思考する機械、あるいは―― ◆PbH8Onsw.o
その自動人形は泣いていた。
地面に膝をつき、身も世もなく。
黒い帽子が広げる大きな鍔が、月光を切り取るようにその体に影を落としている。
西洋風の大きなひだ襟が乱れるのも構わずに、彼は中空に向かって高く高く腕を伸ばす。
決して掴めない光を掴まんとするかのように。
西洋風の大きなひだ襟が乱れるのも構わずに、彼は中空に向かって高く高く腕を伸ばす。
決して掴めない光を掴まんとするかのように。
「ドットーレの本心ではないのです。フランシーヌ様……」
その頬に光る液体は無い、しかし彼は確かに泣いていた。
握りしめた作り物のこぶしを月へと突き上げ、堅牢な素材でできた作り物の歯を軋らせて、嗚咽を漏らし。
握りしめた作り物のこぶしを月へと突き上げ、堅牢な素材でできた作り物の歯を軋らせて、嗚咽を漏らし。
彼のすぐそばには、大きな黒い建物が腰を据えていた。
建物は広い庭のような砂地を擁し、ただ静かにむせび泣く彼を見下ろしている。
その砂地のほぼ中央に、彼はいた。
ゆるい夜風が乾いた細かな砂を巻き上げ、どこかへとさらっていく。
建物は広い庭のような砂地を擁し、ただ静かにむせび泣く彼を見下ろしている。
その砂地のほぼ中央に、彼はいた。
ゆるい夜風が乾いた細かな砂を巻き上げ、どこかへとさらっていく。
ここへ連れてこられる前、彼は己が主人へ反逆をした――最も恐ろしい手段をもって。
思い起こす数分前。暗闇の中で覚醒した彼は、壇上に照らし出された男の言葉を耳にし考えていた。
その者たちがいかなる目的を持ってこのような場を用意したのかはわからないし、彼にはどうだって良い事だった。
思い起こす数分前。暗闇の中で覚醒した彼は、壇上に照らし出された男の言葉を耳にし考えていた。
その者たちがいかなる目的を持ってこのような場を用意したのかはわからないし、彼にはどうだって良い事だった。
彼は考える。
『これは罰だ』――と。
確かに覚えている。今でも簡単に思い起こすことができる。
自身からあふれ出る擬似体液、その温かくも冷たくもない無情の感触。
彼は己が創造主を否定した。
そして、確かにあのまま朽ちるはずだったのだ。
自身からあふれ出る擬似体液、その温かくも冷たくもない無情の感触。
彼は己が創造主を否定した。
そして、確かにあのまま朽ちるはずだったのだ。
しかし、どうだろう?
彼は全くの無傷のまま、こうして生きながらえている。
その上自分に課せられたらしいバトルロワイアルという殺し合いゲーム。
人間を殺すことは造作もない、これをしなくては彼らは生きることができない構造なのだから。
けれど最も大切な『もの』を否定してしまった今、彼は何を望むのか。
その上自分に課せられたらしいバトルロワイアルという殺し合いゲーム。
人間を殺すことは造作もない、これをしなくては彼らは生きることができない構造なのだから。
けれど最も大切な『もの』を否定してしまった今、彼は何を望むのか。
言わずもがな、それは「存在する」こと――そしてその存在理由は、「フランシーヌ人形を笑わせること」。
だが運命のあの日、彼はその存在理由を否定し、永久に仕えるべきであったはずの女主人を否定した。それはすなわち絶望への服従。
だが運命のあの日、彼はその存在理由を否定し、永久に仕えるべきであったはずの女主人を否定した。それはすなわち絶望への服従。
では、主を失った彼はなぜいまだに存在することを欲しているのか?
――彼は赦されたかった。
いつかのように、温度を感じない自分の頬にその麗しい手を当て、お前を許しますと言われたかった。
生命の枠から外れた、思考する存在である彼は、何よりもすべてを許されたかった。
生命の枠から外れた、思考する存在である彼は、何よりもすべてを許されたかった。
彼は考える。
これは機械仕掛けの神が与えた罰だ。
自分を創造してくれた尊き存在を拒んでしまった自分は、その忠誠心を再び試されるのだ。
自分を創造してくれた尊き存在を拒んでしまった自分は、その忠誠心を再び試されるのだ。
そしてこの罰は一千一遇の好機でもある。
どのような願いもかなえられるという『景品』は魅力的だ。
真意のほどは定かではないが、ここを疑えばきりが無くなってしまうことも彼は思い至っていた。
どのような願いもかなえられるという『景品』は魅力的だ。
真意のほどは定かではないが、ここを疑えばきりが無くなってしまうことも彼は思い至っていた。
多少特殊な能力を持っているにせよ、取るに足らぬ人間にへつらい、『願う』などということは癪に障りもしたが――すべてはフランシーヌ人形のため、彼は望む。
【柔らかい石】を。
「フランシーヌ様……どうかこのドットーレを、もう一度お側に」
『罰』とはすなわち――『試練』だ。
過去の過ちを打ち砕く試練だと彼は受け取った。
過去の過ちを打ち砕く試練だと彼は受け取った。
悔恨を噛みしめ、憐れみを乞いながら頭を抱え込み、地面へとこすり付ける。
帽子がばさりと彼の横へずれ落ちた。
帽子がばさりと彼の横へずれ落ちた。
不意におぞましい記憶がよみがえる。
機械装置で形作られた耳に、あの夜対峙した憎い女の幻影がささやく。
ただ悲痛に身をよじり。乾いた声が幾たびも、回路の中へとこだました。
機械装置で形作られた耳に、あの夜対峙した憎い女の幻影がささやく。
ただ悲痛に身をよじり。乾いた声が幾たびも、回路の中へとこだました。
――フランシーヌの永遠の歯車奴隷が!
歯車奴隷。
歯車。
奴隷。
歯車。
奴隷。
「ルシィィィィイイイルゥゥゥゥウウウ……」
仮面の上から激しく顔面を掻き毟る。
吹き込まれなければ思いもしなかった――自身の存在理由に対する冒涜を囁きかけた、憎い女。
呪詛のごとくその名を呟いて、憤りを温める。
吹き込まれなければ思いもしなかった――自身の存在理由に対する冒涜を囁きかけた、憎い女。
呪詛のごとくその名を呟いて、憤りを温める。
フランシーヌ人形を否定し躰が動いたとき、確かにあの女の体を肩口から深くえぐってやったはず。
しかし、石化を見届けたわけではない。しぶとく生き残って、どこかでまだフランシーヌ人形を狙い続けているのかもしれなかった。
加えてルシール達に率いられた多くのしろがねどもも、まだ根絶やしにはしていない。
しかし、石化を見届けたわけではない。しぶとく生き残って、どこかでまだフランシーヌ人形を狙い続けているのかもしれなかった。
加えてルシール達に率いられた多くのしろがねどもも、まだ根絶やしにはしていない。
「げに憎らしきはしろがねどもよ……己の全身全霊を持って、駆逐してくれる」
顔を上げ、片膝をつく状態で身を起こすと帽子を拾い上げて被りなおす。鍔に手を添えて角度を直し。
彼の口元は笑いの形を作っていた。唇の端を釣り上げ、目元は月影の中に隠したまま。
彼の口元は笑いの形を作っていた。唇の端を釣り上げ、目元は月影の中に隠したまま。
「そして、人間ども――中には何やらおかしな能力を使う者もいるようだが――いただくぞ、その血を。たっぷりとな……」
彼は近くに放り出していたデイバックを引き寄せ、中を物色し始める。
自動人形たちが最も軽蔑する人間たちから配られた物を、なぜ彼は使う気になったのかはよくわからない。
フランシーヌの元に帰るためならば、そのようなプライドなど捨て去ってなんともないのだろう。
自動人形たちが最も軽蔑する人間たちから配られた物を、なぜ彼は使う気になったのかはよくわからない。
フランシーヌの元に帰るためならば、そのようなプライドなど捨て去ってなんともないのだろう。
袋の中身を地面へとぶちまける。地図や名簿、人間の食糧が乾いた砂の上に散乱する。
と、奇妙な珠が2つ転がり出た。支給品とやらはこんなものか、と苛立ちがわいたが、始まりの部屋で男が言っていた言葉を思い出す。
人形に『念』などというものがあるかわからないが、とにかく2つの珠を手に握った。
と、奇妙な珠が2つ転がり出た。支給品とやらはこんなものか、と苛立ちがわいたが、始まりの部屋で男が言っていた言葉を思い出す。
人形に『念』などというものがあるかわからないが、とにかく2つの珠を手に握った。
そこから出てきたものは――
※ ※ ※
「己のショーは人間どもの血液で満たされるだろう」
彼の右手に握られているのはAK-47――俗にカラシニコフと呼ばれる歩兵用アサルトライフル。
連射可能のフルメタルジャケット、その貫通力は近距離であればボディアーマーすら貫通する。
彼自身の能力とこの武器を組み合わせれば、近距離・長距離でかなり戦術の幅が広がるだろう。
連射可能のフルメタルジャケット、その貫通力は近距離であればボディアーマーすら貫通する。
彼自身の能力とこの武器を組み合わせれば、近距離・長距離でかなり戦術の幅が広がるだろう。
あの黒服の男も、下らぬ人間どもの道具の中でも比較的ましなものをよこしたらしい――彼は歩き出した。
「全てはフランシーヌ様のためだ……なあ?」
歩みを進めながら、左手に持った『物』に語りかける。
それは奇妙な出で立ちだった。
紙製の平べったい立方体。その側面の上下左右に2本ずつ木の棒を差し込まれている。これは手足のつもりだろうか。
そしてこちらはおそらく口のつもりなのだろう、上部にぱっくりと開けられた隙間は彼の歩みに合わせて開閉している。
細いプレッツェル菓子が印刷された表面、その上から油性マジックでぞんざいに書かれた歯の絵柄と、何かのメーターのような扇形の絵柄。
紙製の平べったい立方体。その側面の上下左右に2本ずつ木の棒を差し込まれている。これは手足のつもりだろうか。
そしてこちらはおそらく口のつもりなのだろう、上部にぱっくりと開けられた隙間は彼の歩みに合わせて開閉している。
細いプレッツェル菓子が印刷された表面、その上から油性マジックでぞんざいに書かれた歯の絵柄と、何かのメーターのような扇形の絵柄。
その下には片仮名で文字が書かれている。
『バルカン』――これがこの紙人形の名だった。
「この名簿とやらを見ろ。やはりあの女ども、ゴキブリのようなしぶとさで生き残っていやがった。
フランシーヌ様のため、俺が殺し尽くさんとなあ?」
フランシーヌ様のため、俺が殺し尽くさんとなあ?」
参加者名簿を指先ではじき、忌々しげに笑う。
紙製の、人形未満の存在であるバルカンはドットーレの語りかけにも無言。
しかし満足したようにうなずくと、彼はバックへ名簿を仕舞い込み立ち上がる。
バルカンは何も語らず、ただ割り箸製の手足をかたかたと揺らしている。
紙製の、人形未満の存在であるバルカンはドットーレの語りかけにも無言。
しかし満足したようにうなずくと、彼はバックへ名簿を仕舞い込み立ち上がる。
バルカンは何も語らず、ただ割り箸製の手足をかたかたと揺らしている。
目の前の建物を物色するため、黒い大きな影がゆっくりと動き出した。
道化のように大股を開けて飛び上がり、スキップをしながら彼は進む。
道化のように大股を開けて飛び上がり、スキップをしながら彼は進む。
右手にはライフル『AK-47』、左手には紙人形『バルカン』。
――たった一人の真夜中のサーカスが、その血なまぐさい幕を開けた。
【2-B 小学校前 一日目深夜】
【ドットーレ@からくりサーカス】
[時間軸]:本編死亡直前
[状態]:健康
[装備]:バルカン@金色のガッシュ!!、AK-47@現実
[道具]:基本支給品一式
[基本方針]:優勝し、柔らかい石を手に入れフランシーヌの元へ帰る
1.小学校を物色。
2.しろがねを殺す。
3.人間を殺す。
4.コロンビーヌとは気まずいので会いたくない(フランシーヌ人形を否定してしまったから)
[状態]:健康
[装備]:バルカン@金色のガッシュ!!、AK-47@現実
[道具]:基本支給品一式
[基本方針]:優勝し、柔らかい石を手に入れフランシーヌの元へ帰る
1.小学校を物色。
2.しろがねを殺す。
3.人間を殺す。
4.コロンビーヌとは気まずいので会いたくない(フランシーヌ人形を否定してしまったから)
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