アマネオ

Mの喜劇(2013年)

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amaneo

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 一、事件なんてない方がいい

 名呑町。

 山と海の間で人々がコケみたいにへばり付いて暮らしてる町。

 狭い内海を挟んだ向かいには雨多ノウタノシマ)や寂れた水族館がある。海岸沿いには古くから漁師の家が並び、そばにはシャッターの目立つ商店街がある。参道から山に行くにつれ神社や寺院が増えていく。

 山の上には名呑大学もあるが、ノンキな名呑大学生はふざけてこう言う。
「名呑エリートッ! 我々がこれほど憧れる名があるだろうかッ!? 名呑小学校→名呑中学校→名呑高校→名呑大学→漁師。これが名呑エリートだッ!」

 自嘲の混じった地元ネタに、俺は笑うに笑えずひきつった。
そんな名呑町の駅前には俺の勤務先、名呑警察署がある。
「先月と先々月合わせても窃盗一件、しかも魚の干物をそこの息子が酒のツマミに頂戴しただけ――確かにありゃ難解だったが」

 俺はデスクに突っ伏した。頭の上から間延びした声が降ってくる。
「事件なんてない方がいいし、未然に防げるならそれに越したことはないし。何より楽だし」

 警察学校時代からの同僚、岩本は町民の方から頂いたみかんをもぎゅもぎゅ食べている。窓から入った光が岩本の眼鏡に反射する。
「クールな眼鏡で理路整然と反論しやがって」
「えへへ~」

 照れんな。
「そんなことよりね、なんか君のお待ち兼ねの事件が起きてるみたいだよ」

 岩本は指先で書類を挟み、ぴらぴらと舞わせた。事件発生とな。俺の胸はざわめき・ときめき・きらめき!

事件の概要はこうだ。

 茶屋梅子(七五歳・女)が自宅玄関先で死亡していた。かなりでかい鈍器のようなもので後頭部を殴られたらしい。グチャッと頭蓋骨陥没。死亡推定時刻は早 朝四時~六時頃。近所の人間に聞いてみたが、犯行目撃者は誰一人としていない。第一発見者は鼻をたらしたバカ丸出しの花田ひろしくん(七歳)で、登校時に 見つけて通報した、と。
実はこれだけじゃない。似たようなケースが同じ日にあと三件起こっていた。

 午前三時から午前六時にかけて一人暮らしの老人ばかり、山本治(八十歳・男)、花奥葉子(七七歳・女)、朝村陽三(七五歳・男)がやられて全員死亡。そ れぞれの家はニキロ以上離れている。もちろん犯人を目撃した者はおらず、第一発見者は鈍器を持てそうもない(あるいは身長の関係からして殴れなさそうな) 子どもや車椅子で生活している人間ばかりだった。

 全く見つからない凶器。

 老人たちが玄関先に出ていた理由は。そして何故犯人目撃者が一人もいない?

 俺は一日で全ての現場を回ってくたびれかえった。その日は家に帰って新聞を読んで考えてるうちに寝てしまった。

 翌朝警察署に出ると、岩本は相変わらずみかんを食べていた。俺は机を軽く叩いた。
「一人暮らしの老人という以外、被害者に共通点はないんだ。どう思う」
「どうもこうも担当でもないのに勝手に捜査しちゃマズイでしょ。大体僕らには僕らの仕事があるし」
「頼む」

 俺は岩本の背後に立つと、スーツの上着、さらにシャツの下へと手を差し入れていく。岩本は始めだけは一応抵抗する。素肌の背中をゆっくりと撫で上げる。指に吸い付くような白い肌は若干汗ばんでいる。
「ちょ、やめ。アッ―!」

 眼鏡がカシャンと床に落ちた。

 コイツは男女構わず誰に対しても被虐願望を持つ真性のやらないかドM野郎なのだ。背中から腰の部分を撫でつづけると息が荒くなり頬を染め、あたり構わずピンク色ハートをビシャビシャ撒き散らして何でもいうことを聞く。

 そして最悪なことに、コイツは俺なんぞが及びもつかないほど変態的なまでに洞察力が鋭いんだな。
「わかったよ。言う。言うから、後でこんな快楽に負けたダメな僕にお仕置きを下さい」
「ああ」

 とは言うものの、いつも俺はすっぽかす。すると岩本は放置プレイだと喜ぶ。Mってすげえよ。いや俺は別にふざけてないぞ。ただ真摯に事件を解決したい一人の真面目な警察官だ。
「岩本、お前どうせほとんどわかってんだろ」

 岩本はサラっと資料に目を通すだけで暗記しちまってる。だから何も見ずに、ただみかんの皮をむきながら話す。
「気になるのはね、犯人は相当に大きな鈍器のようなものを持っていたはずなんだ。でも老人たちはそれに気付かずに(警戒せずに?)殺されてるし。後頭部を 殴られてることからして、そう思う。或いは、犯人に向かってノコノコ出ていったか。わざわざ殺されに行くみたいにさ。知り合いだったらそれも可能だろうけ ど、被害者たち全員に関係する個人はいないし。そして時間帯からしても、誰かが犯人を目撃したっていいのに、そうはならない。つまり犯人の姿はナチュラル 過ぎたんだ。繰り返すけど、大きな鈍器のようなものを持っているにも関わらず日常に溶け込む」

 そんなことが可能なのか。バカだから俺の頭はついていかない。

「ええと、つまり何だ」
「解答編はお仕置きの後で」

 俺は乳首周辺をクルクル弄ってくる岩本を突き飛ばすと、自分で答えを見つけるために歩き出した。

 

 

二、不可解な結末

 翌日、突然事件は解決した。

 被害者たちの家族が出頭・自首したのだ。息子や娘夫婦と、その兄や妹。全員顔見知りらしく「お互い大変ですねえ」と言わんばかりに和やかなムード。

 一体あんたらなんなんだ。

 以下は、全員が口裏を合わせたように同じことしか言わなかった問答だ。

 動機は?
「父が(母が)邪魔で」

 凶器は?
「玄関の置物で殴りました」

 それはどこに捨てた?
「海に捨てました」

 何故そんな時間に殺した?
「カッときたのがその時だったんです」

 明らかに凶器が違う。置物みたいなものではなくて、もっとでかい何かなんだ。それにこうも全員同じことを言うのは、不審を通り越して呆れを通り越して、やつらの顔に自信を感じる。

 集団の悪意。

 サイレント・マジョリティ・マリスってやつを。

 ところが警察上層部はあっさりと操作を打ち切り、この事件は終了。
「犯人は、介護が面倒になった家族でした。」

 よくある話だ。平和な名呑町が戻ってきた。めでたしめでたし。なんてなるか馬鹿野郎! 俺は帰宅して窓から町を見下ろす。エコバッグからネギがはみ出してるあいつが犯人かもしれない。色黒で目の鋭いあいつも歩きながらリンゴ食ってるあいつも目撃者かもしれない。
俺は町に渦巻く意志を感じる。糞尿鍋に内臓をぶち込んで煮込んでいるような、吐き気のするヤツを。
――とっとと寝ちまおう。

「おかしい。この町は行方不明者が全国平均の三倍近くあるんだ」

 翌日、俺は倉庫の資料を片っ端から当たり、見つけた資料を岩本に見せていた。
「元々海難事故で行方不明者が多かったのに、十八年前、一九九五年から一気に増えてる」

 岩本は何か書類を作りながら、はいはいと相槌を打っている。
「で? 今回の事件とそれが関係あるのかい」
「よくわからないが――何かが隠されてる気はするんだ」

 息を吸って手を止め、こっちを向いた。
「そんなこと何にだって言えるし。大体事件は終わったんだし、上の人達が言ったら、そりゃ終わりなんだよ」

 またみかんを食べはじめやがった。一房ずつ内皮を剥き、みずみずしい果肉へ唇をつけて丹念に汁を吸う。
「じゃあお前は上の人間が死ねって言ったら死ぬのか」
「迷うよね。言葉責めは嬉しいんだけど、ほんとに死ぬと勿体ないし。死ねないことを罵倒してもらいたいし、えへへ」

 眼鏡を光らせて知的に照れんな。
「で、真犯人はわかったの」
「わからん」

 俺は岩本の手からみかんを奪って食う。果汁が疲れきった脳みそに染み渡る。
「僕を縛って僕のキュートな玉子ちゃんを全力で蹴り上げてくれたら教えよう」

 コイツ、ヒドい。純然たる変態。
「それを、やれば――」

 俺は唾を飲み込む。喉がなって、鼻息が出る。
「それをやれば、教えてくれるのか――?」
「うんっ!」
「だが断る」

 俺はデスク上の新聞に目をやる。何か引っ掛かった。行方不明者は全く報道されていない。海難事故も小さな扱い。警察も早々に捜査を終える。この町は平和という薄皮を被っている。

 巨大でも目立たない凶器。早朝。一人暮らしの老人たちが外へ出てくる。

 ん?
「犯人、わかっちゃったみたいだね」

 岩本が頬をぽりぽりとかいて残念そうに笑う。
「新聞配達員だろ」

 俺の心臓と脳ミソが直結してドクンドクン脈打ってギュンギュン回転する。
「配達員は深夜から早朝にかけ毎日、新聞を入れる。早起きで一人暮らしの老人は、新聞配達員を待って、ちょっとした会話を楽しみにする奴も少なくない。ジジイどもはいつものように原付の音に反応して新聞を受け取りに行き、殺された」

 岩本と俺は頷き合う。更に続ける。
「凶器は新聞の束が入ったボストン・バッグだ。一部は薄いが、五百部、千部とまとめると無茶苦茶重い。それに加えて老人は骨が弱い。確実に死ぬ。その後、 配達員は何食わぬ顔で新聞を配って凶器は消滅する。バッグだけなら処分は簡単だ。警察は『鈍器のようなもの』を捜してるんだから」
「そう。この町の人々はその朝、誰かを殺した凶器を読んでたってことさ」

 待てよ。この方法じゃ、一人を殺してから次々と殺せない。次の殺人現場までニキロはあるんだから。ということは、つまり複数の配達員が――。
「君の頭の中が手にとるようにわかるよ。だからこそ、今言っておく。上の人達が何故捜査を打ち切ったのかよく考えろ」

 岩本はいつになく鋭い目をして、口調も変えた。

 脳裏をよぎるのは……組織ぐるみの犯罪。複数の新聞配達員が同時に同じ犯行をした。配送所が怪しいが、それよりも警察がこれ以上捜査しないという、癒着している可能性。

 どうして目撃者が出ないのか。配達員の姿が目立たないにしても、おかしい。皆その組織に関わりたくないと思っているからだ。
「組織?」
「口に出すな!」

 温厚な岩本が大声で怒鳴った。俺は自分で口を抑える。手がべとついて、汗が噴き出しているのに気がつく。その「組織」って何だ。同じ行動をとる人々。自首して同じ証言をした、あの夫婦たちが怪しい。

 親を殺されたのに、何故犯人をかばう。犯人と夫婦たちは同じ組織だったんじゃないか。
「被害者たちは殺される理由はあったのか? 何かに批判的だったり敵対してたりってことは、あったのか――?」
「もう首を突っ込まない方がいいって。突っ込むなら、僕の……」
「ふざけるなよ」

 岩本は肩をすくめて、ぼそぼそと呟きだした。
「危ないから言えない。でも、そういえば、最近僕は小学生の頃を思い出すんだ。ガメラ空中大決戦、耳をすませば、阪神大震災、プリクラ、アムラー」
「何を言って」

 岩本の瞳が俺の目を真っ直ぐ射抜いた。
「地下鉄サリン事件とかね」

 一九九五年! 十八年前、名呑町に行方不明者が急激に増えだした年。

 俺は急いで年度別捜査資料をあたった。やがて、不必要書類として捨てられる運命にあった、一九九五年のとある名簿を見つけた。そこには、今回自首してきた夫婦たちの名前が全て載っていた。名簿名は。

「リリジョン101

 蝙蝠とタコが合体したような像を崇めてるカルト教団だ。一九九五年は、「リリジョン101」が話題になり、一気に信者数が増えた年だった。

 被害者たちは多分家族に反してリリジョン101に入会しなかったか、批判的だったんだろう。全ての符号が繋がった気がした。リリジョン101が名呑町を覆い尽くそうとしているのだ。

 しかし、もう手遅れだった。名呑警察署長や町長の名まで名簿にある。おまけに、さっき読みはじめた時に俺は背中を撃たれてしまったのだ。多分教団の息のかかった奴だろう。

 慌てて駆けてきた岩本を見つけたが、どうしようもなかった。岩本は自分を責めることばかり言っていたが、Mだからそれで喜んでるのかもしれないなと思うと、愉快だ。

 岩本はもう俺が動けないのを知ってて、キスしやがった。

 嬉しくはないが、悪くもないな。

 俺は、笑った。

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