死んだらおわり ◆hqLsjDR84w



 ◇ ◇ ◇


 石島土門がマシン番長を圧倒していたのは、本格的に戦闘が始まってから僅かな間に過ぎなかった。
 というのも当初、マシン番長は相手の戦闘能力を完全に見誤っていたのだ。
 彼の両目部分に設置されたカメラは、映ったものの外見だけでなく内部まで視ることができる。
 それで読み取れた情報によって、土門の肉体がかなり鍛え抜かれたものだとは分かった。
 常人の域を遥かに超えており、並の番長相手ならば対等に戦えるようであったが、あくまでそれだけだった。
 マシン番長は、日本最強の番長である金剛猛の能力をベースに作られている。
 二十三区計画最強との呼び声高い番長であり、事実あの金剛番長の殺害にさえ成功している。
 ゆえにマシン番長は、戦闘開始時にはすでに冷静に計算を終えていた。
 訊き出すべきことさえ訊き出して用済みになれば、石島土門を殺害するまでにかかる時間は――『十五秒未満』であると。

 が、そうはいかなかった。
 一つかねてから気になっていたことを尋ねている最中であった。
 筋肉、骨格、体勢、損傷、それらを考慮してみれば確実にありえぬ速度で、土門は立ち上がるや否や距離を詰めて拳を浴びせて来たのだ。
 百パーセント放てるはずのない一撃であり、反撃どころか回避することさえ叶わなかった。
 この際、マシン番長は彼にしては珍しく混乱した。
 改めて両の瞳で土門を眺めても、視覚情報から導き出される答えは同一である。
 なおさら混乱するハメになった。
 一度で十分であるはずの分析を二度も行い、まったく同じ結果が出た。
 となればほぼ間違いなく、それで正しいはずである。
 レーダーとは異なり、両瞳に埋め込まれたカメラとセンサーに異常は感じない。
 となれば、土門がマシン番長の分析を越えるスピードやパワーを出せるはずがない。
 にもかかわらずマシン番長の攻撃は当たらず、土門の攻撃を受けることになった。
 直線状の電撃『ライオット・ピアサー』だけでなく、威力を落とした分命中範囲の広い放射状の電撃『パニッシュメント・ボルト』をすら回避して見せた。
 分析から導き出される土門の身体能力と、実際に眼前にいる土門の身体能力。
 その激しい誤差から、マシン番長は思わぬ苦戦を強いられることとなった。

 土門がマシン番長の分析を上回る動きを発揮できたのは、彼が纏っているAM(アーマードマッスル)スーツのおかげである。
 AMスーツは精神感応金属(オリハルコン)製であり、文字通り装着者の精神に呼応して身体能力を増幅させる。
 しかしマシン番長の世界では精神感応金属の研究は進んでおらず、ゆえにその知識は内蔵されていない。
 とはいえマシン番長に搭載されたコンピュータは、成人男性サイズのロボットに埋め込むだけでも奇跡と言って過言ではないほど最新鋭の技術が詰め込まれた代物だ。
 ほんの――『三分足らず』。
 たったそれだけの間あえて防戦に回ることで、実際に想定以上の動きを見せる石島土門の身体能力を分析完了。
 筋力や骨格などから導き出される戦力と置き換えて、反撃に打って出ることにした。
 そこでようやく、マシン番長は計算と現実の誤差に混乱することはなくなった。
 以降は、ほとんど互角である。
 一方が重い一撃を決めれば、即座にもう一方がやり返す。
 合金製の肉体とAMスーツ、ともに衝撃耐久能力が高いため、その繰り返しになるばかりであった。

 そうしているうちに――
 どこからかキース・ブラックの声が響いて、土門の動きが止まる。
 相手の手が緩んだいまこそ拮抗を崩す絶好の機会であったが、マシン番長は距離を取った。
 土門が放送に耳を傾けるために止まったというのは、タイミングからして明白である。他の理由があるとは考えづらい。
 ならば放送が終わるまでの間、ナノマシンによる身体の修復に費やしたほうが効率的であろう。
 何せ、土門の身体能力を見誤っていた間、マシン番長はそれなりにダメージを受けてしまっている。
 いかにマシン番長のボディが頑丈に作られているとはいえ、AMスーツから繰り出される打撃はとても無視し続けられるものではない。
 それに現時点では戦況は拮抗しているとはいえ、相手が人間である以上必ず疲弊する。
 先に受けたダメージや消耗したエネルギーを回復すれば、その分だけ持久戦において有利になるのは明らかである。

 直立不動の姿勢を保ちつつ身体を修復させながらも、マシン番長は放送を聞き逃さない。
 音源が特定できなかったが、レーダーのようになんらかの細工をされているとして片付ける。
 キース・ブラックの言葉を信じるとすれば、居合番長と念仏番長の二人がとうに脱落したのだという。
 才賀勝のような二十三区外の番長がいる以上、残る番長の数は不明である。
 とはいえ、標的が少なくとも二つ減ったというのは確かだ。
 マシン番長が冷徹に現状を認識していると、不意に声を浴びせられる。
 放送を聞くべく攻撃の手を止めた石島土門のものだった。

「……もう、十六人も死んだんだってよ」
「ソノヨウダナ」

 マシン番長にとって、土門は排除すべき番長の一人でしかない。
 ゆえに言葉を交わす必要などありはしないが、時間を稼げば稼いだ分だけ身体を修復できる。
 マシン番長が返事をしたのは、そんな計算あってのことだった。
 土門の浮かべる苦々しい表情なぞ、判断材料にすらなっていない。

「俺の仲間はよ、二人も呼ばれちまった」
「ソウカ」
「お前の知ってる名前はあったかよ」
「二人イタナ」
「……なにも思わねえのかよ」
「排除スベキ存在ガ死ンダトイウノナラバ、任務遂行ニ一歩前進シタコトトナルナ」
「…………」

 歯を噛み締めながら、土門は拳を固く握る。
 その目元からは、無色透明の液体が溢れていた。
 土門は太い指で拭うが、またすぐに溢れ出してくる。
 これまで、土門はマシン番長のことをひたすら殴り続けていた。
 相手がなにも知らない機械だというのなら、分かるまで殴ってやるつもりだった。
 壊れる寸前になれば、たとえ機械でも死を理解できると思っていたのだ。
 それなのに、マシン番長はどんなに殴られても眉一つ動かさない。
 いくら機械であろうと、壊れないはずがない。
 死んでしまわないはずがない。
 にもかかわらずいくら攻撃を受けても、涼しい顔をキープし続けたのだ。
 どうすればいいのか分かりかねていたときに、仲間の死を告げる放送が流れた。
 花菱烈火だけでなく、水鏡凍季也までもが死んだのだという。
 もしも烈火の最期を目の当たりにしていなければ、きっと信じていなかっただろう。
 しかし、見てしまった。
 あの、殺しても死なないと思っていた烈火でさえ――死んだのだ。
 だからであろうか、水鏡の死をも受け入れてしまった。
 信じたくなんてないのに、いつの間にか自然に。
 そのことに気付いた瞬間、土門は一気に喪失感に駆られた。
 一緒に笑うことも、言葉を交わすことも、顔を見ることさえ、もう二度と叶わないのだ。
 これが死んでしまうということなのかと、理解できた気がした。
 だというのに、マシン番長はやはり顔色を変えない。
 機械であるから顔色は変わらないのかもしれないが、動じた素振り一つ見せない。
 知っている名前が二つ呼ばれたらしいのに、だ。
 そのことが気に喰わず、土門は声を張り上げた。

「これで……こんなに死んじまってッ! お前の言う月美っていう子は笑うのかよ!!
 俺はそいつをこれっぽっちも知らねえよ! でもよ! その子は、お前が誰かを殺して笑うのかよッ!?」

 ここでようやく、マシン番長は少しばかり沈黙した。
 僅かに間を置いてから、変わらぬ冷淡な口調で告げる。

「……笑ワナイナ」

 目を丸くして、土門は一瞬言葉を失う。
 予想外の返答であったが、むしろ期待通りではあった。
 それが理解できているのならば、話は早いはずだ。分かってくれるはずなのだ。
 そんな土門の思いに反して、マシン番長は言葉を続ける。

「ダカラ、殺シテカラ『仲直リ』ヲスル」
「…………は?」
「人ガ死ネバ『幽霊』ニナルノナラバ、殺シテカラ『仲直リ』スレバイイダケダ」

 今度こそ本当に、土門は言葉を失った。
 マシン番長は、幽霊などというものを信じているらしい。
 そんな相手をどうやって説得すればよいのか。
 土門は決して優秀とは言えない脳ミソを回転させるが、答えは出てこない。

「喧嘩ヲシテモ『仲直リ』スレバヨイト、月美ハ教エテクレタ」

 ただ――
 依然として答えなど出ないが、マシン番長のこの言葉が土門に火を点けた。

「あ゛?」

 自然に零れた声は、土門自身が思っていたよりずっと低かった。

「あのな、お前……!
 幽霊なんてもんがいるのかどうかなんて、知ったこっちゃねえよ。
 なんなら、俺らは悪霊とかそんなんなら何度か見てるからな。
 でも、いまはそんなもんどうでもいい。ああいう悪霊以外に、フツーに喋ったりできるヤツがいるのかは関係ねえ」

 自慢のモヒカン頭を掻き毟りながら、土門は言葉を続ける。
 説得する方法を考えるとか、そういうのはもうやめた。
 頭がよくないのに、言葉を選んでどうするのか。
 元より、土門にできるのは思い付いた端から言ってやるだけだった。

「幽霊なんてもんがいたら、仲直りできるかもしんねえよ!
 けどな! もう二度と喧嘩なんかできねえだろうが! 身体がねえんだからな!
 考えてみろ! その子の言う仲直りは、本当に単に許してもらうってだけなのかよ!
 違えだろ! 少なくとも俺は違うと思うぜ!
 また一緒に、放課後までダベったり、帰りにブラついたり、一緒に遊びに行ったり、ちょくちょく殴り合ったり――
 そのための仲直りなんだろうがッ! 喧嘩をしても仲直りすればいいんじゃねえ! また喧嘩するために仲直りするんだろうがッ!!」

 二人の少年の姿が、土門の脳裏を掠める。
 ツンツン頭の炎術士に、いつでも涼しい顔の水の剣士。
 もう二度と会うことはないだろうが、もし仮に幽霊として会うことができたとしよう。
 だとしても、それでいいのだろうか。
 二十四時間ほど話し続ければ、そりゃあ仲直りの一つや二つできるだろう。
 だとしても、それだけだ。
 幽霊なんてものがいたところで、話せるだけではないか。
 それで、誰が満足できるのか。
 そんなものに、なんの意味があるというのか。

「死んじまったら――もう終わりなんだよ!!」

 これまで以上の絶叫が、住宅街に響き渡る。
 それに対する返答はなく、辺りに静寂が広がっていく。

 マシン番長は口も開かず、月美という少女とのやり取りを思い返していた。
 喧嘩をしてしまったのならば、また仲直りをすればいい。
 そう教えてくれた少女だ。
 彼女がマシン番長に教えてくれたのは、それだけではなかった。
 人は死ねばもう二度と戻って来れないと、いま土門が言ったのと同じことを言っていた。
 だがマシン番長はこの殺し合いの舞台で、おキヌという名の幽霊と遭遇した。
 そして、判断したのだ。
 まだ幼い月美が知らなかっただけで、幽霊というものは存在するのだと。
 たしかに目の当たりにして、実際に攻撃が通り抜けたのだ。
 幽霊という存在を認めるのに十分であった。
 しかしながら、だ。
 月美は、このように言っていたではないか。
 喧嘩したあと仲直りして、もう一度友達になる際には――

『また一緒に遊ぼうね』

 そう言って微笑むのだ――と。
 おキヌとともにいたのは短い間だったが、彼女の肉体は物体をすり抜けてしまう。
 それでは、遊べないのではないか。
 であるのならば、つまりはたしてどういうことなのか。
 マシン番長のコンピュータが、時間をかけて一つの答えを導き出す。

「ヤハリ……『仲直リ』トハ、対象ヲ殺害スレバ不可能ナ行為ナノカ……?」

 思わず零れた言葉に、土門が喰いついた。

「だから、そう言ってんだろうが!
 月美っていう子を笑わせてえんなら、人殺しなんかしてんじゃねえよ!」

 安堵した様子の土門だったが、マシン番長はまたしても無言になる。
 黙って、これより取るべき行動を導こうとする。
 殺害してはいけないのならば、この場でどう立ち回るべきなのか。
 殺し合いに呼ばれている番長だけならば、殺さずに再起不能にできるだろう。
 月美曰く『喧嘩は本気でやれ(と彼女の姉が言っていたらしい)』とのことだが、難易度こそ高いが不可能ではない。
 問題は、このプログラムに無関係の番長である。
 それらを殲滅するには、殺し合いの舞台から脱出せねばならない。
 はたして、それは『誰も殺さずに』可能なのだろうか。
 答えは――出ない。
 この場所も、キース・ブラックがどれだけの戦力を有しているのかも、まったく不明なのだ。
 あまりにも情報が足りない。
 いかにマシン番長のコンピュータが優れていようと、情報が足りなければなにかを導き出すことなどできない。

「……で、結局どうすんだよお前は」

 痺れを切らしたらしく、土門が尋ねてくる。
 しかし訊かれたところで、ありもしない答えを話せるはずもない。
 ただたしかなのは、殺さないだけで番長を倒すのは変わらないということだ。
 少し離れた場所にいる土門に、マシン番長は右手を向ける。

「『ライトニング・フィスト』」

 無感情に告げると、マシン番長の右拳だけがロケットのような速度で飛んで行く。
 土門は両手で腹を庇ったがガードごと吹き飛ばされ、民家の壁に背中がぶつかることでようやく止まる。
 だが、手とは決して殴るためだけにあるのではない。
 マシン番長の拳が解かれ、土門の右腕を掴んだ状態で付属しているワイヤーが巻き取られる。
 踏ん張る土門だったが、少しずつ引き寄せられていく。

「テメェ……! もう殺しはしねえんじゃねえのかよ!?」

 マシン番長には、土門が激昂している理由が分からなかった。

「アア、殺シハシナイ。ダガ、『再起不能』ニハスル」

 またしても、土門がマシン番長の言葉に呆気に取られることとなった。
 最後の一人になって、望みを叶えた上で生還する。
 この場で殺し合いに乗るのは、そういうタイプであるはずだ。
 木蓮のように人を嬲り殺すのが趣味という輩もいるだろうが、マシン番長がそういうタイプには見えなかった。
 だから土門は、マシン番長も最後の一人になるべく人を殺そうとしているのだと思っていた。
 だというのに『殺さずに再起不能にする』などと言われれば、困惑を禁じ得ない。

「なんでだよ!? なんで、テメェはそんなことするんだよ!?」

 ずるずると引っ張られながら、土門は疑問をそのまま口にした。
 それに対し、マシン番長は当たり前のように言い放つ。

「スベテノ『番長』ヲ倒スノガ、Dr.鍵宮ニ与エラレタ使命ダカラダ」

 ここに至って、土門はやっとマシン番長が戦う理由を知った。
 てっきりキース・ブラックにでも参加者を殺すよう命令されたのかと思っていたが、それは勘違いであったらしい。

「……そのドクターなんとかってのは、月美って子のことかよ?」
「違ウ。別人ダ」
「…………だろうな」

 そう吐き捨てて、土門は引っ張られている方向へと飛んだ。
 そのまま空中で回転して飛び蹴りの体勢になるが、マシン番長は横に飛んで危なげなく回避する。
 右手は土門の腕を手放しており、とうにワイヤーを引き寄せて収納済みだ。

「何度も言ってるけど、俺はその月美って子を知らねえよ。
 でもな、その子が望んでねえのはきっと殺しだけじゃねえ! 再起不能にするなんてことも望んじゃいねえよ! 分かんねえのか!」

 着地したと同時に、土門は地面を蹴った。
 先ほどまでいた地点に飛び散る電撃をしり目に、マシン番長へと殴り掛かる。
 すると受けることもできただろうに、マシン番長は足裏のバーニアを噴射して遠ざかっていく。

「……分カッテイル。
 月美ハ、俺ガ戦ウコトヲ望ンデイナイ……」

 土門の読み通り、平時のマシン番長ならば距離を取るまでもなく対応可能だった。
 にもかかわらず、唐突に記憶が蘇ったのだ。
 番長抹殺プログラムに従って指示された場所に向かう際、月美は寂しげな顔をしていた。
 そんなメモリーがフラッシュバックしたせいで、反応が遅れてしまったのだ。

「ダガ!」

 声を荒げながら、マシン番長がバーニアの出力を上げる。
 戦闘や会話などの行動にリソースを割くことで、強引に思考を遅らせようとする。
 そのような行為が無意味なことは、超高性能コンピュータを内蔵されているマシン番長自信が分かっているというのに。

「『番長抹殺プログラム』ヲ放棄スルコトハデキナイ!
 命令ヲ放棄シタ機械ハ不要トサレ廃棄ノ対象トナル!
 ソウナッテシマエバ、俺ハ月美ト一緒ニイラレナクナル!」

 言いながら、マシン番長は空中を飛び回る。
 見る見る加速していき、その勢いを乗せた体当たりを見舞う。
 再びバーニアを噴射させ、吹き飛んでいく土門を追い抜く。
 体勢を立て直す暇すら与えず、拳の乱打(ラッシュ)『アサルト・フィスト』を浴びせる。
 合計二百発にも及ぶ乱打は一際大振りのアッパーで締めくくられ、土門はまた異なるほうへと吹き飛ぶ。
 民家三軒分壁を突き破った土門を掴んだのは、マシン番長の両手であった。
 またしても、手首から先を射出したのだ。

「『ライオット・ホールド』」

 マシン番長の体内を流れる高圧電流が、付属するワイヤーを伝って掌へと流れていく。
 その先にあるのは――土門の身体だ。

「ぐがあああああああ!?」

 土門が全身を激しく震わせながら、絶叫を漏らす。
 マシン番長は、勝利を確信する。
 最初に電撃を浴びせた際は、訊かねばならぬことがあったために手加減をした。
 以降、ずっと回避され続けたが、こうして掴んでいれば避けることもできない。
 いまとなっては、土門に訊き出すことなど残っていない。
 むしろ話せば話すだけ、過去のメモリーがフラッシュバックして思考がおかしくなるばかりだった。
 一切の手加減などしてはならないと、マシン番長は電撃の出力を限界まで上げる。
 このまま、感電死を待つだけだ。
 いかに想定以上の身体能力を誇る相手だろうと変わらない。
 これだけの電撃を浴びせられ続ければ、生物は死ぬのだから。
 殺しさえすれば、もうマシン番長のコンピュータが乱されることもないだろう

 そんなマシン番長の計算は――またしても覆されることになる。

 痙攣する身体を押さえ付けて、土門が立ち上がったのだ。
 自信を掴むマシン番長の手を握って、強引に払い除ける。

「薄っぺらいなァ、お前。ぺらっぺらじゃねえか」

 唖然とするマシン番長の前で、土門は言い放つ。
 AMスーツの耐久限界を超えた電流を浴びたというのに、まるでなんでもないかのように。
 身体から立ち上る黒い煙など目に入らないかのように。
 へたり込んでしまった髪に手を伸ばして、自慢のモヒカン頭をセットし直す。

「俺はよォ、らしくもなく考えてたんだぜ。
 小金井のヤツがサイボーグと戦ったとか言ってやがったけど、俺は知らねーからな。
 いったいどんな感じなのかとか、話は分かるのかとかよォ」

 首の関節を鳴らす。
 口内に溜まった血を吐き捨てる。
 両拳の関節を鳴らして、拳を固く握り締める。

「話してみた感じ、どーも俺が思ってたより人間っぽいなと思ってたんだけど……全然違え。
 やれっつわれたからやるなんざ、それこそ単なる機械じゃねえか」
「……俺ハ機械(マシン)ダ」

 ふう――と。
 大きく息を吐いて、土門は思い切り声を張り上げた。

「ざッけんじゃねえぞ、このクソバカ野郎がッ!!
 テメェ、自分で考えられるんだろうが! 月美とかいう子に言われたこと気になったりしてんだろうがッ!
 じゃあなんだ!? さっき言ってた『月美と一緒にいてえ』ってのも命令か!? どうなんだ!? 答えろッ!!」
「…………違ウ」
「だったらよ……簡単じゃねえか!
 テメェは、その子といてえんだよ! それがテメェの気持ちなんだろうがッ!!
 なのになんでただの機械みてえに、ドクターなんちゃらの言いなりになってやがんだ!
 いったいどうしてえのか、考えれるなら考えろよ! 俺でもない頭絞って考えてたんだ! スーパーロボット様にできねえなんて言わせねえ!」

 マシン番長は目を見開いたまま、なにも言わない。
 ただその沈黙があまりに雄弁で、余計に土門を苛立たせた。

「『言われたから』じゃねえ! テメェの意思で! テメェの頭で! テメェのやりてえことくらい選べ! このバカチンがッ!!」

 言い終えて、土門は再セットが完了したモヒカン頭を擦ろうとした。
 伸ばそうとした手が髪に触れるより早く、マシン番長に叩き付けられた。
 追いやられた床下で土門は追撃を待つが、一向に来ない。
 ただ、自問自答する声が聞こえるばかりだ。

「俺ハ! 俺ハ……! 俺ハ……ッ!?
 機械(マシン)ダッ! 『番長』ヲ倒スタメニ造ラレタ! タダノ……機械!
 俺ノ『意思』ハ! 俺ノ『意思』ハ……! 俺ノ『意思』ハ……ッ!?
 月美ノ側ニ……ッ! 否……ッ、機械ニ『意思』ナド存在シナイ……ッ!!
 Dr.鍵宮ノ命令ハ絶対……ッ! 月美ハ……命令ニ従ウ俺ヲ望ンデイナイ……!
 優先スベキハ! 優先スベキハ……! 優先、スベキハ……ッ!?
 『番長、抹殺プログラム』、『仲直、リ』……ッ! スベテノ……『番長』ノ殺害……!
 俺、ハ…………人、デハ、ナイ!!」

 頭を抱えて呻いていたマシン番長が、急に背筋を伸ばす。
 その口調は先ほどまでと異なり、はっきりとしたものだった。

「俺ハ――戦闘機械(マシン)ダッ!!」

 言い切って、マシン番長は土門を見据える。
 その白目部分まで真っ赤に染まった瞳を見て、土門はしばし唖然としてから――口角を吊り上げた。

「そうかよそうかよ、それがテメェの出した答えかよ」

 床下から飛び出そうと力を籠めると、そのまま天井を二回突き破って屋根の上に飛び出す。
 AMスーツが先ほどまで以上に能力を発揮している証だった。

「いいぜ。最初に言っただろうが!
 何度だって何度だって、俺はお前を救ってやるってな!!」


 ◇ ◇ ◇


 土門とマシン番長が戦うエリアC-3北東部の地下に、霧沢風子、高嶺清麿、横島忠夫の三人はいた。
 彼らは自動人形(オートマータ)・ドットーレから逃亡する経路に、下水道を選択したのである。
 ある理由から横島に『制裁』を加え、ちょうど情報交換でも行おうかというときであった。

「……なあ」

 切り出したのは風子であったが、彼女が言わんとすることは他の二人にも容易に分かった。
 土門とマシン番長の戦闘音が、地下にまで響いてきていたのだ。
 それがいったい誰が出しているのかはともかくとして、戦闘音であるのは明白であった。

「どうするよ」

 風子が短く尋ねる。
 考え込む清麿の横で、白々しく口を開いたのは横島だ。

「ええー!? どうするって、いったいなんのことなんだろー!?
 俺にはまったくなんにもこれっぽっちも、なんかドンパチやってる音とか聞こえねえんだけど!?
 もしかして風子ちゃん、ちょっと意識失ってたから体調悪いんじゃ!? ちょっと落ち着いていったほうがいい。
 ここで! この誰も来ないだろう下水道で! ここから一歩も外に出ないで! しばらくゆっくりするのがいいと思う! なっ、なっ?」

 横島、必死の形相で清麿に視線を飛ばす。
 アイコンタクトなんて言葉じゃ生温いほど。
 なんていうか、とにかく、分かりやすかった。
 それを、清麿は当然のごとくスルーするのだった。

「これだけ地下に音を響かせるってことは、相当のヤツなんだと思う。
 まだ定かじゃないけど、警戒の意味もこめてさっきのドットーレ以上で見るべきだ」

 殺意丸出しの横島の視線を受け流して、清麿は続ける。

「……はっきり言って、いまの戦力じゃ顔を出すのは危ない。
 何人が戦っているのかは分からないけど、もしかしたら全員殺し合いに乗ってるかもしれない。
 つまり、助けるべき相手なんかいないかもしれないんだ。
 ただでさえ戦力が充実してない以上、放っとくのが一番いい……と思う」

 横島、満面の笑みになる。
 さっきまでの態度からして、掌返しにもほどがある。
 そんな横島には誰一人として触れない。
 もしかしたら、見てすらいないのかもしれない。

「ってことは、見捨てろってか?
 助けなきゃいけねーヤツかもしんねーのに、こっちが戦えねーからってあっさりと」
「……とは、いかないだろ。
 いるかどうか分からなくても助けるべき相手かもしれない以上、放ってなんかおけるか」

 横島、またしても掌を返す。
 二人、傍らから溢れ出す殺意に一向に触れない。反応すらしない。

「へー。意外に熱いじゃん」
「ていうか放置するなんて言おうもんなら、一人で行ってるだろ。なおさらそんな選択できるか」
「ははっ、分かってんじゃん」

 横島、顔面蒼白になる。
 単に軽口を叩きあっているだけなのだが、彼には『いい雰囲気』に見えたらしい。
 何せ、異性と付き合った経験がないのだ。どうにか許してあげて欲しい。

「都合がいいことに、俺たちがいるのは下水道だ。
 こっそり顔出して状況確認、まずければそのまま逃げるなんてこともできる」
「そんときにバレちまったらどうしようもねえから、そこんとこは気ぃつけなきゃな」
「ああ。一応、爆弾や銃はあるが……正直使ったこともないから、頼りにはしないでくれ」
「おいおい、俺の銃の腕前はお前よく知って――」
「お前に武器なんか渡すワケないだろ」

 横島、頑張って会話に飛び込もうとするも、冷たくあしらわれる。
 「ちきしょー! 一回だけの過ちやないかー! 笑って許してくれや―!」とのたまうが、これに返事はない。

「もしものときは、風神剣で私が時間稼いでやるよ」

 柄に玉が埋め込まれた剣を手に取って、風子が小さな旋風を起こす。
 ここに至ってようやく、横島が真剣な表情になる。

「いや待って。風子ちゃん、それはダメだ」

 言いながら、横島が風子の肩を掴み――エルボーを浴びた。

「触んじゃねえ!」

 当然といえば当然。
 残念でもないし当然。
 随分と嫌われてしまったらしい。
 さすがの横島も自分が伝えても無理だと判断し、清麿に小声で話しかける。

「あの剣、たぶん妖刀とかそういう類のヤツだぜ。
 お前も見たろ、さっき風子ちゃんが暴走してたの。
 ああなっちまわないように、手放させたほうがいい。
 アレの力が必要ってんなら、ほんとはイヤだけど俺が使ってやるから」

 本来、横島としては清麿の力など借りたくない。
 なんといっても清麿は顔がいいし、清潔感があるし、頭はよさそうだし、スタイルもいいし、さらに中身までいいヤツと来ている。
 すべての面で横島の正反対。
 完全にモテる男の典型例である。
 こんな状況でなければ、大人げなく痛い目に遭わせてやっているところだ。
 にもかかわらず、横島は清麿の手を借りることにした。
 これは横島にしては珍しく、下心抜きに風子を気付かってのことだ。

 だというのに――嗚呼、これまでの積み重ねである。

「……いや、それは通らないだろ」

 やたら冷たい視線を向けながら、清麿は一言で横島の提案を切り捨てた。
 風子が暴走していたのをたしかに目撃しているが、それを風神剣が原因とまでは認識していない。
 その状態で、横島が『風神剣を自分に渡せ』と言ってきたのだ。
 一度風神剣で清麿を殺しにかかってきた横島が、である。
 そんなもの、受け入れるはずがない。
 妖刀などと言われても、適当な誤魔化しとしか思えない。
 実は横島には清麿が生存させる算段があったなど、清麿が信じるはずもない。

「バッカ、お前! クソッ! いいヤツぶってるクセに! 俺みたいな童貞には冷たく当たっても、世間は許すのか!? ちきしょー、この童貞差別! 童貞差別野郎、高嶺清麿!!」

 横島の叫びが下水道内を反響する。
 この期に及んで、自分ではなく相手を悪いと本気で思っているのだった。


 ◇ ◇ ◇


 マシン番長の足裏に付属するバーニアが火を噴き、土門への距離を瞬く間に詰める。
 その勢いそのままに膝蹴りを浴びせると、AMスーツの奥にある土門の肉体が軋みを上げた。
 瞳が真紅に染まって以降、マシン番長のパワーはAMスーツの耐久限界を凌駕している。
 電撃くらいしかまともにダメージを与えられなかったこれまでとは異なり、打撃の一発一発がたしかに土門の肉体に突き刺さる。
 しかしながら、それは土門のほうも同じだった。
 AMスーツは土門の昂る感情に応えてかつてないほどの性能を発揮し、そこから繰り出される攻撃はことごとくマシン番長のボディを凹ませた。
 その衝撃は内部にまで及んでおり、ナノマシンによる修復など間に合うはずがない。

 右脚に受けたダメージが大きく、マシン番長が僅かに体勢を崩す。
 土門のほうも足は痛んでいたが、その隙を逃すワケにはいかなかった。
 ほんの一跳びで距離を詰めて、射抜くような軌道の右ストレートを顔面に叩き込む。
 そこから小刻みな左のジャブを同じく顔面に数回浴びせ、一気に拳の速度を加速していく。

「うらうらうらうぅるァァァーーーーッ!!」

 そこからは両方の拳を交え、ひたすらに殴る。
 もはや最初の数撃とは異なり、狙いなどない。
 ただ、目の前に立っている相手をひたすら殴るだけである。
 これこそ、かつて不良界隈を震撼させた『殺人ラッシュ』。
 異なっているのは、かつてより土門が身体を鍛え、経験を積み、AMスーツを着込んでいるという点。
 もはや、土門の腕は常人ではいったいいくつあるのかすら分からないだろう。
 腕を伸ばしてから戻して畳むまでのモーションが、視認できる限界を超えるほどに速いのだ。
 それほどの攻撃を浴び続けながら、マシン番長は涼しい顔で自身の攻撃のモーションに移る。
 ダメージがないのではない。
 無視できぬほどのダメージを受けながら、その上で無視しているのだ。

「『W(ダブル)ライトニング・フィスト』」

 両手を組んだ状態で、手首から先を射出する。
 単独発射よりも速度の上がった質量二倍の拳は、もはやロケットではなく隕石。
 殺人ラッシュの最中であったのもあり、土門は完全にカウンターを受けた形となる。
 さらに受けた場所が顎というのも悪かった。
 サイボーグであるマシン番長と異なり、人間である土門にとって顎は急所である。
 ほんの一瞬だが、土門の意識が飛んだ。
 これを見逃すマシン番長ではない。
 飛ばした両手で土門の肩を掴むと、足裏のバーニアを全開にして一気にワイヤーを引き戻す。

「『クライシス・キャノン』」

 先ほど以上の勢いで、マシン番長の両膝が土門の腹にめり込む。
 その衝撃と内臓が抉られる音で、土門は覚醒した。
 最初の知覚が口内に胃液が込み上げてくる酸味という、最悪の目覚めだった。
 依然としてマシン番長の足裏のバーニアは火を噴いており、着地できていない。
 そう認識するでもなく、土門は反射的にマシン番長に拳を叩き付けた。
 土門は膝蹴りの勢いそのままに、横合いから殴り飛ばされたマシン番長があらぬ方向に、彼方へと吹き飛んで行く。
 お互いに民家を丸ごと一軒瓦礫にし、そのなかから這い出てくる。
 土門は肩で息をしており、マシン番長は全身の損傷で左右に揺れている。
 もはや、両者ともに次の一撃を避ける余裕はない。

 ――次が決め手になる。

 お互いに、そう理解していた。

「『ソリッド・スクリュー』」

 仕掛けたのは、マシン番長であった。
 その右手首から先が高速で回転し、傍目にはドリルのような外見になる。
 金剛番長をすら殺害した必殺の一撃だ。
 これで相手の心臓を貫くには、まず相手の動きを止めねばならない。
 彼に内蔵されたコンピュータがそう認識していたからこそ温存していたが、もはやその必要はない。
 あのような状態では避けられるはずがないのだから。

「おおるぅァァァァッ!!」

 土門が繰り出したカウンターの右ストレートを受けた上で、マシン番長は高速回転する右手を土門に突き刺した。
 さながら、鉱物でも削っているような。
 そんな衣服を削っているとは思えぬ音を立てて、AMスーツが抉られていく。
 ほどなくして、ついにAMスーツは貫ぬかれてしまう。
 マシン番長の右手に、人体に突き刺さる感触。
 あとは、ほんの少しだけ押してやるだけだ。

「オ前ヲ処理スル……!」

 勝利を確信し、マシン番長は右手に力を籠める。
 ドリルじみた右手が、さらに奥へと進んで――いかない。
 マシン番長が眉根を寄せて顔を上げると、土門の顔面が鉛色に染まっていた。
 額の中心部には、それまで書かれていなかったはずの漢字が一つ記されていた。

 ――『鉄』。

 ゆっくりと、その漢字が近付いてきている。
 そう認識したマシン番長は距離を取ろうとして、両肩を土門に掴まれていることに気付いた。
 足裏のバーニアを起動させるが、その腕に籠められた力はあまりに強く――そして『重い』。
 接近してくる漢字を眺めるしかできないマシン番長の両瞳は、土門の身体が額の文字通りに鉄化している事実を読み取る。

 しかし、だとすれば。

 たかだか硬度四程度の鉄だというのならば――!

「バカナッ! 鉄ゴトキ『ソリッド・スクリュー』ガ貫ケヌハズガ――!?」

 言い終えるより早く、冷たく硬く重いヘッドバットが叩き付けられた。
 仰向けに倒れ込むマシン番長に、同じく仰向けに倒れ込みながら土門が断言する。

「ただの鉄じゃねえ。俺が気合籠めて発動させたんだ。
 言われたことやるだけのテメェより柔らけえワケねーだろ」

 土門の肉体が鋼鉄化したのは、体内にある魔道具『鉄丸』の効力である。
 使用者の適正、慣れ、精神状態によって、魔道具の性能は飛躍的に上昇する。
 そんな事実にまったく触れない、なんの理屈にもなっていない答え。
 だというのに、マシン番長は不思議と合点がいった気がした。

「ソウカ」

 そう返したのと同じくして、全体が真紅に染まっていた瞳が本来の色に戻る。
 地面の冷たさを知覚し、青い空を視認し、躯体損傷率を認識して――
 そこまで来て、マシン番長は自分が敗北したという事実を悟った。

「Dr.鍵宮ニ下サレタ任務ヲ完遂スルコトガデキナカッタ。
 俺ハ……廃棄サレル。月美…………」

 命令を遂行できぬ機械に、存在価値はない。
 もはや、廃棄されるだけだ。
 そうなってしまえば、月美と再会することもできない。
 マシン番長がその事実を受け入れようとしていると、土門が仰向けのまま顔だけを上げる。

「ふざけんな、バカ野郎。黙って捨てられていいのかよ。
 一回本気出して命令守ろうとしたんだろ。だったら、今度は好きに生きりゃいいじゃねえか」
「俺ハ機械(マシン)ダ。生キテナドイナイ」
「はん、生物の定義とか知らねえよ。考えてるヤツァみんな生きてるでいいだろ、そんなもん」
「…………ダガ」
「ああもううるせえな! 知らねえよ、んなこたァ! テメェがどうしてえかって話だよ!」
「…………」

 マシン番長は、青空の彼方にあの少女の姿が見た気がした。
 躯体損傷が激しいゆえに、メモリーから過去の映像が漏れ出たのかもしれない。
 機械であるのならば、そう考えるのが正しいのだろう。

 だが、もしも。

 『意思』というものが、あるのであれば。

 それを持ち合わせているゆえに、記憶が蘇ってきたのだとすれば――

「俺ハ……月美ニ笑ッテイテ欲シイ」

 少し間を置いて、土門が大声で笑いだす。
 一しきり笑ってから、落ち着いた口調で切り出した。

「じゃあお前、『火影』に入れよ。
 どうせ、そのドクターなんとかんとこには戻れねえんだろ」
「『火影』……?」

 マシン番長が首を傾げる。
 現存する番長同士の『組』の知識は網羅しているはずだが、その名称は初耳だった。

「えーと、なんつーか……まあ俺らのいるチームだよ。
 ……リーダーは死んじまったんだけどな。はッ、あのヤローいなくなったら俺がリーダー確定だな。あの世で羨ましがってやがれ、バーカ」

 しばらく毒づいてから、土門は上体を上げる。
 いつの間にか、その眼差しは真剣なものに変わっていた。

「火影に細かいルールはねえけど、たった一つ『殺しはNG』だ。
 これだけは守ってもらうぜ……死んだり殺したりしたら――もう終わりなんだからよ」

 マシン番長が思い返すのは、自分に『死』について教えてくれた月美の姿だ。
 幼いのもあり拙い説明であったが、彼女が死を恐れていることは分かった。
 自身のだけでなく、すべての他者の――である。

「……アア、都合ガイイ」

 損傷が激しく、エネルギーを消耗しているからだろうか。
 平常時ならば直視しても問題ないはずの太陽が、マシン番長にはやけに明るく見えた。


 ◇ ◇ ◇


「終わったみたいだね」

「そうだな。どっちも死んじまったのか?」

「どうだろう……少し待ってみよう」

「ああっ、どっちも生きてるみてえだ! 考えが読める」

「ふむ。どちらかがどちらかを殺して終わると思っていたけど……
 でも両方とも疲弊しているのなら、やっぱり待った甲斐はあったね。
 あんなの相手に正面から戦ってちゃあ、とても最後の一人になんてなれないよ」

「へへへ。やっぱりバロウは頭いいなァ」

「……さとりさんと話してみて、ちょっと僕の常識じゃ計り知れない相手がいるかもと思っていたからね」

「へへ。よく分からねえけど、面倒なヤツらがいるってことだろ?」

「うん、そんな感じ。じゃあ手筈通りに行こう」

「ああ。ところで、『生き残ったほう』を狙う計画だったけど、この場合いったいどうするんだ?」

「それは、もちろん――」


 ◇ ◇ ◇


 恐る恐るマンホールから顔を出した風子は、戦場に転がる人影を見て拍子抜けしてしまった。
 地下を移動しているうちにあんなに激しかった戦闘音が止み、間に合わなかったのかと焦っていたのだ。
 もどかしい思いを抱きつつ外を覗き込んでみれば、戦場に横たわっているうち一人はよく知った男であった。
 しかもその表情を見るに、なんていうか『いつもの喧嘩』をしたあとのようだった。
 張り詰めていたものが一気に切れたような感覚を覚えた。
 彼の姿を見て安堵した自分にも風子は気付いており、それがなんとも腹立たしかった。

「私の知り合いだったわ。ちょっとちょっかいかけてくる」

 後ろをついてくる二人にそう告げて、風子はゆっくりと土門に歩み寄っていく。
 無駄に心配かけさせてくれたのだ。驚かしてやっても罰は当たらないはずだ。
 こっそり後ろに回って不意に声をかけてやれば、きっとマヌケな声を上げることだろう。
 石島土門という男は、あの巨体や強面に反して意外に臆病な一面もあるのだ。
 風子がそのように計画を立てていると、横たわっていた土門に巨大な弾丸が命中した。

「……は?」

 意図せず呆けた声を漏らす風子の眼前で、土門が宙に投げ出される。
 直径一メートルほどの玉が勢いよく命中したのだから、当たり前だ。
 そんなふうに、風子はどこか他人事のように思ってしまっていた。
 土門を発見して気が緩んだせいか、目の前で広がる事態に思考が追いつかない。
 上空に投げ出された土門がある一点で静止する。
 その瞬間を狙い澄ましたかのように、土門の腹を三日月状の刃が斬りつけた。

「…………は?」

 再び、呆けた声が漏れる。
 土門の腹から血が噴き出す。
 そのまま落下し、地面に叩き付けられる。
 どう見ても、致命傷だった。
 どう見ても、凶器は魔道具『海月』だった。
 どう見ても、風子が一度遭遇した相手が所持していた代物だった。


 ――殺せ。


 ――――殺せ!


 ――――――殺せ!!


 静かになったはずの剣が、風子の手のなかでやたらとやかましかった。
 こんなにうるさいというのに、この声は他の誰かに聞こえないのだろうか。
 誰一人として指摘してくれないので、風子は剣にこう返すことにした。

「殺す」

 思っていたより大きな声が出ていたらしい。
 周囲の何名かが視線を浴びせてきたが、風子は反応を返すことすらしない。
 三日月状の刃が戻っていった方向を見据えて、風神剣の刃をそちらにかざす。

 びゅおう――と。
 住宅街を吹き抜けた風が、風子にはやけに心地よかった。


 ◇ ◇ ◇


 マシン番長は茫然とした表情で、重力に引き寄せられる土門を眺めていた。
 躯体損傷率が激しいとは認識していたが、レーダーが完全に利かなくなっているとは気付いていなかった。
 そのせいで、本来ならば容易に勘付いたはずの奇襲に反応できなかった。

 落下してきた土門は、傷痕から血液だけでなく臓器まで垂れ流している。
 腹から背にかけて切断されており、もはや身体が二分割されていないのが奇跡と言えるだろう。
 臓器も、胸骨も、背骨も、根こそぎ切断されているのは明白だ。
 マシン番長には人体に関する知識があるものの、その知識を総動員しても助かるめどはない。
 優れたコンピュータを持っているからこそ、希望的観測すらできない。

『命は、みんな一つずつしか持ってないんだよ』

『大切な人がいなくなるのは悲しいことなんだよ』

 月美の声がフラッシュバックし、そして。
 次に、いましがた土門に浴びせられた言葉が蘇る。

 死んだら――おわり。



【C-3 北西部路上/一日目 午前】

【石島土門】
[時間軸]:SODOM突入前
[状態]:全身にダメージ、腹から背にかけて斬りつけられたような傷(致命傷)
[装備]:御神苗優のAMスーツ@スプリガン
[道具]:基本支給品一式×2、支給品1~5(0~2:本人確認済み、使えるものと使えないもの? 1~3:烈火確認済み、花火以外)
[基本方針]:――――――――
※御神苗優のAMスーツ@スプリガンは、胸部を抉られ、胴部を突き破られてます。


【マシン番長】
[時間軸]:雷鳴高校襲撃直前
[状態]:全身ダメージ極大、エネルギー消費大、自己修復&エネルギー回復中
[装備]:無し
[道具]:ランダム支給品1~3、基本支給品一式
[基本方針]:月美を笑顔にするために動く。誰も殺さない。
※番長関係者しか狙いませんが、一定以上の戦闘力があるとみなした人物は番長であると判断します。
※対象の“人間”の殺害を躊躇しません。
※レーダーは制限されています。範囲は不明。


【高嶺清麿】
[時間軸]:最終回後
[状態]:健康
[装備]:式紙@烈火の炎
[道具]:基本支給品一式×2、声玉@烈火の炎、テオゴーチェの爆弾ボール@からくりサーカス、コピー用紙百枚程度@現地調達、AK-47@現実
     醤油差し@現実、わさび@現実
[基本方針]:このゲームからの脱出。ガッシュに会いたい。いずれアリスとコンタクトを取る。横島を監視しつつ風子と同行する。落ち着いたら情報交換しないと。


【霧沢風子】
[時間軸]:SODOM突入前。
[状態]:???
[装備]:風神剣@YAIBA
[道具]:基本支給品一式、謎の玉@不明、ハンディカラオケ@現実、風子のリュック(基本支給品一式、支給品0~2(風子確認済み)、水一本消費)
[基本方針]:――――――――


【横島忠夫】
[時間軸]:文珠を出せる時期。
[状態]:ボッコボコ(=いつも通り)、文珠×2、電撃なごーもんにより流石に動きが鈍る。
[装備]:なし
[道具]:
[基本方針]:死にたくない。忠夫ちんぴんちっ。


【さとり】
[時間軸]:紫暮&うしお戦直後
[状態]:万全
[装備]:海月@烈火の炎
[道具]:基本支給品一式×2、ランダム支給品1~5
[基本方針]:優勝し、ミノルの目を治して人間となり一緒に暮らす。


【バロウ・エシャロット】
[時間軸]:三次選考開始後、植木チーム戦以前。
[状態]:健康
[装備]:H&K MARK23(8/12)@現実
[道具]:基本支給品一式+水と食料一人分、月の石×4@金色のガッシュ、RPG-7(グレネード弾×5)@現実、支給品0~3(確認済み)
[基本方針]:人間になるため、最後の一人となる。
※名簿に書かれたロベルト=アノンと認識しています。




投下順で読む

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時系列順で読む


キャラを追って読む

076:横島忠夫、清麿と出会う(前編) 霧沢風子 貫くということ
横島忠夫
高嶺清麿
066:ばかやろう節(1) 石島土門
マシン番長
058:疎通――少年さとり バロウ・エシャロット
さとり







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