ばかやろう節(1) ◆hqLsjDR84w
◇ ◇ ◇
「……むう」
アシュタロスは誰にともなく呟くと、緩やかに進めていた足を止めた。
進んでいたのとは異なるほうを向いて、そちらを見やる。
南より接近してくる霊力を感じ取ったのだ。
常人の域からはみ出た速度で北上してきている。
それも一つではなく、二つ。
あごに手を当てて黙考したのち、アシュタロスは意識を集中させた。
肩まで伸びた紫色の毛髪が、重力に反して浮かび上がる。
抑え込んでいた魔神としての力を、ほんの少しだけ外界へと解放したのだ。
溢れ出した魔力に勘付いたのか、二つの霊力は加速した。
その動きを捉えて、アシュタロスは口元を緩める。
アシュタロスは、すべてのGS(ゴーストスイーパー)にとって倒すべき敵である。
その力を察知すれば、近付いてくるであろうと目論んだのだ。
進んでいたのとは異なるほうを向いて、そちらを見やる。
南より接近してくる霊力を感じ取ったのだ。
常人の域からはみ出た速度で北上してきている。
それも一つではなく、二つ。
あごに手を当てて黙考したのち、アシュタロスは意識を集中させた。
肩まで伸びた紫色の毛髪が、重力に反して浮かび上がる。
抑え込んでいた魔神としての力を、ほんの少しだけ外界へと解放したのだ。
溢れ出した魔力に勘付いたのか、二つの霊力は加速した。
その動きを捉えて、アシュタロスは口元を緩める。
アシュタロスは、すべてのGS(ゴーストスイーパー)にとって倒すべき敵である。
その力を察知すれば、近付いてくるであろうと目論んだのだ。
「『式神』、か」
姿を現した霊力の主は二人ではなく、二体であった。
夕闇に溶け込む黒い体毛を全身に生やした直径二メートルほどの球体に、そちらの半分ほどのサイズで鋭い牙を伸ばした毛のない球体。
現実世界にそんな生物は存在しないが、アシュタロスは動じない。
古代中国にて編み出された『陰陽五行説』の思想に基づき、日本で独自の発展していった呪術体系『陰陽道』。
それに秀でた『陰陽師』の使役する鬼神こそが――『式神』。
無生物を憑代として霊力を吹き込み、生物であるかのようにして操る。
日本に伝わる霊能技術の一種である。
夕闇に溶け込む黒い体毛を全身に生やした直径二メートルほどの球体に、そちらの半分ほどのサイズで鋭い牙を伸ばした毛のない球体。
現実世界にそんな生物は存在しないが、アシュタロスは動じない。
古代中国にて編み出された『陰陽五行説』の思想に基づき、日本で独自の発展していった呪術体系『陰陽道』。
それに秀でた『陰陽師』の使役する鬼神こそが――『式神』。
無生物を憑代として霊力を吹き込み、生物であるかのようにして操る。
日本に伝わる霊能技術の一種である。
二体の突進を危なげなく回避しながら、アシュタロスは五感を研ぎ澄ます。
こうして式神が動いているということは、彼らを使役しているGSがどこかにいることになる。
仮に式神が封じられた札だけを所持していたところで、動力となる霊力がなければ呼び出すことは不可能だ。
そのはずだというのに、式神以外に生物らしき気配は発見できない。
はたしてこれはいかなることかと考える間も、式神は攻撃を緩めない。
大口を開けて噛み付こうとしてくる小さな球から飛び退き、体当たりしてくる巨大なもう一体を空中で身を捻ってやり過ごす。
すると、大きいほうの式神が体毛のなかに紙を隠しているのが目に入った。
横切っていく式神に手を伸ばし、アシュタロスは一瞬のうちにそれをかすめ取る。
紙を開いてみると、伝言のようなものが記されていた。
なるほどと胸中で吐き捨て、アシュタロスは結論を下す。
『エレオノール』という仲間へとメッセージを送るべく、『才賀勝』という参加者が式神を発現させたのだろう。
ならば、GSがこの場にはいないのも頷ける。
納得して、アシュタロスは二体の式神へと向き直る。
こうして式神が動いているということは、彼らを使役しているGSがどこかにいることになる。
仮に式神が封じられた札だけを所持していたところで、動力となる霊力がなければ呼び出すことは不可能だ。
そのはずだというのに、式神以外に生物らしき気配は発見できない。
はたしてこれはいかなることかと考える間も、式神は攻撃を緩めない。
大口を開けて噛み付こうとしてくる小さな球から飛び退き、体当たりしてくる巨大なもう一体を空中で身を捻ってやり過ごす。
すると、大きいほうの式神が体毛のなかに紙を隠しているのが目に入った。
横切っていく式神に手を伸ばし、アシュタロスは一瞬のうちにそれをかすめ取る。
紙を開いてみると、伝言のようなものが記されていた。
なるほどと胸中で吐き捨て、アシュタロスは結論を下す。
『エレオノール』という仲間へとメッセージを送るべく、『才賀勝』という参加者が式神を発現させたのだろう。
ならば、GSがこの場にはいないのも頷ける。
納得して、アシュタロスは二体の式神へと向き直る。
「何はともあれ、まずは貴様ら二体だ」
言いながらも、アシュタロスの興味は先ほどまで目指していた地点にそそられていた。
少し前に、花火が打ち上げられた地点である。
ゆっくりと歩んでいたので、もうそろそろ参加者が集まっている頃合いだろう。
殺し合いの舞台にて自ら他者を集めるのはいかなる手合いで、それに引き寄せられたのはどのような連中なのか。
そのような命知らずのなかにならば、最上位魔族をすら滅するような輩がいるのではないか。
多少気にかかったが、アシュタロスはすぐに思考を振り払った。
とうに、そんな幻想を抱いていられるほど青くはないのだ。
最上級の魔族がろくな成果も上げずに息絶えることはできない。
八十程度の命が魔神の命と釣り合うワケもなく、成果とみなされることはありえない。
ゆえに、最終的に勝ち残ってしまうことが確定している。
期待を胸にどこかに向かう理由なぞ、災厄として生き続けねばならないアシュタロスには存在しないのだった。
少し前に、花火が打ち上げられた地点である。
ゆっくりと歩んでいたので、もうそろそろ参加者が集まっている頃合いだろう。
殺し合いの舞台にて自ら他者を集めるのはいかなる手合いで、それに引き寄せられたのはどのような連中なのか。
そのような命知らずのなかにならば、最上位魔族をすら滅するような輩がいるのではないか。
多少気にかかったが、アシュタロスはすぐに思考を振り払った。
とうに、そんな幻想を抱いていられるほど青くはないのだ。
最上級の魔族がろくな成果も上げずに息絶えることはできない。
八十程度の命が魔神の命と釣り合うワケもなく、成果とみなされることはありえない。
ゆえに、最終的に勝ち残ってしまうことが確定している。
期待を胸にどこかに向かう理由なぞ、災厄として生き続けねばならないアシュタロスには存在しないのだった。
◇ ◇ ◇
アシュタロスが思いを馳せた花火が打ち上がっ場所から、僅かに北。
石島土門と佐々木小次郎の二人は見合ったまま、腰を低く落としていた。
どちらかが一歩でも踏み出せば、戦闘が始まる場面である。
張り詰めた空気を肌に感じながら、互いに機を窺っている。
石島土門と佐々木小次郎の二人は見合ったまま、腰を低く落としていた。
どちらかが一歩でも踏み出せば、戦闘が始まる場面である。
張り詰めた空気を肌に感じながら、互いに機を窺っている。
「おおぉぉぉッ!」
痺れを切らしたのか、土門が気合を籠めた叫びをあげた。
対面している小次郎は、他者を殺してでも強くなろうとしている。
自分のために、誰かの人生を奪おうとしているのだ。
そんなことを土門は許せない。他者を蹴落としての幸せなんか認めない。
一発ブン殴って、間違いを認めさせてやる。
その思いを胸に、土門は強く地面を蹴り、そして――
対面している小次郎は、他者を殺してでも強くなろうとしている。
自分のために、誰かの人生を奪おうとしているのだ。
そんなことを土門は許せない。他者を蹴落としての幸せなんか認めない。
一発ブン殴って、間違いを認めさせてやる。
その思いを胸に、土門は強く地面を蹴り、そして――
「おぉ、お?」
素っ頓狂な声をあげた。
睨み付けていたはずの小次郎が視界から消え、彼の焦りを含んだ声がなぜか後ろから聞こえる。
土門が現状を理解できずにいると、いつのまにか『止まれ』と記された真っ赤な逆三角形が眼前にあった。
その逆三角形は見る見る大きくなっており、もはや『止まれ』の『止ま』までしか土門には見えていない。
睨み付けていたはずの小次郎が視界から消え、彼の焦りを含んだ声がなぜか後ろから聞こえる。
土門が現状を理解できずにいると、いつのまにか『止まれ』と記された真っ赤な逆三角形が眼前にあった。
その逆三角形は見る見る大きくなっており、もはや『止まれ』の『止ま』までしか土門には見えていない。
逆三角形逆三角形というか、標識だった。
「うおお!?」
回避しようにも、空中で移動などできるものか。
咄嗟に顔を庇おうと顔を手で覆うのが精一杯で、そのまま土門は標識に激突する。
すると、標識はいとも容易く折れてしまった。
まるで木の枝のように、ぽきんと。
咄嗟に顔を庇おうと顔を手で覆うのが精一杯で、そのまま土門は標識に激突する。
すると、標識はいとも容易く折れてしまった。
まるで木の枝のように、ぽきんと。
「ぬぅぅ……! なんと、不可解な身体捌き!
踏み込んだ次の瞬間には、あやつはすでに遥か彼方!
いつ仕掛けられようとも迎え撃つ心構えであった拙者が、反応すらできぬとはっ!
……もしや! あれこそが、かねてより武術界に名を轟かす特殊技能『縮地法』!?
その歳で習得しているとは、やはりこの地に呼ばれしは恐るべき手練ばかりでござるか!」
踏み込んだ次の瞬間には、あやつはすでに遥か彼方!
いつ仕掛けられようとも迎え撃つ心構えであった拙者が、反応すらできぬとはっ!
……もしや! あれこそが、かねてより武術界に名を轟かす特殊技能『縮地法』!?
その歳で習得しているとは、やはりこの地に呼ばれしは恐るべき手練ばかりでござるか!」
という小次郎の的外れな推測を訂正もせずに、土門は自分の身体を眺めていた。
正確には身体ではなく、全身を包む漆黒のAM(アーマードマッスル)スーツ。
身体能力を三十倍以上に増幅させるとの説明文は読んでいたが、土門はよもやここまでとは思っていなかった。
標識にぶつかった手に痛みがまったくないことから、衝撃を吸収する能力も凄まじいのも分かる。
しかし、にしても、である。
距離を縮めるために少し力を籠めただけで、人間一人飛び越えるほどの大ジャンプになってしまうなどはっきり言って使いづらい。
跳びすぎた、どころの話ではない。
せめてこれがスイッチなりでパワーレベルを調節できればよいのだが、着用者の精神に応えるとのことなのでお手上げだ。
土門はいざ戦闘となってから、装備に対する認識を改めるハメになってしまった。
AMスーツをいつも使っている魔道具『土星の輪』のようなものだと思い込んでいたが、実際はまったく違っていたのだ。
殴るだとか蹴るだとかの攻撃の際に威力を上げる土星の輪に対し、AMスーツは身体能力すべてを向上させる。
上に着ていた衣服が弾け飛んでしまうのを惜しんで、いままでAMスーツを発動させてなかったのを悔やむしかない。
正確には身体ではなく、全身を包む漆黒のAM(アーマードマッスル)スーツ。
身体能力を三十倍以上に増幅させるとの説明文は読んでいたが、土門はよもやここまでとは思っていなかった。
標識にぶつかった手に痛みがまったくないことから、衝撃を吸収する能力も凄まじいのも分かる。
しかし、にしても、である。
距離を縮めるために少し力を籠めただけで、人間一人飛び越えるほどの大ジャンプになってしまうなどはっきり言って使いづらい。
跳びすぎた、どころの話ではない。
せめてこれがスイッチなりでパワーレベルを調節できればよいのだが、着用者の精神に応えるとのことなのでお手上げだ。
土門はいざ戦闘となってから、装備に対する認識を改めるハメになってしまった。
AMスーツをいつも使っている魔道具『土星の輪』のようなものだと思い込んでいたが、実際はまったく違っていたのだ。
殴るだとか蹴るだとかの攻撃の際に威力を上げる土星の輪に対し、AMスーツは身体能力すべてを向上させる。
上に着ていた衣服が弾け飛んでしまうのを惜しんで、いままでAMスーツを発動させてなかったのを悔やむしかない。
「なにを呆けているか!」
再び真剣な表情となった小次郎が、金属製の拷問鞭を振るう。
風を切る音により思考から復帰し、土門が咄嗟に飛び退く。
地面すれすれを這うような一撃から逃れることはできたが、またしても土門はかなり高い地点にまで跳び上がってしまう。
二階建ての民家の屋根に着地して振り返ると、歯噛みした小次郎がついてくるかのように壁をよじ登っていた。
その様子を見て、土門のなかにある考えが浮かぶ。
確認するべく、小次郎が屋根の上まで登ってくるのを待ってから、土門はまた四軒ほど先の屋根に飛び乗る。
風を切る音により思考から復帰し、土門が咄嗟に飛び退く。
地面すれすれを這うような一撃から逃れることはできたが、またしても土門はかなり高い地点にまで跳び上がってしまう。
二階建ての民家の屋根に着地して振り返ると、歯噛みした小次郎がついてくるかのように壁をよじ登っていた。
その様子を見て、土門のなかにある考えが浮かぶ。
確認するべく、小次郎が屋根の上まで登ってくるのを待ってから、土門はまた四軒ほど先の屋根に飛び乗る。
「ぐぬぬ……っ! 拙者を倒すなどと啖呵を切っておきながらどういうつもりだ、貴様ぁ!」
顔を真っ赤にしながら、小次郎は一軒ずつ屋根から屋根へと飛び移って追いかけてくる。
想定していた通りの行動に、土門は見えないようにガッツポーズを作った。
自分の力を試したいらしい小次郎は、相手が逃げたとしても追いかけてくるはず。
だというのならばひとまず花火が打ち上がった地点まで向かい、花菱烈火と合流してから小次郎を倒せばよいのだ。
その頃にはAMスーツにも多少は慣れているだろうし、強すぎる力を制御することもできていよう。
残念ながらまだまだ使いこなせていないものの、自在に操ることさえできれば最高の武器となりうる代物なのは明白だ。
想定していた通りの行動に、土門は見えないようにガッツポーズを作った。
自分の力を試したいらしい小次郎は、相手が逃げたとしても追いかけてくるはず。
だというのならばひとまず花火が打ち上がった地点まで向かい、花菱烈火と合流してから小次郎を倒せばよいのだ。
その頃にはAMスーツにも多少は慣れているだろうし、強すぎる力を制御することもできていよう。
残念ながらまだまだ使いこなせていないものの、自在に操ることさえできれば最高の武器となりうる代物なのは明白だ。
「はん! こないだまでただの高校生だった俺も捕まえらんねーのか、強くなりてーとかぬかしてるクセによ!」
「な、な、な……なにを言うかぁぁーーー!!」
「な、な、な……なにを言うかぁぁーーー!!」
土門の挑発に思いっきり乗り、小次郎は駆け出す。
よっぽど頭に血が上ったのか、足元も確認せずに前のめりになりながら瓦の上を走っている。
さすがにそれには土門も面食らい、つい小次郎に目を奪われてしまう。
跳び上がらねばならないと頭で思いながらも、なぜか動くことができなかった。
そしてあともう少しで鞭が届く範囲に到達するというところで、またしても小次郎の姿が土門の視界から消えた。
よっぽど頭に血が上ったのか、足元も確認せずに前のめりになりながら瓦の上を走っている。
さすがにそれには土門も面食らい、つい小次郎に目を奪われてしまう。
跳び上がらねばならないと頭で思いながらも、なぜか動くことができなかった。
そしてあともう少しで鞭が届く範囲に到達するというところで、またしても小次郎の姿が土門の視界から消えた。
「ぬおおおお!?」
草履がすっぽ抜けて体勢を崩し、小次郎は瓦もろとも屋根から落下したのだ。
瓦の割れる派手な音が鳴り、土門はぎょっとする。
もしや死んではいないだろうかと考えていると、それを否定する叫びが響いた。
瓦の割れる派手な音が鳴り、土門はぎょっとする。
もしや死んではいないだろうかと考えていると、それを否定する叫びが響いた。
「ぬうう! 土門とか言ったな、貴っっ様ぁぁーーっ! 絶対に許さぁぁぁん!」
「あ、生きてた。俺、さっき花火打ち上がったほう行くから、追っかけたいなら来いよ。よろしく」
「あ、生きてた。俺、さっき花火打ち上がったほう行くから、追っかけたいなら来いよ。よろしく」
それだけ言い残して、土門は自慢のモヒカン頭を擦る。
「あんなアホに構ってられっか」と吐き捨てようとして――言葉を失った。
目的地のほうから、太いビームのようなものが発射されたのである。
その正体を、土門は知っていた。
炎術士たる花菱烈火の体内に宿りし八体の火竜、その七匹目。
烈火の扱える炎中最強にして最速。軌道上にある物体を根こそぎに焼き尽くす――『虚空』。
それが使用されているということは、使う状況に追い込まれたということは、である。
知らぬうちに溜まっていた唾液を飲み込んだ音で、土門は自分が立ち尽くしてしまっていたことを知った。
表情を険しくして、竦みかけている足に活を入れて跳躍する。
力が入りすぎたらしく瓦を砕く感覚があったが、気に留めるゆとりはなかった。
「あんなアホに構ってられっか」と吐き捨てようとして――言葉を失った。
目的地のほうから、太いビームのようなものが発射されたのである。
その正体を、土門は知っていた。
炎術士たる花菱烈火の体内に宿りし八体の火竜、その七匹目。
烈火の扱える炎中最強にして最速。軌道上にある物体を根こそぎに焼き尽くす――『虚空』。
それが使用されているということは、使う状況に追い込まれたということは、である。
知らぬうちに溜まっていた唾液を飲み込んだ音で、土門は自分が立ち尽くしてしまっていたことを知った。
表情を険しくして、竦みかけている足に活を入れて跳躍する。
力が入りすぎたらしく瓦を砕く感覚があったが、気に留めるゆとりはなかった。
佐々木小次郎は、身体にのしかかった瓦の山を拷問鞭で振り払う。
多少痛む箇所はあるものの、そのようなことを気にしている余裕などなかった。
土門を追いかけねばならないし、何より――小次郎は天下一の剣豪とならねばならない。
たとえ相手が縮地法の使い手であろうとも、躓いている暇はないのだ。
もう、すでに四百年近くも無駄にしてしまった。
おかげで不老の肉体を手に入れることはできたが、他にはなにも得ていない。
四百年前と同じ肉体、同じ技術を保ち続け――それだけだ。
なにも変わっていない。
欠片も成長していない。
天下一を志すと口にするだけで、なにもしてこなかった。
ただただ、無駄に時間を浪費してきた。
そんな日々ももう終わりだと心に決めたはずなのに、いまのザマはなんだ。
決闘を行うことすらできなかった。
思い返しているうちに、小次郎は勝手に拳を握っていた。
爪が肉に喰い込むが、力を抜こうとしない。
むしろ、なにもしていないのに痛みを感じている己が気に喰わなかった。
多少痛む箇所はあるものの、そのようなことを気にしている余裕などなかった。
土門を追いかけねばならないし、何より――小次郎は天下一の剣豪とならねばならない。
たとえ相手が縮地法の使い手であろうとも、躓いている暇はないのだ。
もう、すでに四百年近くも無駄にしてしまった。
おかげで不老の肉体を手に入れることはできたが、他にはなにも得ていない。
四百年前と同じ肉体、同じ技術を保ち続け――それだけだ。
なにも変わっていない。
欠片も成長していない。
天下一を志すと口にするだけで、なにもしてこなかった。
ただただ、無駄に時間を浪費してきた。
そんな日々ももう終わりだと心に決めたはずなのに、いまのザマはなんだ。
決闘を行うことすらできなかった。
思い返しているうちに、小次郎は勝手に拳を握っていた。
爪が肉に喰い込むが、力を抜こうとしない。
むしろ、なにもしていないのに痛みを感じている己が気に喰わなかった。
「強くなりたい、でござるなぁ……」
つい思いが声となって零れてしまい、小次郎は真紅の瞳を見開いて首を勢いよく振るう。
このような思いを聞かれてしまえば、情けないどころの話ではない。
先ほどまで人を探していたというのに、今度は誰もいないことを心から望む。
そんな小次郎の願いを打ち砕くかのように、人影が目に入った。
一気に真っ青になるが、どうにも人影の様子がおかしい。
地面に倒れ込んだまま、微動だにしないのだ。
警戒しながら歩み寄ると、小次郎は言葉を失った。
倒れ込んでいたのは少女であり、もう命を落としてしまっていたのだ。
見たところ、小次郎が居候している峰家の一人娘である峰さやかとそう変わらない年に思える。
おそらく、十代前半から半ばであろう。
そんなまだ子どもと言っていい少女が、殺されてしまっている。
その事実に、小次郎はようやく殺し合いに巻き込まれているのだと実感できた気がした。
彼がこれまで見てきた参加者は強者ばかりであったが、少女だってこの地には呼ばれている。
名簿に峰さやかの名を見つけた時点で分かっていたつもりだったのに、力なき少女が殺されることなぞあるまいと思っていた。
四百年前の時点で、弱者を好んで殺す輩がいることなど知っていたのに。
どこか、強者を決める大会に臨む心持ちであったのかもしれない。
このような思いを聞かれてしまえば、情けないどころの話ではない。
先ほどまで人を探していたというのに、今度は誰もいないことを心から望む。
そんな小次郎の願いを打ち砕くかのように、人影が目に入った。
一気に真っ青になるが、どうにも人影の様子がおかしい。
地面に倒れ込んだまま、微動だにしないのだ。
警戒しながら歩み寄ると、小次郎は言葉を失った。
倒れ込んでいたのは少女であり、もう命を落としてしまっていたのだ。
見たところ、小次郎が居候している峰家の一人娘である峰さやかとそう変わらない年に思える。
おそらく、十代前半から半ばであろう。
そんなまだ子どもと言っていい少女が、殺されてしまっている。
その事実に、小次郎はようやく殺し合いに巻き込まれているのだと実感できた気がした。
彼がこれまで見てきた参加者は強者ばかりであったが、少女だってこの地には呼ばれている。
名簿に峰さやかの名を見つけた時点で分かっていたつもりだったのに、力なき少女が殺されることなぞあるまいと思っていた。
四百年前の時点で、弱者を好んで殺す輩がいることなど知っていたのに。
どこか、強者を決める大会に臨む心持ちであったのかもしれない。
横たわる少女には、胸に刺し傷が一つ。急所から外れてこそいるものの、これが致命傷であろう。
また、右ふくらはぎにも斬りつけた傷。器用に腱を断っている。
つまり下手人は――こんな少女が相手だというのに、足を奪ってからあえて急所を外して殺したことになる。
これほど巧みに腱を斬る技術がありながら、少女から命だけでなく安らかな最期までも奪ったのだ。
わざわざ意図して、余計に苦しみを長引かせるような真似をしたのである。
また、右ふくらはぎにも斬りつけた傷。器用に腱を断っている。
つまり下手人は――こんな少女が相手だというのに、足を奪ってからあえて急所を外して殺したことになる。
これほど巧みに腱を斬る技術がありながら、少女から命だけでなく安らかな最期までも奪ったのだ。
わざわざ意図して、余計に苦しみを長引かせるような真似をしたのである。
「外道め……ッ」
無意識のうちに吐き捨てて、拷問鞭を握る力が強くなる。
少女を苦しめて殺すなど、自分のなかにある正義感が許せない。
しかし湧き上がる激情に気付くと、小次郎は激しく首を振った。
正義感に身を任せられるほど、強くはない。思い知ったばかりではないか。
そのようなことは、鉄刃のような男に任せるしかないのだ。
なぜなら、佐々木小次郎は弱いのだから。
少女の死体から目を背け、小次郎は土門の言葉を思い返す。
少女を苦しめて殺すなど、自分のなかにある正義感が許せない。
しかし湧き上がる激情に気付くと、小次郎は激しく首を振った。
正義感に身を任せられるほど、強くはない。思い知ったばかりではないか。
そのようなことは、鉄刃のような男に任せるしかないのだ。
なぜなら、佐々木小次郎は弱いのだから。
少女の死体から目を背け、小次郎は土門の言葉を思い返す。
「あやつ、花火のほうへ向かうと言っていたな!
おのれ、この佐々木小次郎から逃げられるものかっ!」
おのれ、この佐々木小次郎から逃げられるものかっ!」
普段通りの口調を作ると、逃げ出すように駆け出した。
◇ ◇ ◇
花菱烈火の右前腕から伸びた炎の刃が、憲兵番長へと振るわれる。
たじろぎもせず、携えている雷神剣を横腹で受け止める。
刃同士が激突すると、金属同士をぶつけあったような音が商店街の大通りに響いた。
予期していなかった音と手応えに、憲兵番長は目を見張った。
炎にしか見えないし、実際接近されるとかなり熱いのだが、どうやら触れることができるらしい。
本来形のないはずの炎が固体化し、鋼鉄じみた硬度を誇っている。
非常に不可思議な現象である。
たじろぎもせず、携えている雷神剣を横腹で受け止める。
刃同士が激突すると、金属同士をぶつけあったような音が商店街の大通りに響いた。
予期していなかった音と手応えに、憲兵番長は目を見張った。
炎にしか見えないし、実際接近されるとかなり熱いのだが、どうやら触れることができるらしい。
本来形のないはずの炎が固体化し、鋼鉄じみた硬度を誇っている。
非常に不可思議な現象である。
「なかなかおもしろい技を使うね。いったい、どういう仕組みなんだい?」
「はッ! なーに余裕ぶってんだ、バァァァカ!」
「明かす気がないとなると、余計に知りたくなった。
小生の號は憲兵番長。興味を引いた相手にしか教えないのだから、心に留めておいてくれたまえ」
「教えてもらったとこ悪ィけど、ソッコー倒してソッコー忘れてやるよ!」
「はッ! なーに余裕ぶってんだ、バァァァカ!」
「明かす気がないとなると、余計に知りたくなった。
小生の號は憲兵番長。興味を引いた相手にしか教えないのだから、心に留めておいてくれたまえ」
「教えてもらったとこ悪ィけど、ソッコー倒してソッコー忘れてやるよ!」
悪態を吐くように告げると、烈火は真っ赤な舌を伸ばす。
数回打ち合って炎刃の硬度を確かめてから、憲兵番長は背後に跳んだ。
数回打ち合って炎刃の硬度を確かめてから、憲兵番長は背後に跳んだ。
「させっかよ!」
烈火が追うように飛び出したのを確認してから、再び憲兵番町は前進する。
掲げたままの炎刃が下ろされるより早く、空いている左腕を狩らんと雷神剣を振るう。
掲げたままの炎刃が下ろされるより早く、空いている左腕を狩らんと雷神剣を振るう。
「一芸だけでは、小生には勝てぬよ」
炎から成る刃こそ興味深かったが、憲兵番長にしてみれば『それだけ』であった。
特殊な能力や技術を持つものなど、番長計画においてとうに数え切れぬほど見てきた。
そんな番長相手に、剣技一つで戦ってきたのである。
いまさら、炎の刃程度に狼狽するものか。
と、そう考えていた憲兵番長の剣が止まった。
出現した炎の壁に阻まれて、前へと進まなくなったのだ。
見れば、烈火の前腕に生えた炎の刃は消失している。
そのまま拳を叩き込もうとしてくるので、憲兵番町は今度こそ本当にバックステップで距離を取った。
特殊な能力や技術を持つものなど、番長計画においてとうに数え切れぬほど見てきた。
そんな番長相手に、剣技一つで戦ってきたのである。
いまさら、炎の刃程度に狼狽するものか。
と、そう考えていた憲兵番長の剣が止まった。
出現した炎の壁に阻まれて、前へと進まなくなったのだ。
見れば、烈火の前腕に生えた炎の刃は消失している。
そのまま拳を叩き込もうとしてくるので、憲兵番町は今度こそ本当にバックステップで距離を取った。
「一芸じゃねえ。八芸だ」
「八、ねえ。あと六つ見られるのが楽しみだよ」
「八、ねえ。あと六つ見られるのが楽しみだよ」
自らの能力を隠さず口にした烈火に、憲兵番町は笑みを返す。
挑発でもなんでもなく、まだ六つも能力を隠しているという事実が心から喜ばしい。
強者との戦いは胸が高鳴るし、何よりもそんな強者を切り刻むのがたまらないのだ。
己が負けるなど考えてもいない者を打ち負かすからこそ、剣術を学んだ甲斐があろう。
敗北を受け入れられぬ相手に痛みで思い知らせてやるのが、どうしようもなく愉しい。
挑発でもなんでもなく、まだ六つも能力を隠しているという事実が心から喜ばしい。
強者との戦いは胸が高鳴るし、何よりもそんな強者を切り刻むのがたまらないのだ。
己が負けるなど考えてもいない者を打ち負かすからこそ、剣術を学んだ甲斐があろう。
敗北を受け入れられぬ相手に痛みで思い知らせてやるのが、どうしようもなく愉しい。
されど憲兵番長が現在の得物に視線を這わすと、彼の昂揚感が鎮まっていく。
愛用の金糸雀と異なり、雷神剣には撫で切るための刃しかない。
極上の相手を前にしても、肉を斬る音色しか奏でられないのだ。
そのことが、ただただ残念でならない。
愛用の金糸雀と異なり、雷神剣には撫で切るための刃しかない。
極上の相手を前にしても、肉を斬る音色しか奏でられないのだ。
そのことが、ただただ残念でならない。
「来ねえんなら、こっちから行くぜ!」
突っ込んでくる烈火の右前腕には、炎の刃。
一歩も動かずに雷神剣で受けた憲兵番町は、眉間にしわを寄せている。
一歩も動かずに雷神剣で受けた憲兵番町は、眉間にしわを寄せている。
「それはもう見飽きた。
はっきり言わせてもらうけれど、剣技では小生には適わぬよ」
はっきり言わせてもらうけれど、剣技では小生には適わぬよ」
烈火は言葉に耳を貸さず、刃を返す。
剣の道一筋で生きてきた憲兵番町にしてみれば、見え見えの軌道だ。
微動だにせず受けようとして、眉をひそめた。
雷神剣に触れる寸前で、炎の刃が烈火の腕から離れたのだ。
飛ばされた刃からは紐のように細い炎が伸び、烈火の腕に繋がっている。
さながら、鎖鎌のような形だ。
剣の道一筋で生きてきた憲兵番町にしてみれば、見え見えの軌道だ。
微動だにせず受けようとして、眉をひそめた。
雷神剣に触れる寸前で、炎の刃が烈火の腕から離れたのだ。
飛ばされた刃からは紐のように細い炎が伸び、烈火の腕に繋がっている。
さながら、鎖鎌のような形だ。
「同時竜――『焔群』、『砕羽』」
憲兵番町は、即座に雷神剣を引く。
伸びてきた刃を防ごうとするが、予想以上に紐状の炎が伸びる。
そのしなやかな動きに、憲兵番町は見方を変える。
刃より繋がった炎の動作は、紐というよりも鞭のものであった。
見直したときにはもう遅く、雷神剣に鞭が纏わりついてしまう。
雷神剣を折り返して接近してくる刃を前に、憲兵番町は歯を噛み締める。
伸びてきた刃を防ごうとするが、予想以上に紐状の炎が伸びる。
そのしなやかな動きに、憲兵番町は見方を変える。
刃より繋がった炎の動作は、紐というよりも鞭のものであった。
見直したときにはもう遅く、雷神剣に鞭が纏わりついてしまう。
雷神剣を折り返して接近してくる刃を前に、憲兵番町は歯を噛み締める。
「ふッ!」
呼気とともに、雷神剣を一閃。
剣身に絡み付いていた鞭状の炎を切断し、高く跳躍して炎の鎖鎌が及ぶ範囲から遠ざかる。
空中にいながら憲兵番町が眺めていると、烈火は右人差し指を動かす。
まるで、なにか文字でも書いているかのようだな。
憲兵番町は暢気にそのようなことを考えていたのだが、次の瞬間には息を呑んでいた。
剣身に絡み付いていた鞭状の炎を切断し、高く跳躍して炎の鎖鎌が及ぶ範囲から遠ざかる。
空中にいながら憲兵番町が眺めていると、烈火は右人差し指を動かす。
まるで、なにか文字でも書いているかのようだな。
憲兵番町は暢気にそのようなことを考えていたのだが、次の瞬間には息を呑んでいた。
「れ、烈火! なんじゃ、『それ』は!?」
離れた場所にいる烈火の同行者である宮本武蔵が、目を白黒させている。
彼が見張っていた人形遣いの男は定かではないが、おそらく仮面の下で似た表情を浮かべているだろう。
当然である。
いきなり、前触れもなく、出現したのだから。
彼が見張っていた人形遣いの男は定かではないが、おそらく仮面の下で似た表情を浮かべているだろう。
当然である。
いきなり、前触れもなく、出現したのだから。
炎の肉体を持つ――巨大な『竜』が。
一つしかない眼球で、竜は憲兵番町を睨みつける。
大きな口を開くと、無数に生えた鋭い牙が露になった。
唸るような声とともに、口のすぐ前に人間の頭ほどの大きさの炎弾が生み出される。
大きな口を開くと、無数に生えた鋭い牙が露になった。
唸るような声とともに、口のすぐ前に人間の頭ほどの大きさの炎弾が生み出される。
「竜之炎漆式『虚空』」
竜の雄叫びを切っ掛けに、炎弾がレーザー砲となって放たれる。
憲兵番町は、未だ上空にいる。身動きなど取れない。
仮に受けてしまえば、身体は欠片すら残らないだろう。
攻撃の威力を推測しながら、憲兵番町は冷静にレーザーの軌道を見極めていた。
竜の射出した一撃は、憲兵番町を狙っていない。
軌道上にあるのは、雷神剣だ。
身体に当てれば終いだというのに、武器を破壊しようとしている。
とんだ甘ちゃんだ、と憲兵番町は胸中で舌を打つ。実際に舌打ちなぞしている暇はない。
元より決して気に入っていなかった雷神剣を手放し、素手で戦闘を続けるか。
憲兵番町は、未だ上空にいる。身動きなど取れない。
仮に受けてしまえば、身体は欠片すら残らないだろう。
攻撃の威力を推測しながら、憲兵番町は冷静にレーザーの軌道を見極めていた。
竜の射出した一撃は、憲兵番町を狙っていない。
軌道上にあるのは、雷神剣だ。
身体に当てれば終いだというのに、武器を破壊しようとしている。
とんだ甘ちゃんだ、と憲兵番町は胸中で舌を打つ。実際に舌打ちなぞしている暇はない。
元より決して気に入っていなかった雷神剣を手放し、素手で戦闘を続けるか。
――ふっ、と。
思考を巡らせていた憲兵番町の視界が、唐突に一変する。
まばゆい光に照らされていたというのに、一気に暗くなったのだ。
もう数度目となる現象に、今度こそ本当に舌を打った。
とはいえ、『現実』では舌を打てていないのだが。
すなわち、憲兵番町がいるのは現実ではない。
ほの暗い空間に、いくつもの太鼓を背負った鬼が現れる。
怒り狂っているかのように表情は歪み、この世すべてを憎むかのように髪は逆立っている。
まばゆい光に照らされていたというのに、一気に暗くなったのだ。
もう数度目となる現象に、今度こそ本当に舌を打った。
とはいえ、『現実』では舌を打てていないのだが。
すなわち、憲兵番町がいるのは現実ではない。
ほの暗い空間に、いくつもの太鼓を背負った鬼が現れる。
怒り狂っているかのように表情は歪み、この世すべてを憎むかのように髪は逆立っている。
『我は、雷神なり……』
雷神剣に封じ込まれた雷神の意思が、憲兵番町の意識へと流れ込んで来ているのだ。
使い手の肉体を憑代として、現世に蘇るべく。
使い手の肉体を憑代として、現世に蘇るべく。
『その身体、我に受け渡すがよい……』
これまで雷神の言葉の半ばで切り捨てていたが、憲兵番町は続きを聞いてみることにした。
どうせ、雷神剣はすぐ破壊されてしまう。話を聞くことに意味などない。
ただここに来て、持ち前の好奇心が刺激されたというだけだ。
どうせ、雷神剣はすぐ破壊されてしまう。話を聞くことに意味などない。
ただここに来て、持ち前の好奇心が刺激されたというだけだ。
「で、身体を手に入れたところで、君はなにがしたいのかね」
よもや話しかけられると思っていなかったのか、雷神はしばし間を開けてから言い放つ。
『笑止! 鬼となりて、人を斬るのみ!』
その言葉を受けて、憲兵番町は口角を吊り上げた。
闇色の瞳で、雷神を見据える。
闇色の瞳で、雷神を見据える。
「人を斬るのが鬼ならば、これまで人を斬り続けてきた小生は――はたして何なのかね」
尋ねておきながら、答えを待たない。
「剣身を通じて伝わってくる、刃が人体を進んでいく感覚に歓喜する。
零れ落ちた臓物の刺激臭が充満していくのに、愉悦の笑みを浮かべる。
さしたる意味もなく命を奪われ呆然とした目に、恐怖に歪んだ目に、最期まで意思を失わぬ目に、震え上がるほどの快感を覚える」
零れ落ちた臓物の刺激臭が充満していくのに、愉悦の笑みを浮かべる。
さしたる意味もなく命を奪われ呆然とした目に、恐怖に歪んだ目に、最期まで意思を失わぬ目に、震え上がるほどの快感を覚える」
歪んだ口元から見て取れる歯は、やけに白く光沢がある。
まるで揃えたかのように、身に着けている制服や学帽と同じ色だ。
ただ双眸だけが、不自然なまでに黒い。黒いというより、もはや暗い。
さながら、夜の闇をそのまま眼孔に押し込んだかのように――光がない。
まるで揃えたかのように、身に着けている制服や学帽と同じ色だ。
ただ双眸だけが、不自然なまでに黒い。黒いというより、もはや暗い。
さながら、夜の闇をそのまま眼孔に押し込んだかのように――光がない。
「肌を破る音色を、毛髪を刻む音色を、眼球を突く音色を、肉を抉る音色を、血管を斬る音色を、骨を断つ音色を、そして命を貫く音色を――何より愛する」
一息ついて問いかける。
「そんな小生は、すでに鬼なのかね?」
返答はない。
くっくと一人笑ってから、憲兵番長は再び口を開く。
くっくと一人笑ってから、憲兵番長は再び口を開く。
「人斬りならば、君に言われずとも勝手にやるさ。
身体を受け渡す気などさらさらないが、人を斬る感覚や音色ならばいくらでも味わわせてみせよう。
だから雷神、堪能したいのであれば、もし君が小生と同じ趣向の持ち主だというのならば……小生に力を貸せ」
身体を受け渡す気などさらさらないが、人を斬る感覚や音色ならばいくらでも味わわせてみせよう。
だから雷神、堪能したいのであれば、もし君が小生と同じ趣向の持ち主だというのならば……小生に力を貸せ」
神に対してあまりにも不遜な態度で言い放つ。
「雷など必要ないと思っていたのだが、ちょうどいまおもしろいのを見たところでね。
本来形のないエネルギーを固体化させて、刃に変化させるんだ。
いいじゃないか、それならば聞こえるじゃないか、満喫できるじゃないか――人を斬る音色を」
本来形のないエネルギーを固体化させて、刃に変化させるんだ。
いいじゃないか、それならば聞こえるじゃないか、満喫できるじゃないか――人を斬る音色を」
――言い終えた途端、憲兵番長を包む世界がまた変化する。
竜が放った極光が、憲兵番町の視界を覆っている。
雷神の下から帰還してきたらしい。
雷神の下から帰還してきたらしい。
「雷神剣」
呼びかけると、呼応したように雷神剣の鍔に埋め込まれた宝玉が輝いた。
いつの間にやら『雷』という漢字が浮かび上がっている。
気にかかるが、まじまじと見ている余裕はない。
もはや竜の一撃が雷神剣を喰い千切るまで寸刻。
剣を手放せば自身に影響が及ばないのは明らかであるが、憲兵番町はむしろ握る力を強くした。
いつの間にやら『雷』という漢字が浮かび上がっている。
気にかかるが、まじまじと見ている余裕はない。
もはや竜の一撃が雷神剣を喰い千切るまで寸刻。
剣を手放せば自身に影響が及ばないのは明らかであるが、憲兵番町はむしろ握る力を強くした。
「かあッ!」
憲兵番長が巨大な炎のレーザーへと繰り出すのは、彼が学んだ桐雨流無鞘術の奥義――ではない。
炎は凄まじい速度で迫ってきているのだ。
桐雨流無鞘術奥義に共通する連撃では、下ろした剣を一度でも引こうものなら竜に喰い破られる。
刃を返している時間だけで、一呑みにされてしまうのだ。
ゆえに、ただ正面から刀身をぶつけるのみ。
炎は凄まじい速度で迫ってきているのだ。
桐雨流無鞘術奥義に共通する連撃では、下ろした剣を一度でも引こうものなら竜に喰い破られる。
刃を返している時間だけで、一呑みにされてしまうのだ。
ゆえに、ただ正面から刀身をぶつけるのみ。
憲兵番町は空中で身体を捻り、無理矢理に得物を加速させる。
同時に、雷神剣を青白い火花が覆う。
刃全体を電撃が覆い、剣身が数倍に伸びる。
竜の一撃に打ち据えるのは、旋回による速度上昇の恩恵をもっとも受けている切っ先だ。
しかし接触するやいなや、雷神剣を覆っていた雷光は掻き消されてしまう。
未だ直撃していないというのに熱量が凄まじく、額から出た汗は頬を伝うこともなく蒸発していく。
憲兵番町は絞り出すような声を上げながら、電撃を発現させる。
新たに生み出した刃までも呑み込まれるが、さらに電撃を作って刀身を形成していく。
同時に、雷神剣を青白い火花が覆う。
刃全体を電撃が覆い、剣身が数倍に伸びる。
竜の一撃に打ち据えるのは、旋回による速度上昇の恩恵をもっとも受けている切っ先だ。
しかし接触するやいなや、雷神剣を覆っていた雷光は掻き消されてしまう。
未だ直撃していないというのに熱量が凄まじく、額から出た汗は頬を伝うこともなく蒸発していく。
憲兵番町は絞り出すような声を上げながら、電撃を発現させる。
新たに生み出した刃までも呑み込まれるが、さらに電撃を作って刀身を形成していく。
「がァァァ――――ッ」
雷神剣を下ろす力を緩めず、喰われた端から刃を再構成。
繰り返しの末に、ついに竜の一撃の軌道が少し逸れた。
横切っていく炎により、憲兵番長の纏う白い制服が一部焼け焦げてしまう。
けれど、あくまでそれだけだ。
憲兵番長を飲み込むことも、雷神剣を破壊することも、竜の一撃はできなかった。
ただ、制服を焦がしただけである。
唖然とする烈火の前で、憲兵番長はゆっくりと着地する。
雷神剣を柄より剣先まで眺めていき、口元を緩めた。
繰り返しの末に、ついに竜の一撃の軌道が少し逸れた。
横切っていく炎により、憲兵番長の纏う白い制服が一部焼け焦げてしまう。
けれど、あくまでそれだけだ。
憲兵番長を飲み込むことも、雷神剣を破壊することも、竜の一撃はできなかった。
ただ、制服を焦がしただけである。
唖然とする烈火の前で、憲兵番長はゆっくりと着地する。
雷神剣を柄より剣先まで眺めていき、口元を緩めた。
「くだらんと言ったが訂正するよ、雷神。
いや申し訳ないことを言ったと思う。本当にね。
刃を創り出せるのならば、奏でられる音色は一つにとどまらない」
いや申し訳ないことを言ったと思う。本当にね。
刃を創り出せるのならば、奏でられる音色は一つにとどまらない」
美しい――撫で斬る刃に。
無骨な――叩き割る刃に。
尖った――抉り裂く刃に。
鋭利な――刺し貫く刃に。
無骨な――叩き割る刃に。
尖った――抉り裂く刃に。
鋭利な――刺し貫く刃に。
火花を散らしながら、雷神剣を覆う雷刃の形状が変化していく。
◇ ◇ ◇
雷神の力により雷刃を生み出すことに成功した憲兵番長が、一跳びで烈火との距離を詰めた。
烈火は神速の斬撃をどうにか凌いでいるが、いずれ押されてしまうだろう。
理解していながらも、宮本武蔵には見ているしかできなかった。
錫杖を握る手が汗でじんわりと湿気を帯びているが、それでも動けない。
つい目を奪われてしまっていた戦闘から、武蔵は少し離れた場所にいる男へと視線を戻す。
烈火は神速の斬撃をどうにか凌いでいるが、いずれ押されてしまうだろう。
理解していながらも、宮本武蔵には見ているしかできなかった。
錫杖を握る手が汗でじんわりと湿気を帯びているが、それでも動けない。
つい目を奪われてしまっていた戦闘から、武蔵は少し離れた場所にいる男へと視線を戻す。
未だ一言も発さない、ひょっとこ仮面にタキシードを纏った長身の男。
彼が白か黒か定かではないうちは、烈火に助太刀することもできない。
仮に黒であった場合、大きな隙を見せてしまうことになるのだから。
はっきり言って見た目は怪しいが、外見だけで殺人の意思ありなどと決めつけられるはずもない。
とはいえこちらの呼びかけにも答えないのでは、結論を出すこともできない。
どうしたものかと思考を巡らせていると、予想だにしないことが起こった。
彼が白か黒か定かではないうちは、烈火に助太刀することもできない。
仮に黒であった場合、大きな隙を見せてしまうことになるのだから。
はっきり言って見た目は怪しいが、外見だけで殺人の意思ありなどと決めつけられるはずもない。
とはいえこちらの呼びかけにも答えないのでは、結論を出すこともできない。
どうしたものかと思考を巡らせていると、予想だにしないことが起こった。
「君は……サムライ、かな」
目を丸くしたまま、十数秒。
それだけ費やして、武蔵はようやく仮面男に話しかけられたのだと理解する。
仮面の上から見える銀髪から考えるに、正体は外国人らしいとは考えていた。
これまで話しかけてこなかったのは、和服姿の自分が珍しかったからだけなのか。
そう考えかけて、武蔵はそれは相手を信じすぎだと訂正する。
憲兵番長に呼ばれるまで、仮面男は身を隠していたのである。
戦闘中の三人を一気に殺害する心持ちであった可能性も、決して否定できないのだ。
警戒を緩めずに、錫杖を構えたまま返答する。
それだけ費やして、武蔵はようやく仮面男に話しかけられたのだと理解する。
仮面の上から見える銀髪から考えるに、正体は外国人らしいとは考えていた。
これまで話しかけてこなかったのは、和服姿の自分が珍しかったからだけなのか。
そう考えかけて、武蔵はそれは相手を信じすぎだと訂正する。
憲兵番長に呼ばれるまで、仮面男は身を隠していたのである。
戦闘中の三人を一気に殺害する心持ちであった可能性も、決して否定できないのだ。
警戒を緩めずに、錫杖を構えたまま返答する。
「そうじゃが。だから、どうかしたかの」
「いや。だとすれば、その武器は使いづらいんじゃないかと思ってね」
「いや。だとすれば、その武器は使いづらいんじゃないかと思ってね」
仮面男はリュックサックに手を突っ込み、日本刀を取り出す。
凶器を手にしたことにより、武蔵は少し後ずさりして距離を取った。
凶器を手にしたことにより、武蔵は少し後ずさりして距離を取った。
「サムライならば、こちらのほうがいいんじゃないか?」
仮面男はそう言うと、日本刀を放り投げようとした。
すぐに武蔵が警戒していることに気付いたのか、傍らのカボチャ人形へと持たせる。
カボチャ人形は武蔵の周囲をぐるぐる回りながら少しずつ近付き、剣を地面に置いた。
すぐに武蔵が警戒していることに気付いたのか、傍らのカボチャ人形へと持たせる。
カボチャ人形は武蔵の周囲をぐるぐる回りながら少しずつ近付き、剣を地面に置いた。
「僕には必要ないからね。渡すよ」
「なんじゃと?」
「なんじゃと?」
思わず聞き返した武蔵に、男は仮面を外しながら答える。
露になった顔はやはり西洋人のものであったが、予想以上に整っていた。
特に、毛髪と同じ銀色をした切れ長の目が印象的である。
露になった顔はやはり西洋人のものであったが、予想以上に整っていた。
特に、毛髪と同じ銀色をした切れ長の目が印象的である。
「三人で、あの白服を倒さなくちゃいけないからね。
隠れていたばかりに誤解させてしまったかもしれないが、僕だって殺し合えなんて命令に従うほど愚かじゃない」
隠れていたばかりに誤解させてしまったかもしれないが、僕だって殺し合えなんて命令に従うほど愚かじゃない」
男は笑みを浮かべたのち、すぐに真剣な表情を浮かべて両掌をかざす。
その動きに連動して、カボチャ人形が鎌を構えて前へ出た。
その動きに連動して、カボチャ人形が鎌を構えて前へ出た。
「そ、そうじゃったか。すまんかったの」
しばし呆然としてから我に返っても、武蔵は言い淀んでしまう。
男を疑っていた自分を恥じているのだ。
一人しか勝ち残れぬ殺し合いの場で、貴重な武器を初対面の人間に渡すような男である。
それほどまでにできた人間の本質さえ見抜けなかったのかと、己を責め立てる。
そんな武蔵の謝罪を、男は制する。
男を疑っていた自分を恥じているのだ。
一人しか勝ち残れぬ殺し合いの場で、貴重な武器を初対面の人間に渡すような男である。
それほどまでにできた人間の本質さえ見抜けなかったのかと、己を責め立てる。
そんな武蔵の謝罪を、男は制する。
「状況が状況だ。気にしなくていい」
仮面を被り直しているので表情は窺えないが、口調から本当に恨んでいないことが伝わった。
まだ武蔵より三百八十は若いだろうに、見上げた青年である。
まだ武蔵より三百八十は若いだろうに、見上げた青年である。
「ワシの名は宮本武蔵。そちらは」
「…………ギイ・クリストフ・レッシュだ」
「…………ギイ・クリストフ・レッシュだ」
答えるまでやや時間が空いたのが気にかかったが、武蔵は自分の名前のせいであると納得した。
宮本武蔵の名は、世界のいたるところに知れ渡っている。
あの伝説の剣豪と同じ名前ならば、驚くこともあろう。
もっとも、その宮本武蔵が四百年ほど生きた姿がこれなのだが。
宮本武蔵の名は、世界のいたるところに知れ渡っている。
あの伝説の剣豪と同じ名前ならば、驚くこともあろう。
もっとも、その宮本武蔵が四百年ほど生きた姿がこれなのだが。
「そんなに見てえんなら見せてやらあッ! 思う存分堪能しやがれ、固羅ッ!」
叫び声のほうを振り返れば、烈火が無数の炎弾を放っていた。
武蔵は日本刀を片手に地面を蹴ると、後方のギイを振り返ることなく告げる。
武蔵は日本刀を片手に地面を蹴ると、後方のギイを振り返ることなく告げる。
「いま加勢するぞ、烈火! ギイは人形で援護してくれぇ!」
ギイから渡された刀がただの業物でないことは、武蔵には見当がついていた。
鞘に納められているにもかかわらず、内包する禍々しい妖気が外界へと溢れ出しているのだ。
武蔵の好敵手である佐々木小次郎の愛刀『物干し竿』と同じく、この刀は妖刀の類である。
使用者にまで影響を及ぼすかもしれないが、武蔵はその可能性を考慮した上で刀を握り締めた。
鞘に納められているにもかかわらず、内包する禍々しい妖気が外界へと溢れ出しているのだ。
武蔵の好敵手である佐々木小次郎の愛刀『物干し竿』と同じく、この刀は妖刀の類である。
使用者にまで影響を及ぼすかもしれないが、武蔵はその可能性を考慮した上で刀を握り締めた。
◇ ◇ ◇
「――くッ!」
決め手となるはずの『虚空』を防がれたことに意表を突かれながらも、烈火は人差し指で空中に『焔』の一字を記す。
その動作を切っ掛けとして、火竜の三匹目『焔群』が発現する。
鞭状の細い炎が出現し、右腕を回転しながら覆う。
焔群で覆われた拳を叩き付け、身体を縦に真っ二つに割らんとする勢いの雷神剣をどうにか受ける。
剣と拳が拮抗するのは、ほんの少しの間だけだ。
焔群の回転によって、雷神剣はすぐに弾かれる。
得物が弾かれてガラ空きになったボディを狙うも、剣身より奇妙な形状に伸びた電撃の刃に防がれる。
その動作を切っ掛けとして、火竜の三匹目『焔群』が発現する。
鞭状の細い炎が出現し、右腕を回転しながら覆う。
焔群で覆われた拳を叩き付け、身体を縦に真っ二つに割らんとする勢いの雷神剣をどうにか受ける。
剣と拳が拮抗するのは、ほんの少しの間だけだ。
焔群の回転によって、雷神剣はすぐに弾かれる。
得物が弾かれてガラ空きになったボディを狙うも、剣身より奇妙な形状に伸びた電撃の刃に防がれる。
「君の刃からヒントを得た独創作(オリジナル)だよ」
「はん! その手の剣なら、うちのセンパイ剣士のがよっぽど涼しげで華やかだぜ!」
「ほう。ならば、その剣士の名前を訊かせてもらおうか」
「聞いたとこで意味なんざねーよ。テメェはここでやられるんだからな!」
「はん! その手の剣なら、うちのセンパイ剣士のがよっぽど涼しげで華やかだぜ!」
「ほう。ならば、その剣士の名前を訊かせてもらおうか」
「聞いたとこで意味なんざねーよ。テメェはここでやられるんだからな!」
憲兵番長の斬撃を焔群で受け流し続けながら、烈火は憎まれ口を叩く。
その口調とは裏腹に、胸中では歯を軋ませていた。
彼は学校の成績こそ悪いものの、こと戦闘に関しては頭の回るタイプだ。
強敵に相対しても機転を利かせ、八竜のうち現在扱える七匹を応用して勝ち続けてきた。
その口調とは裏腹に、胸中では歯を軋ませていた。
彼は学校の成績こそ悪いものの、こと戦闘に関しては頭の回るタイプだ。
強敵に相対しても機転を利かせ、八竜のうち現在扱える七匹を応用して勝ち続けてきた。
だからこそ、分かるのだ。
かなり分が悪い、と。
かなり分が悪い、と。
炎術士が炎を出せる量には、限界が存在する。
炎を出せば出すほど体力は消耗するし、消耗しすぎれば炎を生み出せなくなってしまう。
ゆえに彼は、小さな炎を固体化させて刃とする『砕羽』を愛用しているのである。
もっとも炎の消費量が大きいのは、巨大な炎のレーザー砲『虚空』と『火竜同時召喚』。
その両方を使用してしまっており、すでに烈火は若干気だるくなってきている。
虚空で雷神剣を破壊して勝負を決める目論見であったのだが、まさか瀬戸際で新たな攻撃法を見出すとは。
まったく予想しておらず、驚くしかない。死んでも口に出してやるつもりはないが。
炎を出せば出すほど体力は消耗するし、消耗しすぎれば炎を生み出せなくなってしまう。
ゆえに彼は、小さな炎を固体化させて刃とする『砕羽』を愛用しているのである。
もっとも炎の消費量が大きいのは、巨大な炎のレーザー砲『虚空』と『火竜同時召喚』。
その両方を使用してしまっており、すでに烈火は若干気だるくなってきている。
虚空で雷神剣を破壊して勝負を決める目論見であったのだが、まさか瀬戸際で新たな攻撃法を見出すとは。
まったく予想しておらず、驚くしかない。死んでも口に出してやるつもりはないが。
現状を打開する方法が浮かんでいないワケではない。
ではないのだが、とにもかくにも憲兵番長から距離を取るのが先である。
肉薄されているのは、かなり危険である。
遠距離攻撃用の火竜が使えないし、接近戦は剣士である相手の土俵だ。
焔群で弾くのにも限界がある。
そこまで考えたのと同時であった。
ではないのだが、とにもかくにも憲兵番長から距離を取るのが先である。
肉薄されているのは、かなり危険である。
遠距離攻撃用の火竜が使えないし、接近戦は剣士である相手の土俵だ。
焔群で弾くのにも限界がある。
そこまで考えたのと同時であった。
「そろそろ、次の芸を見せてくれないか」
そんな憲兵番長の言葉とともに、烈火の右腕に鋭い痛みが走った。
焔群で覆われているはずの右腕がなぜ――との思いが、顔に出ていたのだろう。
脳内で抱いた疑問に答えるように、憲兵番長が口を開く。
焔群で覆われているはずの右腕がなぜ――との思いが、顔に出ていたのだろう。
脳内で抱いた疑問に答えるように、憲兵番長が口を開く。
「回転する炎の隙間を縫うように、刃を伸ばしたのだよ」
言葉の途中で表情が歪み、言い終えた頃には憲兵番長の顔面には笑顔が張り付いていた。
「ふ、ふ、ふ……ふはッ、ハハハッ!
やはり雷の刃ならば、問題なく聞こえるよ。人を斬る音色が、ね」
やはり雷の刃ならば、問題なく聞こえるよ。人を斬る音色が、ね」
烈火は、その表情を知っていた。
死に行く人間の悲鳴に快楽を覚える。
自らの快楽のためだけに、平気な顔で他者を切り捨てる。
かつて戦ってきた敵のなかで、烈火がもっとも嫌いだった男。
彼とよく似た、冷たい笑顔だった。
死に行く人間の悲鳴に快楽を覚える。
自らの快楽のためだけに、平気な顔で他者を切り捨てる。
かつて戦ってきた敵のなかで、烈火がもっとも嫌いだった男。
彼とよく似た、冷たい笑顔だった。
「やっぱ、テメェみてーのは気に入らねーよ」
憲兵番長は構えも取らず、雷神剣を片手にただ立っている。
こちらがどう出るかを待っているらしい。
憲兵番長の望みに応えることになるのが少し不満だったが、烈火はあえて乗った。
炎を出せる限界なんぞ、もはや知ったことではない。
大きく背後に跳んで距離を取りながら、空中に『崩』と記して周囲に無数の炎弾を出現させる。
こちらがどう出るかを待っているらしい。
憲兵番長の望みに応えることになるのが少し不満だったが、烈火はあえて乗った。
炎を出せる限界なんぞ、もはや知ったことではない。
大きく背後に跳んで距離を取りながら、空中に『崩』と記して周囲に無数の炎弾を出現させる。
「そんなに見てえんなら見せてやらあッ! 思う存分堪能しやがれ、固羅ッ!」
烈火が、手刀で宙を薙ぎ払う。
呼応するように、すべての炎弾が憲兵番長目がけて放たれる。
呼応するように、すべての炎弾が憲兵番長目がけて放たれる。
炎弾と炎弾の隙間から、憲兵番長が雷神剣を掲げているのが見えた。
無数の羽虫がいっせいに羽ばたいたような、耳障りな音がした。
オレンジ色の炎の向こうから、まばゆい光が放たれる。
炎弾に包まれていて、もはや烈火からは憲兵番長の姿は確認できない。そのはずだった。
なのに、炎弾の弾幕が一ヶ所『削れて』見えるようになった。
憲兵番長が剣を振るった軌道上の炎弾が、すべて雷光によって掻き消されたのである。
続いて、刀を返しての逆袈裟。次は、薙ぎ払うように横一閃。そして、断ち割るかのように下ろす。
炎弾は見る見る消滅していき、憲兵番長に届いたものは一つたりともなかった。
無数の羽虫がいっせいに羽ばたいたような、耳障りな音がした。
オレンジ色の炎の向こうから、まばゆい光が放たれる。
炎弾に包まれていて、もはや烈火からは憲兵番長の姿は確認できない。そのはずだった。
なのに、炎弾の弾幕が一ヶ所『削れて』見えるようになった。
憲兵番長が剣を振るった軌道上の炎弾が、すべて雷光によって掻き消されたのである。
続いて、刀を返しての逆袈裟。次は、薙ぎ払うように横一閃。そして、断ち割るかのように下ろす。
炎弾は見る見る消滅していき、憲兵番長に届いたものは一つたりともなかった。
「……む?」
にもかかわらず、憲兵番長は怪訝そうな声を上げた。
弾幕が晴れて明瞭になった視界に、烈火の姿がないのだ。
気配を捉えたと同時に、憲兵番長は雷神剣をそちらに向ける。
弾幕が晴れて明瞭になった視界に、烈火の姿がないのだ。
気配を捉えたと同時に、憲兵番長は雷神剣をそちらに向ける。
「うッ、らあ!」
虚空の軌道をずらす力があれば崩は掻き消せると、烈火は予測していた。
その上で、使ったのである。
攻撃としてではなく、目隠しとして。
焔群を纏った拳は、すんでのところで雷神剣に防がれる。
それもまた予想通り。
焔群の鞭状の炎を雷神剣に纏わりつけて固定化させ、憲兵番長の脇腹を左拳で殴り付ける。
衝撃で反射的に剣を握る力が弱まる瞬間を狙い、鞭状の炎を引き寄せる。
数々の魔道具使いと戦ってきた烈火は、よく知っているのだ。
恐ろしい武器を持つ相手を無力化するには、どうすればよいのかを。
簡単な話だ。
武器が怖いのならば、奪ってしまえばいいだけである。
その上で、使ったのである。
攻撃としてではなく、目隠しとして。
焔群を纏った拳は、すんでのところで雷神剣に防がれる。
それもまた予想通り。
焔群の鞭状の炎を雷神剣に纏わりつけて固定化させ、憲兵番長の脇腹を左拳で殴り付ける。
衝撃で反射的に剣を握る力が弱まる瞬間を狙い、鞭状の炎を引き寄せる。
数々の魔道具使いと戦ってきた烈火は、よく知っているのだ。
恐ろしい武器を持つ相手を無力化するには、どうすればよいのかを。
簡単な話だ。
武器が怖いのならば、奪ってしまえばいいだけである。
「よっしゃ――ッ!?」
勝利を確信した烈火の鳩尾に、憲兵番長の抉り込むような蹴りが入る。
束の間だが呼吸が止まり、悲鳴を上げることすらできない。
事態を呑み込めていないうちに、さらに放たれた追撃により数メートルほど吹き飛ばされる。
憲兵番長の強さは、道具だけによるものではなかったのだ。
身をもってその事実を叩き込まれることになっても、烈火は雷神剣を手放さない。
しかし、立ち上がることができない。
ゆっくりと歩み寄ってくる憲兵番長から離れることができない。
必死で自分に動けと命じていると、烈火の身体が浮かび上がった。
仮面の男を乗せた巨大なカボチャ人形が現れ、烈火を抱きかかえたのだ。
鎌を右手に任せて、左手一つで軽々と持ち上げている。
束の間だが呼吸が止まり、悲鳴を上げることすらできない。
事態を呑み込めていないうちに、さらに放たれた追撃により数メートルほど吹き飛ばされる。
憲兵番長の強さは、道具だけによるものではなかったのだ。
身をもってその事実を叩き込まれることになっても、烈火は雷神剣を手放さない。
しかし、立ち上がることができない。
ゆっくりと歩み寄ってくる憲兵番長から離れることができない。
必死で自分に動けと命じていると、烈火の身体が浮かび上がった。
仮面の男を乗せた巨大なカボチャ人形が現れ、烈火を抱きかかえたのだ。
鎌を右手に任せて、左手一つで軽々と持ち上げている。
「人形遣いの君も、そちら側だったということか」
剣を奪われたゆえであろうか、いままで薄ら笑いを浮かべていた憲兵番長が初めて苛立ったような口調になった。
冷静さを失っている憲兵番長は、気付いていないのだろう。
カボチャ人形に抱えられた烈火からは、その背後で日本刀を掲げている老人の姿がよく見えた。
冷静さを失っている憲兵番長は、気付いていないのだろう。
カボチャ人形に抱えられた烈火からは、その背後で日本刀を掲げている老人の姿がよく見えた。
「……ちぇ。
若者から美味しいとこ取ってくのかよ、武蔵」
若者から美味しいとこ取ってくのかよ、武蔵」
憲兵番長が振り向いたころには、宮本武蔵はもう妖刀に手をかけていた。
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041:死出の誘蛾灯 | 花菱烈火 | 066:ばかやろう節(2) |
宮本武蔵 | ||
ギイ・クリストフ・レッシュ | ||
伊崎剣司(憲兵番長 | ||
佐々木小次郎 | ||
石島土門 | ||
050:歯車が噛み合わない | アシュタロス | |
048:造花 | シルベストリ | |
053:意義 | マシン番長 |