殺したらおわり(前編)◆hqLsjDR84w
◇ ◇ ◇
横島忠男の眼球を抉り取ろうとしていたさとりは、唐突にその動きを止めた。
三日月状の刀剣・魔道具『海月』を振りかざしたまま、不自然な体勢で硬直する。
三日月状の刀剣・魔道具『海月』を振りかざしたまま、不自然な体勢で硬直する。
「な、なんだってんだ、いきなり……」
対する横島のほうもまた、霊波刀を構えた状態で首を傾げる。
よもやこちらの意図を汲んで、人殺しをやめてくれる気になったのだろうか。
いや、そうに違いない。たまには勇気を振り絞ってみるものだ。超逃げたかったけど、そうしなくて正解だった。よかったよかった。
よもやこちらの意図を汲んで、人殺しをやめてくれる気になったのだろうか。
いや、そうに違いない。たまには勇気を振り絞ってみるものだ。超逃げたかったけど、そうしなくて正解だった。よかったよかった。
そんな思考が『心を読む妖(バケモノ)』であるさとりに流れ込んでくるものの、まったくの見当違いだ。
横島の言い分なぞ、知ったことではない。
そもそも、さとりには横島の言わんとすることの半分も理解できていない。
妖でも家族になれる可能性があるのならば、同行者に一度伝えてみようと思ったくらいだ。
つまるところ、動きを止めた原因は他にある。
そもそも、さとりには横島の言わんとすることの半分も理解できていない。
妖でも家族になれる可能性があるのならば、同行者に一度伝えてみようと思ったくらいだ。
つまるところ、動きを止めた原因は他にある。
これまで静止していたさとりが、凄まじい速度で首を捻る。
その視線の先にいるのは、三人の少年少女だ。
その視線の先にいるのは、三人の少年少女だ。
へたり込んでいる華奢な少年、バロウ・エシャロット。
彼を庇うように立つ筋肉質なモヒカン少年、石島土門。
剣を構える額から二本の角を生やした少女、霧沢風子。
彼を庇うように立つ筋肉質なモヒカン少年、石島土門。
剣を構える額から二本の角を生やした少女、霧沢風子。
彼らの思考が、さとりへと流れ込んでくる。
彼らがいったいなにをしようとしているのか、さとりには読み取れる。
彼らがいったいなにをしようとしているのか、さとりには読み取れる。
『彼ら』というより、『彼女』が問題だった。
霧沢風子の脳内は、さとりの同行者への殺意で埋め尽くされていた。
その全身から放たれる妖気は、彼女が少女の外見をした妖であることを雄弁に語っている。
その全身から放たれる妖気は、彼女が少女の外見をした妖であることを雄弁に語っている。
「バロウ……!」
意図せず、さとりは同行者の名を呟いた。
ほんの数ヶ月前まで――
さとりという名の妖は、一人きりで山奥に生きていた。
どれだけ日にちが経とうと、どれだけ季節が過ぎようと、どれだけ年が変わろうと。
いつだって、たった一人。
心を読む能力を持っているというのに、一人ぼっち。
別に、山が嫌いだったワケではない。
むしろ、自分の住処のことは好いていた。
石も、花も、樹も、みなそれぞれ美しい。
ただ、考えていることはいつもあまり変わらない。
時たま鳥や虫を見つけても、彼らはすぐにいなくなってしまう。
それに、彼らもまた、ほとんど常に考えていることは同じだ。
退屈な日々を、はたしてどれだけ過ごしただろうか。
なまじそうそう早く寿命を迎えぬ妖ゆえ、過ぎた年月はもはや数えることさえできなくなっていた。
さとりという名の妖は、一人きりで山奥に生きていた。
どれだけ日にちが経とうと、どれだけ季節が過ぎようと、どれだけ年が変わろうと。
いつだって、たった一人。
心を読む能力を持っているというのに、一人ぼっち。
別に、山が嫌いだったワケではない。
むしろ、自分の住処のことは好いていた。
石も、花も、樹も、みなそれぞれ美しい。
ただ、考えていることはいつもあまり変わらない。
時たま鳥や虫を見つけても、彼らはすぐにいなくなってしまう。
それに、彼らもまた、ほとんど常に考えていることは同じだ。
退屈な日々を、はたしてどれだけ過ごしただろうか。
なまじそうそう早く寿命を迎えぬ妖ゆえ、過ぎた年月はもはや数えることさえできなくなっていた。
そんなある日、さとりは人間に出会った。
本来人間など足を踏み入れぬ山奥に、偶然にも飛行機が墜落したのだ。
その事故唯一の生存者であったミノルという少年は、それまでさとりが見てきた他のものとはまったく違っていた。
石よりも、花よりも、樹よりも、鳥よりも、虫よりも、ずっとずっと多くのことを考えていた。
最初は恐怖で埋め尽くされていた思考が、少し声をかけただけで安心感に変わっていく。
飛行機の破片が散らばる場所では危険だからと、ちょっと手を引いてやっただけで、その安心感は増していく
くれてやった木の実が苦いというので、車を襲って調達したパンを手渡した。ただそれだけなのに、脳内に感謝と歓喜の念が満ち溢れる。
さとりは、そのような存在を知らなかった。
心を読む能力を持ち合わせていながら、自分へと向けられた思いを読んだのは――初めての経験であった。
かつて気まぐれで鳥に餌をやったことがあったが、これほど豊かな感情を抱かれたことはない。
ただ好きに食い散らかして、すぐに飛び立ってしまうばかりだった。
腹を満たせたことへの安心こそあれど、そこにさとりへの思いはない。
だが、ミノルは違った。
満面の笑みを浮かべて喜び、感謝し、そしてこう呼んでくれるのだ。
その事故唯一の生存者であったミノルという少年は、それまでさとりが見てきた他のものとはまったく違っていた。
石よりも、花よりも、樹よりも、鳥よりも、虫よりも、ずっとずっと多くのことを考えていた。
最初は恐怖で埋め尽くされていた思考が、少し声をかけただけで安心感に変わっていく。
飛行機の破片が散らばる場所では危険だからと、ちょっと手を引いてやっただけで、その安心感は増していく
くれてやった木の実が苦いというので、車を襲って調達したパンを手渡した。ただそれだけなのに、脳内に感謝と歓喜の念が満ち溢れる。
さとりは、そのような存在を知らなかった。
心を読む能力を持ち合わせていながら、自分へと向けられた思いを読んだのは――初めての経験であった。
かつて気まぐれで鳥に餌をやったことがあったが、これほど豊かな感情を抱かれたことはない。
ただ好きに食い散らかして、すぐに飛び立ってしまうばかりだった。
腹を満たせたことへの安心こそあれど、そこにさとりへの思いはない。
だが、ミノルは違った。
満面の笑みを浮かべて喜び、感謝し、そしてこう呼んでくれるのだ。
『お父さん』――と。
理由はよく分からないが、さとりには嬉しかった。
ミノルが笑みを浮かべてくれると、胸が熱くなるのだ。
それまで退屈だった日々が、キレイに彩られたようだった。
ミノルが笑みを浮かべてくれると、胸が熱くなるのだ。
それまで退屈だった日々が、キレイに彩られたようだった。
だから、さとりはキース・ブラックの指示に従った。
ミノルの目が治れば、きっともっと微笑んでくれるはずだから。
そう信じて、最後の一人になる決意を固めたのだ。
ミノルの目が治れば、きっともっと微笑んでくれるはずだから。
そう信じて、最後の一人になる決意を固めたのだ。
しかしその願いが叶わないことを知るまでに、さして時間はかからなかった。
夜明け前に遭遇したバロウが、きっぱりと否定したのである。
夜明け前に遭遇したバロウが、きっぱりと否定したのである。
『妖では、人間の家族にはなれない』
他の誰かが否定してきたのなら、さとりは信じなかっただろう。
でまかせと決め付けて、海月で斬り捨てていたはずだ。
それをしなかったのは、バロウもまた人間ではなかったからだ。
でまかせと決め付けて、海月で斬り捨てていたはずだ。
それをしなかったのは、バロウもまた人間ではなかったからだ。
人間ではなく、人間でないがゆえに――人間と家族になれなかった。
そんな悲痛な記憶が流れ込んでくれば、いかにさとりとて信じるしかない。
そうして目的を失ったさとりに、バロウは手を伸ばしてくれた。
そうして目的を失ったさとりに、バロウは手を伸ばしてくれた。
『おじさんも、人間になればいいじゃないか』
人間でないにもかかわらず、人間と家族になりたい。
バロウが語った夢は、さとりが望むものとまったく同一であった。
その話を聞いている際に流れ込んできたのは、バロウが描く幸せな未来のヴィジョン。
妖でなくなったバロウは、屈託のない笑顔を浮かべていた。
それを視てしまったがゆえに、さとりは伸ばされた手を取った。
バロウが語った夢は、さとりが望むものとまったく同一であった。
その話を聞いている際に流れ込んできたのは、バロウが描く幸せな未来のヴィジョン。
妖でなくなったバロウは、屈託のない笑顔を浮かべていた。
それを視てしまったがゆえに、さとりは伸ばされた手を取った。
すると、バロウは――たしかに微笑んだ。
ミノルと同じように、心からの笑みを浮かべたのだ。
その笑顔を崩したくないと、さとりは思った。
できることならば、ミノルだけでなく、バロウとも笑って幸せに暮らしたい。
それが叶わないのは、さとりにも分かっている。
バロウの望みは、さとりではない他の誰かと家族になることだ。
願いを叶えられるのが一人である以上、いつか確実にぶつかることになる。
心を読めるさとりは、バロウがいずれさとりを殺すつもりであるのも承知している。
それでも、構わなかった。
最終的に殺し合うのを承知で――ただ、一緒にいたかった。
その笑顔を崩したくないと、さとりは思った。
できることならば、ミノルだけでなく、バロウとも笑って幸せに暮らしたい。
それが叶わないのは、さとりにも分かっている。
バロウの望みは、さとりではない他の誰かと家族になることだ。
願いを叶えられるのが一人である以上、いつか確実にぶつかることになる。
心を読めるさとりは、バロウがいずれさとりを殺すつもりであるのも承知している。
それでも、構わなかった。
最終的に殺し合うのを承知で――ただ、一緒にいたかった。
「バロウに怖いことさせるものか」
言い終えるより先に、さとりは跳び上がっていた。
虚を衝かれたらしい横島の驚愕する声が背後から聞こえたが、耳を貸す気はない。
横島の眼球を手に入れるよりも、優先せねばならない事態である。
虚を衝かれたらしい横島の驚愕する声が背後から聞こえたが、耳を貸す気はない。
横島の眼球を手に入れるよりも、優先せねばならない事態である。
「バロウに近づくなァ!」
ほんの三回跳んだだけで、さとりは風子の下へ到達する。
すぐ近くにいた土門を無視して、標的を風子一人に絞る。
とうに読めている思考を踏まえて、剣で受け切れぬ方向へと海月を振り下ろす。
すぐ近くにいた土門を無視して、標的を風子一人に絞る。
とうに読めている思考を踏まえて、剣で受け切れぬ方向へと海月を振り下ろす。
――彼女の身体に触れる寸前で、三日月状の刃は静止した。
そこにはなにも存在しないはずなのに、どれだけ力を籠めようと海月は風子に届かない。
「なん、であ゛ッ」
さとりの驚愕の声は、半ばでくぐもったものに変わる。
なにか目に見えぬものが、凄まじい速度で鳩尾に激突したのだ。
衝撃で僅かに呼吸が止まる間に、さとりは黙視できぬなにかの正体を知った。
いや、知ったのではない。
ご丁寧なことに、『教えられた』のだ。
なにか目に見えぬものが、凄まじい速度で鳩尾に激突したのだ。
衝撃で僅かに呼吸が止まる間に、さとりは黙視できぬなにかの正体を知った。
いや、知ったのではない。
ご丁寧なことに、『教えられた』のだ。
眼前の少女でも、他の二人でもない――別の声に。
『身の程を知るがよい、妖怪。
貴様ごときが、我が風を破れるはずがなかろう』
貴様ごときが、我が風を破れるはずがなかろう』
ここに至って、さとりはようやく相対している妖の正体を理解する。
風子のほうはあくまで憑代であり、本体は彼女の持つ風神剣であったのだ。
まるで威圧するかのように、風子が一歩ずつゆっくりと歩み寄ってくる。
さとりは逃げ出すことさえできない。
思考が読めるからこそ、逃げたところで意味がないと分かってしまう。
ただ、背後で震えるバロウを守るように、ほんの僅かに前に出ただけだ。
さとりは逃げ出すことさえできない。
思考が読めるからこそ、逃げたところで意味がないと分かってしまう。
ただ、背後で震えるバロウを守るように、ほんの僅かに前に出ただけだ。
「死ね」
短く吐き捨ててて、少女は剣を振り下ろ――さなかった。
「おいおいおいおい、風子様よォ。
せっかくのデートなのに彼氏放って他の男とお楽しみなんて、そりゃあねえだろうが」
せっかくのデートなのに彼氏放って他の男とお楽しみなんて、そりゃあねえだろうが」
風子とさとりの間に、石島土門が割って入っていた。
その手には、真っ赤なバラの花束が握られている。
その手には、真っ赤なバラの花束が握られている。
「いやいや、最初に道具確認したときから思ってたけど、キース・ブラックのヤツも意外に気の利いたもん渡しやがるよな。
この俺にバラの花束なんて、まったくお似合いってレベルじゃねえ。ま、アイツに感謝なんか死んでもしてやらねえけどよ」
この俺にバラの花束なんて、まったくお似合いってレベルじゃねえ。ま、アイツに感謝なんか死んでもしてやらねえけどよ」
軽口を叩くような口調とともに、土門は花束を前に突き出す。
「俺だけじゃねえんだぜ、風子。
お前に似合うのはそんな物騒な剣じゃねえ。こいつだ。どうか受け取ってくれよ、マイステディ」
「ふざけんな」
お前に似合うのはそんな物騒な剣じゃねえ。こいつだ。どうか受け取ってくれよ、マイステディ」
「ふざけんな」
ウインクを決めての決めゼリフは、たった五文字で切って捨てられた。
土門はやけに演技がかった大げさな動作で、肩を落としてみせる。
そんな素振りが癇に障り、風子は語気を強くする。
土門はやけに演技がかった大げさな動作で、肩を落としてみせる。
そんな素振りが癇に障り、風子は語気を強くする。
「テメェ……いい加減にしろッ! 脳ミソとろけちまったのか、腐乱犬!
ンなふざけたことぬかしてる場合じゃあねえだろうがッ!! 烈火は死んだんだぞ、みーちゃんもだ!
それ分かってんのか! もしかして『実は生きてる』とか、そんなありえねー夢見てんじゃねえだろうなッ!?」
ンなふざけたことぬかしてる場合じゃあねえだろうがッ!! 烈火は死んだんだぞ、みーちゃんもだ!
それ分かってんのか! もしかして『実は生きてる』とか、そんなありえねー夢見てんじゃねえだろうなッ!?」
風神剣から放たれる風が、あからさまに強くなる。
激しい風にモヒカンをなびかせながら、土門は微かに目を細めた。
激しい風にモヒカンをなびかせながら、土門は微かに目を細めた。
「分ぁーってんだよ、んなこと」
「なら――」
「るっせえな。黙って話聞いてろよ」
「なら――」
「るっせえな。黙って話聞いてろよ」
風子の声を制して、土門は一呼吸置いてから切り出す。
「下らねえ夢なんか見てられるワケねえだろ。
花菱のバカ野郎は、この土門ちゃん逃がすために命捨てやがったんだからよ」
「――――っ」
「バカだよな、ほんと。
死んだら終わりだってことくれー、アイツもよく知ってるだろうに。
何せ、俺たちゃこの歳で、何人も死んでくヤツら見てきちまったんだからよ。
はっ! あんまり寂しくて夢に出てくるくれーなら、死んでんじゃねーっつんだよな」
「だ、だったら……!」
花菱のバカ野郎は、この土門ちゃん逃がすために命捨てやがったんだからよ」
「――――っ」
「バカだよな、ほんと。
死んだら終わりだってことくれー、アイツもよく知ってるだろうに。
何せ、俺たちゃこの歳で、何人も死んでくヤツら見てきちまったんだからよ。
はっ! あんまり寂しくて夢に出てくるくれーなら、死んでんじゃねーっつんだよな」
「だ、だったら……!」
風子の身体が小刻みに震える。
困惑と怒りがない交ぜになっているのが、さとりには読み取れた。
困惑と怒りがない交ぜになっているのが、さとりには読み取れた。
「だったらなおさらだ! バカ野郎はテメェだ、バカ野郎!
目の前で烈火殺されて、なにのうのうとしてやがんだ! そんなんでいいのか、テメェは!?」
目の前で烈火殺されて、なにのうのうとしてやがんだ! そんなんでいいのか、テメェは!?」
絶叫は住宅街に響き渡らず、付近にいるものにしか届かない。
よりいっそう激しくなった風によって、掻き消されているのだ。
よりいっそう激しくなった風によって、掻き消されているのだ。
「ああ、いいぜ。
おっ死んじまったヤツのために、わざわざ手ぇ汚す気はねえよ。汚させる気もねえ。それこそバカ野郎じゃねえか」
おっ死んじまったヤツのために、わざわざ手ぇ汚す気はねえよ。汚させる気もねえ。それこそバカ野郎じゃねえか」
風子は目を見開いたのち、ゆっくりと頭を垂らす。
表情が窺えない状態で出てきた声は、やけに低く冷たい。
表情が窺えない状態で出てきた声は、やけに低く冷たい。
「そう……かよ。だったら知らねえ。知ったこっちゃねえ。
どかねえってんなら――無理矢理吹き飛ばしてやるっ!!」
どかねえってんなら――無理矢理吹き飛ばしてやるっ!!」
その声に呼応するかのように、周囲に異変が生じる。
先ほどまで縦横無尽に吹いていた風が、いきなり止んだのだ。
住宅街中を流れていた風が集束し、風神剣の刀身を覆っていく。
風神剣の柄に埋め込まれた宝玉が仄かに光り、その中心部に『風』という文字が浮かぶ。
先ほどまで縦横無尽に吹いていた風が、いきなり止んだのだ。
住宅街中を流れていた風が集束し、風神剣の刀身を覆っていく。
風神剣の柄に埋め込まれた宝玉が仄かに光り、その中心部に『風』という文字が浮かぶ。
明確な宣戦布告を受けたというのに、土門はたじろがない。
風子を見据えたまま、さとりとバロウの前から動こうとしない。
風子を見据えたまま、さとりとバロウの前から動こうとしない。
「お、お前、どうして……俺たちが憎くねェのか……?」
「憎いに決まってんだろうが! どんだけ痛かったと思ってんだ、バカチン!
テメェ、ハラキリって死ぬヤツだからな! あの清麿ってヤツがなんかARMSとかいうの持ってただけで、本来死ぬヤツだからな!」
「憎いに決まってんだろうが! どんだけ痛かったと思ってんだ、バカチン!
テメェ、ハラキリって死ぬヤツだからな! あの清麿ってヤツがなんかARMSとかいうの持ってただけで、本来死ぬヤツだからな!」
その返答は、さとりがすでに読み取っていたのと同じものだった。
土門のなかには、自分たちへの憎しみがある。
ならば、どうして――
そんな疑問は問いかけるまでもなく、土門自身により解消される。
土門のなかには、自分たちへの憎しみがある。
ならば、どうして――
そんな疑問は問いかけるまでもなく、土門自身により解消される。
「けどよ……ムカつくからって殺してたんじゃ、俺たち火影がブッ飛ばしてきたクソ野郎どもと――なんにも変わんねえだろうがッ!!!」
そう言い切ると、彼の着込んでいる漆黒のボディスーツが膨れ上がった。
◇ ◇ ◇
時を同じくして、近接エリアであるB-2の南部。
蒼月紫暮とルシール・ベルヌイユの二人は、民家の壁に背中を預けて身体を休めていた。
自動人形(オートマータ)・ドットーレに気付かれぬよう、どうにか距離を取ったところである。
法力僧と人形破壊者(しろがね)といえど、精神的な疲労がないワケではない。
瞳を閉ざして、心を落ち着ける。
睡眠をとらなくても、数分こうしているだけでだいぶ回復するものだ。
両者はいちいち言葉で意思の疎通を行わずに、取るべき行動を理解していた。
自動人形(オートマータ)・ドットーレに気付かれぬよう、どうにか距離を取ったところである。
法力僧と人形破壊者(しろがね)といえど、精神的な疲労がないワケではない。
瞳を閉ざして、心を落ち着ける。
睡眠をとらなくても、数分こうしているだけでだいぶ回復するものだ。
両者はいちいち言葉で意思の疎通を行わずに、取るべき行動を理解していた。
――不意に、紫暮の身体が震えた。
「これは……!」
閉じておくはずの目が見開かれ、声が勝手に零れる。
休息状態から臨戦態勢へと、身体が即座に切り替わる。
傍らで紫暮の声を聞いたらしいルシールも、また同じくだ。
休息状態から臨戦態勢へと、身体が即座に切り替わる。
傍らで紫暮の声を聞いたらしいルシールも、また同じくだ。
「いったい、なにが起こったんだい?」
ただ、ルシールのほうはなにも捉えていないらしい。
これにより、むしろ紫暮はなにか起こっているという確信を強めた。
紫暮が捉えたのは、戦闘音ではなく『妖気』だ。
もう全盛期から長らく年月が過ぎ、五十歳も近くなっている。
肉体や法力は衰えていくばかりだが、感覚だけはかつてよりも研ぎ澄まされている。
その感覚が告げるのだ。
これにより、むしろ紫暮はなにか起こっているという確信を強めた。
紫暮が捉えたのは、戦闘音ではなく『妖気』だ。
もう全盛期から長らく年月が過ぎ、五十歳も近くなっている。
肉体や法力は衰えていくばかりだが、感覚だけはかつてよりも研ぎ澄まされている。
その感覚が告げるのだ。
――強大な妖気が、南部から発せられている。
捉えた気配は、かなり暗く重たい。
大きな憎しみに満ちているのは、間違いない。
浮かんだのは、憎しみを食らう大妖の姿である。
アレほどではないだろうが、同種という可能性は少なくない。
だとすれば、法力僧たる自分が向かわねばならないだろう。
紫暮はその旨を伝えるが、ルシールの返事は積極的なものではなかった。
大きな憎しみに満ちているのは、間違いない。
浮かんだのは、憎しみを食らう大妖の姿である。
アレほどではないだろうが、同種という可能性は少なくない。
だとすれば、法力僧たる自分が向かわねばならないだろう。
紫暮はその旨を伝えるが、ルシールの返事は積極的なものではなかった。
「行ったところで、なにができると言うんだい?」
「ぐ……」
「ぐ……」
あまりに的確な指摘であった。
紫暮に支給された道具は、鍋のフタだけ。
そのフタの素材が法力を通しやすい代物ならばともかく、単なるアルミ製だ。
いざ戦場に辿り着いたところで、素手の紫暮にできることなどたかがしれている。
紫暮に支給された道具は、鍋のフタだけ。
そのフタの素材が法力を通しやすい代物ならばともかく、単なるアルミ製だ。
いざ戦場に辿り着いたところで、素手の紫暮にできることなどたかがしれている。
(とはいえ――)
先の放送で、井上真由子という名前が呼ばれていた。
彼女は戦う術を持たぬ、単なる一般的な女子高生である。
そんな彼女が殺し合いに呼び出されて、命を落としてしまっている。
ドットーレのいた学校に人の気配はなかったが、いま感じた妖気の元には誰もいないとは限らない。
真由子のような力を持たない誰かが、強烈な妖気と相対しているかもしれないのだ。
法具がなくとも、誰かを逃がすくらいはできるかもしれない。
決して、断言はできない。
息子のうしおならば『できる』と言い切るだろうが、年老いた紫暮には不可能だ。
彼女は戦う術を持たぬ、単なる一般的な女子高生である。
そんな彼女が殺し合いに呼び出されて、命を落としてしまっている。
ドットーレのいた学校に人の気配はなかったが、いま感じた妖気の元には誰もいないとは限らない。
真由子のような力を持たない誰かが、強烈な妖気と相対しているかもしれないのだ。
法具がなくとも、誰かを逃がすくらいはできるかもしれない。
決して、断言はできない。
息子のうしおならば『できる』と言い切るだろうが、年老いた紫暮には不可能だ。
だが断言できないからといって、行かなくていいのだろうか。
護るべきか、見捨てるべきか。
向かうべきか、向かわぬべきか。
向かうべきか、向かわぬべきか。
考え込み、迷い、逡巡し、それでも踏ん切りがつかず――
『ゆくことが、貴方の使命ですよ』
いつか聞いた声が蘇り、紫暮ははっとする。
(はは、いまさらだったな)
同じ迷いを抱いたことがあった。
そして答えを見出したことがあった。
そして答えを見出したことがあった。
そう――もう、答えは出ていたのだ。
それも、十六年も前にだ。
あの日から一日とて、固めた決意は揺らいでいない。
ならば、どうしていまこの場で決めかねることがあろう。
あの日から一日とて、固めた決意は揺らいでいない。
ならば、どうしていまこの場で決めかねることがあろう。
紫暮はルシールのほうに向き直り、静かな口調で言い放つ。
「人々に仇なす妖を封じるのが、私の使命です。
同行を強制するつもりはありませんし、もしものときは見捨てていただいて構いません」
同行を強制するつもりはありませんし、もしものときは見捨てていただいて構いません」
これは、ルシールに向けられたものではない。
紫暮が自身に言い聞かすためのものでもない。
紫暮が自身に言い聞かすためのものでもない。
いま現在も海の底で使命を全うしている、思いを寄せる女への――誓いだ。
「そうかえ。ではいざとなったら、安心して見捨ててさせてもらうとするかね」
くつくつ笑いながら、ルシールは紫暮の前に立つ。
そうして呆然とする紫暮を急かすように、こう告げるのだった。
そうして呆然とする紫暮を急かすように、こう告げるのだった。
「どうしたんだい? 『お守りしてくれる』んだろう?」
ルシールに遅れて、紫暮も口元を緩めた。
◇ ◇ ◇
「はぁ……はぁ……クソッ!」
いつの間にか荒くなっていた呼吸で毒づきながら、風子は風神剣を振り下ろす。
離れた場所にいる土門への威嚇のために、単に剣を振るっているだけではない。
一薙ぎするたびに、刀身を覆っている風がいくつもの弾丸となって放たれているのだ。
離れた場所にいる土門への威嚇のために、単に剣を振るっているだけではない。
一薙ぎするたびに、刀身を覆っている風がいくつもの弾丸となって放たれているのだ。
にもかかわらず、土門は一向に退かない。
どれだけ風玉を放っても意に介さず、まっすぐに進んでくる。
横に跳んで回避することこそあれど、一度たりとも後退することはない。
風玉に囲まれて避け切れなくなれば、その場で立ち止まって身体に力を籠めて受ける。
ずっと攻撃を続けている風子のほうが、詰められた距離を開けるために後退してばかりだ。
横に跳んで回避することこそあれど、一度たりとも後退することはない。
風玉に囲まれて避け切れなくなれば、その場で立ち止まって身体に力を籠めて受ける。
ずっと攻撃を続けている風子のほうが、詰められた距離を開けるために後退してばかりだ。
「ちィ……! どうなってんだよ、テメェの着てるそれはよォ!」
「俺が知るか!
負けらんねえと思ったら思っただけ強くなるんだよ、このアーマーなんちゃらスーツはッ!」
「俺が知るか!
負けらんねえと思ったら思っただけ強くなるんだよ、このアーマーなんちゃらスーツはッ!」
意味の分からない返答とともに、土門が地面を蹴った。
風子は咄嗟に風刃を撃ち出すが、土門は顔面だけを庇うように腕でガードする。
やはりボディスーツの表面が削れるばかりで、内部にあるはずの肌さえ露にならない。
しようがないので飛び退こうとする風子だったが、とても間に合わない。
風子が知る土門の限界を超えたスピードで、土門は接近していた。
走る勢いそのままに、バラの花束を持っていないほうの右手をかざし――
風子は咄嗟に風刃を撃ち出すが、土門は顔面だけを庇うように腕でガードする。
やはりボディスーツの表面が削れるばかりで、内部にあるはずの肌さえ露にならない。
しようがないので飛び退こうとする風子だったが、とても間に合わない。
風子が知る土門の限界を超えたスピードで、土門は接近していた。
走る勢いそのままに、バラの花束を持っていないほうの右手をかざし――
――ぱちんっ。
「…………は?」
「目ェ覚めたかよ、お姫様。
王子様のキッスのほうをお望みってんなら、何百回だってしてやるぜ」
「目ェ覚めたかよ、お姫様。
王子様のキッスのほうをお望みってんなら、何百回だってしてやるぜ」
風子は遠ざかることも、刃を返すこともできずにいた。
そんな千載一遇の機会を得たというのに、土門がやったのは――いったいなんだ。
わざわざ考えるまでもないほどに、明らかである。
そんな千載一遇の機会を得たというのに、土門がやったのは――いったいなんだ。
わざわざ考えるまでもないほどに、明らかである。
――『頬っぺたをはたいた』だけだ。
それも、子どもを叱りつけるような微かな力でだ。
風子は、自分のなかでなにかがキレる音を聞いた。
風子は、自分のなかでなにかがキレる音を聞いた。
「おちょくってんじゃあねェェェーーーーーーッ!!」
これまで研ぎ澄まされていた精神が、一気に決壊した。
風神剣の刀身だけを高密度で覆っていた風が、再び外界へと解き放たれる。
住宅街一帯に吹き荒れ、かつて民家だった瓦礫が宙を舞い、張り巡らされた電線が激しく揺れ動く。
そんな暴風のなかで、土門は焦らず二本の足に力を籠めて立ち尽くす。
依然として左手に花束を持ったままであり、風子はその姿が気に入らなかった。
これだけの風速のなかでは、通常なら涼しい顔など浮かべていられないはずなのだ。
風神剣の刀身だけを高密度で覆っていた風が、再び外界へと解き放たれる。
住宅街一帯に吹き荒れ、かつて民家だった瓦礫が宙を舞い、張り巡らされた電線が激しく揺れ動く。
そんな暴風のなかで、土門は焦らず二本の足に力を籠めて立ち尽くす。
依然として左手に花束を持ったままであり、風子はその姿が気に入らなかった。
これだけの風速のなかでは、通常なら涼しい顔など浮かべていられないはずなのだ。
「ナメんな、クソッタレ!」
刀身を風で覆うこともせずに、そのまま風神剣を袈裟に振るう。
単なる刃でしかない刀身は、簡単に仰け反って回避されてしまう。
発生させた風の勢いで強引に刃を戻しての逆袈裟も、これまた飛び退いて回避される。
強引な連撃で体勢を崩したところを狙って、土門が再度肉薄してくる。
単なる刃でしかない刀身は、簡単に仰け反って回避されてしまう。
発生させた風の勢いで強引に刃を戻しての逆袈裟も、これまた飛び退いて回避される。
強引な連撃で体勢を崩したところを狙って、土門が再度肉薄してくる。
――ぱちんっ。
「テメェ……!」
またしても、土門は同じ行動を取った。
またしても、せっかくの好機をふいにしてきた。
風子の苛立ちが増していき、風神剣の宝玉がさらに光り輝く。
またしても、せっかくの好機をふいにしてきた。
風子の苛立ちが増していき、風神剣の宝玉がさらに光り輝く。
「バカにすんのも、大概にしやがれッ!!」
身体を風で強引に加速させて斬りかかるが、土門の右腕に阻まれる。
ボディスーツに数センチ刃が埋もれた感覚はあったが、そこから進む気配はない。
無理に刃を押し入れようとして、そのまま前に倒れ込んでしまう。
土門が腕をうしろに引いたために、かけていた力が行き場を失ったのだ。
ボディスーツに数センチ刃が埋もれた感覚はあったが、そこから進む気配はない。
無理に刃を押し入れようとして、そのまま前に倒れ込んでしまう。
土門が腕をうしろに引いたために、かけていた力が行き場を失ったのだ。
体力バカであるはずの土門に、巧みにあしらわれた。
その事実を受けて、風神剣を握る力がさらに強くなる。
こんなはずはないと、風子は歯を軋ませる。
石島土門は力バカで、霧沢風子は技巧派。
その認識に誤りなど在り得ない。
長い付き合いなのだから、お互い分かっている。分かり切っている。そうに決まっている。
その事実を受けて、風神剣を握る力がさらに強くなる。
こんなはずはないと、風子は歯を軋ませる。
石島土門は力バカで、霧沢風子は技巧派。
その認識に誤りなど在り得ない。
長い付き合いなのだから、お互い分かっている。分かり切っている。そうに決まっている。
「剣みてえな慣れねえもん使いやがって。勝てるワケねーだろ」
這い蹲っている最中に浴びせられた言葉によって、風子の怒りはついに沸点に達した。
「ざッけんなッ! 私はずっと練習してたんだ! 緋水の神慮伸刀を託されてから、ずっと!!
殺すッ! いい加減なことばっか言いやがってッ! クソッ! クソッ! マジでブッ殺すぞッ!!」
殺すッ! いい加減なことばっか言いやがってッ! クソッ! クソッ! マジでブッ殺すぞッ!!」
発生させた風で飛び上がるようにして強引に立ち上がりながら、風子は声を張り上げる。
それでも、土門はなぜだか寂しそうな表情を浮かべるばかりだ。
一向に本気で戦うそぶりを見せない土門に、風子の苛立ちは加速していく。
それでも、土門はなぜだか寂しそうな表情を浮かべるばかりだ。
一向に本気で戦うそぶりを見せない土門に、風子の苛立ちは加速していく。
「確信したぜ、風子」
土門が左手を伸ばし、バラの花束を前に突き出す形になる。
「いまのお前は、火影の誰よりも弱い」
風刃でも飛ばしてやろうとしていた風子だったが、一瞬完全に思考が飛んでしまう。
はたして土門がいったいなにを話しているのか、まったく理解できなかった。
はたして土門がいったいなにを話しているのか、まったく理解できなかった。
「っつーか、アイツより弱えんじゃねえの。
なんだっけ、あの、空海んとこの……南尾じゃなくて、ほらお前が戦った、えーと」
なんだっけ、あの、空海んとこの……南尾じゃなくて、ほらお前が戦った、えーと」
いや、それはないだろう。
さすがに、そんなふざけたことは言わないだろう。
風子のそんな期待は、あっさりと覆されることになる。
さすがに、そんなふざけたことは言わないだろう。
風子のそんな期待は、あっさりと覆されることになる。
「ああ、藤丸だ。あの鎌使う変態野郎。
自分のやりてえことを自分で決めらんねえっていう点で、いまのお前はアイツにも負けてるぜ。
アイツはどうしようもねえクソ野郎だったけど、でもやりてえことは自分でちゃんと決めてたもんな」
自分のやりてえことを自分で決めらんねえっていう点で、いまのお前はアイツにも負けてるぜ。
アイツはどうしようもねえクソ野郎だったけど、でもやりてえことは自分でちゃんと決めてたもんな」
ここに至って、風子の思考は白く染まった。
怒りは臨界点を超え、殺意へと切り替わっていく。
かつてないほどの速度で風を作り出し、一気に土門へと射出する。
これまでのように一方向からばかりではなく、四方を覆うように風刃を生み出す。
もはや一切の容赦も躊躇もなく、首や心臓といった人体の急所にさえ残撃を飛ばす。
怒りは臨界点を超え、殺意へと切り替わっていく。
かつてないほどの速度で風を作り出し、一気に土門へと射出する。
これまでのように一方向からばかりではなく、四方を覆うように風刃を生み出す。
もはや一切の容赦も躊躇もなく、首や心臓といった人体の急所にさえ残撃を飛ばす。
「……はっ。ナメたことぬかしやがって……」
轟音が響き渡り、辺りに土煙が立ち込める。
はたして土門がどうなったのかは、定かではない。
少なく見積もっても、数十の肉片と成り果てただろう。
せっかくだし、突風で土煙を吹き飛ばして確認してやろうか。
そのように思考を巡らす風子だったが、確認なぞ必要なかった。
はたして土門がどうなったのかは、定かではない。
少なく見積もっても、数十の肉片と成り果てただろう。
せっかくだし、突風で土煙を吹き飛ばして確認してやろうか。
そのように思考を巡らす風子だったが、確認なぞ必要なかった。
「ナメてんのも、おちょくってのも、バカにしてんのも……全部お前だろうがッ、風子ォ!」
土煙のなかから、聞き慣れた声が響いたのだ。
目を凝らしてみると、巨大な影が迫ってきている。
その正体が誰なのかなど、特徴的なモヒカン頭を見れば明白だ。
左手に持った花束は健在だ。アレだけやったのに、風子は花束さえ吹き飛ばせなかった。
目を凝らしてみると、巨大な影が迫ってきている。
その正体が誰なのかなど、特徴的なモヒカン頭を見れば明白だ。
左手に持った花束は健在だ。アレだけやったのに、風子は花束さえ吹き飛ばせなかった。
「……ぐッ!」
「逃がすかよ」
「逃がすかよ」
距離を取ろうとした風子だったが、バックステップを踏むことさえ叶わない。
土煙から飛び出てきた土門に、その肩を掴まれたのである。
着込んでいるボディスーツはボロボロだが、未だ形状を保っている。
現れた土門の額には、『鉄』の文字が浮かんでいた。
土煙から飛び出てきた土門に、その肩を掴まれたのである。
着込んでいるボディスーツはボロボロだが、未だ形状を保っている。
現れた土門の額には、『鉄』の文字が浮かんでいた。
「めんどくせえから、はっきり言わせてもらうぜ。俺はいまのお前が気に喰わねえ」
――ぱちんっ。
「仲間だなんだぬかして、花菱や水鏡に責任を押し付けてるのが、腹立って仕方ねえ。
アイツらを理由にしてんじゃねえ。ほんとにやりてえんなら、『自分が殺してえから』って言えよ。
なのになんだっけ、お前。俺たちを『守るために』とか言ってやがったな。ナメんな。いらねえよ、そんな気遣い。ふざけてんのか、オイ」
アイツらを理由にしてんじゃねえ。ほんとにやりてえんなら、『自分が殺してえから』って言えよ。
なのになんだっけ、お前。俺たちを『守るために』とか言ってやがったな。ナメんな。いらねえよ、そんな気遣い。ふざけてんのか、オイ」
――ぱちんっ。
「いいか。自分がいったいなにをしてえのか、それをまず考えろ」
――ぱちんっ。
鋼鉄化した肉体であるゆえ、極限まで力を抑えているのだろう。
風子の頬を打つビンタの威力は、これまでとほとんど変わらない。
その手は鉄特有の冷たさを誇るはずなのに、やたらと熱く感じた。
風子の頬を打つビンタの威力は、これまでとほとんど変わらない。
その手は鉄特有の冷たさを誇るはずなのに、やたらと熱く感じた。
「さっきまで俺とタイマンってたヤツな、サイボーグなんだぜ。スゲェだろ。
作ってくれたドクターなんちゃらの命令には逆らえないとか、強情張っててな。
でも、アイツは変わったぜ。製作者様の言いなりなんかじゃなく、自分のやりてえことをやるってな」
作ってくれたドクターなんちゃらの命令には逆らえないとか、強情張っててな。
でも、アイツは変わったぜ。製作者様の言いなりなんかじゃなく、自分のやりてえことをやるってな」
風子は俯いたが、頬を掴まれて強引に顔を上げられる。
せっかく目を伏せたというのに、見たくなかった土門の瞳を直視するはめになる。
その視線もまた、ひどく熱かった。
せっかく目を伏せたというのに、見たくなかった土門の瞳を直視するはめになる。
その視線もまた、ひどく熱かった。
「お前はどうなんだよ、風子。
清麿から聞いたぜ。その剣、風神剣っつーんだろ?
その風神剣とかいう魔剣様の言いなりになってんじゃねえのか。
ほんとに人を殺してえのか。本心から、心の底から、そう思ってんのか。
だったら言ってみせろよ。仲間のためでもなんでもなく、自分が殺してえから殺すって――そう断言してみせろよ、この野郎!」
「そ、そうに決まって……」
清麿から聞いたぜ。その剣、風神剣っつーんだろ?
その風神剣とかいう魔剣様の言いなりになってんじゃねえのか。
ほんとに人を殺してえのか。本心から、心の底から、そう思ってんのか。
だったら言ってみせろよ。仲間のためでもなんでもなく、自分が殺してえから殺すって――そう断言してみせろよ、この野郎!」
「そ、そうに決まって……」
言葉の途中で、風子は口籠ってしまう。
肯定してやろうとしたが、できなかったのだ。
海月が土門の腹を斬り裂いたのを見たとき、剣から流れ込む声に身を委ねてしまったのだから。
肯定してやろうとしたが、できなかったのだ。
海月が土門の腹を斬り裂いたのを見たとき、剣から流れ込む声に身を委ねてしまったのだから。
「聞こえねえな。はっきり言えよ。
霧沢風子ってのは、なんか訊かれたらすぱっと答える気持ちいい女だっただろうが」
霧沢風子ってのは、なんか訊かれたらすぱっと答える気持ちいい女だっただろうが」
視線を逸らそうとしても、土門は首を動かして追ってくる。
黙秘は許されない。なにか答えねばならない。
そう認識し、風子は――
黙秘は許されない。なにか答えねばならない。
そう認識し、風子は――
「るッせええええええええええええええええッ!!」
絶叫した。
風神剣へと意識を集中させると、収まっていた風が再び激しくなる。
風神剣へと意識を集中させると、収まっていた風が再び激しくなる。
「私が人を殺したいかどうかなんか知らねえよ、ボケ!
でも仕方ねえじゃねえか! 人殺しするヤツを殺さなきゃ、また誰か殺されちまうんだ!
分かってんだろうが、テメェも! 邪魔すんじゃねえ! 邪魔すんだったら、テメェだって――!!」
でも仕方ねえじゃねえか! 人殺しするヤツを殺さなきゃ、また誰か殺されちまうんだ!
分かってんだろうが、テメェも! 邪魔すんじゃねえ! 邪魔すんだったら、テメェだって――!!」
その言い分が支離滅裂なのは、風子自身にも理解できていた。
大切な仲間が殺されないように、人殺しを先に殺すはずだった。
なのに、どうして仲間である土門を真っ先に殺そうとしているのか。
これでは、守るべき仲間がいなくなってしまう。本末転倒ではないか。
大切な仲間が殺されないように、人殺しを先に殺すはずだった。
なのに、どうして仲間である土門を真っ先に殺そうとしているのか。
これでは、守るべき仲間がいなくなってしまう。本末転倒ではないか。
生まれた懸念は、風を作れば作るほどに薄れていく。
視界の片隅のほうで、風神剣の宝玉が妖しく煌めいている。
自分の行動は決して誤っていないと、吹きすさぶ風が認めてくれているような――そんな気がした。
風子は自身に突風を当てる。
風の勢いに乗れば、土門から離れられる。
いくら土門が力バカであろうと、風が強くなればいずれ手放すはずだ。
風の勢いに乗れば、土門から離れられる。
いくら土門が力バカであろうと、風が強くなればいずれ手放すはずだ。
「なんッで放さねえんだよッ! いい加減、諦めろよッ!」
一向に力が緩まる気配がなく、風子は語気を荒げる。
対して土門はというと、ふてぶてしく笑うばかりだ。
対して土門はというと、ふてぶてしく笑うばかりだ。
「放すわきゃねえだろうが、バーカ。
俺はいつだってお前を支えてやるって、心に誓ってんだよ。
お前が断っても、何度だって何度だって抱き締めてやるんだよ!」
「……なに言ってんだ、お前ッ! もういい加減、そのうるせえ口閉じてろよ!!」
俺はいつだってお前を支えてやるって、心に誓ってんだよ。
お前が断っても、何度だって何度だって抱き締めてやるんだよ!」
「……なに言ってんだ、お前ッ! もういい加減、そのうるせえ口閉じてろよ!!」
怒りを露にし、風子は風刃を生み出す。
現時点においても、土門は花束を手放していない。
つまり、右手に風子を、左手に花束を持っているのだ。
ならば、ガードなどできるはずがない。
いかに魔道具『鉄丸』で身体を鋼鉄化させていようと、微かな衝撃は走るものだ。
風刃に頬を斬りつけてやると、ほんの僅かにだが土門の右手に籠められた力が弱くなる。
現時点においても、土門は花束を手放していない。
つまり、右手に風子を、左手に花束を持っているのだ。
ならば、ガードなどできるはずがない。
いかに魔道具『鉄丸』で身体を鋼鉄化させていようと、微かな衝撃は走るものだ。
風刃に頬を斬りつけてやると、ほんの僅かにだが土門の右手に籠められた力が弱くなる。
風子が、その隙を逃すはずがない。
掴んでいる手を強引に振り払うと、土門の肉体を蹴り飛ばす。
蹴った勢いを突風に乗せて一気に加速し、距離を取ってやる。
掴んでいる手を強引に振り払うと、土門の肉体を蹴り飛ばす。
蹴った勢いを突風に乗せて一気に加速し、距離を取ってやる。
「させッかよ!!」
初めて見せた焦りの表情に、風子は口角を吊り上げる。
(もう、遅ェっつーんだよ)
すでに、土門にも突風を放っている。
その風向きは風子が浴びているのは逆方向であり、ようは土門にとって向かい風だ。
こうしておけば、いくらなんでもやすやすと追いつけまい。
その風向きは風子が浴びているのは逆方向であり、ようは土門にとって向かい風だ。
こうしておけば、いくらなんでもやすやすと追いつけまい。
そんな風子の予想を覆す事態が、眼前で展開された。
土門の右腕が――『伸びた』のだ。
生物と鉱物が一体化したような、その腕には見覚えがあった。
プログラムの説明の際、高槻涼と呼ばれた少年の腕がこのような外見になって伸びていた。
プログラムの説明の際、高槻涼と呼ばれた少年の腕がこのような外見になって伸びていた。
(いや、いまはンなこたどうでもいい!)
空中で風刃を生み出し、伸びてくる腕へと放つ。
伸びた部位までボディスーツで覆われているはずもなく、生身だからであろう。
ようやく、風刃は土門の肉体を傷付けることに成功する。
伸びた部位までボディスーツで覆われているはずもなく、生身だからであろう。
ようやく、風刃は土門の肉体を傷付けることに成功する。
ところが、あくまで最初の一撃だけだった。
その傷は瞬く間に回復し、二撃目以降では表面に切れ目すら入らない。
唖然とするしかない風子は、ほどなくして土門の腕に捕らえられる。
長く伸びた腕は、土門の身体の元へと勢いよく収束していく。
その傷は瞬く間に回復し、二撃目以降では表面に切れ目すら入らない。
唖然とするしかない風子は、ほどなくして土門の腕に捕らえられる。
長く伸びた腕は、土門の身体の元へと勢いよく収束していく。
「……どうなってんだよ、その腕」
「たとえ人間の身体じゃなくなっても、土門ちゃんは風子様を抱き締めてやるってことだよ!!」
「たとえ人間の身体じゃなくなっても、土門ちゃんは風子様を抱き締めてやるってことだよ!!」
風子が苦々しい表情で問いかけると、土門は自信満々に言い放つ。
なんにも質問に答えてねえじゃねえか――抗議しようとした風子の右手に、鋭い痛みが走る。
なんにも質問に答えてねえじゃねえか――抗議しようとした風子の右手に、鋭い痛みが走る。
「痛う……っ」
反射的に目を閉じてしまってから、風子は違和感に気付く。
いまのいままで握っていた得物が、右手から消えていた。
叩き落とされたのだと察するまで、大した時間はかからない。
だがそのほんの僅かな時間でも、土門には十分であったようだ。
落下した風神剣を離れた場所に蹴り飛ばして、もうすでに追いついている。
いまのいままで握っていた得物が、右手から消えていた。
叩き落とされたのだと察するまで、大した時間はかからない。
だがそのほんの僅かな時間でも、土門には十分であったようだ。
落下した風神剣を離れた場所に蹴り飛ばして、もうすでに追いついている。
「さっきのたわ言のうち、どこまでお前の考えで、どっから剣のせいなのかは知らねえよ。
でもよォ、なんも言わねえで逃げたってことは、そういうことなんだろ。
だったら、容赦なく否定してやるぜ! 悩みに悩んで出した結論とかじゃなく、考えるのやめてこんな剣の言いなりになる気だったんならな!」
でもよォ、なんも言わねえで逃げたってことは、そういうことなんだろ。
だったら、容赦なく否定してやるぜ! 悩みに悩んで出した結論とかじゃなく、考えるのやめてこんな剣の言いなりになる気だったんならな!」
風神剣を踏みつけて固定すると、土門は風子に向ける眼差しを鋭くする。
「よく聞け、大バカ野郎! 仲間が殺されないように、誰かを殺すなんざ認めねえぞ!
人なんか殺しちまったらな、一生背負わなきゃなんねえんだぞ! 忘れられるワケあるか! 永遠に覚えてるに決まってんだろ!
他のなにかしてるときだってついて回るし、夢にだって出るだろうよ! 安まる日なんざねえよ、百パー。生きた心地しねーぜ、そんなもん。
仲間のために、一生モンの悔い残してどうすんだよ! そんなもん望むか! 少なくとも俺は望まねえ! 俺は、風子が後悔引きずるなんざ真っ平だ!」
人なんか殺しちまったらな、一生背負わなきゃなんねえんだぞ! 忘れられるワケあるか! 永遠に覚えてるに決まってんだろ!
他のなにかしてるときだってついて回るし、夢にだって出るだろうよ! 安まる日なんざねえよ、百パー。生きた心地しねーぜ、そんなもん。
仲間のために、一生モンの悔い残してどうすんだよ! そんなもん望むか! 少なくとも俺は望まねえ! 俺は、風子が後悔引きずるなんざ真っ平だ!」
一息で言い切ってから、土門は呼気を整える。
そうして拳を固く握り締めてから、真下の風神剣に視線を向ける。
彼がいったいなにをしようとしているのか、風子には予想できてしまった。
そうして拳を固く握り締めてから、真下の風神剣に視線を向ける。
彼がいったいなにをしようとしているのか、風子には予想できてしまった。
「やめろ、土門っ!!」
風子が、思い切り地面を蹴る。
風神剣を破壊させるワケにはいかない。
アレは魔道具『風神』を愛用している風子にとって、かなり相性のいい武器だ。
アレを失ってしまったら、風子の戦闘力は著しく低下する。
無慈悲に人の命が踏み躙られるこの場で、足掻くことさえできなくなるのだ。
そんな事態に陥っていいはずがない。
花菱烈火と水鏡凍季也が死んだというのに、使い勝手のいい武器を持たぬ少女に成り下がるワケにはいかない。
風神剣を破壊させるワケにはいかない。
アレは魔道具『風神』を愛用している風子にとって、かなり相性のいい武器だ。
アレを失ってしまったら、風子の戦闘力は著しく低下する。
無慈悲に人の命が踏み躙られるこの場で、足掻くことさえできなくなるのだ。
そんな事態に陥っていいはずがない。
花菱烈火と水鏡凍季也が死んだというのに、使い勝手のいい武器を持たぬ少女に成り下がるワケにはいかない。
頭ではそう恐れているはずなのに、どうしてであろうか。
自身に力を与えてくれる剣を、握っているだけで高揚感を抱かせる剣を、『殺せ』としつこく命じてくる剣を――
土門が完膚なきまでに破壊すると思うと、風子は不思議と胸が高鳴った。
「やめねえっ! 十回でも百回でも言ってやるぜ、風子!」
ゆえにであろう。
土門がこう断言したとき、風子は足を止めてしまった。
頭に響く風神剣の『拾え』と命ずる声は、土門の叫びにかき消される。
土門がこう断言したとき、風子は足を止めてしまった。
頭に響く風神剣の『拾え』と命ずる声は、土門の叫びにかき消される。
「殺しちまったら――なにもかも終わりなんだよ!!」
風子の視界が、スローモーションじみたものとなる。
固く握られた拳が、ゆっくりと風神剣へと迫っていく。
あと、もう少しだ。
ほんの少し待てば、土門の拳が風神剣を割り砕いてくれる。
剣から流れ込んでくるやかましい声を、二度と聞かずに済むのだ。
「…………あ?」
風子には、眼前の光景が理解できなかった。
思わず零れた呆けた声を、自身のものだと判別することさえできない。
思わず零れた呆けた声を、自身のものだと判別することさえできない。
拳が風神剣に触れる寸前で、土門の身体が『跳ね上がった』。
「ぐ、ガ……ァ! クソ……もうちょっと、だってのによォ……!」
困惑しているのは、風子だけではないらしい。
土門のほうも目を丸くして、暴走する身体に手を回して押さえ込もうとしている。
そんな意図もむなしく、土門の右腕に亀裂が入っていく。
亀裂は見る見る全身に及び、すぐに立つことさえままならなくなる。
土門のほうも目を丸くして、暴走する身体に手を回して押さえ込もうとしている。
そんな意図もむなしく、土門の右腕に亀裂が入っていく。
亀裂は見る見る全身に及び、すぐに立つことさえままならなくなる。
くずおれるように倒れ込むと、身体が――『崩れて』いく。
このような現象を見た経験は、風子にはない。
それでも分かる。
分かってしまう。
何せ、身体が崩れているのだ。
さながら乾燥した泥のように、砕け散っているのだ。
それでも分かる。
分かってしまう。
何せ、身体が崩れているのだ。
さながら乾燥した泥のように、砕け散っているのだ。
それは、誰の目にも明らかなほどに分かりやすい――『死』の兆候だった。
「ど、もん……?」
風子は土門に歩み寄り、崩れゆく身体に視線を這わす。
向けられる力強い視線に反して、その肉体はあまりに脆い。
鍛え抜かれていた筋肉の面影など、いまとなっては窺えない。
とても見ていられるものではなく、風子は目を覆いたくなった。
向けられる力強い視線に反して、その肉体はあまりに脆い。
鍛え抜かれていた筋肉の面影など、いまとなっては窺えない。
とても見ていられるものではなく、風子は目を覆いたくなった。
その心情を読み取ったかのように、理想的な誘いがかかる。
『我を手に取れば、すべて忘れられるぞ』
鼓膜を介さずに、頭のなかへと届いてくる。
懐柔するような声音が、胸に開いた穴へと染み渡る。
懐柔するような声音が、胸に開いた穴へと染み渡る。
――風子は、再び風神剣を手に取った。
『殺せ。
我を用いて殺せ。我を紅く染めて殺せ。我が刀身を生き血で照らして殺せ。
斬り殺せ。刺し殺せ。貫き殺せ。抉り殺せ。断ち殺せ。刻み殺せ。削ぎ殺せ。
殺して殺せ。殺して殺して殺せ。殺して殺して殺して――そうしてさらに殺せ』
我を用いて殺せ。我を紅く染めて殺せ。我が刀身を生き血で照らして殺せ。
斬り殺せ。刺し殺せ。貫き殺せ。抉り殺せ。断ち殺せ。刻み殺せ。削ぎ殺せ。
殺して殺せ。殺して殺して殺せ。殺して殺して殺して――そうしてさらに殺せ』
途端、甘い声は一変。
これまでと変わらぬ冷たいものに戻る。
これまでと変わらぬ冷たいものに戻る。
「あ、あああああァァァ――――!」
喉を削るような絶叫に呼応して、風神剣より強大な風が溢れ出す。
その衝撃により、崩れかけの土門の身体は彼方に投げ出される。
風が渦を巻いて旋風となり、次第に膨れ上がっていく。
ほどなくして、風子を中心とした巨大な竜巻が展開される。
アスファルトが剥がれ、その下にあった土が舞い上がり、風子の足元がすり鉢状に抉られる。
民家は軋むような音を立てたのち、根元から吹き飛ばされる。
竜巻内を上昇する過程で、風圧によって見る見る微細な破片に砕かれていく。
その衝撃により、崩れかけの土門の身体は彼方に投げ出される。
風が渦を巻いて旋風となり、次第に膨れ上がっていく。
ほどなくして、風子を中心とした巨大な竜巻が展開される。
アスファルトが剥がれ、その下にあった土が舞い上がり、風子の足元がすり鉢状に抉られる。
民家は軋むような音を立てたのち、根元から吹き飛ばされる。
竜巻内を上昇する過程で、風圧によって見る見る微細な破片に砕かれていく。
『貴様、なぜその竜巻を放たない』
(うるせえ)
(うるせえ)
訝しむような風神剣の問いに、風子は短く答える。
彼女の目的は、すでに人殺しの殺害ではなくなっていた。
唯一望むのは、もう誰も近づけないことだ。
伸ばされた手が崩れていくのを見るのは、もう御免だった。
だったら最初から誰も近付いてくれないほうが、よっぽどマシだと――そう思ったのだ。
彼女の目的は、すでに人殺しの殺害ではなくなっていた。
唯一望むのは、もう誰も近づけないことだ。
伸ばされた手が崩れていくのを見るのは、もう御免だった。
だったら最初から誰も近付いてくれないほうが、よっぽどマシだと――そう思ったのだ。
『ふん。まあよいわ。
依然として、角は生え揃ったまま。
貴様が我が力に魅入られていることに、些かの変わりもない。
ならば精神力を磨り減らすのを待ち、真に従順なる我が憑代とするのみよ』
依然として、角は生え揃ったまま。
貴様が我が力に魅入られていることに、些かの変わりもない。
ならば精神力を磨り減らすのを待ち、真に従順なる我が憑代とするのみよ』
風子が予想していたよりあっさりと、風神は引き下がって行った。
あるいは、長き時を経てきたゆえの余裕か。
あるいは、長き時を経てきたゆえの余裕か。
(…………どうでもいいや)
舞い上がった赤いバラの花弁が視界に入り、風子の瞳から一筋の涙が零れた。
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110:貫くということ | 霧沢風子 | 117:殺したらおわり(後編) |
横島忠夫 | ||
高嶺清麿 | ||
石島土門 | ||
マシン番長 | ||
バロウ・エシャロット | ||
さとり | ||
087:二百年も待ったのだ | 蒼月紫暮 | |
ルシール・ベルヌイユ |