真司にとってそれは、まるで悪夢のように現実感が無かった。
殺意に身を任せる翠星石の様子は、余りにも普段のそれとは違う物だ。
真司はそこに、かつて戦った秋山蓮に抱いたような歪みを見出す。

『一つでも命を奪ったら、お前はもう、後戻りできなくなる!』
『俺はそれを望んでる……』

かつて蓮は人を殺すことで、自分を後戻りできないところまで追い詰めようとしていた。
事情は全く違うが今の翠星石から、それほどの尋常ではない気配を嗅ぎ取ったのだ。
もし、翠星石がこのまま殺意に任せて誰かを殺してしまえば、後戻りできない事態になる。
真司はそんな予感に襲われたのだ。

(…………俺が……止めないと!)

翠星石の殺意を止められるのは自分だけだ。
しかし今の翠星石を言葉で止めることは自分にはできない。
そんな想いに駆られた真司は、僅かに回復した体力を振り絞り、再び立ち上がる。
そして翠星石を目指し駆け出した。
誰一人予想もしていなかった結末へ向けて――――

「死にやがれですっ!!!」

左手をかざす翠星石。
その左手から黒羽の連弾を発射。
先刻のそれを超える速度で、一直線にシャドームーンへ向けう。

シャドームーンも翠星石同様に左手をかざす。
その左手からシャドービームを発射。
シャドービームは直線上の黒羽を全て焼き払った。
更に射線の先に居た翠星石へ襲い掛かる。
翠星石は反射的に横へ飛び出す。
音速を超える凄まじい加速度。瞬時にしてシャドービームの射線から回避できた。

(と、とんでもねー速さですぅ!!)

翠星石は自分の持つ速さ、力に驚嘆していた。
自分の意思で飛行していると言うのに、上手く制御し切れないほどの加速度。
何故、突然自分にこんな力が沸いて来るようになったのかは判らない。
しかし今はそんなことはどうでも良かった。
自らの途轍もない能力がもたらす、経験したことも無い快感に翠星石は酔っていた。
この力が在ればシャドームーンでも難なく殺せる。
絶対に自信と共に、翠星石は薔薇の花弁をシャドームーンへ向けて飛ばした。
その射線上に影が飛び出す。

翠星石は自分でも制御しきれないほどの速度で飛行中に薔薇の花弁を発射した。
従ってシャドームーンまで到達する射線を、確実に捉えてなどいなかった。

駆け出した真司にとっても、先刻までの翠星石を遥かに上回る速度は予想できなかった。
従って自分が走る進路の安全など、確保しているはずは無かった。

二つの不測が交差する。

薔薇の花弁の射線上に飛び出した影は真司。
あるいは真司の頭部を薔薇の花弁が通り抜けたと言うべきか。
その威力も先刻より遥かに上回る花弁は、
進路上に在る真司の頬を剥ぎ取り、顎を砕き、首元まで抉り取った。
通り抜けていった花弁を、シャドームーンが横っ飛びに何なく回避する。

まるで何が起こったのか判らないという表情で立つ尽くす真司。
翠星石も何が起こったのか判らないという表情で呆然としている。
遅れたタイミングで、真司の首元から大量の血が勢い良く噴出。
真司は糸の切れた人形のごとく、崩れ落ちるように倒れた。
つかさの悲鳴が響き、北岡が短く城戸と叫ぶ。
それでようやく、起きた惨劇の意味を全員が理解した。
惨劇を起こした当人、翠星石を除いて。

首元から大量の血を噴き出し、声にならない悲鳴を上げて真司はのた打ち回る。
両手足がバタバタと何もない空間を掻く真司の様は、
人間と言うより、まるで子供の悪戯で死に瀕した昆虫のように滑稽な印象を与えた。
焦点の定まらない眼がより滑稽な印象を増している。
真司の生命は自動機械のごとく両手足を忙しなく動かしているが、その先には死しかないことは誰の眼にも見て取れた。

「ディアラハン!」

狭間は即座に回復魔法を詠唱する。
ディアラハン、単独の対象なら全ての負傷を完全回復させる魔法。
魔法は瞬時にその効果を発揮して、真司の傷を完全に塞ぎ出血を止めた。

「……!!」

真司の有様を見て、つかさは思わず息を呑んで眼を背ける。
ディアラハンの効果で傷口は塞がれたが抉り取られた喉下も、頬も、顎も欠損したままである。
出血が止まることで、真司の致命的な欠損がより露になったのだ。
もう手足を動かす力も無くなったのだろうか、
地に横たわった真司の身体は、胴体だけが脈打つように動いていた。
翠星石と狭間に生命を弄ばれたグロテスクな残骸。それが見る者が今の真司に抱く正直な印象だった。

「くそっ!」

狭間が苦々しげに吐き捨てる。
いかに高位の回復魔法とは言え、やはり制限下では致命の傷を治し切ることはできない。
真司はもう助からない。誰もがそう理解できた。
致命の傷を与えた当人、翠星石を除いて。

「え? …………な……ななな、なんでですか……? …………なんで真司がそこに居るんですか? 一体、何してやがるんですか……」

翠星石は震える声で真司に問い掛ける。
自分でも何を聞いているのかよく判ってはいない。
力無く横たわる真司は、それでも首を持ち上げて翠星石を見つめる。
そして最後の力を振り絞るように、翠星石へ手を伸ばそうとする。
瞬間、翠星石はそれに途轍もない恐ろしさを覚えた。

真司は、常に翠星石の傍らに居た。
殺し合いの恐怖。次々と人間が、そして姉妹が死んでいく過酷な状況。
それでも傍らに真司が居てくれたお陰で、翠星石はここまで来れたのだ。
常に優しく翠星石を支えていた真司。
しかし今の真司は翠星石にとって、まるで怨みを抱えて現世に現れた亡者のごとく恐ろしげにうつる。
真司が口を動かし、声にならない声で語りかけようとしている様も、
まるで自分への呪詛を吐いているように翠星石には思える。

何故そんなに怨まれなければならないのか?
そんな覚えは無いはずなのに。

やがて真司の手は力無く地に落ちる。
身体中の一切の動きを止める真司。

少女を守ると誓った。
信じる正義のために戦った。
そして守ると誓った少女に殺された。
それが仮面ライダー龍騎・城戸真司の最期である。

真司はかつて劉鳳を殺している。
そして今度は劉鳳の仲間だった少女に殺された。
あるいは因果応報と言える最期であった。

しかし翠星石は真司の死に現実感が沸かない。
何故、真司が死ななくてはならないのか?
あれだけ優しくて強かった真司が。

――――本当は知っている癖に

自分の中で声がする。
しかしそんなはずが無い。
自分は真司が何故殺されたかなど、知る由も無い。
殺された?
何故殺されたと知っている?

――――誰が殺したか知っている癖に

本当は真司が誰に殺されたかを自分は知っている。
だから何故知っている?

――――翠星石が真司を殺した

嘘だ
嘘だ嘘だ
そんなの嘘だ
そんなことあり得ない

真紅も、蒼星石も、水銀燈もみんな翠星石を置いて死んでいってしまったのに、
この上真司まで死んでしまうなんて。
その真司の死が――――翠星石が起こしたものだなんて。

「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」

火の付いたような叫びを上げる翠星石。
翠星石自身は自分が叫んでいることも判らないほど狂乱していた。
あらゆる現実が内面で交錯していき、意識の焦点が定まらない。
やがて意識が全てホワイトアウトする。

「フッ、なんだこの様は?」

異様な叫びを上げていた翠星石、突然糸が切れたように倒れる。
その尋常では無い様を見て、シャドームーンだけが失笑を漏らす。
そしてサタンサーベルを構えた。

カシャ カシャ カシャ カシャ

「よくも世紀王を、ここまで下らない茶番に付き合わしてくれた物だ……相応の礼をせねばならんな」
「止めろ!! もう翠星石には何もできない! さっきも言ったはずだ! 脱出ができるのは翠星石だけなんだぞ!!」
「仕掛けてきたのはその人形の方だ。違うとは言わさん」

翠星石へ向かって歩き出すシャドームーン。
狭間の制止にも止まる様子は無い。
たとえ狭間でも、止めるには実力で当たるしかないだろう。
可能な限りシャドームーンを攻撃しないように。
そんな温いやり方で、シャドームーンを止めることが可能だろうか?

しかし最早、躊躇しているような間もなかった。
翠星石がサタンサーベルの間合いに入った。
狭間は身を挺して翠星石を守るべく、走り出す。
その進路を、艶のある光沢を放つ水晶によって遮られた。

鏡のごとく狭間の姿をきれいに映し出す、滑らかな水晶。
そんな水晶が、まるで植物のごとくに地面から生えてきたのだ。
シャドームーンの方を見ると、同じくように眼前の水晶に阻まれている。
水晶は翠星石を取り囲むように、何本も地面から伸びている。
その一本の先端に少女が居た。
薄い紫のドレスを着込んだ少女は、その体躯の小ささから、
翠星石と同じ人形だと判る。
そして狭間はその人形に見覚えがあった。
狭間は怒りを込めて、その名を呼ぶ。

「……薔薇水晶!!」
「私は主催側……あなたたちに危害は加えません……」

そう言い放ち、薔薇水晶は水晶の取り囲まれた空間に降り立つ。
足下には翠星石が倒れていた。
薔薇水晶の目的は翠星石。
翠星石は殺しあいの脱出者となるための条件を満たした。
『首輪を解除した上で、合計十二時間以上同行した参加者を殺害する。』と言う条件を。
従って案内役である薔薇水晶が、翠星石を迎えに来たのだ。
周囲の水晶は、あくまで自分と翠星石を保護するための物。
その水晶が、一斉に粉砕する。

「「二度も私の邪魔はさせん!!」」

狭間とシャドームーンが、同時に水晶を破壊したのだ。

「私は……翠星石を迎えに来ただけ…………」
「世紀王の邪魔立てをした者の命は無い。貴様らはまだそのことを理解していなかったらしいな」
「そいつは主催者側の存在だ!! 殺す前に聞き出すことがある!」

狭間は薔薇水晶が翠星石を連れて行くのを放置するつもりは無い。
シャドームーンも薔薇水晶を放置するつもりは無い。
二人は薔薇水晶に挑みかかる。

シャドームーンがビームを放つ。
飛行して回避する薔薇水晶。
そこへ狭間が凍結魔法を放つ。
大気を凍えさせ吹雪を作り出す凍結魔法は、
範囲が拡散して回避が難しい上、敵自身を凍結させて動きを封じる効果がある。
しかし地面から水晶を伸ばして吹雪を防ぐ薔薇水晶。
薔薇水晶の飛行を阻むことはできなかった。
その進路上に刃が奔る。

「逃しはせん!」

咄嗟に手中で形成した水晶の剣で防ぐが、飛行は停止。
刃は無限刃。更に贄殿遮那。振るうはジェレミア。
ジェレミアは薔薇水晶の進路を阻むように剣で攻め立てる。
薔薇水晶は応戦するが、ジェレミアを突破できない。
背後から狭間とシャドームーンが迫る。

『薔薇水晶、翠星石は構わないから、今すぐ帰還するんだ』

それはV.V.の声だった。
周囲一帯から聞こえる幼い声は、ちょうど放送の時と同じ要領で響き渡る。
それと同時に薔薇水晶の足下に低く水晶が生える。

「逃がすなジェレミア!!」

無限刃を薔薇水晶へ向けて突き立てるジェレミア。
しかし無限刃は虚しく空を切った。
薔薇水晶は無限刃の下、絵の具を不規則に混ぜ込んだがごとき混色を表す水晶面の中へと消えて行く。

「……nのフィールドか!!」

人形である薔薇水晶は、その気配からも翠星石と同種のローゼンメイデンだと狭間には推測している。
更にそこから翠星石と同様の能力を使って、nのフィールドへ侵入したと容易に推測できた。
薔薇水晶の姿が完全に消え去り、混色から滑らかな水晶面に戻る。

「シャドーフラッシュ!」

シャドームーンから放たれるキングストーンの光。
それに照らされた滑らかな水晶面が、再び混色に戻る。

「!!? シャドームーン、貴様もnのフィールドへ侵入できるのか!?」
「nのフィールドなど知らんな。だが、キングストーンを持つ者に侵せぬ領域など存在しない」

狭間の問いを適当にあしらいながら、シャドームーンはnのフィールドの中をマイティアイで透視する。
先刻に拡張したシャドームーンの空間干渉能力。
nのフィールドとて、一種の異空間であることには変わりは無い。
マイティアイで解析した薔薇水晶のnのフィールドへの侵入能力を、その空間干渉能力で模倣した。
しかし開いたnのフィールドへの入り口の中は、マイティアイでも見通すことは不可能だった。

「シャドームーン。首輪が貴様に嵌っている以上、そこに侵入するのは自殺行為だ」
「……創世王よ!! 二度も世紀王を邪魔立てするか!」

狭間に言われるまでも無く、首輪を嵌めたままnのフィールドへ入るのが危険であることくらい、シャドームーンも弁えている。
即ち薔薇水晶の追跡は不可能。
しかしシャドームーンの怒りは収まらない。
怒りが向かう先は、殺し合いの主催者。
主催者は二度もシャドームーンを侮辱してまで、殺し合いの駒にしようとしている。

「……シャドームーン。殺しあいを主催する者は、あくまで貴様の誇りを省みないつもりらしい。
仮に貴様が殺し合いに優勝したとして、そんな連中が貴様の立場を保障してくれると思うか?」

狭間の方へ振り返るシャドームーン。
狭間はいつの間にか翠星石をその手に抱いていた。

「翠星石は私が預かる。主催者を倒すまで、私が決して貴様に手出しはさせない。貴様が契約を受け入れればの話だがな……」
「フッ、できるのか貴様の力で?」
「ならば殺し合いを続けるか? 満身創痍で消耗も激しい貴様が、他の全てを敵に回して。
それで首輪を嵌めたまま殺し合いに優勝できれば、貴様は満足か?」

狭間の言う通り、シャドームーンの消耗はかなり激しい。
仮面ライダーとの戦いで、シャドームーンは死の寸前まで追い詰められていたほどなのだ。
それでも全ての敵を殺し得る自信。否、如何なる敵も必ず殲滅する自負はある。
しかし無謀な戦いを自覚できないほど、愚かでもない。
そもそも消耗が激しくなければ、始めから狭間の話を聞くシャドームーンではない。
余裕のあった時は夜神月の説得に耳を貸さなかったように。
しかしあの時とは消耗もダメージもまるで違う。
何より、あの時には無かった主催者への強い怒りがあった。
シャドームーンを何処までも駒として扱おうとする主催者への。

「……条件がある。V.V.の裏に居る創世王には誰にも手を出させるな。私が殺す」
「……了承した。V.V.の裏に黒幕が居れば、貴様に任せる。但しこちらからも条件を追加する。
それは貴様の首輪を解除しても、独断専行することは許さない。会場脱出や主催者の拠点へ侵攻する際は、必ず我々と足並みを揃えるんだ。
主催者との戦いは、あくまで我々との歩調を合わせた共闘で行うんだ。良いな?」

狭間の条件はシャドームーンの予想の範囲内だった。
狭間の目的は、要するにシャドームーンを自分たちの脱出に利用するつもりなのだから、
シャドームーンだけが会場を脱出して、自分たちは取り残される形になるのは避けたいはずである。
狭間の思惑を全て了解しながら、シャドームーンは自らの決断を言葉にした。

「いいだろう、その命は創世王を殺すまで預けておいてやる。貴様らに失望しない内は、な」

シャドームーンから発せられた、契約の了承する言葉。
苦心の末にようやくたどり着けた成果だった。
大きな犠牲を払っての成果だった。
結果の全てを喜ぶわけにはいかないが、契約を受け入れたシャドームーンに、
狭間の方から言わなければならない言葉があった。

「改めて紹介しよう。私は貴様の盟約者、魔人皇・狭間偉出夫だ。今後ともよろしく」

【城戸真司@仮面ライダー龍騎(実写) 死亡】


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160:因果応報―世紀王 シャドームーンが1体出た!― ヴァン 160:因果応報―始まりの終わり―
C.C.
翠星石
上田次郎
シャドームーン
狭間偉出雄
北岡秀一
柊つかさ
ジェレミア・ゴットバルト
城戸真司 GMAE OVER
154:世界を支配する者 V.V. 160:因果応報―始まりの終わり―
159:魔人 が 生まれた 日(後編) 薔薇水晶



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