ぐれんとゆう ◆nucQuP5m3Y
モチノキデパートには粗悪品やら偽物やらが溢れている。
それでも人が減らないのは偽物と知ってなお安さで買う客がいるからだろうか。
それとも偽物と知らずに安さに喜ぶ無知な客ばかりなのだろうか。
それはともかくとして、そんな客たちも今のこの惨状を見れば二度とこのデパートに来るとは言わないだろう。
そこには破かれ、焼かれた布の数々。壊され、砕かれたマネキンの数々。ひしゃげ、積み重なった什器の数々があった。
落ちている服から辛うじてそこがかつて婦人服売り場であったのだと推測できるが、そんな分析は今そのボロ布を踏みつけて跳んだ者には意味がない。赤いハンチング坊に黒い覆面、妙に短い学ランから見える腹筋は達人のそれである。
彼は名を、秋山優と言った。
「さて、どうしたものかね……」
まだ無事な什器の影に隠れた彼はフロアに吊り下げられた案内板を探す。
左にエレベーター。右にエスカレーター。正面に化粧室。
「電気……は通ってるみたいだけど、動いてるってのは楽観的に過ぎるだろうな」
呟いて、気配を感じて一足飛び退く。
次に彼の目が捕えたのはいましがたまで自分を遮蔽していた什器がフロアに散らばるそれと同様にガラクタに変わる光景だった。
「ちょこまかと逃げるんじゃねぇぜ人間がよォー!!」
秋山優にそう怒鳴りつけたのはその光景を作った張本人。いや、それはもはや人ではない。
「雷獣」「字伏」、とある個体は「長飛丸」と呼ばれたこともある。しかしそのどれも本質を捉えた名ではない。
彼らは妖(バケモノ)を葬る器物「獣の槍」に魂を食われし者たち。槍の執念に飲みこまれた「なれのはて」。
そしてそいつは、たった今秋山優の眼前で鼻息を荒くしている黒いその獣は自らを名乗って
「紅煉」と言った。
それでも人が減らないのは偽物と知ってなお安さで買う客がいるからだろうか。
それとも偽物と知らずに安さに喜ぶ無知な客ばかりなのだろうか。
それはともかくとして、そんな客たちも今のこの惨状を見れば二度とこのデパートに来るとは言わないだろう。
そこには破かれ、焼かれた布の数々。壊され、砕かれたマネキンの数々。ひしゃげ、積み重なった什器の数々があった。
落ちている服から辛うじてそこがかつて婦人服売り場であったのだと推測できるが、そんな分析は今そのボロ布を踏みつけて跳んだ者には意味がない。赤いハンチング坊に黒い覆面、妙に短い学ランから見える腹筋は達人のそれである。
彼は名を、秋山優と言った。
「さて、どうしたものかね……」
まだ無事な什器の影に隠れた彼はフロアに吊り下げられた案内板を探す。
左にエレベーター。右にエスカレーター。正面に化粧室。
「電気……は通ってるみたいだけど、動いてるってのは楽観的に過ぎるだろうな」
呟いて、気配を感じて一足飛び退く。
次に彼の目が捕えたのはいましがたまで自分を遮蔽していた什器がフロアに散らばるそれと同様にガラクタに変わる光景だった。
「ちょこまかと逃げるんじゃねぇぜ人間がよォー!!」
秋山優にそう怒鳴りつけたのはその光景を作った張本人。いや、それはもはや人ではない。
「雷獣」「字伏」、とある個体は「長飛丸」と呼ばれたこともある。しかしそのどれも本質を捉えた名ではない。
彼らは妖(バケモノ)を葬る器物「獣の槍」に魂を食われし者たち。槍の執念に飲みこまれた「なれのはて」。
そしてそいつは、たった今秋山優の眼前で鼻息を荒くしている黒いその獣は自らを名乗って
「紅煉」と言った。
「おい人間、逃げてばかりじゃこの紅煉様にゃあ勝てねぇぜ?」
「ご忠告どうも。ただ、君みたいなのと正面からやりあうのはどう考えても愚策だからね。僕には僕の流儀もあるし」
「ああ」
紅煉はニヤついてその鋭い爪をカチカチと合わせ、秋山の言葉を鼻で笑って聞き流し
「そうかよォッ!!」
縦に振るった。
「ふっ!」
秋山は走る。目指す方向は後方。上階へと続く階段だ。
しかしここまで数度のやりとりでわかっている。紅煉は速く、強い。
だから切り札を最後まで残しては戦えないことを秋山は知っている。使うべき時を。
一つ目は、ここ。死を目の前に、目を閉じて唱える。
「十五雷正法 十一閃!」
薄暗い照明だったフロアが一瞬、どんな昼間よりも眩しく光った。
「く、クソッ! 目が! 人間が! 人間風情がァー!!」
視力を遮断され、怨嗟の声と共に腕をぶんぶんと振り回す紅煉を尻目に秋山は階段を駆け上がる。
紅煉が視力を取り戻し、自分に追いつくまでの数分にやれるだけのことをやらねばならない。
「さて……グレンとか言ってたっけ」
にも拘らずなにやら端末を取り出して見つめる彼の姿はそんな焦りを感じさせはしなかった。
「ご忠告どうも。ただ、君みたいなのと正面からやりあうのはどう考えても愚策だからね。僕には僕の流儀もあるし」
「ああ」
紅煉はニヤついてその鋭い爪をカチカチと合わせ、秋山の言葉を鼻で笑って聞き流し
「そうかよォッ!!」
縦に振るった。
「ふっ!」
秋山は走る。目指す方向は後方。上階へと続く階段だ。
しかしここまで数度のやりとりでわかっている。紅煉は速く、強い。
だから切り札を最後まで残しては戦えないことを秋山は知っている。使うべき時を。
一つ目は、ここ。死を目の前に、目を閉じて唱える。
「十五雷正法 十一閃!」
薄暗い照明だったフロアが一瞬、どんな昼間よりも眩しく光った。
「く、クソッ! 目が! 人間が! 人間風情がァー!!」
視力を遮断され、怨嗟の声と共に腕をぶんぶんと振り回す紅煉を尻目に秋山は階段を駆け上がる。
紅煉が視力を取り戻し、自分に追いつくまでの数分にやれるだけのことをやらねばならない。
「さて……グレンとか言ってたっけ」
にも拘らずなにやら端末を取り出して見つめる彼の姿はそんな焦りを感じさせはしなかった。
秋山優が紅煉と相対したのは二十数分前のことだろうか。
「まあ、こういう時はデパートとかショッピングセンターってのが定石だよね」
先ほどの悪夢のような光景を振り払うように軽口を叩きながら、彼はモチノキデバートへと足を踏み入れた。
そして身を隠すと、あとはひたすら状況の把握に努めた。
彼はもともと無謀な戦いをする方ではない。
敵とみなした相手に容赦はしないが、彼我の戦力差に関しては「気合」とか「根性」とかでは決して埋めようということはしない。
目標達成に必要なのは計算、計略、謀略。そういうものだと彼は信じている。
戦友たちによって目の前で何度もその信条が覆されてなお、自分に出来るのはそれだけだと信じているのだ。
つまり、いずれ彼がすべきだと決めていること、そのために今彼がすべきこと。それは即ち「己を知り、敵を知る」こと。
つまり今は思考と分析をすべき時であった。少なくとも彼にとっては。
しかしそんなことを思っていない者もいる。
その愚者は大音量でエントランスの自動ドアをブチ破り、己の存在を知らしめるかのように大声で叫んだ。
「誰もいねぇかぁー!! いたら出てきやがれよォー! ブチ殺してやるからよォー!」
秋山は当然のようにその声を無視した。
彼が潜んで居たのは婦人服売り場のレジの下である。
遮蔽物あり、しかも売り場内の姿見を移動させて全方位を監視出来るようにした状態での隠密。先手をとられる心配はまずない環境である。
だから彼は驚いた。
視線を配っていた姿見の一つに、今まで戦ったどんな番長よりも早くこちらへ突進してくる黒いバケモノの姿が写ったことに。
そのあまりの速さと、途中にあるディスプレイやマネキンを紙くずのように蹴散らすその姿に。
歴戦の経験が、見つかっていないはずという甘い考えを秋山に捨てさせた。
彼は広げていた荷物を即座に蔵王に格納し、身を翻してレジの下から飛び出した。
そしてレジカウンターは彼を失った数秒後にはただのガレキになっていた。
「まあ、こういう時はデパートとかショッピングセンターってのが定石だよね」
先ほどの悪夢のような光景を振り払うように軽口を叩きながら、彼はモチノキデバートへと足を踏み入れた。
そして身を隠すと、あとはひたすら状況の把握に努めた。
彼はもともと無謀な戦いをする方ではない。
敵とみなした相手に容赦はしないが、彼我の戦力差に関しては「気合」とか「根性」とかでは決して埋めようということはしない。
目標達成に必要なのは計算、計略、謀略。そういうものだと彼は信じている。
戦友たちによって目の前で何度もその信条が覆されてなお、自分に出来るのはそれだけだと信じているのだ。
つまり、いずれ彼がすべきだと決めていること、そのために今彼がすべきこと。それは即ち「己を知り、敵を知る」こと。
つまり今は思考と分析をすべき時であった。少なくとも彼にとっては。
しかしそんなことを思っていない者もいる。
その愚者は大音量でエントランスの自動ドアをブチ破り、己の存在を知らしめるかのように大声で叫んだ。
「誰もいねぇかぁー!! いたら出てきやがれよォー! ブチ殺してやるからよォー!」
秋山は当然のようにその声を無視した。
彼が潜んで居たのは婦人服売り場のレジの下である。
遮蔽物あり、しかも売り場内の姿見を移動させて全方位を監視出来るようにした状態での隠密。先手をとられる心配はまずない環境である。
だから彼は驚いた。
視線を配っていた姿見の一つに、今まで戦ったどんな番長よりも早くこちらへ突進してくる黒いバケモノの姿が写ったことに。
そのあまりの速さと、途中にあるディスプレイやマネキンを紙くずのように蹴散らすその姿に。
歴戦の経験が、見つかっていないはずという甘い考えを秋山に捨てさせた。
彼は広げていた荷物を即座に蔵王に格納し、身を翻してレジの下から飛び出した。
そしてレジカウンターは彼を失った数秒後にはただのガレキになっていた。
時は今へと戻る。
紅煉が上階へと辿り着いたのは秋山に五分ほど遅れてのことだった。
「出て来い人間ァァァァ!!」
雄叫びは空しく響き、生活用品売り場のディスプレイを震わせるだけである。
「クソがッ!!」
毒づいて紅煉は鼻をひくつかせる。
妖である彼には人間の匂いはひどく特徴的である。先ほどデパートの入り口をぶち破ってからすぐにそうしたように、人間の匂いを探した。
が、嗅覚を最大限鋭敏にしたことによる影響はすぐに紅煉に現れた。
「へ、へ、へーっぷしっ!!」
強烈に鼻の奥をくすぐられたような感覚に紅煉はおもわずくしゃみをする。
中国の山村に潜んでいた紅煉はあまり知らない。字伏たちは長く眠っていたせいで、現代日本に蔓延する化学物質にひどく敏感なのだ。
それは他の字伏よりも早く目覚めた彼も例外ではなかった。
「く、クソ! へっぷし! なんだこのおかしな臭いは! っぷし!」
間抜けにくしゃみを繰り返しながら、なんとかそのへんてこな臭いの中に先ほどの人間の臭いを見つけだした。
かすかに香るそれに、今度は鼻息を止めながら突進する。
数尺先の棚の向こう、息を殺して待ち伏せているのがわかった。今度は絶対に外さない、ここまで自分をコケにした人間を許せるわけがない。
雷のような速さでその棚ごとなぎ倒すと、バラバラになった人影がよく磨かれた床面にごろりと崩れ落ちた。
「ざまあみやが……」
すぐに気付く。手にかかったのは人ではない。崩れ落ちたのも人ではない。この感触は、先ほどまでなぎ倒してきた木偶人形のそれである、と。
紅煉の落とした視線の先には先ほどまで秋山が着ていた短ランを羽織らされたマネキンだった残骸。
そして、振り向いた視線の先には自分めがけてとんでくる複数の刃物。
「喰らえっ!」
キッチン用品売り場から拝借した出刃の数々が正確に狙うのはそれぞれ人間であれば急所にあたる部分である。
「クッ!!」
紅煉は妖である。そんなもので死んだりはしない。しかし咄嗟に目を、心臓をかばってしまった。その隙を秋山は見逃さない。
体中から芳香剤の匂いを撒き散らしながら獣のように駆ける。
紅煉が上階へと辿り着いたのは秋山に五分ほど遅れてのことだった。
「出て来い人間ァァァァ!!」
雄叫びは空しく響き、生活用品売り場のディスプレイを震わせるだけである。
「クソがッ!!」
毒づいて紅煉は鼻をひくつかせる。
妖である彼には人間の匂いはひどく特徴的である。先ほどデパートの入り口をぶち破ってからすぐにそうしたように、人間の匂いを探した。
が、嗅覚を最大限鋭敏にしたことによる影響はすぐに紅煉に現れた。
「へ、へ、へーっぷしっ!!」
強烈に鼻の奥をくすぐられたような感覚に紅煉はおもわずくしゃみをする。
中国の山村に潜んでいた紅煉はあまり知らない。字伏たちは長く眠っていたせいで、現代日本に蔓延する化学物質にひどく敏感なのだ。
それは他の字伏よりも早く目覚めた彼も例外ではなかった。
「く、クソ! へっぷし! なんだこのおかしな臭いは! っぷし!」
間抜けにくしゃみを繰り返しながら、なんとかそのへんてこな臭いの中に先ほどの人間の臭いを見つけだした。
かすかに香るそれに、今度は鼻息を止めながら突進する。
数尺先の棚の向こう、息を殺して待ち伏せているのがわかった。今度は絶対に外さない、ここまで自分をコケにした人間を許せるわけがない。
雷のような速さでその棚ごとなぎ倒すと、バラバラになった人影がよく磨かれた床面にごろりと崩れ落ちた。
「ざまあみやが……」
すぐに気付く。手にかかったのは人ではない。崩れ落ちたのも人ではない。この感触は、先ほどまでなぎ倒してきた木偶人形のそれである、と。
紅煉の落とした視線の先には先ほどまで秋山が着ていた短ランを羽織らされたマネキンだった残骸。
そして、振り向いた視線の先には自分めがけてとんでくる複数の刃物。
「喰らえっ!」
キッチン用品売り場から拝借した出刃の数々が正確に狙うのはそれぞれ人間であれば急所にあたる部分である。
「クッ!!」
紅煉は妖である。そんなもので死んだりはしない。しかし咄嗟に目を、心臓をかばってしまった。その隙を秋山は見逃さない。
体中から芳香剤の匂いを撒き散らしながら獣のように駆ける。
「十五雷正法 六貫!」
秋山の手から放たれる武器は、後ろに紐のついた小さな刃物。
金偏に票と書いて「ヒョウ」と読むそれはそれまでのどの出刃よりも鋭く紅煉の腕を抉る。
痛みに反射するように乱暴に振り払われた紅煉の腕は近くにあったヤカンや鍋の乗った棚を粉砕した。
フロアに鉄が激突する大きな音が鳴り響く。その音をかき消すようにもはや意味を為さない紅煉の叫びが轟く。
自ら視界をふさいでいた腕をどけ、紅煉があたりを見回すとすでに秋山の姿はない。
「出て来いこの卑怯モンがよォォォ! 喰い殺してやらァァァァ!!」
「それはどうも。十五雷正法 四爆」
秋山の小さな声に反応して、紅煉の足元に転がっていたヤカンが爆発した。
唯の爆発ではない。ヤカンに詰め込まれていた日曜大工用品売り場の釘が飛び散って紅煉の足に次々刺さる。
「こんなモンでェェェェ!」
紅煉は疾走した。
今しがた爆発が起きる前にほんの少し聞こえた声の方へと全力で走った。
彼が駆け抜けた道の後ろでは次々と爆発が起こる。
秋山が仕掛けていたそれは、声を起動の鍵とするという一点において紅煉への効果を発揮できなくなっていた。
怒りに打ち震えた雷獣は、音よりも疾かったのだ。
「終わりだなァ、人間!」
「なんてバケモノだよ、全く」
壁際に追い詰められ、秋山は毒づく。
「どれだけ切りつけたら死ぬんだい、君は」
「俺は妖なんだぜ? 霊力も通ってねぇ刃物じゃいくら切っても死にゃあしねぇよ」
「じゃあ、これなら効くってことだな」
「これ?」
紅煉は秋山が後ろ手に何かを構えているのに気付く。
「僕の支給品でね。とある大妖の牙を鍛えたと言われる霊験あらたかな刀、その名も……鉄砕牙さ!」
「くっ!」
秋山の右手が翻る。飛び出した刃が紅煉の首を狙う。
そして紅煉は、それまでしなかった動きをした。首を、跳ね上げたのだ。
紅煉の顔に備えられた三振りの刀。それは主である大妖、白面の者より与えられた強力な霊刀である。
秋山の言葉に、腕での防御では防ぎきれないかもしれないという恐怖からとった行動だった。
そしてその霊刀は飛来する鉄砕牙を弾き飛ばすはずであった。
もしそれが本当に鉄砕牙と呼ばれる妖刀であったならば。
「なっ!?」
紅煉の霊刀に触れたそれは、安っぽいプラスチックで出来た妙に荘厳な飾りのついた玩具の剣は、玩具売り場から秋山が持ってきた今年流行の特撮ヒーローの武器は、なんの抵抗もなくすっぱりとコマ切れになって飛んで行った。
「十五雷正法 十二さ」
秋山の本命は左手のヒョウ。そしてそれに刺さった符。その符術による攻撃であった。しかし、その攻撃は為されない。
またも、秋山は見誤った。紅煉は人ではないのだ。
この距離ではいくら奇襲であっても紅煉のほうが
「莫迦め!!」
疾い。
振り上げた首が戻る。
その顔に向けてもう止められない腕を突き出す秋山。
紅煉の口内にまで伸びる霊刀によって四枚に分割される己の左腕を秋山はスローモーションのように見た。
秋山の手から放たれる武器は、後ろに紐のついた小さな刃物。
金偏に票と書いて「ヒョウ」と読むそれはそれまでのどの出刃よりも鋭く紅煉の腕を抉る。
痛みに反射するように乱暴に振り払われた紅煉の腕は近くにあったヤカンや鍋の乗った棚を粉砕した。
フロアに鉄が激突する大きな音が鳴り響く。その音をかき消すようにもはや意味を為さない紅煉の叫びが轟く。
自ら視界をふさいでいた腕をどけ、紅煉があたりを見回すとすでに秋山の姿はない。
「出て来いこの卑怯モンがよォォォ! 喰い殺してやらァァァァ!!」
「それはどうも。十五雷正法 四爆」
秋山の小さな声に反応して、紅煉の足元に転がっていたヤカンが爆発した。
唯の爆発ではない。ヤカンに詰め込まれていた日曜大工用品売り場の釘が飛び散って紅煉の足に次々刺さる。
「こんなモンでェェェェ!」
紅煉は疾走した。
今しがた爆発が起きる前にほんの少し聞こえた声の方へと全力で走った。
彼が駆け抜けた道の後ろでは次々と爆発が起こる。
秋山が仕掛けていたそれは、声を起動の鍵とするという一点において紅煉への効果を発揮できなくなっていた。
怒りに打ち震えた雷獣は、音よりも疾かったのだ。
「終わりだなァ、人間!」
「なんてバケモノだよ、全く」
壁際に追い詰められ、秋山は毒づく。
「どれだけ切りつけたら死ぬんだい、君は」
「俺は妖なんだぜ? 霊力も通ってねぇ刃物じゃいくら切っても死にゃあしねぇよ」
「じゃあ、これなら効くってことだな」
「これ?」
紅煉は秋山が後ろ手に何かを構えているのに気付く。
「僕の支給品でね。とある大妖の牙を鍛えたと言われる霊験あらたかな刀、その名も……鉄砕牙さ!」
「くっ!」
秋山の右手が翻る。飛び出した刃が紅煉の首を狙う。
そして紅煉は、それまでしなかった動きをした。首を、跳ね上げたのだ。
紅煉の顔に備えられた三振りの刀。それは主である大妖、白面の者より与えられた強力な霊刀である。
秋山の言葉に、腕での防御では防ぎきれないかもしれないという恐怖からとった行動だった。
そしてその霊刀は飛来する鉄砕牙を弾き飛ばすはずであった。
もしそれが本当に鉄砕牙と呼ばれる妖刀であったならば。
「なっ!?」
紅煉の霊刀に触れたそれは、安っぽいプラスチックで出来た妙に荘厳な飾りのついた玩具の剣は、玩具売り場から秋山が持ってきた今年流行の特撮ヒーローの武器は、なんの抵抗もなくすっぱりとコマ切れになって飛んで行った。
「十五雷正法 十二さ」
秋山の本命は左手のヒョウ。そしてそれに刺さった符。その符術による攻撃であった。しかし、その攻撃は為されない。
またも、秋山は見誤った。紅煉は人ではないのだ。
この距離ではいくら奇襲であっても紅煉のほうが
「莫迦め!!」
疾い。
振り上げた首が戻る。
その顔に向けてもう止められない腕を突き出す秋山。
紅煉の口内にまで伸びる霊刀によって四枚に分割される己の左腕を秋山はスローモーションのように見た。
「ハハハハハ! 喰ってやったぞ人間が! あの忌々しい野郎と同じく、腕を喰ってやった……あの……」
何故か突然青ざめる紅煉。対して、左腕の肘から先を失ったはずの秋山は痛みに顔をゆがめるでもなく、ただ不敵に笑っていた。
「喰った? ああ、そりゃ美味かったろう。なんせ最新のテクノロジーで作った僕の義手だ。それとも……何か他にも喰ったかい?」
「まっ、まさかお前もあの野郎と同じに!!」
紅煉の脳裏に浮かんだのは、自分の『最期の』記憶。
己を執拗に追い続け、自らの体に縫いこんだ符をわざと喰らわせて体内から爆殺せしめたあの符咒師の姿。
「天地万物の正義を…」
「まっ、待ってくれ! 参った! 死にたくねぇ! 俺はもう死にたくねェェェェェ!」
自分が最期の時に聞いた詠唱を耳にしてついに紅煉の心は折れた。
みっともなく土下座の姿勢をとって、目の前の非力な人間に命ごいをした。
「ふぅ、じゃあ決着だ」
「あ?」
詠唱を中断した秋山が、一段軽いトーンでそう告げる。
「聞こえなかったのか? 決着だと言ったんだ。僕の勝ちでね」
「何ふざけたこと言ってやがんだにんげ」
「天地万物の」
「わー! わーっ!!」
紅煉の怒号は秋山の再詠唱によって脆くも崩れ去り、ここに今、人間に頭の上がらない二匹目の字伏が誕生したのである。
彼の名は紅煉。
かつて人だったもの。
この国を滅ぼさんとする大妖に仕え、破壊の限りを尽くしたバケモノ。
そして今は、死に怯える可哀想な妖怪である。
何故か突然青ざめる紅煉。対して、左腕の肘から先を失ったはずの秋山は痛みに顔をゆがめるでもなく、ただ不敵に笑っていた。
「喰った? ああ、そりゃ美味かったろう。なんせ最新のテクノロジーで作った僕の義手だ。それとも……何か他にも喰ったかい?」
「まっ、まさかお前もあの野郎と同じに!!」
紅煉の脳裏に浮かんだのは、自分の『最期の』記憶。
己を執拗に追い続け、自らの体に縫いこんだ符をわざと喰らわせて体内から爆殺せしめたあの符咒師の姿。
「天地万物の正義を…」
「まっ、待ってくれ! 参った! 死にたくねぇ! 俺はもう死にたくねェェェェェ!」
自分が最期の時に聞いた詠唱を耳にしてついに紅煉の心は折れた。
みっともなく土下座の姿勢をとって、目の前の非力な人間に命ごいをした。
「ふぅ、じゃあ決着だ」
「あ?」
詠唱を中断した秋山が、一段軽いトーンでそう告げる。
「聞こえなかったのか? 決着だと言ったんだ。僕の勝ちでね」
「何ふざけたこと言ってやがんだにんげ」
「天地万物の」
「わー! わーっ!!」
紅煉の怒号は秋山の再詠唱によって脆くも崩れ去り、ここに今、人間に頭の上がらない二匹目の字伏が誕生したのである。
彼の名は紅煉。
かつて人だったもの。
この国を滅ぼさんとする大妖に仕え、破壊の限りを尽くしたバケモノ。
そして今は、死に怯える可哀想な妖怪である。
【D-5 モチノキデパート内/一日目深夜】
【紅煉@うしおととら】
[時間軸]:本編にて死亡後
[状態]:各所負傷はあるが軽微
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、支給品1~3(未確認)
[基本方針]:秋山優をなんとか隙を見て喰い殺す。それまでは死にたくないので従う。秋山を殺せたらあとはひたすら参加者を喰い殺す。
[備考]:紅煉の能力である「黒炎(分身というか手下と言うか、まあセルジュニアみたいなもの)を生む能力」は制限により使用不可
[時間軸]:本編にて死亡後
[状態]:各所負傷はあるが軽微
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、支給品1~3(未確認)
[基本方針]:秋山優をなんとか隙を見て喰い殺す。それまでは死にたくないので従う。秋山を殺せたらあとはひたすら参加者を喰い殺す。
[備考]:紅煉の能力である「黒炎(分身というか手下と言うか、まあセルジュニアみたいなもの)を生む能力」は制限により使用不可
「それじゃあ、紅煉。ちょっと行って散らばったヒョウと、あと落ちてる人形の腕、集めてきてくれ」
「貴様、この紅煉を使い走りに」
「てんちーばんぶつのー」
「ガァァァァ! ちくしょー!」
まるで孫悟空の頭にはめた輪を縮める三蔵法師のように秋山は符術の詠唱をするフリをする。しかし決して唱え切ることはしない。
なぜなら、その詠唱には何の効果もないからだ。本当に効果があるなら、これほどの強敵を殺しておかないほど彼は甘い男ではない。
彼の義手に符など貼り付けたり縫い込まれたりはしていなかった。他の仕込みでいっぱいで、そこまでするヒマはなかったのだ。
なればこそ、紅煉が腹の中にあると思っている爆砕符は決して発動しない切り札でなければならない。それを気取られた時は秋山が死ぬ時である。
先ほどの棚のところまで飛び去る紅煉を見送り、秋山は蔵王から二つのものを取り出す。
ひとつは先ほど腕から外して格納したグレネードランチャー。彼の義手の下に隠されていた本当の切り札である。
もう一つは小さな携帯端末。スマートフォンのようなそれを床に置いて残った右手で操作する。
画面には今ほど飛んで行った憐れな妖怪の顔と文字列が表示された。
<『紅煉』種族:妖怪 雷や炎、風を操る字伏と呼ばれるバケモノ。気性は荒く、鼻がよく、人を喰らう。符咒師により体内から爆殺された。>
「よし」
再度確認して、それらを蔵王へ戻す。
秋山が手に入れていた支給品は3つある。
一つは先ほどの戦いで使っていたヒョウと符。
かつて紅煉を殺した符咒師が使っていたのと同じ物で、ご丁寧にそれを駆使するための解説書が付いていた。
殺傷能力としては紅煉の時のように体内から爆破でもしなければ人外のものを殺すには至らないだろうが、
トラップとして使うにはこれほど彼に向いた武器もなかった。
そして、もっと彼に向いていた武器が先ほどの携帯端末である。
そこには参加者のデータが入っていた。簡単な説明ではあるが、写真と特徴、特殊な能力が。
そして一部の者については先ほどのように「死因」が載っていた。
秋山は死んだものがここにいるという発想には至れず、それをイコール「弱点」であると理解した。
そして先ほどの紅煉の様子を見るにそれは正解であったと確信した。
彼は手に入れていたのだ。彼我の実力差を埋めるための「情報」を。
そして立案する。勝つための戦い方を。
「ひ、拾ってきたぞクソ人間め……」
戻った紅煉が手からガラガラと数本のヒョウとマネキンの腕を床に落とす。
「ん、ごくろーさん。」
秋山が適当な素振りであしらうと、紅煉は黒い顔を赤くするように睨みつけてきた。
そんなことを意にも介さず、秋山はヒョウを拾い上げ、マネキンの腕を足で挟み、片手に持ったヒョウで器用に削って左腕にあわせていく。
「ま、見た目だけはこうしておこう」
ぐい、と押し込んで、左手の肘から下にうごきもしない腕が生えた。
秋山は戦う。どんな手を使ってもこの街を脱出するために。
大丈夫、この街のどこかには心強い友もいる。絶対にスジの通らないことを許さない漢がいる。
自分の謀略と彼の暴力があればきっとそれは成し遂げられるはずだ。
そして愛しい兄弟達の下に必ず帰ろう。
秋山は決めた。この街に放り出されたその時からそう決めていた。
「貴様、この紅煉を使い走りに」
「てんちーばんぶつのー」
「ガァァァァ! ちくしょー!」
まるで孫悟空の頭にはめた輪を縮める三蔵法師のように秋山は符術の詠唱をするフリをする。しかし決して唱え切ることはしない。
なぜなら、その詠唱には何の効果もないからだ。本当に効果があるなら、これほどの強敵を殺しておかないほど彼は甘い男ではない。
彼の義手に符など貼り付けたり縫い込まれたりはしていなかった。他の仕込みでいっぱいで、そこまでするヒマはなかったのだ。
なればこそ、紅煉が腹の中にあると思っている爆砕符は決して発動しない切り札でなければならない。それを気取られた時は秋山が死ぬ時である。
先ほどの棚のところまで飛び去る紅煉を見送り、秋山は蔵王から二つのものを取り出す。
ひとつは先ほど腕から外して格納したグレネードランチャー。彼の義手の下に隠されていた本当の切り札である。
もう一つは小さな携帯端末。スマートフォンのようなそれを床に置いて残った右手で操作する。
画面には今ほど飛んで行った憐れな妖怪の顔と文字列が表示された。
<『紅煉』種族:妖怪 雷や炎、風を操る字伏と呼ばれるバケモノ。気性は荒く、鼻がよく、人を喰らう。符咒師により体内から爆殺された。>
「よし」
再度確認して、それらを蔵王へ戻す。
秋山が手に入れていた支給品は3つある。
一つは先ほどの戦いで使っていたヒョウと符。
かつて紅煉を殺した符咒師が使っていたのと同じ物で、ご丁寧にそれを駆使するための解説書が付いていた。
殺傷能力としては紅煉の時のように体内から爆破でもしなければ人外のものを殺すには至らないだろうが、
トラップとして使うにはこれほど彼に向いた武器もなかった。
そして、もっと彼に向いていた武器が先ほどの携帯端末である。
そこには参加者のデータが入っていた。簡単な説明ではあるが、写真と特徴、特殊な能力が。
そして一部の者については先ほどのように「死因」が載っていた。
秋山は死んだものがここにいるという発想には至れず、それをイコール「弱点」であると理解した。
そして先ほどの紅煉の様子を見るにそれは正解であったと確信した。
彼は手に入れていたのだ。彼我の実力差を埋めるための「情報」を。
そして立案する。勝つための戦い方を。
「ひ、拾ってきたぞクソ人間め……」
戻った紅煉が手からガラガラと数本のヒョウとマネキンの腕を床に落とす。
「ん、ごくろーさん。」
秋山が適当な素振りであしらうと、紅煉は黒い顔を赤くするように睨みつけてきた。
そんなことを意にも介さず、秋山はヒョウを拾い上げ、マネキンの腕を足で挟み、片手に持ったヒョウで器用に削って左腕にあわせていく。
「ま、見た目だけはこうしておこう」
ぐい、と押し込んで、左手の肘から下にうごきもしない腕が生えた。
秋山は戦う。どんな手を使ってもこの街を脱出するために。
大丈夫、この街のどこかには心強い友もいる。絶対にスジの通らないことを許さない漢がいる。
自分の謀略と彼の暴力があればきっとそれは成し遂げられるはずだ。
そして愛しい兄弟達の下に必ず帰ろう。
秋山は決めた。この街に放り出されたその時からそう決めていた。
デパートを歩いて使えそうなものを物色する秋山の周りをふわふわと浮かび、寄り添いながら紅煉が凄む。
「貴様……絶対に隙を見て喰い殺してやるからな」
「てーんちーばーんぶー」
適度に間延びした声で秋山はすかさずハリボテの呪文を唱える。
「わ、わわわ、やめろこの卑怯者!!」
「おっと、また言ってくれたね」
慌てふためく紅煉に向けてニヤリと笑う。
「最大の褒め言葉だ」
彼は秋山優。
またの名を
「貴様……絶対に隙を見て喰い殺してやるからな」
「てーんちーばーんぶー」
適度に間延びした声で秋山はすかさずハリボテの呪文を唱える。
「わ、わわわ、やめろこの卑怯者!!」
「おっと、また言ってくれたね」
慌てふためく紅煉に向けてニヤリと笑う。
「最大の褒め言葉だ」
彼は秋山優。
またの名を
卑怯番長。
【秋山優(卑怯番長)@金剛番長】
[時間軸]:最終決戦後、後日談の前
[状態]:疲れ
[装備]:霊符(残り33枚)、ヒョウ(残り18本)
[道具]:基本支給品一式、ヒョウ(25本)&符(50枚)&十五雷正法説明書@うしおととら、
参加者名簿入り携帯端末@出典不明、支給品1(秋山は確認済)
[基本方針]:あらゆる卑怯な手を使ってこの街から脱出し、家へ帰る。体内に爆砕符があると思い込んでいる紅煉を脅してうまく利用する。
[時間軸]:最終決戦後、後日談の前
[状態]:疲れ
[装備]:霊符(残り33枚)、ヒョウ(残り18本)
[道具]:基本支給品一式、ヒョウ(25本)&符(50枚)&十五雷正法説明書@うしおととら、
参加者名簿入り携帯端末@出典不明、支給品1(秋山は確認済)
[基本方針]:あらゆる卑怯な手を使ってこの街から脱出し、家へ帰る。体内に爆砕符があると思い込んでいる紅煉を脅してうまく利用する。
【支給品紹介】
ヒョウ:金偏に票と書く。コピペしてもなかなか表示されないうしとらファン泣かせの武器およびそれを使う符咒師の名前。
くないのような形状で後部の輪に紐が通してあり、ワイヤーと女の髪をよりあわせたその紐は相当に頑丈。主に投げて使う。
霊符:符咒師ヒョウが使う符。本来はおそらく効果によって符の種類が違うが今回は共通の符で全ての術(後述)を使えるものとする。
もちろん使い捨て。ヒョウに刺して投擲され、跳んだ先で効果を発揮するパターンが多い。
十五雷正法:符咒師ヒョウが使う退魔術。身体能力を高めたり符の力を発揮する時に使う。
名の通り15種あるが今回は符とヒョウを使う術で、原作に登場したもののみ使えるものとする。使える術は以下の通り。
「一尖」ヒョウの投擲。
「四爆」符が爆発する。
「六貫」貫通力の高いヒョウの投擲。
「七排」霊符を刺したヒョウによる投擲攻撃。
「十一閃」閃光によるめくらまし。
「十二散」広範囲に投げた符を爆発させる。
ヒョウ:金偏に票と書く。コピペしてもなかなか表示されないうしとらファン泣かせの武器およびそれを使う符咒師の名前。
くないのような形状で後部の輪に紐が通してあり、ワイヤーと女の髪をよりあわせたその紐は相当に頑丈。主に投げて使う。
霊符:符咒師ヒョウが使う符。本来はおそらく効果によって符の種類が違うが今回は共通の符で全ての術(後述)を使えるものとする。
もちろん使い捨て。ヒョウに刺して投擲され、跳んだ先で効果を発揮するパターンが多い。
十五雷正法:符咒師ヒョウが使う退魔術。身体能力を高めたり符の力を発揮する時に使う。
名の通り15種あるが今回は符とヒョウを使う術で、原作に登場したもののみ使えるものとする。使える術は以下の通り。
「一尖」ヒョウの投擲。
「四爆」符が爆発する。
「六貫」貫通力の高いヒョウの投擲。
「七排」霊符を刺したヒョウによる投擲攻撃。
「十一閃」閃光によるめくらまし。
「十二散」広範囲に投げた符を爆発させる。
ちなみに秋山が劇中で詠唱している爆砕符の起動詠唱は「天地万物の正義をもちて微塵とせむ 禁!」で完成する。しても爆発しないけど。
それと、秋山の支給品は3つ確定です。すでにそれが何かは確認していますが、卑怯なので読者にも教えてくれません。
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